096 お嬢とヘタレ陛下と冒険者
「よく来たな。エリザベス嬢。」
陛下にご拝謁とか言うから、なんとなくだが何か大広間みたいな所で重臣が列席する中でドバンと高みにある王座の前に跪くみたいなシチュエーションを想像していたわけだが、案内されたのは宮殿内の奥まった場所にある品が良く居心地の良さそうなテラスだ。
そこのテーブル席に陛下と思しき俺と同じか少し年上の男性が座っていた。
…御年35歳って聞いたっけか。若々しく見えるな。
服装もゴージャスな雰囲気はあれど普通だ。よくある赤と金で彩られたガウンに中身は何の金属で出来てるかは分からないが見た目は金ぴかな王冠を被っていたりもしない。
マンガとか物語に出て来る様なティーンエイジな若い姫がいるのが極めて不自然な感じの立派なサンタ髭の老人でもない。
要はハートのキングだかダイヤのジャックみたいなこっぱずかしい恰好じゃないって事だ。
しかし、どことなく威厳を感じる。
…今迄思い出しもしなかったけど、2回目にコッチに召喚された時のザンビアナの国王はもうちょっと若い感じだった。国王って言うより学園祭で出店のセッティングを仕切ってるバイトリーダーみたいな感じだったなぁ。
でも今回は周囲に重臣らしき偉そうなジジイ軍団もアタマの回転の速さをドヤ顔で誇る若い側近もいない。後ろにビシッと侍従1人が静かに目立たなく立っているだけである。
が、作法は同じらしく、お嬢はドレス姿にも関わらず、下に絨毯的な何かもないテラスで跪いた。
上司が跪いた以上、俺も当然、後ろで跪いて顔を下げる。
「ハッ!この世の太陽であらせられまする陛下のご壮健なるを拝見しこのエリザベス・レイボーン、心からの歓喜を隠すこ…」
陛下は顔は見えないが苦笑の雰囲気を漂わせながら言った。
「ああ…ベス、こんな所でその様な大仰な挨拶は不要だ。ここには我らしかおらぬ。そこへ座って余のマイブームの紅茶を一緒に味わってくれないか。」
「ハッ!では!」
お嬢が立ち上がる気配がし、侍従によってギギギっと椅子が引かれた音がした。
上司であるエリザベスのお嬢は伯爵令嬢である。国王が「傍へ!」と言えば行く権利ぐらいはあるかも知れんが、パンピーの俺には当然、そんな権利などない。それどころか陛下を直視する権利すらない。
なので顔を伏せてその場で跪いたままだ。
「そのほう!」
「ハッ!」
「初めて見るな。名はなんと申す。」
「……」
返事ぐらいはするが、問われても答える事はしない。
シカトしているのではない。この世界ではパンピーは王に直接言葉を返す権利すらないのだ。逆にシカトしているのではない、と見せる為に返事程度はする。
顔を伏せたままだが、国王がまた苦笑いした雰囲気がした。
「苦しゅうない。直答を許す。」
この一言があって俺は初めて喋る事が可能だ。
俺は顔は伏せたまま答えた。
「図らずも陛下の温かきご温情を戴き、恐れながら言上仕ります。某は栄えあるレイボーン伯爵家のお雇いの栄を戴いております護衛隊の隊員が1人、クリス・シーガイアと申す者にございます。恐れ多くも主家レイボーン伯爵家がご令嬢、エリザベス様の高貴なる御身を守護仕る任務の一端を仰せつかっております。」
「面を上げよ。」
顔を上げると想像通り、国王は苦笑しながら俺を見ていた。
「ベスの配下はいつもこれだ。その様に仰々しい礼儀作法はいらんといつも言っているだろう?」
国王の言葉をお嬢が否定する。
「いえ、この者の場合、当家の躾ではありませぬ。この者の地でございます。」
いや、別に地ではないんだが。常識があると言って欲しい。
「そうかなのか?そのほう、ベスのところに引き込まれる前には何をしておった?どこかの国か爵家に士官しておったのか?」
俺は再び顔を伏せ直して答えた。
「いえ、市井にて一介の冒険者として活計を立てておりました。」
あ、糊口をしのいでおりました、のが良かったのかな?
でもそれだと何となく仕官前に浪人してたようなイメージになるのかな?
う~ん、仰々しいお言葉は言い慣れないからなかなかに難しい。
「ふむ…冒険者とな…」
国王陛下は少し考え込む様に黙った。
頭上でお嬢が口を開く。
「優雅さには程遠く、陛下のお目汚しにしかならぬ存在ではありますが、此奴は使えます。」
「ほほう?」
優雅な冒険者とかおらんやろ!?
俺の心の中の反論を余所に面白そうな感じで国王が相槌を打ち、俺の頭越しにお嬢は続けた。
「今回の陛下の命を受け、我が脳裏に真っ先に浮かんだのが此奴です。我が配下の中では最も相応しいかと。」
俺に何かさせようって魂胆なのは馬車の中の会話でも薄々感づいてはいた。
だからここで大きな驚きはないが、問題は内容である。
「市井に生きていただけあって精神的に図太く、無学な庶民にしてはそこそこに理解力があり、魔物を相手取る冒険者に相応しく誠に狡猾です。Cクラスにしては腕も達ちます。」
褒めてんだか貶してんだか分からん評価を言うな!
しかも、冒険者なんだから最初に褒めるのは腕前だろ!
「ベスがそこまで褒めるとはな。」
いや正直、全く褒めてねえだろ!
組織の殺し屋ハンソン君の紹介じゃねえんだぞ!?
「…ああ、先日、お前が連れてきた従姉とやらではいかんのか?アレもなかなかのモノだったろう?」
「クラウディアは腕前は陛下のご記憶戴くに相応しいですが、真っ当な性格故、この種の任務には向きません。それにアレも此奴については評価しております。冒険者として下々に通暁し、魔物をも誑かす程、悪知恵には長けていると。」
クラウのヤロウ(?)、俺についてそんな風に思っていたのか!
第一、2人で旅をしている時に俺があれこれ戦闘指示をしていたのは、後衛でしかもクラウより魔物の知識に詳しいからであって魔物を誑かしていたからじゃねえ!
心の中で盛大に反論しつつ俺が礼儀正しく黙って首を垂れていると、国王から再び声が掛かった。
「そのほう!」
「ハッ!」
「見る目の厳しいベスがここまで褒めるのも珍しい。余としてもその方に仕事を任せたいと思う。受けてくれるか?」
背中にお嬢の視線が突き刺さるのを感じる。
分かってますがな。
ここで嫌とか応とか言ったりはせんがな。
けど、それは丸呑みするという意味ではない。
「恐れながらこの身は卑しい陪臣の身。主家にご下命が下され、主家から某に命とあらば承りまする。」
無碍に断りはしない。
が、この偉い人特有の内容も知らせず何かさせようという魂胆は気に入らない。
こういう場合は往々にしてミッションインポシブルの丸投げの場合が多い。
しかも引き受けたという心象評価点は直上司が独り占めだ。
上司は仕事をカッコよく引き受けて昇進、部下が実務で討ち死だ。運良く息を吹き返しても余計な事を喋らせない為に修羅の国は墓多へ左遷というパターンだ。
雑用左遷子会社上がりで俺自身はトバされたりって直接大被害は経験ないけど日常的に左遷を多くを見ている俺は、嫌な意味で場慣れしている。親会社から来てた上司達はかつてはこの種の丸投げの加害者側の人間で、お気の毒な被害者達がトバされる場所がウチだ。
俺らがそんなのに平気だったのは、既に俺らの会社自体が左遷先で俺らはここのプロパーだからここ以外にトバしようもないし、何よりプロパーは他所の会社にトバされる権利すらないからだ。
なので俺は敢えて伯爵家に引っ掛けて答えた。
「賢くも王命であるぞ!我がレイボーン家がどうこうではない!」
対するお嬢も当然、俺の返答の意図は分かっていて負けてはいない。
伯爵家とは無関係に話を進めようとする。が、ここまでは読めている、
「恐れながら卑小非才な陪臣の身で王命を直接お受けするなどという身の程知らずは致しかねまする。それに非力は尽くす所存なれど万が一、万が一がございましたら我らが主家、レイボーン伯爵家が責を問われる結果になりかねません!」
どうあっても上司の連帯責任に巻き込みたい俺の固い決意を見た国王がニヤリとした雰囲気がした。
「なるほど、これは中々に手強い。ベスの申す通りであるな。」
国王は俺の頭上で呟いた。
「面を上げよ!」
「ハッ!」
顔を再び上げると国王が意地悪く目を輝かせながら、身を少し乗り出した。
「もし余が伯爵家にではなく、冒険者クリス・シーガイアに直接依頼したいと言ったら何とする?苦しゅうない、申してみよ。」
これも読めている。
俺は再び顔を伏せて即答した。
「某はCクラス程度の然程の取柄もない卑しい弓使いに過ぎませぬ。王命を直接承る実力は持ち合わせておりませぬ故、何卒、ご容赦願います。」
今度は一転してお断りを述べる俺を上司が怒鳴りつける。
「無礼者!陛下の直々のご命令であるぞ!」
しかしここで引いてはダメなのだ。
上司のご不興を買おうとも、言える事を言わず仕舞いでは結局、上だけの良い様に押し切られる。
俺はお嬢の叱責を無視してたたみ掛けた。
「もし万難を排し冒険者としての某に対しての指名依頼という栄誉を承る事が出来るのであれば、誠に恐れ入り奉りますが正式にギルドを通じてのご依頼として戴きたく。」
「…!」
俺の別方向からの反論に国王が詰まる。
ギルドを通じない仕事は冒険者として実績にならない。
なので指名依頼で、かつ指名された当人が断る気はなくとも、ギルドを通してくれ、と言うのが普通だ。その程度の知識は冒険者でもない一般市民にもある。
国王も当然、そこら辺りは知っている。繰り返す様だが誰もが知る一般常識なのだ。
そしてギルドに依頼をかけた場合、依頼人はまず最初に依頼内容をギルドに説明する必要がある。国王であっても同じ事だ。何故なら例え指名依頼であっても、指名された冒険者には内容如何では断る自由があるのがギルドの習いだからだ。
勿論、断れば依頼主との仲が険悪になる可能性もあるし、この場合は相手は国王陛下だからこの国では実質的に仕事は出来なくなるかも知れないが、俺は何も困らない。
今は冒険者というより伯爵家に雇われた護衛だが、伯爵家がそんな無礼なヤツは叩き出す、と言えば叩き出されて他国へ行くだけだ。
だが、同時に彼は俺に依頼する事が出来ない。
それが分かっている国王が詰まった所で俺はトドメを刺した。
「その場合におきましても今の某は主でありますエリザベス様、ひいては主家でありますレイボーン伯爵家の許可が必要となりまする事、どうかご理解願えますよう。」
ワッハッハ!
国王は愉快そうに笑った。
「ベス、其方の言う通り此奴中々小知恵が回るではないか!相変わらず、良い人材を見つけて来るな!」
「……お褒めの言葉を授かり恐悦でございます。」
ったく、何処の世界でも一緒だな!
部下は真っ当に反論すれば小知恵が回るとか評され、上層部お気に入りの上司が良い人材を見付けてきたと褒められる。先から組織あるあるの絶賛炸裂中だ。
もっとも素直に言葉通り受け取っていいものかどうかはお嬢も少し迷ったらしく、返答は遅れて控えめだ。
「だが……このくらいでないと、アレの話の理解は難しかろう。」
陛下は独り言の様に呟くと、正面に座るお嬢の方を向いた。
「レイボーン家エリザベスに命ずる。この者を担当として本件に対応せよ!」
「ハッ!」
そして人が悪い笑みを浮かべながら今度は俺に対して言った。
「心配はいらん。この件がどうなろうと伯爵家やベスの責を問うたりはせぬ。」
いや、伯爵家もお嬢も本心としてはどうでもよくて、俺の責任にしないで欲しいんだが。
だが、この国王はどう見ても俺の心のうちを読んで言っている。確かにお嬢が言う通り唯のヘタレとは思えんな。
しかしながらこれ以上の深追いは流石に危険だ。
偉い人への口答えは相手が笑って済ませているうちに引っ込むのがデフォであるのは言うまでもない。
「…ハッ!」
「ん?どうなんだ?ん?」という表情でこちらを見ている陛下に俺は答えざるを得なかった。
俺を論破して満足そうな笑顔で陛下は続けた。
「内容については詳しい者から直接聞くと良い。」
ちっ!
結局、なんだか分からんままやらされそうだ。
しかも国王から直接命令を下すというのは都合が悪いから逃げているとしか思えん。
会社でも都合の悪い指示を下す段になると、「詳しい話はチーム長としてくれ」とか「後は方策は自分で考えてくれ」とかってのはいた。後で問題になった時には「自分はそんな命令は言ってない」「部下が勝手に判断してやった事だ」とバックレる為だ。部下の方はそれは分かっていても何も言えない。
が、またもヘタレ王陛下は俺の心のうちを読んだ様に言った。
「其の方もそう心配せずとも良い。」
「ははあ…」
彼は手元の紅茶を上品に啜って呟いた。
「この件は……仮に上手くいかずとも、ベスやましてや其の方の責を問うたところでどうなるものでもない。」
「は?」
…よく分からんな。
上手くいってもいかなくてもどっちでもいい、ということか?
が、俺の疑問を他所に俺に対するご説明タイムはこれで終わったらしい。
偉い人の話はいつでも唐突に、時に背後から始まり、こちらのターンが来ないまま向こうの好きな時に終わる。
今日はこちらのターンもあっただけかなりマシだ。親会社の社長が来て奇跡的に会議室で同席されても、俺のターンなど回って来ないだろう。
彼は向かいに座るお嬢の方へ満面の笑みで向き直った。
「ところでベス?今日は体の具合でも悪いのか?」
国王は話は終わったとばかりに明るい声でお嬢に話し掛けた。
「は?」
「余のマイブームの紅茶に全く手をつけてないではないか。話しているうちに冷めてしまった。入れ直させよう。」
「……」
侍従が優雅な手付きで入れ直した紅茶をお嬢は何故か仏頂面で飲み干して、謁見はお開きになった。




