第二話 結婚、する?
三十七歳。
この年齢になると、友人との会話が変わる。
昔は、
「どんな人がタイプ?」
とか、
「結婚とか興味ないんだよね〜」
とか言っていた。
今は違う。
「親の介護どうする?」
「老後資金いくら必要?」
「NISAやってる?」
夢がない。
本当にない。
でも、たぶん、それが現実だ。
「……結婚、かぁ」
私はソファに寝転がりながら呟いた。
夜十一時。
ストゼロ、九%。
彼氏は風呂に入っている。
テレビでは、芸能人夫婦の離婚ニュースをやっていた。
結婚。
正直、よくわからない。
彼は優しい。
ちゃんとしてる。
浮気もしない。
ギャンブルもしない。
ゴミ出しもしてくれる。
年収も、まあ普通。
老後を考えるなら、かなり優良物件だと思う。
でも。
好きかと言われると、やっぱり少し困る。
胸が苦しくなるわけでもない。
キスしたいわけでもない。
ただ。
一人で死ぬのは嫌だな、と思う。
子どもとかできちゃえば、すぐ結婚だったんだけど、
やることはやってるけど、できない。
まさかマジカル関連じゃあるまいな、、、、
その時だった。
風呂場から彼が言った。
「ゴールデンウィークさ」
「んー?」
「実家、来る?」
私は固まった。
「……え」
「いや、嫌なら全然いいんだけど」
「岐阜?」
「うん」
「ご両親いる?」
「いる」
「おばあちゃんも?」
「いる」
重い。
一気に重い。
私はストゼロを飲む。
うまい。
逃げたい。
「……なんで?」
「なんでって」
彼は少し笑った。
「そろそろ、ちゃんと紹介しようかなって」
その瞬間。
心臓が、少しだけ跳ねた。
ああ。
いよいよか。
と思った。
◇
ゴールデンウィーク。
新幹線。
よし子は緊張していた。
網棚には東京駅で買った舟和の芋羊羹。賞味期限が2日しかない本物の芋羊羹。
「大丈夫だって」
隣で彼が笑う。
「うちそんな堅い家じゃないし」
「いやでも……」
「母親とか絶対よし子好きだと思う」
「なんで?」
「ちゃんとしてそうだから」
してない。
全然してない。
昨日も夜品川で巨大クラゲ型魔獣を爆破したあと、コンビニで蒙古タンメン買って帰った。
魔法少女なのに。
「…………」
「どうした?」
その時だった。
——ピリ。
「あ」
来た。
最悪だ。
右目の奥が焼ける。
金色の⭐︎紋様。
緊急招集。
『緊急事態発生♡』
「♡やめろ!!」
思わず声が出た。
周囲の乗客がこっちを見る。
「え?」
彼がびっくりしている。
妖精からスマホにメッセージ入る。
『茨城県牛久市上空。悪のウィッチ組合による超大型召喚確認』
「うそでしょ……」
『コードネーム、“百万呪殺観音”』
「ネーミング会議ちゃんとしろよ!!」
彼が不安そうに見ていた。
「仕事……?」
私は顔を覆う。
三河安城。
ちょうど三河安城。
定刻通りの通過、ここで、、、
タイミングが最悪すぎる。
「……ごめん」
「また、急な仕事?」
彼の声は穏やかだった。
でも。
その穏やかさが、逆につらかった。
「ごめん……ほんとごめん……」
彼は黙った。
怒っていた。
当然だと思う。
ゴールデンウィーク。
実家挨拶。
たぶん人生の大イベント。
それを。
名古屋で東京に引き換えす女。
「……行ってきなよ」
「え」
「しょうがないんでしょ」
優しい。
本当に。
だから余計つらい。
◇
新幹線から特急「ときわ」に乗り換え、牛久へ。運良く連絡が良かった。
茨城県。
空が割れていた。
巨大観音が立っていた。
高さ、たぶん三百メートル。
オロローン!
巨大観音が叫ぶ。
「マジカルステッキセットアップ......」
変身。
光。
花。
リボン。
肩つった。
「っだぁぁぁ!!」
『マジカル・ミラージュ出動完了♡』
「もういいから」
私は空へ飛ぶ。
『通常戦闘プロセスを推奨♡』
「無理」
『え?』
「今日、岐阜行かないといけないの!人生の一大イベントなの!」
『あ』
「もう時間ないの」
怒りが、煮えていた。
恋愛。
結婚。
子供。
老後。
そういう普通の人生を。
なんで毎回、悪の組織に邪魔されなきゃいけないんだ。
「……寿命使用承認」
『え!?最終奥義使うの?寿命3秒縮んじゃうよ』
妖精の顔色が変わる。
『ちょ、待っ——』
私はステッキを握る。
全身の魔力回路が軋む。
心臓が熱い。
「マジカル……」
空が赤く染まる。
雲が渦を巻く。
宇宙の向こうで、巨大な火球が生まれる。
『もーっ、最終奥義使用権限確認!!』
妖精が承認する。
「メテオストライク!!!!」
星が落ちた。
一瞬だった。
巨大観音。
空間亀裂。
悪意。
呪詛。
全部まとめて蒸発した。
音すら遅れて来た。
『討伐完了♡』
「……はぁ」
膝が笑う。
寿命三秒。
たった三秒。
でも。
少しだけ、確実に死へ近づく。
『やりすぎだってぇ……』
妖精が涙目だった。
「うるさい」
私は妖精の頭を小突く。
「あと帰り東京までタクシー使うから、タクシー代、マジカル経費で落としといて」
『えぇ!? 東京まで高いよ!?』
「世界救っただろうが」
『横暴!!』
◇
「ごめんなさい遅れました!!」
岐阜。
彼氏の実家。
夕方六時四十分。
ギリギリだった。
「あら〜!」
出迎えたお母さんが笑う。
「よし子さん? はじめまして〜!」
よかった。
間に合った。
本当に。
私は心の底から安堵した。
その時。
彼が小さく言った。
「……来てくれてありがと」
私は彼を見る。
優しい顔だった。
たぶん。
私はこの人のことが、ちゃんと好きなのかもしれない。
まだ。
よくわからないけど。




