7話 ライルの目覚め
騎士の胸は、甘く香る
「……う、ん……」
焚き火の爆ぜる音に混じって、小さな声がした。
リノンが瓦礫の下から救い出した、あの村の子供だ。
「あ…、起きたみたい」
リノンが駆け寄る。
ライルはといえば、フリルまみれのピンク色のワンピース姿。
岩陰に体育座りをして気配を消していた。
一刻も早く、この悪夢のような夜が明けて、元の体に戻る方法を見つけたい一心だった。
「ここは……? お父さんは? お母さんは……っ」
子供が周囲を見渡し、村の惨状を思い出して顔を歪める。
大きな瞳から、ぽろぽろと涙があふれ出した。
「大丈夫だよ。私たちがついてるから」
リノンが優しく声をかけるが、子供の震えは止まらない。
そのとき、子供の視線が、岩陰で銀髪を揺らしている"少女"
――ライルに釘付けになった。
「あ……」
子供はふらふらと立ち上がると、リノンを通り越して、ライルの元へ歩み寄った。
「おい、来るな。俺に構うなと言って……」
ライルはドスの効いた声を出そうとしたが、魔剣の光による変声のせいで、鈴を転がすような、少しハスキーで色っぽい美少女の声になって響いた。
「……お姉ちゃん、きれい~♪」
「なっ……!?」
子供はライルのワンピースの裾をギュッと握りしめると、そのままライルの膝に顔を埋めた。
「くんくん……すごいいい匂い。お花と……お日さまみたい。ママと同じ、匂いがする……」
「ま、ま、ママだと……!?」
ライルは全身を硬直させた。
かつて戦場で返り血を浴び、鉄と死臭にまみれていた自分が、ママと同じ匂いがするなどと言われるとは。
だが、リノンの着替え、お気に入りの柔軟剤の香りがたっぷり…のせいか、あるいは女体化したライルの肉体そのものが放つ甘い香りのせいか、子供はすっかり安心しきってライルの胸に顔を押し付けている。
「……ふわふわ。あったかい♪」
「ちょっと待て、押すな! そこは……っ、変な感覚がするんだ!」
華奢になった胸の膨らみに、子供の頭がぐいぐいと押し当てられる。
ライルにとって、そこは今まで存在しなかった未知の弱点だ。
柔らかな肉の感触が、脳にダイレクトに女としての感覚を突きつけてくる。
「……ライル、顔が真っ赤だよ?」
リノンがニヤニヤしながら観察している。
「うるさい! このガキをどかせ! 俺は騎士だぞ! ハグなど、したこともされたことも――」
「うわぁぁぁん! ママぁ……!」
ライルが突き放そうとした瞬間、子供が火がついたように泣き出した。
その泣き声は、かつて救えなかった仲間や、ステラが最後に漏らした悲鳴と重なって、ライルの胸を鋭く刺した。
「……っ」
ライルは舌打ちをひとつすると、震える手をおずおずと伸ばした。
そして、不器用ながらも、子供の背中をそっと抱きしめた。
「……泣くな。俺が……いや、私がいれば、夜の怪物は寄せ付けない」
その瞬間、ライルの胸の奥で、何かが「きゅん」とうずいた。
守るべき対象を腕の中に感じたとき、かつての「守護騎士」としての誇りと、今の「美少女の体」特有の慈愛の感情が、奇妙に混ざり合っていく。
(……なんだ、この妙な安心感は。俺は、こいつを……守らなきゃいけないと、本能が言っているのか……?)
「あーあ、ライル。すっかり『ママ』の顔になっちゃって」
「殺すぞリノン! これは……ただの戦術的懐柔だ!!」
ライルは叫ぶが、その手は優しく子供の頭を撫で続けていた。 スカートを汚され、フリルをくしゃくしゃにされながらも、彼は(もう彼女かな?)生まれて初めて体験する母性という名の濁流に、抗いようもなく流されていくのだった。




