〈参〉 / 終章
記憶が降り積もり、この体を押し潰すようにして、身動きを止めるーー……。
緩やかに死んでいくーーそう、刻々と……。
散り散りになる記憶を繋ぎ留めて、繋ぎ留めて、どうにか輪郭を成して……。
何度巡り逢うだろうーー、それとももう逢えないだろうか?
眠りに落ちるように緩やかに、緩やかに……。
「情かーー……。情が邪魔をしているーー? 無くせ。失くせ。ーーお前はまた機械で良い。機械にも成れないのならば、また符を使って動かしてやる……。聞いているか? 聞こえてーーいるなら返事をしろ。時間が惜しい。」
「ーー(父さん、)」
「記憶を戻したか。その調子だ。ーーその状態はーーやはり符が必要だな。」
「(父さん、)」
父さんはーー狂ってしまった……。
狂わせてしまった……。
私が狂ってしまった所為でーー……。
「父さん、もうーー」
「何だ? もう良いのか? ーーそうか、お前も彼奴と同じ様に……。俺の元から去るのなら勝手にしろ。」
去りたい訳じゃない。離れたい訳でもない……。
けれど、父さんはーー……。
父さんだけはーー、どうか……。
「幸せにーー……。」
「何だ? 何だその台詞はーー? ……。『幸せに』だと? お前たちが消え去ったその先に、何の幸せがある? 何の幸せがあるというんだ!? 」
「ーーっ、」
孤独ーー……。
そう思ってしまった。
その先にあるのは、孤独だと……。
第二の人生がある人間と、そうでない人間がいると、理解してしまっていた。
「(ーー母さん……。)」
「母親を呼ぶな! お前の母親はーー、俺とお前を捨ててーー、逃げた……。」
「(『逃げ た』ーー? )」
「ーーあぁ。そうだ……。」
「ーー逃げない、逃げたんじゃない、」
「何? 」
「あの時、逃げたんじゃない。逃げたとしても、父さんと二人で逃げたはずでーー! 」
「ーー記憶を引き継いだ様だな? ーーまだ救いがあるか……。逃げた先で俺たちは死んだ。殺されて、だ。」
「! 」
「思い出せ! 俺が何処に居るかを! 」
“思い出せーー!! ”
父さんの言葉が頭に反響する。
私は何を忘れて い る の か ……。
水の入ったコップに溶いた絵の具が落とされるーー絵の具は水の中を舞うように広がる……。
水に溶け切るその前の姿が、僕らだと、祖父はそう言った。
水に溶け切ったその状態も僕らだと君は言った。
僕は、落ちるその瞬間が僕らなんだと思ってしまった。
最初は絵の具で、水で溶かされて、水に落とされてーー……。
無下に、不本意に、無意識に、ーーそうやって社会に揉まれ、淘汰され、自我さえ消えていく様に……。
ーーだけど、まだ世界に弾かれていない姿だ。 それも、溶かされた僕らの一部だけだから……。
絵の具をそのまま入れてしまえば、水には溶けずに残る。この溶けずに残る僕らが自我の強い状態。
筆で掻き混ぜられて、溶けてしまうとーーそれは、僕らの自我が、僕らそのものが、世界や社会に溶けて滲んで色を加えてーー……。
そうして出来上がった社会だ。
そうして生きる僕らだ。
関わりなど無いと人は揶揄するけれど、関わっていて、滲み出てしまっている……。
コップの水をそこへ零した。
排水口へ流れ落ちて、暗い管の中を通りーーいずれは大海原か、大地か……。
「どうだっていい! そんな社会だの何だのーー、もう、どうだっていいんだ! 」
だって生きている僕らはどうあがいたって、生きていくんだ。
「『どうだって』ーー良くないんだよ……。櫻、考えなければ。ーー“考えなくてはいけない”。」
よく知る声が、他の誰かと重なって聞こえた。
霊が降りて来たのだろう……。
自我は大丈夫だろうか?
「この未来の果てに、あなたが居ようと、居なかろうともーー僕達は生きていきます。」
“ーー僕らの息子は僕らには似ないくらい、強く育ったね……。”
“似ているからだよ。”
もう、大丈夫。
両親が居なくてもーー……。
僕達は生きていく……。
「(悪しき君のその生きる姿も僕は見て育ってきたーー、逸れの僕は僕に似ていて、だけど僕じゃない。)ーー僕は、僕はあなたたちの息子で良かった。」
もう迷わない。 あなたたちを倒し、この物語に終止符をーー打つ!
「雪がーー……。」
「あぁ……。本当だーー」
桜の咲く入学式に、雪が降り出してきた。
深い澄んだ青い空に綺麗に浮かぶ雲と降り始めた雪とーー風に舞う数枚の桜の花弁。
柔らかい陽射しがそれを照らしていた。
終章
悪しき君よ、巡れ永遠に。
その身と魂が消えゆくまでーー……。
そして捧げよう、この命をーーたったひとりの友に。
“独りぼっちの孤独な君へ。
君の悲しくて哀しい旅の終わりが来ますように。
そして君の楽しくて騒がしい未来が、僕と出逢いますように。”
2025.10.9 2025.10.16




