6話 騎士の敗北は、ピンク色
「ふざけるな! 断じて着ないぞ、そんな……ひらひらした布切れなど!!」
夜の森に、可愛らしい怒号が響いた。
……本人はドスの効いた声のつもりの、笑。
ライルは、ずり落ちそうになる黒いズボンを必死に両手で押さえながら、木陰に隠れるように背中を丸めていた。
かつての頑強な肉体に合わせて仕立てられた革ズボンは、今の華奢な腰にはあまりにも大きすぎる。 ベルトの穴も足りない。手を離せば、即座に足元まで滑り落ちてしまうだろう。
「でもライル、それ以外に着るものないよ?」
あたしはリュックから取り出した『とっておき』を広げて見せた。
淡いアプリコット・ピンクの生地。 襟元には白いレース。
腰には大きなリボン。
スカートの裾は、歩くたびにふわふわと揺れるように計算されたフレア。
旅の途中で、いつか可愛い女の子に出会ったら着てもらおうと思って買っておいた、あたしの趣味全開のワンピースだった。 まさか、それを相棒の騎士に着せる日が来るなんて。
「俺は『星守』の騎士だぞ……! そのような、軟弱な……お菓子のような色の服が着られるか!」
ライルは涙目で睨んでくる。 黒鉄色の瞳は鋭いままだが、長い銀髪が頬にかかり、怒れば怒るほど"わがままなお姫様"にしか見えない。
「じゃあ、どうするの? このまま全裸で旅をする?」
「ぐっ……! 俺の外套で体を巻けば……」
「そのコート、血と泥でぐちゃぐちゃだよ。傷口に障るよ?」
「う……」
涙目になるライル。心も女の子ぽくなってしまったのかな。
ヒュオオオオ……。 意地悪な夜風が、森を吹き抜けた。
「ひゃうっ!?」
ライルが肩を震わせる。
今の彼の肌は、陶器のように白く、そして薄い。
戦士の皮膚ではなく、守られるべき少女の皮膚なのだ。
夜風の冷たさは、骨まで染みるだろう。
さらに悪いことに、身震いした拍子に、押さえていた手が緩んだ。
スルッ。
「あっ……」
ブカブカの革ズボンが、重力に従ってストンと落ちた。
インナーシャツもすでに役割を果たしていない。
月明かりの下、白く無防備な太腿と、華奢な下半身が寒空に晒される。
「~~~~~~~~っ!!!」
ライルは顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込んだ。
隠そうとしても、もう手遅れだ。
騎士としての威厳も、男としての尊厳も、夜風と共に吹き飛んでしまった。
「……わかった、わかったから……」
しばらくして。
膝に顔を埋めたまま、蚊の鳴くような声が聞こえた。
「え?」
「……それを、よこせ……」
震える白い手が、ニュッと差し出される。
「着るのかい、ライル?」
「着なきゃ……死ぬだろうが!! 早くしろ!!」
あたしはニマリと笑うのをこらえ、ピンク色のふりふりワンピースを彼に渡した。
「……着方、わかる?」
「馬鹿にするな! 服くらい……!」
ライルは乱暴に服をひったくると、木陰でゴソゴソと着替え始めた。
しかし。
「……くそっ、なんだこの紐は。どこを通すんだ……? 背中のファスナーが……届かん……」
「手伝おうか?」
「…………」
長い沈黙。 そして、悔しげな溜息。
「……頼む」
完全勝利だ。 あたしはスキップしたい気分でライルの背後に回った。
滑らかな背中にファスナーを滑らせる。
驚くほど華奢なウェストに、リボンをきゅっと結ぶ。 最後に、乱れた銀髪を整えてあげる。
「はい、出来上がり~♪」
振り返ったライルを見て、あたしは息をのんだ。
悔し涙で潤んだ瞳。 恥辱に染まった赤い頬。
フリルとレースに包まれた姿は、どこかの国のお姫様が、お忍びで冒険に出たかのような
――破壊的なまでの可憐さだった。
「……見るな」
ライルがスカートの裾をギュッと握りしめる。
「二度と見るな。このことを誰かに言ったら、斬るぞ」
「うんうん、似合ってるよ、ライルちゃん」
「『ちゃん』をつけるな!」
怒って地団駄を踏むその姿すら、スカートがふわふわ揺れて愛らしい。
これは、魔剣アウロライズよりも強力な武器を手に入れてしまったかもしれない。
こうして、最強に可愛いの剣士が誕生したのだ。




