最終話 それがマジカルということ
空港ラウンジは、妙に静かだった。
よし子は、皿に取ったスモークサーモンをぼんやり見ていた。
その横には液体なのか個体なのかわからないチーズがよそわれている。
さっきまでシャンパンをがぶ飲みしていた妖精が突然叫んだ。
「マジカル王子のおなありいい!」
「うるせえ!」
よし子が小声で怒鳴った瞬間、目の前にマジカルミラーが強制展開された。
きらきらと光が舞う。
そして、あのときからきっちり五年分、歳を重ねたマジカル王子が現れた。
「よし子。今回は本当にありがとう」
王子は、少し疲れた顔で微笑んだ。
「魔王クラスが討伐されたおかげで、あと三百年は悪のウィッチ組合は大型魔獣を召喚できない。世界は、一旦救われた」
よし子は黙っていた。
「そして同時に、今回よし子にマジカルパワーを与えたマジカル特例の発生条件もなくなった。だから、よし子も今日で魔法少女ではなくなる」
ラウンジの照明が、やけに白かった。
「本当に、ありがとう」
王子は続けた。
「ねえ、よし子。人生は希望に溢れて始まる。嬉しいこと、楽しいこと、いろんな色があって、思い出を重ねていく。でも、やがて老いて、絶対的な絶望である死に至る。時間は戻らない」
よし子は、何も言えなかった。
「そして世界にある希望は、欲と自慢話と嘘に溢れている。君の救った世界は、虚しい世界なのかもしれない」
王子は少しだけ笑った。
「だけど、これからの人生で見続けてほしい。この世界を。僕たちには、そうすることしかできないんだ」
妖精も、珍しく黙っていた。
「嘘をついたり、自分をごまかしたりしながら、それでも抱きしめてほしい。この世界を」
王子はまっすぐ、よし子を見た。
「それが、マジカルということなんだ」
光が少しずつ弱くなっていく。
「ごめんね、引き留めて。あと、これ。気持ち。旦那さんと娘さんに、お土産でも」
王子は封筒を渡した。
中には、九十五ドル入っていた。
日本円で、約一万五千円だった。
「微妙!」
よし子が言うと、マジカルミラーは閉じた。
空港でI♡NEWYORKのTシャツを家族3人分買った。
マジカル王子のお土産代では足が出た。
「マジカル経費...」
『落ちません!』
帰国した。
成田空港は、ほのかに醤油の匂いがした。
あれから、しばらく経った。
夫が帰ってきた。
今はリビングで、娘と一緒に『マジピュア』を見ている。
「ねえパパ、ママもマジピュアなんだよ」
夫は少し驚いて、それから微笑んだ。
「そうなんだ」
「ねえママ、変身して!」
娘がこちらを向いて言う。
「変身してママ!」
娘が駆け寄ってくる。
どしっ。
よし子は、その小さな体を抱きしめた。
暖かくて、
そして、少しベタベタしていた。
「それが、マジカルということなんだ」
夫が笑っている。
娘がぐりぐりと頭をよし子のお腹にめり込ませている。
ベランダでは、乾いた洗濯物が風に揺れていた。




