〈弐〉
「櫻、」
「父さん? 」
「ーーもしも俺が暴れ出して、手が付けられなかったら」
“母さんを呼べ。”
「……。ーー父さんが、そうなると、来てますよね。いつも。」
「あぁーーそうだったな……。だが、まぁ、ーー呼べ。何時でも、だ。そんな時は……。呼んで、助けて貰え。」
「はぁ……。わかりました。」
「ふっ、ーー良い子、だ。」
父さんは頭を撫でた。 この時の父さんの言葉の意味は未だに確定出来ない。 母さんに止めて貰う為か、母さんに止めて貰いたいのか、母さんに会いたいからかーーそれしか方法が無いということだったのか……。
俺は、父さんを止められる様になってしまったし、父さんはそれを喜んでくれている様だった。
「櫻? 」
「ーーあ……。」
「トリップしてた? 声、掛けない方が良かったかな……。」
「大丈夫。トリップはしてたけど……。」
「大丈夫って感じじゃないけど、気にしない方が良い? 」
「ーー……。」
「また、あのお父さん絡み? 」
「相変わらず当てる……。」
「また当たっちゃった? 」
「うん。ーー当てて良いよ。」
「うん。分かるようになった。」
「櫻のこと。」
「ーー俺は……。」
「分からなくなった? 」
「分からなくて、悩む様になった。」
「分からなくて良いよ。」
「うん……。」
「ーーちょっと分かって欲しいけど……。ちょっとだけ」
「少しだけでも分かっていたい。」
「ーーやっぱり分からない方が良いかも。分からないで居てくれる方が……。」
「恥ずかしい? 」
「うん。少し……。」
「ーーそうだね。理解されるって、ちょっとそうなるよね。」
「ね。」
「もしもこの先ーー」
「分からなくなったらさ、聞いてよ。」
「あ」
「あ、ごめん」
「謝らなくて大丈夫。こっちこそ……。」
「ううん、ーー何か嫌な予感がしたから、だから……。」
「え? 」
「櫻の言葉の後の言葉ーー……。」
「……。」
「ーー聞かなくても良いかな。今回は……。」
「少しーー」
「? 」
「少し不安になっただけだから、大丈夫。」
「何が不安? ーーて、あ……。」
「記憶がーー……。」
「そうだった……。櫻はそれがあるんだった……。」
「うん……。」
「大丈夫だよ。」
「……。ありがとう。」
日常を失う日が、直ぐそこまで迫っていた……。
だけど、その日までーーそのまま過ごし続けた。
大切なものはもう何も無くて、ただ日々を消化していく様な、そんな毎日になり掛けていたーーそんな時に出会った友達を失うまで、俺たちは普通に教室に通った。
「『全部手の平の中にあるのに、その全部が無いみたいな感覚』ーーあるよ。僕ーー俺も。」
「無理に一人称変えなくても……。」
「変えたいから、さ……。頑張るよ。頑張ってるんだけどね……。」
「ーー大丈夫。俺も、変えたいなら気にしない。」
「うん。気にしないで。」
「今はーー」
「今? 」
「今は、薄くなってる。その感覚も……。」
「あ、うん……。そっか。」
「? 」
「俺はーー濃くなって来てて……。」
「ーー……。」
理由に気付いていたし、そうだと分かっていたけれど、分からない振りをした。
ーー死が近い人間が、感じる感覚だと、自分で体感してしまっていた……。
そして孤独に耐えられなければーー……。
「櫻? 」
「居るよ。」
「良かった……。」
「不安にさせた? 」
「うん……。あ、眠ったかなって、思いもしたんだけどーー起きてる気がして……。」
「起きてる。よ。」
「うん。」
「……。一緒に眠る? 」
「良いかな? そうしてくれるとーー……。」
「うん。おやすみ。」
「おやすみ。ーー櫻に『おやすみ』って言われたら急に眠気がーー眠くなったよ。本当に、おやすみ……。」
「うん……。」
おやすみ、ーー俺を残して死んでいく大切な相棒。
「おはよう。」
「おはようございます……。ーーあ、おはよう! 」
「え? 」
「夏休みだから、良いよねっ! ございますは省略で! 」
「ーー元気だね。その調子なら熱中症の症状も、もう大丈夫かな? 」
「大丈夫で〜す。ーーまたなったら……。」
「ならない様に気をつけてね? 」
「はい……。でも、またなったら、たすけてーーくれる? 」
「ーー良いよ。助けられる距離に君が居たら。」
「……。ーー居たい。」
「うん。」
君は君によく似ていて、また君だと思ってしまう。
錯覚よりも確かで振れない、重なる情景が毎日心を突く。
懐かしさより親しみのある近さが、時折寂しさを溢れさせるけれど、あの真っ直ぐ外を見詰める眼差しがぴったりと記憶と重なるからーー……。
僕は僕のまま、ここまで来てしまった。 君が変わってしまったのに。
「俺が変わったのに、何故変わらない!? 変わっていないーー何故!? 誰の仕業だーー!! 」
「変わったけど、戻されたんだよ……。残念なことだけどさ、君をーー止めるよ。」
「ーー止めてみせろ……。止めてみせろっ!! 」
君を狂わせたのは君自身だ。
君の親と同じーー興味が君を壊した。
“気になる”という好奇心から踏み込んではいけない場所へ足を踏み入れてしまった……。
狂気に君は因われた。 君は絶対の悪になった。 彼を追い、彼と同じものにーー……。
そして僕はここで……。
君を、今まで越えることの出来なかった君をーー越えなければいけないんだ。
僕の最高の魔法で、悪の魔法使いになってしまった君のその魔法を打ち砕いて、君に勝ってみせるから。
対の僕と君は、力も全て均衡してきた。
均衡を変えるものは自信と力とーー……。
時には愛、時には欲、時には刻、頭脳、閃き、経験ーー沢山あるけど、今回も全て。
全力で君にぶつかるから。
ーーしがない箒作りに、君は負けて、唯の魔法使いに戻るんだ。
「使い魔の癖に……。」
「その使い魔に手を出したのは誰? 」
「ーー俺だ。ほら付いて来い。」
「今日は付いて行かない。」
「いいから来いーー」
「喧嘩中っ! だろっ! 」
「喧嘩中だからーー外に出るんだろ……。」
「ーー……。満天の星だね。だからって」
「だからって喧嘩は止めないか? そんなこと言ってるとどうなると思う? 」
「君がどうなると思ーー!? 」
一瞬ーー息が止まった。
“挨拶代わり”じゃないことを、僕はもうよく知っている。
「ーーーー大切な家族だ。」
「……。わかってるなら投げるなよ、自分の人生」
「投げる訳じゃない……。選択がーー他になければって話なだけだ……。」
「ーーじゃあ増やせば良いじゃん」
「増やせたら、な……。」
それ以上は喋らなかった。
満天の綺麗な星空の下をゆっくり歩いた。
夜の静かな風が頬を撫でては、堪えても溢れてくる涙を優しく拭った。
「涙がーー止まらないな? 」
「泣き虫は君なのにね。」
「口は強気なんだよな……。」
「ーー懐かしいや。次はさ、」
「? 」
「久しぶりにまた双子になろうよ。」
「嫉妬か? 」
「ーー嫉妬もするさ……。」
「次はーーあれもやろう、お前が好きなあれだ。」
「あれって? 」
「歌って踊るやつだよ。」
「歌って踊るやつーー? 」
「歌って踊るーーアイドルになろう! 」
「はぁ? アイドルにって……。もうなってるじゃん、」
「はははっ、そうだった、そうだね! 僕らはアイドルだ! 」
「ひゃあっ! ーーちょっと、そのアイドルがアイドル同士がくっ付き合ってたらダメだって! 」
『あんまりくっ付いたりしないように』と周囲から釘を刺されたばかりだった。
人目を気にしないオープンなところは君達の良い点とも言えるけれど、とも前置きはされたけど……。
「そうかな? 駄目ーーか? 駄目なことなのかな……。スキンシップというやつには見えないか」
「スキンシップ? ーースキンシップくらいに見て貰えればこんな風に悩んでなんか……。」
「やっぱり悩んでいたんだね! 」
「あ。失言〜……。忘れて」
「忘れないよ。」
「う……。」
「君の事は何一つ忘れない……。」
「そう言って、忘れる癖にーー……。まぁ忘れても良いけどね。」
「『忘れない』って言っているんだよ。ーー伝わらないのかな? どうして伝わらないんだろう……。」
「考えてなくて良いから、ほら、月もあんなに綺麗なんだしっ! 」
「月ーー? ははっ、本当だ! 」
見上げた夜空に、月がぽっかりと光るように浮かんでいた。
月がーー月自体が自ら光っている訳じゃない事をこの星の学生はもう習い知っている。
知っているっていうのにーー無邪気に見上げる顔が、太陽みたいに輝いていた。
「すっかりいつもの調子だなぁ……。」
「? 僕がいつもと違う様に見えていたのかな? 」
「無自覚? ーーまぁそれも良いけど、ね。」
「良いならそれで良いんだろうね。よし、散歩をしよう♪ ほら、行くよ! 」
「ーー仕様が無いなぁ……。」
「「(君がじゃなくて、きっと、僕の方が。)」」
『仕様が無い。』ーー月と星が照らす夜空に包まれたその場所を歩きながら心の声を重ねた。
純粋な君が、その純粋さを失くしてしまわないように、こんな風に歩いて行こう。
純粋さを失くしてしまう頃には君は大人になっていて、僕もその隣で大人になっているだろうかーー……。
それとも僕だけ、取り残されている?
ーー今は良いか。歩いて行こう。
君をこうやって追い掛け続けられる間は。
いつかこの心臓が止まってしまうまで。
「何か難しい事を考えていたみたいだね? だけどその考えも今は止めてーー」
「? 」
「星空を見よう! 」
「わぁ〜……。」
ここが満天の夜空の終着点?
ーーだとしても僕たちはまた新しい夜空を探そう。
そうさ、この脚がある限りーーこの腕が動く限り、僕らは生き続けられる。
だから、隣に居て欲しい。
僕が行く道は険しいだろうから。
か弱いように見えて、強いソルジャー。
その細い体でも、歩いて行ける道を僕は選ぶーー選んでみせる。
共に頂点を目指そう。
その先でーーその先の未来で、また出会うために。
“(先祖返りの、その人生は名残るーー……。抗おうとも必ず出会う。出会った運命が確かで色濃ければ……。)”
「君、どこかで会ったことある? 」
「偶然だね! 僕も君に会ったことがある気がしてーー」
「まぁどこかで会ったことある奴なんて沢山いるけどね……。君とどこかで会っていたとしても、今その人物だとは思わないでね。」
「 ? わかったよ。ーーだけど、どうかな? その人物だと気付いてしまった時ーーやっぱり思ってしまうものではないかな? 」
「ーーそうだね……。その時はそれでも良いよ。」
「ありがとう! 」
「え? 」
「僕はそう思ってしまいそうだからね。」
「えぇ? 直感ってやつなの? 」
「そうだね、そうかもしれない。」
「じゃあその直感みたいなやつで、こっちの機嫌には気づいてね? 別人に見られるのってストレスだから。」
前世の自分だったとしても、今の自分とは別人ーー別の人間だ。
「ストレスなんだね? 承知したよ。心得た! 」
「『承知』ーー『心得』? 君は空手家か何かなの? 」
「カラテカーー? あぁ! 空手家か! 似たようなものだよ! 」
「ふぅん? まぁ良いや。よろしくね、空手家もどきくん♪ 」
「よろしくーーその、空手家もどきっていうのはやめてくれないかな? 」
「あ、嫌だったか……。ごめん、いつもこんな調子だからーー軽口が嫌だったら離れててね? 」
「軽口なんだね? そんな風にはみえないけれどーー……。それに、離れようとはーーむ、もしかしたら何か勘違いをされているのかな? 」
「勘違い? 」
「僕は君を嫌ってはいないよ。安心して欲しい! 」
「ーー……。」
「……。信じられない、か? 」
「今は、嫌ってはいないみたいだね……。嘘だとか疑ってる訳じゃないよ。」
「そうーーなのか……。少し難しいね。難しそうな子だ……。」
「気難しいとは思うよ? 」
「気難しいーーとは違うかな……。探るのが難しくてーー困っているよ。僕は君と友達になりたいのに君は」
「ストップストップ! ーー何かを求めないで、返せないから! 」
「ーー駄目なのか? 友達になれないかな? 」
「なれるかどうかって直ぐに決まるものじゃないでしょ? ましてや今会ったばかりなんだし……。」
「あぁ! それはそうだね! 」
「納得してくれて良かった♪ じゃあーー」
「何処にーー? 」
「帰るんだよ? もうこんなに遅い時間だし、」
「あぁ、そうか。じゃあ、また会おう! 会えるかな? 」
「ーーまぁ、この辺りにいるなら会うこともあるだろうけど……。」
「じゃあまたこの辺りにいるよ! また会おう! 」
「(二回言ってるし……。)うん、また……。」
「ーー(何だか名残り惜しい気がするーーのだけれど、何だろう? 何だろうな、この心のモヤは……。)」
「(今日の夕食は何にしようーー何になるかな〜? )」
「夕食に誘ってはどうでしょう? 」
「名案ですな♪ 」
「そうか! その手があったね! ありがとう、えぇっと、先輩たち! 」
「(え? 後ろから何か気配ーー追い掛けて来る!? )」
「ーー夕食でもどうかな? 」
「さっきまたねってしたでしょ? しつこい男は嫌われるよ? 」
「? 君は嫌われる事に敏感な様だけどーー、そんなに気にしなくても良いんじゃないかな? 」
「……。(気にしたくなくても気になるものなんだよ? って教えたところでこの返しなんだろうなぁ……。)」
「返答が無いね? 」
「ーー夕食はまだ早いから、それもまた今度。」
「またーー今度……。ーー僕もまた今度にしたいのは山々なのだけれど、今晩は駄目なのかな? どうしても? 」
「う〜……。(そう言われても……。)」
「君の食べたいもので良いんだーー、食べたいものは無い? 」
「ーーハンバーグ……。」
「ハンバーグ? ハンバーグだね! よし、それを食べに行こう♪ 」
はじめて会った元気の良い学生とその先輩たちと、ハンバーグを食べにファミレスへ行くーー予定が、手持ち金の不足で安めの学食になった。
夜間営業までしてくれている学食に感謝して、今晩そこに集まったメンバーで夕食を食べた。
ーーもう友達になり掛けている気がして気が引けたけど、手作りのお手製ハンバーグは美味しくて、久しぶりに肩の力が抜けていた。
このことが噂になって、OBの先輩方の耳にまで入って、呼び出しを受けることになるのは、もう少し先の話……。
2025.10.2




