092 恩賞の行先
週末には久しぶりにクラウと飲みに行った。
町の大捕り物騒ぎは勿論クラウ達淑女騎士団も把握しており、その内容の説明と俺のボヤキ半分の話を聞いてクラウは笑った。
「大変だったな。でも大手柄じゃないか!良かったな!」
「いや、大手柄ってか俺はただ火の粉を払っただけっつうか…でもマジで大変だったんだぜ。何だってお嬢じゃなくて俺を狙ってくんだっての!」
お嬢に褒められた時と同じ俺のモゴモゴ半分な言葉に彼女はハハハッと笑った後、少し真顔になった。
「しかし…相手の殺し屋は何人いたんだ?」
「ん~10人ぐらいかな。」
もう終わった話だし軽く答える俺に対し、クラウは目を剥いた。
「10人もいたのか!?何故、私を呼ばない!?」
いや、いきなり囲まれたわけで呼ぶとかムリでしょ。
「無茶言うなよ。俺から殴り込みでもかけるんならお前さんに声を掛けるのもアリなんかも知れんけど、弓の射的場でいきなり囲まれたんだぜ?聞いてないのか?」
苦笑いで答える俺にクラウも少し苦笑いで返した。
「いや…ベスからはミルスコップ一家のハンソンとかって殺し屋がお前を狙って来たとしか聞いてない。精々が2、3人で襲って来たと思ってたんだ。」
が、直ぐにキッとなって言った。
「そういう人数で囲まれるような場所に1人でフラフラ不用意に行くな!」
オカンか!?
「次に何かあった時には先ずは相棒の私に必ず声を掛けろ!いいな!」
「ああ…まあ…そんな時があればな…」
いや、だからいきなり囲まれたわけだし…とは思ったものの、彼女の真剣な顔付に俺はまたもモゴモゴと曖昧に返事をしたが、彼女の方は言いたい事を言ったからか少し落ち着いたらしい。また笑顔に戻って言った。
「しかし、そんな大人数の組織の殺し屋隊が直接襲いに来るとは、お前も大物になったものだな!」
「お嬢と同じ感想すんな!大物って言ってもそんな大物にゃなりたかねえよ!」
何度でも繰り返すが暗殺のマトとして有名になっても嬉しくない。全く嬉しくない。
「私も騎士団員とはいえ、この辺の治安関係にはまだ明るくなくてな…」
そうだろうな。俺だって明るくなる気はなかった。
「お互いリバードアは来たばっかしだしな。」
「騎士団の方でもちょっと聞いてみたんだが、ミルスコップ一家って言えば、先代から続く結構由緒あるギャング団って事でな。けど、ここ最近はちょっとイキり過ぎじゃないかってその筋では話題になってはいたらしい。」
クラウからの情報に俺も頷く。
「デカい集団だったのはマジらしいな。でももうダメだろ。」
「ああ。派手にやられたからな。ベスの所も機会を狙ってたんだろう。」
「多分な。」
これにも俺は頷いた。
この場合の”ベスの所”とは、俺らではなくて、レイボーン伯爵家の仕切るリバードア政庁という意味だ。
一般的に考えれば、自身の町でデカい非合法集団がのさばっているのが嬉しい行政組織はない。
一方、アウトローの世界でもデカい集団は何でもチャカ振り回してるだけでデカいのではない。一番美味しいのは暴力をチラつかせるだけで大金が入って来ることで、当初は山賊とか強盗とかって荒仕事がメインだった連中も機会さえあれば大概は直接暴力は滅多に使わない非合法ビジネスにシフトする事が多い。
そして強盗だ、盗賊だ、と手間暇が掛かり毎回体を張らなくてはいけない仕事以外にも安定的に稼げる仕事を見付けて、初めて大集団を養える様になる。
大集団になれば他のライバルに比べて大きな縄張りを維持し、そこでの全ての裏家業から収益が上げられる様になる。デカくなればそれだけで周囲のライバルを追い払う事も可能だ。
その為にはまず末端の商売を一々現場の雑魚な官憲どもに邪魔されるのを防ぐ必要があり、時には無理筋の話を無理矢理、しかも表面的には合法的に通す必要も出て来る。
だから大きな犯罪集団は官憲筋、政治家筋にデカいコネがある。
官憲には治安維持、という大名目がある。
町のカッパライとか痴漢とか小さな犯罪を取り締まるのも、殺人を捜査して犯人を捕まえるのも結局は治安維持の一環に過ぎない。
だが、手段と目的が入れ違ってしまうのはよくある。
殺人犯を探すにしても、ミルスコップ一家にちょいと声を掛ければ、裏社会に遥かに詳しく手段を選ぶ必要のない彼らが立ちどころに犯人の居場所を突き留めて知らせてくれる。
町に窃盗犯が出てもミルスコップ一家に声を掛ければ立ちどころに全てを追い払ってくれる。それどころか犯人の手足を拉いで窃盗どころか歩くのもままならない体にして路上に放り出してくれる。
裏社会に通じている彼らは色々と役に立つので、治安維持に便利に使ってしまう事は何処の官憲にも起こり得る。そしてその代わりに一家が裏社会を仕切るのを暗黙で認めてしまう。正しく本末転倒だ。
そこまで大掛かりな話でなくとも末端には小金を配るだけで見て見ぬフリをしてくれる者は大勢いる。そして1回、金を受け取ってしまえば次も受け取って見逃すしかない。
こういうのが積み重なった末に官憲の下っ端が一家のパシリの1人を逮捕するんだってチャチャが入るのはよくある話になるし、幹部を捕まえるなど夢のまた夢となる。
政治家筋も普段は公明正大で民衆の味方、というのが大名目だ。
だが民衆にも色々いて、異次元な見解を平気で開陳する、あるいは自分勝手な意見だけを声高に主張する者も多い。
そういう一般常識では説得不能なヤツを黙らせる時にもミルスコップ一家は役に立つ。
大概の民衆はバカでもプロ市民でもないので、ミルスコップ一家がちょいと近場で暴れれば、その意を悟って直ぐ黙る。プロ市民だって熊を守る為に自分が直接身代わりになる、または自分が熊とのお話合いに出向く程の覚悟のあるヤツは1人もいないし、ましてやギャング団と直接ヤれるヤツなどいやしない。彼らとてかなり空気が読めないだけで、ミルスコップ一家がちょいと声を掛ければ直ぐに黙る。
そうやって政治家筋も彼らを便利に使えば、当然、彼らからの犯罪を揉み消してくれとか、ある商売に1枚噛ませろとかって要望にも応えなくてはいけなくなる。
ま、伯爵家のコネで釈放された俺が、その辺のコネの悪用に文句を言う資格なんかねえやな!(笑)
一方で所詮はカネはカネ、コネはコネで、官憲とギャングの社会的立場差を逆転するものではない。官憲とギャングが元々はお互いに相容れない関係であるのも変わらない。
だから特に権力側である官憲はギャングを超法規的に問答無用でぶっ潰す機会を狙ってはいる。
だが、その場合は後腐れが無くなるまで徹底してやらなくてはならない。
後腐れが残れば、自分達も今迄裏ではツーカーだった話が明るみに漏れ出てしまうからだ。
その為にはギャングのカネで甘い汁を吸っていた一部官憲幹部や政治家達がそれを諦めざるを得ない事情の発生が必須だし、強硬手段が社会的にも許される公的理由も必要だ。
そういった意味で今回のハンソン一味による国家反逆罪容疑は正に絶好の口実と言える。
口実さえあればボスがこの件にどこまで噛んでいたかなど誰も問題視しない。その結果、今回の上から下までの焼け野原発生となったのだ。
それと言うまでもなく、俺個人としてもまあまあ良い結果もあった。
「それはそうと、保安官事務所は俺への捜査は止めるって事だ。」
「ほう?」
「何でも…今回のアレで捕まったヤツが、その件は部下が殺ったって話してるらしいぜ。」
「そうか。殺し屋が言ってるなら信用出来るな。」
真面目くさった口調で彼女は言いつつも顔はニヤニヤしている。
殺し屋だから信用出来る、とか字面だけ見ればナニ言ってるのか全く分からん(笑)。
俺もニヤつきながら頷いた。
「官憲もそう思ったらしい。一応、再捜査して嘘じゃねえって確認したらしいぜ(笑)。」
「そうか!いい仕事してるな(笑)!」
「違えねえ!」
無論、彼女も話の内容は理解出来ている。
まず官憲からすれば二重にお得な話だ。
彼らは領主お抱えの冒険者、つまり俺を逮捕など出来ない。だからオーエン殺しの一件は犯人を目の前にしながら、しかも一旦は捕らえていながら迷宮入り確定だ。なのに少なくとも当面は無駄に人員を割いて捜査は続けなくてはならない。
これがハンソンの死んだ部下が自白(?)した事で一気に解決する。
日本でも事件が起きると警察は「犯人逮捕に全力を尽くします!」と言うが裏を返せば誰が、どういう人間が犯人とかには興味がない。死んでいるならこれ以上取り調べもしなくていいというオマケもつく。
加えて、俺を見逃す事で彼ら的には今回の件に「協力」してくれた俺に借りを返した事にもなる。
…今、考えついたのだが、一介の冒険者なんぞどうでもよくて、伯爵家に対して借りを作るまでは行かずとも、ご配下の方にもちゃんと配慮してます!というポーズを示したかったのかも知れないな。
結果は同じだから俺からすればどっちでもいいが。
ハンソンにしてもこのままなら自分はすぐさま死刑だから、少しでも官憲に媚びを売って何とか鉱山重労働刑ぐらいで済ませたい。その為には提供できるネタは多い方がいい。
かと言って自分が殺った件数を増やすのは唯の自爆だが、死んだ部下が官憲の手柄を勝手に増やしてくれ、しかもそれが自分の点数になるとなれば、こりゃあもうやらない理由はない。
しかもネタ提供元は当の官憲の偉い人(?)である。言われた通りにゲロるのが勝ちスジと判断するのは当たり前でもある。
そして言うまでもなく俺は、容疑者から外れ晴れて自由の身だ。
誰が犯人役を身代わってくれたかなど興味もない。現に自白したとかってハンソンの部下の名前すら聞いてない。ロイドの方も不要、言い方を変えればどうでもいい情報として説明もしなかった。
江戸時代に無関係な奉行が公金を支出した挙句、関係者一同全員が損をして解決という三方一両損という最悪の解決方法があったが、今回のコレは間違いなく容疑者(実は犯人)の俺、絶対進展しない捜査を求められている官憲、そして捕まえられないのに俺に張り付きのロイドの関係者全員が全く得しかない正に三方一両得だと断言出来る。
ハンソン君にしたって罪を余計にゲロって温情が期待できるという何を言ってるのかよく分からない状況だが損はなく得しかないから、これはもう三方どころか四方マジ得ではないか!?
少なくとも江戸時代に実在したという、犯罪者相手に紋々を見せて凄むのが取り柄の、お上とは名ばかりのヤクザ奉行を上回っているのは間違いない!
「ベスは前々から腕が達って信用出来る部下を探していた。伯爵家内から見付けて来たのもいれば、軍から引き抜いたのもいる。けど、外で見つけるのは中々に難しくてな。」
由緒正しい、かどうかは俺は知らないけど、お上品な伯爵家が怪しい、ヤバい、ヤクザの3拍子揃う冒険者業界から人を引き抜くのは難しいだろう。
現に周囲でこの業界出身は俺とリャン副長ぐらいだし、リャン副長の場合は冒険者というより士官学校中退という経歴が目に留まった可能性が高そうだ。
「ああ、あん時の話は感謝してる。お嬢にもお前にもな。」
俺が真面目に礼を言ってるのに、彼女はジョッキを持ったままニヤニヤした。
「大した話じゃない。私も人材を探しているベスに腕利きの弓師を紹介できたわけだし、むしろ私が領主に対して点数を稼いだ様なものだ。」
彼女はジョッキを傾けて一口飲み、いきなり真剣な眼差しになって言った。
「だから簡単に辞めるとか言ってくれるなよ?」
俺は彼女を安心させる様に少し笑った。
「お嬢からもそう言われてる。」
お嬢からクギを刺しとけって頼まれてるのかな(笑)。
俺としてもいい機会だから聞いてみた。
「そう言えば昔、お嬢が今後に備えて人を揃えているってな話をしてたな。俺には何のことだかよく分からんが…」
彼女は置いたジョッキを手に取る動作をしてさり気無く目を逸らした。
「…まあ、ベスにも色々考えがあるんだろう。」
掛からないか。
ま、暫くはいるつもりだからいいんだが。
クラウがグラスを上げてウェイターを呼び、ワインをボトルで注文した。
「じゃあ、今日はお前の大手柄を祝ってお前の奢りだな!」
「意味が分からん!祝ってくれるならお前の奢りだろう!?」
俺の反論にクラウはニヤニヤ笑いながら、俺のグラスと自分のグラスにワインを注ぐ。
「聞いてるぞ。ベスから恩賞が出たんだろ?」
「…っ!お嬢のヤツ、お前にナニ、バラしてるんだ!?だいたい俺は先週も護衛の仲間達にマジ盛大に奢ったんだぞ!」
彼女の言う通り恩賞は出た。しかもかなり多額に出た。
こういう話はなるべく隠しておきたいのが人情と言うものだが、同じ職場の身内から隠しきるのは不可能だ。つか秒でバレた。
そして俺が知らない間に某飲み屋の貸切宴会が勝手にセッテイングされ、俺はお嬢様を守り隊の同僚全員に盛大に奢る事を余儀なくされたのが先週だ。
日本でもこちらでも見た事がないくらいの散財になった(泣)。
が、そんな俺の事情に全く頓着せずに、彼女は良いことを聞いたとばかりに机の上にグイッと身を乗り出してきた。
「同僚達に盛大に奢っておいて相棒の私には何もナシか?ん?ん?」
おい!こら!美人がそんな無防備に男に顔を近づけるんじゃない!
年甲斐もなくドキドキするじゃねえか!
…っち!
でもバレちまっている以上、しゃあねえか!
「…ったく分かったわい!今日は俺の奢りだ!」
彼女は身を乗り出したままニッコリ笑顔になった。
だからコラ!お前の笑顔は破壊力有り杉なんだから至近距離はやめれ!
「よし!それでこそ私のクリスだ!」
お前、ただでさえ美人で目立ってるんだから、そういう発言も周囲の誤解を招くから止めろ!
周囲も…ほら!なんか微笑ましい顔をしてるじゃねえか!
…いや一部からは「ちっ!イチャついてんじゃねえよ!」って敵意、というか殺意も感じるぞ!
だが周囲の様子にも俺の心の声にも彼女は全く気付くことなく、漸く席に座り直した。
そして先とは少し違う良い笑顔で元気よく手を挙げて言った。
「すいません!グレートスタッグの18年モノをボトルで!」
またお前、そういう高い酒を……(苦笑)
結局、恩賞はこの2回の飲み会で粗方溶けてしまいそうな予感しかしない。
けど、彼女との飲み会で俺の体内にあった強張りというか、緊張みたいのも溶けていくのを感じた。
繰り返すが、今回の一件は決して俺から望んだものではない。
俺が主体的に何かをした訳ではない。
方程式が合ってるとか合ってないとか以前に自分で組んだわけでもない。
正に風任せ人任せでこうなってしまっただけで、結果的に大戦果に繋がってしまっただけだ。
だから正直な話、お嬢や官憲から褒められても恩賞が出ても全くピンと来ない、なんなら多少の居心地の悪さすらある自分がいるのを感じていた。
けど、彼女に褒められて何となく俺の手柄なのかな、過程をグダグダ考える必要はねえかな、と思える様になった。
そして恩賞もこうして彼女と楽しく飲める原資になったのならいいじゃないか!と思えた。
……つか彼女のV8気筒アルコールエンジンが全開になった以上、そう思うしかない!
おし!今夜は俺も呑むぞ!!
自分で書いててなんですが、この2人、いつ見ても唯の酔っ払いで、果たして今後の進展とかあんのかいな?と些か心配にすらなりますが、まあ長い目で見てやって下さい。
次からまた話がゆっくり変わっていきます。
人によっては大どんでん返し(?)かも知れません。
(この2人の関係云々ではありませんが)




