097 設定男爵
上司の意見に反対するのは世間一般的には宜しくない、というより意味がない。上司が反対意見を取り入れる事はほぼないからだ。
これは上司の個人的な資質や上司特有の行動形態も無論あるが、何より上司はそのまた上司から「ヤレ!」と厳命されている場合もあるからだから、まず十中八九覆らない。
加えて反対された上司はほぼ間違いなく部下に悪印象を持つ。
なんせ彼はそのまた上の上司から「ヤレ!」と言われているのだ。部下に期待しているのは「ハイ!喜んで!」という丸投げ全面受け入れの言葉なのに反対意見を言われては感情的になるのも当たり前だ。
その場では上司から「お前は何を言っとるんだ!」と怒鳴られず、むしろ表面上は興味深く聞いてくれても結果は同じ事だ。蓋を開けてみれば反対意見はただスルーされているだけで、裏では直属の上司から、そのまた上の部長または人事に対し、仕事に対する資質と上司にモノ申す人間性に対する疑問が投げかけられる。
更に言えば、後で反対した部下の言った通り結果が芳しくなかった場合も部下が正しかった事など微塵も認めず、むしろ後で問題を蒸し返させない為に地方や関係会社にトバす。
この場合も同じだ。
直上司であるお嬢と、そのまた上司、というより元の会社的にはウチの社長でもなくグループの総帥である親会社の社長が俺にやらすという決定したのだ。逆らう事に全く意味がない。逆らっても国王の意見が覆る可能性はジョン・レノンが生き返る可能性より低い。
もっとも今の俺は雑用子会社のヒラ社員じゃない、という立場の違いはある。
冒険者という請負業者で現在、伯爵家の護衛を請け負ってるだけだ。左遷専用雑用子会社の正社員ではなく、言うなれば委託業務請負社員だ。
請け負った当初こそ官憲に追い回されるという弱いシリもあったが、今はない。
冒険者として価格交渉、条件交渉するのは全然可能だし、マズい仕事は請けずにトンズラすればいい。
馘になっても別に困らない。どんな仕事にも喰らいつかなきゃいけない程、目先の金には困ってない。
シマった!
なのに先の陛下との交渉じゃ価格交渉はせんかった!
なんせ少なくとも一介の冒険者への報酬程度の金には困ってないであろう国王直々の依頼だ。
なら、例え元受けのお嬢に8割方中抜きされるにしても、それを見越して条件交渉、とりわけ価格交渉はしてもよかったんじゃあないのか!!
伯爵家内で出世とかを狙っているわけではない。それなら猶更、エクストラの仕事分はキッチリ別料金を請求すべきだった!
が、今更遅い。
ちくせう!と俺は腹の中で盛大に後悔しながら、お嬢と一緒に仕事の内容を説明してくれるとか言う人間がいる部屋へ向かっていた。
「全くお前というヤツは…」
侍従も付かず、勝手知ったる我が家の様に宮殿内を歩くお嬢が先導で、俺とお嬢だけになって俺が密かに価格交渉をしなかったという冒険者としてあるまじき失態を悔いていると、お嬢が説教だが愚痴だかを始めた。
「よくもまあ、陛下の御前でああもベラベラと口答えが出来るものだ!」
「だから来る前に受け答えがヤバくなるかもって言ったじゃねえか。」
俺が馬車での話を蒸し返して抗弁すると彼女は軽く溜息をついた。
「だいたい、この件は元はと言えば私が陛下から承ったのだ。お前を盾にしても私は逃げられはせん。」
結果としてはそうかも知れないし、国王からすれば俺なんぞ所詮は絨毯の中に潜むダニみたいなもんで眼中にないから責任を取らされる程の存在ですらないし、意識もせずに潰してしまっても気付きもしない。だから逆説的に責任を取るのはお嬢か伯爵家になるのは自明の理なのかも知れない。
AとBのうちAは虫に等しく責任を取れる立場ではない。従って責任を取るのはBだ。
背理法ってヤツだな。
あ、例を作るならAとBは逆にするのが普通かな?
だが、その人間として扱われない存在の軽さは俺程度は簡単に物理的、あるいは生物学的に切り捨てられる可能性を示唆しているので、形だけでも免責は確保したかったのだ。
「陛下のお心内がどうだかは俺には分からんし 。」
とは言え、パシリの考える卑小な自己保身をグダグダ説明してもしゃあないので、俺が曖昧かつ適当に答えると、先を歩くお嬢が足を止めて俺の正面に振り向いた。
「クラウが信用出来るのに、そんなに私は信用出来ないか?」
真剣な眼差しで言われて俺も少し真面目になった。
「冒険者の基本のキは、オイしい仕事を受けることじゃない。ヘタな仕事を受けないことだぜ。お嬢がどうこうは関係ねえ。」
「……そうか。」
俺の答を聞いたお嬢の目を見て、なんとなくこれだけじゃダメな気がして俺は言葉を続ける。
「上司が信用出来る出来ないでもねえ。マズい仕事は受けて良い事は一個もねえ。世の中はみんな伯爵家みたいにお上品じゃねえし、お嬢みたくコッチの立場を考えてくれるわけじゃねえんだ。シャバじゃヒラ社員と冒険者なんぞ使い捨てが当たり前なんだよ。」
「……」
「しかも俺のしくじりでお嬢も共倒れってのは何としても避けてえんだ。」
彼女は何故か揺れる眼差しで俺の目を見た。
「……私の事を考えてくれた、という事か?」
「俺は24時間365日、お嬢の事しか考えてねえぜ?」
ガンッ!とお嬢は無言で俺の肩を殴った。
「クラウが怒るぞ!」
「は?」
お嬢はクルリと向き直って歩みを再開する。
階段を上がり、角を曲がりやがて日当たりの悪そうな角部屋の前に立った。ここが目的地らしい。
俺が自然体で前に出て、当たり前の様に侍従宜しく部屋をノックする。
「どうぞ」
俺がこれまた使用人宜しくドアを開け、お嬢が室内に入り、その後で俺も入室した。
ドアを閉めて前を向くと、室内の応接セット(?)で1人の男が立ち上がった。
黒目黒髪の男だった。
「そろそろかと思っておりました。」
室内で1人、俺らを待っていたらしい黒目黒髪の男はお嬢に丁寧にアタマを下げた。お嬢もアタマを下げる。俺も当然、後ろでアタマを下げる。俺の場合は下げっ放しだ。
「事前に少し陛下からお言葉を頂戴しておりましたので…お待たせして申し訳ありません、男爵閣下。」
目の前の俺と同じく黒目黒髪の男はどうやら男爵らしい。
「いやいや。そもそもこちらが色々とお願いしているのです。しかも陛下から本件についてお言葉を戴けたとあればお待ちした時間はむしろ有意義であったかと。」
男爵と呼ばれた人物が如才なく言い、こちらへ、と応接へお嬢を誘う。
俺がお嬢の席を引き、お嬢が優雅で清楚なお嬢様ムーブで腰掛けると、男爵も机の向こうに回り込んで腰掛けた。当然、俺は座る事なくお嬢の斜め後ろ辺りに直立不動だ。
ガチャ
奥の扉が開いてメイドがお嬢と男爵の2人分の茶菓を持って来て机に置いて、入ってきた時と同じく滑る様に奥の扉の向こうに消えた。
「陛下の所でもお飲みになったとは思いますが…」
何故か男爵が含み笑いで言い、対するお嬢も口元に微苦笑を浮かべた。
「閣下も…?」
「唯の1杯なんですが、その1杯が…」
2人で何か俺には分からん話で、しかも何故か苦笑いで盛り上がり、何故か2人して美味そうに手元の紅茶を飲んで、ギッと男爵が椅子に腰掛け直した。
「して、私に付けて戴けるというのは、そちらの御仁ですかな?」
「左様でございます。」
「ご紹介を賜っても宜しいでしょうか?」
お嬢が肩越しに俺の方に振り返って命じた。
「男爵閣下に自己紹介せよ!」
相手は貴族ということで俺は丁寧に胸に手を当ててアタマを下げながら自己紹介をした。
「お初にお目にかかります、閣下。某はレイボーン伯爵家に仕えておりますクリス・シーガイアと申します。こちらのエリザベスお嬢様直下にて護衛を担当する弓師でございます。」
「お顔を上げて下さい。」
丁寧な口調で男爵から言われ、俺は顔を上げた。
男爵はニコニコと笑いながら……日本の会社での商談の様な読めない笑顔でこちらを見ていた。
「弓師ですとな。面構えは中々のものとお見受けしますが…エリザベス様ご直下という事はかなり腕前ですかな?」
「冒険者クラスはCですが、我が家の配下全体中でも弓師としては腕の達つ方と評価しております。その上、度胸もあり、悪知恵にも長け、狡猾さにおいてはまずは一番かと。」
俺が何事か答える前にお嬢が補足した。
対する男爵は「ほほう!」と感心した様に声を上げているが、俺はイマイチ気に入らない。
だいたい、先の陛下の前でも今もそうだが、何だって俺の説明には二言目には「狡猾」とかって形容詞が付くんだ!おい!
「先だっても町に巣食うギャングどもを見事にワナに嵌めて誘き出し、一網打尽にする活躍を見せました。」
おい!こら!アレは俺がワナに嵌められたんだ!
俺がアイツらを呼び寄せたわけじゃねえ!
「ああ、例のギャング一味の壊滅の話は彼の活躍ですか!流石にエリザベス様のご配下!」
やべえ…という程ではないが、このまま放っておくと「狡猾」が独り歩きしかねない。
「勿体ないお言葉にございます。全ては我が主、エリザベス様のお指図に従ったまでの事にございます。」
俺は殊更丁寧にアタマを下げ直して言うと、お嬢の頬がちょっとヒクついた。
そりゃ奴らをハメて皆殺した(いや1人生かしてはおいたか…)のはお嬢じゃない。けど俺でもない。
何度でも言うが、俺が奴らをハメたんじゃなくて、俺がワナに嵌められて単に降りかかった火の粉を払っただけだ!
なのにお前が人を紹介するたびに一々「狡猾」とか「悪知恵に長けた」とか言うからだろ!?
「いえ、アレは私の指示とは全然無関係…」
お嬢が何事か言い訳する前に男爵はまた「ほほほう!」と感心した声を上げた。
「なるほど!エリザベス様の見事なご計略の結果とはいえ、ご配下の1人が御身を点け狙う不逞の輩を全滅させた、と私も聞いております。成程、この者がそうですか…いや、流石に武門の誉れ高いレイボーン伯爵家は多士済々ですなあ!」
何が可笑しいのか上機嫌ではっはっはと笑う男爵の前で、お嬢は珍しく「いえ、それほどでも…」とモゴモゴ言いながら少し困った様な笑みを浮かべる。
その前にチラリと「オマエわ…(怒)」とこちらを見たが俺は素知らぬ顔で流した。
「それで…」
男爵が真顔になって話を本筋へ戻した。
「私としては直ぐに実務的な話し合いを彼と始めたいと希望しているのですが、内容の話は…?」
男爵の問いに珍しくお嬢は口篭った。
「いえ、内容が内容だけに私の口からは…正直、説明が難しかったという面もありまして…」
珍しく申し訳なさそうなお嬢に対し、男爵は笑顔で言った。
「いえいえ、本来、私から説明せねばならぬこと。エリザベス様のお手を煩わせるつもりは毛頭ございません。」
「では…」
お嬢がご令嬢に相応しい上品な仕草でカップを置き、男爵も頷いた。
「後は私の方で。シーガイア殿を少しお借り致します。」
「分かりました。」
お嬢は優雅に立ち上がり、男爵も同時に立ち上がって軽くアタマを下げた。
そしてお嬢は肩越しに俺の方を見た。
「内容は閣下より直接ご説明がある。閣下のお指図によくよく従い、閣下の、ひいては陛下のお役に立てる様に全力を尽くせ!」
「ハッ!伯爵家の面目を施すべく、全力で当たります!」
俺のしつこい念押しにお嬢は俺だけに見える角度で口の端に本日何度目かの「オマエわ…」という微苦笑を浮かべながらも頷き、出口へ向かう。俺は少し先に立って従者宜しく扉を開けた。
最後に男爵が再度軽くお辞儀しながら言った。
「この度の私の様な者の相談に、エリザベス様の貴重なご配下の中でも特に腕利きとご評判のシーガイア殿をご担当にして戴きました事、改めて御礼申し上げます。伯爵閣下にもくれぐれもよしなにお伝え下さい。」
「父にも閣下からの感謝の意、しかと申し伝えます。」
バタンと扉が閉まりお嬢の姿が見えなくなると、男爵は応接セットの椅子にドカッと腰掛け直した。
そして目の前の席をいい加減に指して言った。
「まあ、座んなよ。」
「はあ。」
いきなりフランクな感じで話し掛けられても一介の冒険者の俺は困るだけなんだが…
俺の微妙な困惑を余所に男爵はめんどくさそうに続けた。
「ここは俺とアンタしかいねえ。俺を相手にそう畏まるこたぁはねえ。」
「ははあ…」
「相手だけを立たせたままで話するとかって偉い人ムーブにゃ慣れてねえ。獲って喰いやしねえから、とにかく座ってくれ。」
いや、仮にも貴族なんだからそんな事もねえだろう?
と、思ったものの、一方でここまで言われて誇示するのもまた礼儀に反する様な気がする。何より上の人のムチャ振りにあまり生真面目に抵抗すると碌な話にならない。
今夜は無礼講、と上の人に言われたからといって肩組んで裸踊りはやり過ぎだ。が、ネクタイを外して足を崩すぐらいはやらないと、返って相手が不愉快になる。
俺は俺的にはあくまで礼儀正しく、しかし言われるままに先までお嬢の座っていた席に腰掛けると男爵が改めて話し始めた。
「改めて自己紹介しよう。」
いや、そもそも紹介とかされてねえよ!?
と、心の中では突っ込んだが、勿論、口には出せない。
「ボリアリン男爵家当主、ルーク・ボリアリンだ。」
椅子に座った姿勢で俺は手を膝に乗せてアタマを下げた。
「ご丁寧なご挨拶、恐れ入ります。」
自分で自分の恰好を見た訳ではないが、この姿勢ってヤクザが兄貴分に挨拶してるみたいじゃね?(笑)
偉い人を前にして変な事を考えていた俺は何でか少し気が抜けていたのだろう。
上司がいなくなったからかな?
その気の抜けた、つまりガードが甘くなった俺に対し男爵がサラリと言った。
「俺はここじゃ男爵だ。けど、そういう話になってるだけで単なる設定だ。」
「は?」
設定?
設定って何だよ?
本当は男爵とかじゃねえってか?
勿論、態度に出しはしていないつもりだがアタマの中は「?」だらけの俺が思わず声を出してしまうと、男爵は面白そうな顔をして爆弾を落とした。
「俺の本名は浜井猛彦だ。」
「ハマイタケヒコ?」
「そうさ。」
ハマイタケヒコって何だ?
「俺も本名を名乗ったんだ。アンタの本名も聞いてもいいか?」
おいおい!
コイツ、何だ!?
俺はこの世界に戻って来て以来、一度も海野隆人を名乗っていない。前回、一緒に召喚された連中は当然、知っているが生き残りは俺だけだ。
前回の名前、タッカート・ウンノウも名乗っちゃいない。
当時の知り合いで唯一会ったヤツは周囲に余計な事を喋る前に始末したし、レニも恐らく喋らない。今や俺の事を喋ったりしている場合じゃないはずだ。
「ああ、とにかく先も言ったけど男爵とか設定だけの話だ。敬語とかいらねえから。今の見た目は歳も同じくれえだし。」
「あ、いや…俺…いや私は……」
「おいおい。お互い見れば日本人だって分かるだろう?この期に及んで隠し事したってしゃあない。お前さん、何てんだ?」
たたみ掛けられた俺は覚悟を決めるしかなかった。
「海野隆人です。で、ハマイタケヒコ…さんって…?」
「砂浜の浜に井戸の井、それに猛々しいに猿田彦の彦だ。アンタは?」
いやそうじゃなくてだな…
「日本海の海に野原の野、興隆の隆に人間でタカトです。いや、聞きたい…いやいや、お伺いしたいのはソコじゃなくて…」
条件反射で答えてしまった俺に、浜井さんは「分かってるよ」という風に目の前で軽く手を振った。
「俺はこの世界の原作者だ。」
「原作者?」
「そうさ。」
彼は両手を広げた。
「この世界は俺の書いた”遠い道をダッシュで駆け抜ける勇者ってどうよ?”を原作にしたゲームの世界だ。」




