〈壱〉
「晴明様ーー、」
「『様』? 」
「いつもの様に『晴明』と名をそのまま呼びはしないのかーー? 」
「あーーはい……。人目がありますね、奥の間へ行きますか? 」
「ーーふっ、お前から提案をーー誘いを受けるとは」
「も、申し訳御座いません、ーーはしたなかったですね……。」
此処よりも人気と一目の無い奥の間へと身を隠し、静かな床のあるそこに隠れた。
「あのね、晴明くん! 」
「あぁ、戻ったーー」
二人きりに成るや否や何時もの口調に切り変わった様子に此方もひと息を吐いた。
「見た目らしくーー関係をそれらしくした方が良いのかもしれないと思って! 」
「ーー確かに、お前の言う通りではあるな……。」
「でさ、どう? 『晴明様』」
「まぁ、悪くは無い……。」
「? ーーひゃあ!? 」
「それらしくーーと、云うのであれば、更にそれらしく……。」
「何ーー? あ、はっ、あははっ! くすぐったいよ! 」
ケラケラと笑う姿を誰が先程の姫だと思うだろうか。 この姫の様に振る舞っている子供は、実にはこの晴明よりも歳が上だと曰う……。曰ったのだ。
「初めまして! 僕は天界から来ました! 貴方は安倍晴明さんですね? 」
「ーー如何にも……。安倍晴明とは我の事ではーーあるーーが……。」
「あ、眩しいですか? 電気切るみたいに出来ないかな? えいっ、やっ、と。切れた! 」
「ぁーーいや……。」
「『アイヤー』? 『あいや~』は中華国ーーとか、あっちですよね? さてはあちらの人? 流れ着いて此方まで? 」
「? ーー……。」
安倍晴明は瞬き、天界から来た背の低い光る天使ーー天の使いは目をパチクリとさせた。
「あははっ、まぁ今答えられないなら良いや。また後で聞こう。そうだ、これを見せたら良いんだった! 」
天使はバサッ、と背から白い翼を生やしてそれを広げて見せた。
「人間、ではない、……。妖かしか? 」
「アヤカシ? ーーあ〜、あ! そうとも呼ばれてるって! そうなんだ……。ふぅん……。天使も妖の類かぁ〜……。」
「妖かしーーか……。ならば滅し、払ってやらねばーー……。」
逡巡。ーー安倍晴明は目の前の存在を滅する事を躊躇った。今迄の妖かしとは様子が違うのだ。
「(何よりも、光っているーーこれはーー、)」
「あ! 受けてみろって……。なんだよそれぇ〜……。まぁ良いや。ーーやってみせてくれたら、それを受けるから、そのままやってみて、その術! 」
「やってみせろーーか。ならば容赦無くーー! 」
「わっ! ーーなんだーー? これーー」
「! 」
「わぁ〜、ーーなんか力が湧くくらい! 」
「その様だ……。効かぬか。そうかーー」
「(払うものでは無い様だ。ーーしかし、人ではないこの者はーー? )」
「効いてる、効いてる! 肩凝り腰痛にってくらい! ありがとう、お礼をするよ。何か手伝うことはある? 」
「手伝うーー? 」
しかし、これが歪みを生み、安倍晴明を闇へと堕とし、天の使いは羽を失う事になるーーその始まりなのだと、この時の二人は知らないのだ。
「ーーあはは、ーー会ったことあるや。安倍晴明さま。アンタはインディアンだった。わかってきたぞ〜、この旅ーー天界からの命とかいう旅の目的が〜」
「此方はさっぱりだが……。『インディアン』、とはーー? 」
「アンタの使ってる守護神と語呂は似てるけどーー、あ、生き方も似てるか……。語呂も生き方も似ているインディアンはアンタの昔の姿だよ。」
「昔のーー? 」
「輪廻転生って教えてくれただろ? あの話のままそのままっ! ーーアンタは安倍晴明になる前に、インディアンだった。原始人の僕と暮らしてたことだってーーおっ、と。これは言わない方が良いんだった……。」
「暮らしていた? ーーそれは、そうで有りそうだ……。この懐かしさの様な不可思議な感覚はーーきっと、そのためだろうーー……。」
「あ、晴明さんもある? そういう感じ。こっちもーー僕もあるよ。」
「先程は様付けであったが? 」
「え? そこ気にする人? 」
「『まぁ良い』ーーだったな。お前の口癖の様な、まぁ良いだ。」
「会話だよ。気にしないで。会話中にコロコロ変わるものなんて幾らでもあるから! 」
「ーーその通りか? 」
「いや、父さーー白虎に聞くなよ! ーーというか、父さんをシキガミ? にするなんて……。」
見慣れた父が父の姿ではなく、大きな、巨大な猫のような姿に成っていた。
「式神ーー姿は変わっているが、慣れれば見慣れた姿にも戻るだろう……。お前の見慣れた父の姿に。」
「ふぅん……。あ、この前なってた。ーー母さんとの逢瀬の時〜! 」
白虎が目を瞑って頬を赤くした。
「逢瀬ーーか。成る程。それは戻りもするだろう……。魂はその魂の強く惹かれたものにその姿を現すーーお前もか? 」
「へ? 」
天の使いーー天使になった元原始人は目をパチクリとさせた。
「ーーこの安倍晴明を態々名指しで訪ねて来ただろう? 」
「あ、言語戻ってる。」
「移っただけだ。お前のお喋りが」
「ーー記憶も戻ってる? 」
「まぁ、少しーーは、な。」
「……。どのくらい? 」
「ーーーーそれは秘密としておこう。」
「え〜……。」
束の間の再会か、運命の再会か。
再び輪廻転生の最中で出逢った二人は、この後、世界を滅ぼす闇と化すのだ。
そしてそれは、以降の二人の輪廻転生に深く名残り、その血と傷、罪は受け継がれていくこととなった……。
穏やかな平安の物語が、血塗られた暗闇へと書き変えられ、後世へと語られ、ーー現代までそう描かれてきた。
よく知っているだろう安倍晴明の物語は、歪み変化した本来にはなかった物語なのである。
さて、現代ーー平成の世にその血を受け継ぐ珍しい双子がーー……。
「昔なら俺たちは殺されていたーー……。」
「何読んだの? 」
「枕草子? 」
「正解だ。」
「晴明くんさぁ〜、」
「『晴明』とは呼ばないで欲しい……。ーー周りがどよめく……。」
どよめいていた。風ーー空気、大気までが。
「何なら地球までじゃない? 」
「宇宙のあっちはーー大丈夫みたい。」
「あっちは懐かしいなぁ! 」
「ダースベーダーとか居る星だ! 」
「お決まりのやつ、流す? 」
テーマソングがまさかのピアノで流れてきた。
「せっかくのピアノの生演奏が……。」
「雰囲気も台無しな感じーー? 」
「重苦しくはなる……。」
「オープニング流してください! 希望のあるやつ! 」
「和とかーー侘び寂びとか吹き飛ぶね、これはこれで……。」
「『さくら』とかにすれば良いんじゃない? 」
「違う、現代のその『さくら』じゃない。」
「琴が聴きたい。」
「聴きたければ幾らでもーー弾くが、ここに、手元に琴は無い……。」
「音楽室、開けて良いですか? 」
「音楽室ーー行く? 分かった。鍵持って来るね。」
心做しかウキウキと機嫌の良さそうなのは音楽が担当のーー専科の先生だからだ。
「わぁい、グランドなピアノが聴けるぅ〜♪ 」
「琴はいいの、かーー? 」
「聴きたい聴きたい。こいつだって。な? 」
「ききたい、ききたいーー! 」
「白々しくもあるようなーー? 」
「あ〜、尺八吹きてぇ〜ーー……。」
「また空気重くならない? 」
「なるかもな〜♪ 」
「尺八ーーとは、重苦しいか? 」
「あ〜、手は止めないで〜! 聴いてるから〜! 」
「む、そうだった……。演奏中はーー他の事を考えない……。」
「ーー三味線弾くから、尺八吹く? 」
「持って来てる持って来てる、教室だわ。持って来る」
「長く掛かっても、長い曲を弾いて待つーー」
「お〜、有り難い。」
「一緒に三味線、弾いて良い? 」
「勿論! 」
ひと時の休息の様な、そんな儚いものになろうとは、その時、僕らの誰にもわからなかった……。
ーーただひとり、未来の視える晴明くんを除いて。
弾いている間、難しい顔をしていた晴明くんが、僕を人気の無い場所へ呼び出す為に耳打ちしてそれを聞き逃さなかった同級生たち、先生たちまでが心配したけれど、僕は晴明くんの元へ行った。
ーー晴明くんに今世の悩みになる未来を打ち明けられても、その時僕は言葉で振り払うことしか出来なかった。そうして不安をどうにか拭い去って、それで済ませたかったーー済ませることが出来ていたなら……。
未来の僕らは、こんな死と別れをーー悪夢の様な結末を迎えることはなかったのかもしれない。
「貴方を殺すのは私の役ーー」
「あぁ、唯で殺されてはやらない……。」
「道連れにしようと!? 」
「させないっ!! 」
『止めないで』、『一緒に死にたい』、ーーそんな言葉は前世に置いて来た。
「さようなら。貴方は確かに私のこの手でーー」
「あぁ、お前の手で殺されーーようーー……。」
そして最愛の貴方の心臓を貫いた。
そして、世界もその時、終わった……。
2025.9.25




