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魔法少女37歳〜今日もストゼロ飲んで頑張るぞっ  作者: 座山食空
帰ってきた魔法少女42歳 ピラティスの戦士
4/8

第一話 離婚、する?

六月。


窓ガラスを叩く雨を見ながら、よし子はため息をついた。


リビングには洗濯物が並んでいる。


夫のワイシャツ。

娘の小さなTシャツ。

自分のピラティスウェア。


除湿機は全力で稼働しているが、どこか湿っぽい。


生乾きの臭いがする。


だが、よし子のため息の原因はそれだけではなかった。


夫とは別居三日目だった。


出張先で若い女性社員と温泉旅行。


偶然スマホの写真を見てしまった。


問い詰めた。


夫は認めた。


「でも何もなかった」


そう言った。


そんな言葉を信じられるほど、よし子は二十代ではない。


四十二歳だった。


結婚五年。


娘は三歳。


最近はピラティスに夢中だった。


体調もいい。


体型も維持できている。


体幹は二十代より強い気がする。


だが人生は思うようにはいかなかった。


このまま好きでもない、今や嫌悪感を覚える夫と暮らし続けるのか。


もうちゃんとした仕事に復帰もできないだろうし。


このままピラティスだけを心の支えにして生きていくのか?生きていけるのか?


物価は年々上がる。トマト1個200円?どういうこと?


年金も月にトマト400個分くらいしかもらえない。


ジジイになったあの夫とババアになった私と、薄暗い安アパートで息を潜めて暮らしていくのか、、、


「はぁ……」


その時だった。


耳の奥に懐かしい痛みが走った。


ピリッ。


まるで忘れていた古傷が疼くような感覚。


そして声が聞こえた。


『……子』


『よ……子』


『よし子』


『よし子……聞こえますか?』


よし子は固まった。


十秒ほど固まった。


そして呟いた。


「嘘でしょ」


『よし子!』


「嘘でしょ!」


『久しぶり!』


「嘘でしょぉぉぉ!!」


マジカル妖精だった。


二十年以上聞き続けた声。


五年前、やっと縁が切れたと思った存在。


その声が耳の奥で元気よく響いていた。


「何の用?」


『実は地球が滅亡の大ピンチなんだ』


「帰れ」


『まだ何も言ってない』


「もう聞き飽きた」


妖精は咳払いした。


『とにかく力を貸してほしい』


「無理」


『まだ何も説明してない』


「子育て中」


『地球が滅びたら元も子もないでしょう』


「その理屈ずるいのよ」


妖精は話を続けた。


『まず⭐︎を送るから受け入れてほしい』


⭐︎。


それはマジカル少女になる資格。


悪のウィッチ組合の刺客が見えるようになり、攻撃できるようになる。


そして人生がおおむね碌なことにならなくなる。


「私の後任は?」


『いま五期目』


「五期目?」


『五十人体制』


「五十人!? AKBグループ?」


よし子は驚いた。


自分の時代はいつも一人だった。


「ちょっと待って。何で私は二十二年の長期政権やらされたの?、シンガポールの元首か!」


『最強すぎたから、控えめに言って化け物』


妖精は気まずそうに羽を動かした。


「酷っ」


『いや、よし子が特殊すぎて』


「何が」


『何の代償もなく必殺技出せるし』


「うん」


『最終奥義が寿命三秒』


「うん」


『普通はマジカルシュート一発で髪六百本抜けて一週間下痢』


「待って」


『五期生なんてほぼ尼さん集団』


「待ちなさい」


『最終奥義なんて使ったら三十年持ってかれる』


「待てって!」


妖精は涙目になった。


『だから使わせられないんだよ!』


『歴代最強なんだよ!』


『控えめに言って化け物なんだよ!』


よし子は黙った。


そして静かに言った。


「お前らのマジカルシステム、死神か?」


妖精も黙った。


「おい」


『ギク』


「ギクじゃない」


しばらく沈黙。


雨音だけが響く。


よし子はふと思い出した。


そういえば。


結婚したら魔法少女を卒業する。


そんな設定だったはずだ。


そう言いかけて。


舌の付け根あたりが苦くなった。


夫。


温泉旅行。


別居。


離婚届。


リビングのテーブルの上。


まだ記入されていない紙。


その時。


テレビから元気な声が響いた。


『マジカルピュア!レインボースターアターック!』


娘が歓声を上げる。


「ママー!マジピュアー!」


日曜朝。


令和の魔法少女。


きらきらした笑顔。


よし子は娘を見た。


洗濯物を見た。


雨空を見た。


そして言った。


「やる」


『え?』


「やるって言った」


次の瞬間だった。


リビングが光に包まれる。


虹。


星。


リボン。


ハート。


ファンシーない熊のぬいぐるみ。


熊。


熊。


熊。


「令和で熊推しはまずいだろ!」


よし子が叫ぶ。


誰も聞いていない。


平成初期特有の情報量の多い変身演出が炸裂する。


娘が目を輝かせた。


「わぁー!」


瞳に⭐が浮かぶ。


身体の奥に懐かしい力が戻ってくる。


そして光の中から。


「よし子ぉぉぉっ!!」


聞き慣れた声。


懐かしい妖精が姿を現した。


昔より少し太っていた。


「……太った?」


「妖精界もストレス社会なんだよ」


「そう」


「まずそこ?」


よし子は笑った。


五年ぶりだった。


本当に五年ぶりに。


あの懐かしい、魔法少女のノリだ。





雷鳴が空を裂いた。


四十二歳。


主婦。


別居中。


ピラティス歴一年半。


元魔法少女。


そして歴代最強。


世界で一番面倒な戦いが、いま始まろうとしていた。

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