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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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093 時間切れと決断

「いやあ、そろそろ何か考える必要があるな。」


 デアコアイルの酒場でジョイルが考えながら言うと相棒も頷いた。


「結構、遠くなって来たしな。」


 サトータカシこと海野改めクリス・シーガイアの捜索を請け負った人探し専門の冒険者ジョイル・ウルバンとロッド・ザマルカスの2人はいつものように酒場で相談していた。


 名前が分かってから最初の内は順調だった。


 ザンビアナ国境周辺の町コッチイにはクリス・シーガイアの痕跡はあった。ギルドの仕事ではないが人足に混じって荷物運びをしたらしい。ただ大勢の人足に混じっての仕事だから名簿に名前があったという程度で、彼がどんな風体だったのか記憶にあるヤツはいない。

 だが、この町にいたのはほぼ間違いないとしてお約束の駅馬車屋を当たったが今回は名前が出て来なかった。


 ジョイルは一瞬焦ったが、先乗りして調べていた相棒のロッドは落ち着いたものだった。


「マトは非常に計画的に慎重に逃げてる。」


 実際には本人的には結構行き当たりばったりではあるのだが、ロッドの言葉にジョイルも静かに頷く。


「そうだな。」

「コイツ、確実に国から追手が掛かることを予想して動いてる。」

「それもそうだな。」

「だとすれば、1つ確実なのは、マトは追手から逃れる為に何をさておいても先ずは国外を目指すって事じゃないか?現に最初はポートガリアに直行する素振りを見せてた。けど、それじゃあまりに芸がねえ、簡単に追いつかれる可能性があるってんで途中で方針変更したんだろう。んでついでに名前ももう1回変えたんだ。」


 海野の行動を読み切ったロッドの推測にジョイルも異論はない、と頷く。


 ジョイルの同意を見ながら「と、すればだ…」とロッドの推論は続く。


「国境付近まで来た今回は大方、国境の検問所を避ける為に駅馬車を使わなかったんじゃねえかな。」

「…なるほど。」


 と、なれば徒歩だ。

 そして確たる根拠はないが、徒歩かつなる早で国境を越えたいとなれば目的地は大方、最も近いザンビアナ国外の町だろうと当たりを付け、一番近い隣国ヨリダムのキッチュに顔を出して見ると大当たりだった。


 クリス・シーガイアはここのギルドに暫くいて仕事を請けていた。弓師を名乗っていたらしい。

 そしてここでクラスをDに上げていたからギルドの受付も比較的よく覚えており、話を聞くと人相は似顔絵とピタリ一致した。黒目黒髪以外にはこれといった特徴のない30絡みの男である。


 漸く背中をガッツリ捕らえたと確信した2人は酒場で乾杯し、ジョイルは早速、雇い主の所へ報告に出向いた。

 雇い主も大いに喜び、更に多くの資金を貰って意気揚々と帰って来たジョイルと待ってる間に駅馬車屋は調べ上げていたロッドは共に次の町に向かう。

 次の町ではシーガイアはギルドには寄らず直ぐに別の駅馬車に乗って別の町に向かっており、ジョイル達も後を追う。


 そしてその町で再度足取りを見失った。

 クリス・シーガイアという名前が駅馬車屋で出て来なかったのだ。


「また徒歩で出たのかな?」


 ロッドの呟きにジョイルは考えながらだが首を振った。


「いやあ、こんな片田舎でそれはねえだろう。歩きだと何処に行くにも結構な長旅になる。」

「弓師名乗ってんだろ?商隊に雇われて一緒に出たとか?」


 少し考えたが、これにもジョイルは首を振った。


「可能性は低いな。ギルドに顔出した形跡もねえし、仕事も請けてねえ。商隊と個人で話付けたなら話は別だが考え辛い。商隊も見ず知らずの冒険者をギルドも通さないでホイホイ雇わねえだろう。」


 ギルドを通じた仕事は一種の保険付きの様なものだ。

 この治安の悪い世界では、冒険者を装って実は窃盗犯とか悪くすると山賊の一味なんてのは珍しくない。隊商側も当然それを警戒していて見ず知らずの冒険者を護衛として雇うのは慎重だ。

 だがギルドを通じれば明文化された契約ではないが身元はある程度ギルドが保証しているのと一緒だ。何かあればギルドも責任を負う。

 そして窃盗だ、山賊の手引きだ、と雇い主に害を成した冒険者は官憲のみならず怒り狂ったギルドからも生涯追われるハメになるのは、一般市民ですら知っている。


 そういうこの世界における一般常識から考えて、逆説的にギルドでクリス・シーガイアが仕事を請けた形跡はおろか顔を出した感じもしないということは、隊商に紛れ込んだ可能性も低いということだ。


「ギルドに顔も出してねえってことは長居したはずもねえんだがなぁ…もう少し聞き込みするかぁ…」


 この謎が解けたのは実に1週間も後だった。

 1週間、小さな町で聞いて回り空振り続けた2人は、初心に戻ろうと駅馬車屋で再度乗客名簿を見せて貰っている時に、ジョイルが気が付いたのだ。


「あ!」

「…なんだ?」

「おい、これ!…ほら!」


 目を皿の様にして見ても名簿にクリス・シーガイアの名は無かった。だがアル・ニージゲンという名前があったのだ。

 言われたロッドの方も「あ!」という顔をした。


「ちきしょう!そういう事か!……すまん。あんまし普通な名前なモンだから見落としてた!いや…すまん!」


 最初に駅馬車屋の名簿を調べた相棒が珍しく真剣に詫びるのに対し、ジョイルはその肩を軽く叩いた。


「いや…今回はしゃあねえ。……しかし、コイツ、相当アタマいいぞ。ここに来て名前変えるかね。」

「いやあ…最初から分かっちゃいたけど、厄介過ぎねえか、コイツ!」


 考えて見ればマトは「アル・ニージゲン」「アンジエラ・タマス」「クリス・シーガイア」の3つの冒険者証を持っている。そしてその3つの証明書をマトは好きな時に切り替えて使えるという事実を知った2人は再び酒場で突っ伏した。


「……まあ、次の目的地は取り敢えず分かったのは良しとしよう。」

「んだな。」

「次回から名簿確認する時は3つの名前をチェックしなきゃならん事も分かった。」


 言われなくとも今回よく思い知った事だが、改めてジョイルに指摘されてロッドは呻いた。


「手間暇が3倍だ…ちきしょう、コイツ一体なんなんだ…しかもアル・ニージゲンとか大きな町にでも行ったらゴマンといるぞ…」


 ジョイルは苦笑いしながらも相棒の言葉に異を唱える。


「いや、まるっきり3倍でもねえ、かもだ。」

「ん?何でだ?」

「クリス・シーガイアはキッチュで一旦足を止めてランクをDに上げてる。何でか分かるか?」


 相棒の問いにロッドは然程考える事もなく答えた。


「ギルドで仕事を請けるとなりゃあEクラスじゃ碌なヤツが受けられないから、だろ?」

「と、なりゃあ、こっから先も少なくともギルドじゃクリス・シーガイアの名義を使う、と思う。Eのアル・ニージゲンやらアンジエラ・タマスじゃなくてな。」


 ジョイルの言葉にロッドも少し明るい顔で頷いた。


「そうだな!と、なれば宿と駅馬車屋だけ気を付けろってことか!」

「ただ、今回みたくギルドに寄らなかった場合にはお前が言う通り手間暇は3倍だ。たく、なんて面倒な…」

「警邏所長への報告はどうする?」

「事情を話すしかねえだろう。少し時間が掛かるってことで説得してみせるさ。」


 結局、彼らはその後、この冒険者証の使い分けに計2回引っ掛かった。


 1回目は駅馬車屋にクリス・シーガイアとアル・ニージゲンの2名の名があった時で、クリス・シーガイアの方を追ったが、こちらがまるきり別人だった時だ。アル・ニージゲンの方が本命だったのだ。

 ”クリス・シーガイア”に追いついてメンを確認した時に、一目でマトと無関係と分かる茶髪の小柄な髭面が出て来た時の脱力感は思い出したくもない。

 そして2回目はアル・ニージゲンが3名いて、どれが本命か分からずに結果的に3か所の町を回って確認しなくてはならなかった時だ。

 この時は2人で手分けしてまず2か所に同時に顔を出したが運悪く両方とも空振りに終わり、3か所目でクリス・シーガイアの痕跡を発見した時には、喜ばしいはずなのに「俺らも勘が鈍ったか…」とまたしても2人して酒場で突っ伏したものだ。勘を外しただけではあったが、プロにはプロの矜持があるのだ。


 そして話は最初に戻る。


 彼らはクリス・シーガイアを追い続けて遂にデアコアイルにまで到達していた。


「場所が遠くなって、報告を上げるのが面倒になってきたってのも確かに問題ではある。」


 加えて目先で問題なのは、またしても手掛かりを見失ったことだ。


 ギルドでクリス・シーガイアの痕跡は発見した。

 ここでは結構、腰を落ち着けていたらしく仕事も普通の冒険者並みに請けていた。

 これまで通りパーティーに混ざるとか助っ人ではなく相変わらずソロで請けていたらしい。だから特段親しくしていた人間などはいなかったが、ギルドの軒先で派手に喧嘩したこともあったらしく、見掛けたヤツ、風体を覚えているヤツは沢山いた。

 弓を背負った黒目黒髪の30絡み、他に特徴のない男である。


 だが駅馬車屋の名簿に彼の名前は無かった。

 アル・ニージゲンは発見したが、追いかける前に慎重を期して冒険者界隈に話を聞いて回るとどうも別人のようだ。

 それ以外のクリス・シーガイアもアンジエラ・タマスも駅馬車屋の名簿にはない。


 その状況下で更にジョイルは付け加えた。


「それと…雇い主のテンションが下がって来ている。」

「まあ…こんだけ時間が経っちまってればな……」


 ロッドの言葉に意外な事にジョイルは首を振った。


「それもあるんだが……所長さん、どうも異動になるらしい。」

「異動?所長、クビになるってか?」


 ジョイルはこれにも首を振り「いや、逆だ」と言った。


「中央の何か役職に就くらしい。栄転ってヤツだな。そうなるとこの件は後任に引き継ぐ可能性もあるが…」

「引き継がない可能性もあるってな…賭けるか?」

「いや、賭けにならんだろ。」


 賭けにはならない。2人とも引き継がれないと確信しているからだ。


 仕事を最初に請けてから気が付けばもうかなりの時間が経っている。しかもこんなに遠くまで来ても、まだマトは姿さえ見せない。


 そしてそんな状態なのに少なくとも表面上の雇い主である警邏所長は最近はあまり多くを言わない。

 進捗があった部分には「ふんふん」と相槌は打つがそれだけだ。捜索を急かす事もなく「また騙されたのか!まだ捕まらんのか!」と怒る事もない。


 それどころかジョイルは報告を聞く警邏所長の態度が最近少しおざなりになってきているのを感じていた。

 彼がおざなりという事は、彼に捜索を命じたその上の上司は既に大した関心を持っていない可能性が高い。


 上の関心のある話には過剰なまでに反応し、逆に関心がない、あるいは関心が無くなった話は速やかに目の前から排除するのが組織の掟だ。

 なのでこの捜索に上が関心を持たなくなったのならいち早くクロージングが必要だが、所長にしても上司に「捕まえられませんでした」という報告はなかなか出来ない。が、自身の異動の話は、結果が見通せなくなりつつあるこの話を成否を有耶無耶のうちに葬り去る数少ないチャンスだ。


 対するジョイル達は、契約の更新を重ね、気が付けば既に最初にギルドで提示された金額と同じかそれ以上の額を貰っている。

 しかしながら、もうこれ以上、この仕事を引っ張るのはムリそうだ、とジョイルは感じていた。


 短く纏めれば時間切れである。

 雇い主のテンションが下がる前にマトを捕らえなくてはならなかったのだ。


 もっとも彼らからすれば完全に失敗ではない。金は稼いだ。

 だが実質的に失敗に終わった仕事を前に2人はアンニュイな空気の中で無言でビールを啜った。

 

 暫くの沈黙の後に、ジョイルはおもむろに目の前の肉の塊にナイフをグサリと刺した。そして無言のまま切り分け始める。ロッドの方もそれを無言で見ていた。


「……俺らがこんなに引き回されたのも久しぶりじゃねえか?」


 肉を切り分けながら顔も上げずにジョイルがボソッと呟くと、ロッドの方は背凭れにグダっと凭れながら頷いた。


「そうだな。」


 ジョイルは依然として顔を上げないまま目の前の肉にナイフを入れながら言った。


「ムカつかねえか?」

「……まあな。」

「多分、次の報告までは捜索続行が取れるとは思うが、それが最後だ。んで、その後…どうするかって話だ。」


 ジョイルは具体的な思いを何一つ口にしなかったが、2人は昨日、今日コンビを組んだのではない。

 ロッドが酒を口にしながらサラリと言った。


「やるだろ?俺らまだマトを全く拝んでねえ。今まで死んでた時を除けば俺らが追い掛けてマトに手も掛からなかった事はねえ。」


 2人は人探しプロだ。プライドがある。

 その2人はこのままマトにコケにされたまま引き下がる事は良しとしなかった。


 ジョイルは切り分けた肉を皿に分け、その1つをロッドの方に押しやって顔を上げた。


「決まりだな。メシ代は……そうだな、その辺で適当に魔獣でも潰しながら稼ぐとしようぜ。」


 今度はロッドが押しやられた皿の上の肉にグサっとフォークを刺して口に持って行き、凄みのある笑顔で乱暴にかみ砕きながら言った。


「お前と2人で魔獣狩りなんざ久しぶりだな。腕が鳴るぜ!」


 ジョイルの方も肉を噛み千切りながら「まあ魔獣狩りはともかく…」と今後の方針を話し出す。


「マトはここで稼いでたけど、何か吸血鬼騒ぎがあった時にどっかに消えた。騒ぎの時は森が1か月ぐらい騎士団に封鎖されて、マトも含め大勢の冒険者がオマンマの食い上げだって出て行ったらしい。」


 ジョイルが説明した話はロッドも耳にしている。

 なんでも森にクラスAの吸血鬼が出て多数の冒険者がゾンビにされた挙句、町で一番の腕を持つBクラスのヤツがあっさり殺られて、町もギルドも上へ下への大騒ぎになったらしい。


 相手はクラスAで、町一番のBクラス冒険者とその仲間は早々に殺られたってことで騎士団が出張って派手に山狩りをしたけど結局、吸血鬼は見付からなかったらしい。

 だが煽りを喰って、主な狩場だった森が1か月程も立ち入り禁止になって、稼ぎどころの無くなった冒険者達はかなり散逸してしまったらしい。


「けど今はそこそこな数が戻って来てる。まずはここで普通の冒険者しながらそいつ等に話を聞いてみよう。マトがそいつ等に混ざって出て行ったんなら行先について何か知ってるヤツがいるかも知れん。」

「分かった。」

「後1回ぐらいは契約は延長されるだろうし、その後はザンビーに一々報告を入れる手間暇もなくなる。懐はまだまだ余裕もあるし、今までみてえに期限に追い回されることもねえ。」


 ジョイルの言葉にロッドも力強く頷く。


「慎重に少し時間を掛けて聞いて回れば必ず何か痕跡はあるはずだ。俺らなら探しきれる!」

「おうよ!」


 契約が切れてもマトを追う事を決めた2人は、プロが覚悟を決めた凄みのある笑顔でお互いにニヤッと笑い、息の合った動作で杯をカチリと合わせて鳴らし、グッと飲み干した。


 報われるか成果が出るかはともかく、長くやっていれば他人からどう思われようとそれなりの矜持がある、というのを書きたかった為の回です。

 次からまた話は変化していきます。(非常にマッタリですけど)

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