095 丁々発止と勝利条件
とにかくこのままお嬢のペースで話を進められても、得られるのはあまり興味もない国王陛下のゴシップネタの知識だけだ。
他人のNTR話とその後のざまぁ!話は正に週刊誌的でそれなりに面白くはあったが、俺が聞きたいのは当然、そんな話じゃない。もっと俺自身に関する切実な話だ。
俺はマルっと話を元に戻すことにした。
「んで?何でそのご英邁なるヘタレ王陛下様の所に俺を連れてくんだ?」
そもそもお嬢がそんなゴシップネタを長々と語ってるのがおかしいのはバレバレだ。
対するお嬢は、冒険者はおバカキャラが基本であっても話を誤魔化しきれなかった事を理解して苦笑いした。
「……今、国際情勢は極めて不穏だ。」
偉い人のよくある基本テクニックその1だ。
こっちは目の前の客の話をしてるのに、グローバルだとか国際政治情勢だとか業界の趨勢だとかって話を無限大に広げてはぐらかす。
「南の旧魔王領ではまだ未確認だが魔王が復活した、という噂がある。それに合わせて北の方では勇者が誕生した、という話も、これも噂レベルだがある。」
「ふ~ん。」
グロだかバルだかには全く興味がない、という態度をあからさまにする俺の方を彼女はチラリと見て、それでも話を続けた。
「それに合わせて…でもないだろうが西方のカイシナ帝国は周辺への勢力拡大を常に狙っているし、そのせいで更に西方に位置するスルー=ミッカー王国では軍事力を強化しているという話もある。そのまた向こうのミノシガ王国では皇位が空位のまま未だ諸侯の争いが続いている。」
何処の世界でも争いのネタは絶えないからね。特に隣国同士が仲が悪いのはお約束だ。
日本、韓国、中国は常に仲が悪いし、ドイツ、フランス、イギリスの仲の悪さは数百年に渡っている。EUが出来て漸く共同歩調が通常運転になったと思えば、半世紀も持たずにイギリスが脱退し、相変わらずの仲の悪さを見せつけた。アメリカは国力的には全く相手にならないはずなのに社会主義国キューバをいつまでも敵視しているし、パキスタンとインドは互いに核兵器を手にするところまで盛り上がった。
だから、こちらの世界でも色々な国がお互い角突き合わせているのは別に珍しい事態でも何でもなく、いつもの事だ。なので特に世界情勢が不穏な方向に盛り上がってきつつあるって話でもなかろう。
そういう客観事情も然ることながら、この種の話法に関しても俺は経験がないわけではない。先にも言った通り偉い人が主要な論点から逃げる時の一般的手法だからだ。
ここで「ほう!そうなんですか!」とか少しでも興味ありげなツッコミを入れてしまうと相手は喜んで今度はソッチ方面へ脱線していくのは分かり切っている。さりとて正面から「だから何だってんだよ!?俺らとは関係ねえ外国の話だろ?」と返すのは組織に生きる人間としては全くの失格だ。
「そりゃあ大変だなあ。」
結果として全く興味がないから全くアタマに入ってない風な感じ、つまりは聞き流しているのが丸わかりな態度で俺が相槌を打つ。
無論、俺の態度の意味の分かった彼女はちょっと淑女らしくない角度で口元を曲げた。
「我らリバードアはマイケル4世陛下のご施政下で何事もないかのように繁栄を続けているが備えは必要、という事だ。」
テクニックも読み切ってるし、内容も「いつもの話でしょ?しかも冒険者上がりの護衛の1人に過ぎない俺とは何の関係ないでしょ?」という事で何の興味もないが、一方で社会人として上司に対する礼儀作法も理解している。
自分は全く興味のないゴルフの話をしてるからといって、上司のトークを全スルーというわけにもシカトするわけにもいかない。
仕方なく俺もここで少し合いの手ぐらいは入れざるを得ない。
「その備え、とやらにお嬢が一枚噛んでるってわけか。」
「私が、というか我が一族が、という方が正確には正しい。だが仕事の分担としては軍事は私の管轄だ。」
話の接ぎ穂的に合いの手は入れたが、とにかくエロもグロも俺には関係ない。
俺の興味のある話、それは「今日、何で俺が王様の前に連れていかれるのか?」だ。
それに対する彼女の答は偉い人の基本テクニックその2発動中だ。
こちらの会話の枝葉末節にはキッチリ反応して時間を使い、こちらの質問にはいつまでたっても正面から向き合わない。
時間もないので、俺はまたもストレートに話に戻す事にした。
「で、俺を連れていく理由は?」
「何を心配しておる?普通は一介の冒険者風情が陛下のお傍近くに行ける事などないのだぞ?光栄に思っておればそれでよかろう?」
偉い人の基本テクニックその3だ。
質問には質問で返す。
しかもこれはその中でも高等な部類で、質問に質問で返しながらさり気無く話を逸らしている。しかも「王への謁見は光栄でしかないだろう?」と俺が反論しにくい方角へだ。
「もう解決したって言っても、知っての通り俺は脛にキズがある身なんでね。お嬢の前以外の公的な場所は基本、気が進まねえ。」
偉い人が基本テクニックを駆使するなら、こちらもまずはジャブとして部下のテクニックその1だ。
本題と直接関係ない、デキない理由を予防線として張る。
もっとも「イヤだ!」と正面から言わない所がテクニックであり、宮仕えのツラい所でもある。
「私が連れていくんだ。問題にはならない。」
偉い人テクニックその4、こちらの意見、反論は理由も理屈も碌に説明せず簡潔に斬って捨てる。
けどこれも一般的な上司テクだ。当然、こっちも読んでいる。
「今は問題にならないかも知れねえ。でも後々問題になるってのはよくある話だ。ソイツは俺だけじゃない。連れて行った伯爵家にとっても同じだ。」
こちらも部下テクニック2で反論する。私のマズい話はアンタも巻き込まれますよ、だ。
その上で部下のテクニックその3で追い討ちをかける。
「俺はお嬢が守ってくれんならそこは問題ないかも知れねえ。ただ心構えなしに突然ヘンな話を振られた場合、俺がレーギ正しいごタイオーが出来るかは分からねえぜ?」
テクニックその3。僕ちゃんはおバカちゃんです。少なくともアナタ程は優秀ではないので、内容が分からないまま現場に出てしまうとその場でマズい受け答えになってしまうかも知れません、その場合、アナタが矢面に立ってしまうかも知れませんよ、だ。
とにかく俺が知りたいんは「何しに逝くのか?」だ。
俺に何度も食い下がられて彼女は苦笑いしながら漸く渋々ながら口を開いた。
「少し重い…というか不思議な話を振られそうなんだ。」
「不思議?」
「まあ……全体を聞くと何と言っていいのか私にも判断がつかない。そういった意味で…少し不思議な話だ。」
口調は特に変わらないが、これって偉い人話術その5「俺だって中身はよく分からないんだ!(逆ギレ)」の一環なのかな?
そうだとすればこの話は終盤だ。これは上の人が「つべこべ言わずにとっととやれ!」と本格的に逆ギレする一歩手前だからだ。
そうなれば上司の機嫌を損ねた上で結局仕事は投げつけられるというよりマズい方向への敗北確定だ。
しかも最初に上司を不愉快にした罪は何処の組織でも殺人罪と同等の重罪で時効はない。
そうなると仕事を無事にやりおおせても加点評価は付かないのみならず、下手すりゃ生涯に渡って言われ続け、祟り続ける例は物凄く多い。
それに、そもそも何をどうジタバタしてもヘタレ陛下の御前に引っ立てられる運命は変わらない。
局部戦での敗北と全土焼け野原の挙句に無条件降伏で全員穴掘って埋められるのとどちらが良いかは、プロの軍人ではない素人でも容易に判断がつく。
全土焼け野原的な全面敗北だけは避けるべく、空気を変える為にも俺は致し方なく強引に戦略的一時撤退を図る事にした。
「ああ、世継っていやあ、この前、弟殿か…じゃなくてお嬢の弟君と少しお話した。」
俺の強引な話題転換に彼女は俺が引いたか確認する様にまたチラリとこちらの顔色を見た。
「どうだった?」
「伯爵家を継ぐに足る誠にご聡明な方かと。」
明快な結論の確定に行きつかせない為に話題を振っただけである。弟殿下の話なら聞き流せまい、という読みだ。なので俺が弟殿下をどう思ったかなど正直に話す気など最初からない。
俺の極めて社交辞令的に無難だが社交辞令棒読みの答えに、上司は「つまらない受け答えはするな!」と言わんばかりの眼差しで再度繰り返した。
「ど・う・だった?」
「…魔法の方向性は良き師が付いて戴ければ、と。」
ガタゴトガタゴトガタゴト…
「アレクは…少し…その…なんだ…少しヤンチャに育ってしまった。」
最近流行りの「ヤンチャ」という表現は、昔なら軽くて不良とかワルとかグレてると言われたものだ。
若い頃、珍走団の一員だったのも「ヤンチャ」だし、町でナイフをちらつかせながらカツアゲとかに精を出していたのも「ヤンチャ」だ。
そういった意味合いで辞書的に説明すれば「殺人の様な時効と無関係な重犯罪ではないものの一般的には軽犯罪、または重罪に該当する行動を常習していたが運良く公的機関による検挙あるいは所属団体(職場、学校等)で処分までには至らず、今や時効と同程度に時間が経過していて、被害者が改めて被害を訴える可能性が低く、かつ本人は全く無反省な状態」を総じて「ヤンチャ」と表現するのだろう。
ちなみに「ヤンチャ」した当人からすれば、もう過ぎた事だし、今は真っ当なんで文句ねえだろ!と開き直ってむしろ武勇伝的に飲み屋で語ったりする。
芸能人なんかだと「同級生にウンコ喰わせた」とか「店が潰れるまで万引きした」とかマスコミやTVで胸張って得意げに喋ったりしている輩も多い。
が、被害者の被害は一切弁済されないし、被害を受けた側に深く残った心の傷は顧みられない。
一般への露出が激しく、かつそれで大金を稼いでいる芸能界やTV業界でもそれが許されているのだから、一般人が何の反省もなく被害者救済が全く成されないのも当然なのかも知れない。
そういった日本での基準で考えても、追い回した盗賊の手足を一本づつぶち斬るのを「ヤンチャ」と表現するのはいささか緩い、というより間違いな気がする。
もっとも完全な強姦ではないというだけで、立派な強制猥褻、強姦未遂であっても相手が小さければ「いたずら」と表現されるわけで、強い物言いをしないのが一般社会的な作法なだけと捉えるべきなのか。
あるいは立場の弱い方の被害は常に軽く見られ、天秤が釣り合いをとるように他方では強い方の犯罪の事実も軽くされるのかも知れない。
俺のちょっと白けた顔をチラリと見て、姉は続けた。
「良き師を、というのは私も同感だ。伯爵家を継ぐ身となれば、気に入らないヤツは誰彼構わず、しかも周囲を考えない大魔法でぶち殺して解決では話にならんからな。」
「…はあ、まあソウデスネ。」
いや伯爵を継ぐ身とかじゃなくても気に喰わなければ誰彼構わず全殺し、しかも周辺被害度外視の全殺しで解決はイクナイ。
もう偉い人達はどうしてこう常識レスなんだ!?
だがそれをこの場で指摘しても意味がない。
常識とは知識ではなく教養であり文化だ。周囲も含めた社会全体の平素の積み重ねである。
日本では銃を持つのはそれだけで犯罪、という認識が太閤の刀狩り以来、常識として長年培われているが、某米国ではそんな常識はない。むしろ身を守る為により殺傷力の高い銃器を携帯するのが国民の権利というのが常識だ。銃を持って悪事を働く悪人を倒せるのは銃持った正義のパラディンだけ、というのがアメリカ人の文化である。
それと同じく、この中世社会では、相手をブチ殺して解決は然程の問題ではなく、問題になるのは治世に携わる貴族という立場的に気に入らないヤツは全員死刑では領民を治められないという点だけになるのは止むを得ないのだろう。
王宮の門ではどの様な馬車でも城兵の検問を受ける。
お嬢と俺が乗る馬車も例外ではなく、俺らが「ヤンチャ」な弟殿下に関する何の生産性もない雑談をしている最中に門前で1回止められた。
が、お嬢が一瞬だけ窓を開けて顔を見せると確認に来た城兵は「ハッ!」という風にアタマを下げ、槍を交差させて馬車を止めていた2人の城兵も槍を上げ、素早く脇へ下がる。
顔認証ってヤツだね!(笑)
結局、俺が何で王宮に連れて来られるのか聞き出せないまま、馬車は王宮の門をくぐってしまっていた。
「悪い、次の会議があるんだ。」「もう出なきゃいけないんだ。続きは来週、時間があればしよう。」
会社員時代にもよくあったが、時間切れ逃げ切りもまた、数多い上司の勝利条件である。
よく考えて見たら、上司が話さないと決めている以上、最初から部下の俺には勝利条件はないのか。
結局、分かったのは「少し不思議な話」というのにお付き合いする為に俺は国王陛下の前に引っ立てられるらしい、という事だけだ。
SFとかにも興味はないんで、勘弁して欲しいなあ……
…ん?俺、もしかして今、フラグ立てた?




