エピローグ:朝食の風景は、花と鋼の香りがする
世界から「夜」が消えて、数日が経った。
森のなかの小さな廃屋。差し込む朝日は眩しいほどに明るい。
「……リノン。この紐、どうにかしろ。結び目が背中に当たって、まともに座れん」
不機嫌そうに、けれど鈴を転がすような美声で呟いたのは、
銀髪の美少女――元・剛腕騎士のライルだ。
今日の彼は、リノンが街で調達してきた聖女風の純白エプロンドレスに身を包んでいる。
あまりに似合いすぎていて、本人以外は誰も彼が"おっさん騎士"だとは信じられないだろう。
「あはは、ごめんごめん。でもライル、その格好でキッチンに立つと、本当に『理想のママ』って感じだよ?」
リノンは、すっかり「男の子」としての格好に戻り……などいなかった。
彼は相変わらず、フリルたっぷりのブラウスを纏い、嬉々としてライルの髪にリボンを飾っている。
「……貴様、正体がバレたのにまだその格好なのか」
「だって、可愛い服を着るのに性別なんて関係ないでしょ」
毒づきながらも、ライルは手際よくスープを器に注いでいく。
女体化してからというもの、なぜか家事全般のステータスが異常に向上していた。
これも、乙女の魂に覚めた副作用だろうか。
「おはよー! ママ、リノンお兄ちゃん!」
そこへ、寝室からバタバタと元気な足音が響いた。
あの時助けた少年だ。
彼はライルとリノンの顔を見るなり、キラキラとした瞳で宣言した。
「見て見て! 僕も二人みたいになりたくて、頑張ってみたんだ!」
二人の視線が少年に釘付けになる。
少年は、リノンの予備のスカートを器用に腰に巻き、頭にはライルの脱ぎ捨てたシュシュをティアラのように載せていた。
「僕、決めたんだ。大きくなったら、ライルママみたいに強くて、リノンお兄ちゃんみたいに可愛い『女装騎士』になる!」
ガシャーン!
ライルの手から、おたまが滑り落ちた。
「……おい。ガキ。今すぐそれを脱げ。悪いことは言わない、お前は真っ当な道を歩め……っ」
「えー、なんで?二人とも、すっごくキラキラしてて格好いいよ!」
「ライル、諦めなよ」 リノンが肩をすくめて笑う。
「君が世界を救っちゃったんだ。これからは『可愛い騎士』が流行る時代になるかもしれないよ?」
「そんな不名誉な時代、俺が斬り伏せてやる……っ!」
ライルは顔を真っ赤にしながら、スカートの裾を翻して席についた。
目の前には、自分に憧れる女装騎士志望の少年。
横には、自分を美少女に改造して楽しむ女装男子。
かつて孤独に星を数えていた騎士の食卓は、今、フリルとレース、そして賑やかな笑い声に満ちている。
「……スープが冷める。さっさと食え」
ぶっきらぼうに促すライルの耳元で、桃色のリボンが可愛らしく揺れた。
世界に朝は戻った。
けれど、彼の受難は、まだ始まったばかりである。
(完)




