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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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091 上司との評価面談

 町のゴミの掃討が一通り終わったところで、今度は俺が俺自身の親分であるお嬢から個別に執務室に呼び出されて褒められた。


「よくやった。」


 会社員でも冒険者でもここは「まあな!」と胸を張らなくてはいけない場面なのだろう。

 冒険者なら文字通りの言葉、文字通りの態度だし、日本の会社員なら口では謙虚に「ありがとうございます」とか言いながらも態度は同じだ。

 けど、会社員としても10年もいってない中途半端な履歴、冒険者としては年次的にはまだまだ駆け出しの俺には、自然体でそれが出来る程の神経構造にはまだなってなかった。特殊な訓練が行き届いていないのだ。


「いや、俺が何かしたっつうか…相手が勝手に寄ってきたっつうか…」


 特に謙虚な性格でも何でもない俺の、自分でも似合わないとしか思えないモゴモゴにお嬢は可笑しそうにクックックと笑った


「相手からすればお前が余程脅威に映ったのだろう。今まで私や父上がマトになる事はあっても、ウチの一兵士が暗殺の目標になる事はなかった。」


 居心地が悪い。極めて居心地が悪い。

 野球なら2軍から上がって来た初日の9回表ツーアウトに守備固めで入ったが特に球も飛んでこず、9回裏のバッターボックスで初球で尻にデットボールを受けて押し出しサヨナラになった様な感じかな。

 しかも何より暗殺のマトの仲間入りは全く嬉しくない。


「で、ハンソンの上の…何とかってボスが暗殺を指示したってか?」


 ハンソンは組の殺し屋みたいな事を言ってた。お嬢に個人的な怨恨もないと言っていた。

 そうでなくとも、普通に考えてあのレベルのチンピラが領主令嬢をしつこく狙う理由はない。当然、彼に仕事をさせているヤツが別にいる。

 通常ならそれは彼より偉い組幹部だ。そして領主代行の身内を殺ろうと思えるレベルの幹部もそう多くはない。つまり一番疑わしいのは組織トップの…ミルクだかコップだかって親分だ。


「いや、その…何とかスコップとかってギャングのボスはあまり関係ないらしい。ボスは子分がモタモタと手間取ってるのを見て乗り出して来ただけで、暗殺を指示したのはボスじゃなくて…そのハンシンとかってチンピラ自身が勝手に外から請け負ったそうだ。」


 もしそれが本当なら親分は完全なとばっちりで幾分お気の毒だな。

 そうは言っても部下が勝手にやりました、私は知りませんでしたってな話は世間一般的にはよくある言い訳、というか偉い人全員がする言い訳だ。

 一般企業だけでなく、国の役所でも不正を命じた上司は長官に出世して現場で実行した本人は自殺した例もあるし、政治業界では「秘書が秘書が」はほぼ当たり前である。


 けど今回の場合、親分は碌に話も聞かれずに河原に生首晒したわけで、喋り倒しているのは普段なら責任を被せられる方のハンソンだ。親分がお嬢暗殺指令に無関係ってのはあながちウソではないのだろう。

 

 だが当然の様に官憲側はそんな事実はサクッと無視しただけだ。


 官憲が行動を起こすのに確たる証拠も確たる証言も必要としないのもまた、次元を超えて共通の真理である。

 日本なら静岡辺りでは犯人を先決めして証拠は1年後ぐらいに自ら創るという画期的な方策すらとられていた。目的から逆算する所謂演繹的手法というものが、人口に膾炙する半世紀以上前から実行されていたのだ。

 もしハンソンがムショで暗殺されても同じことだ。むしろ官憲は何でも「ハンソンが言った!」と言って好き放題やるだけだろう。Simon saysならぬHanson saysってわけだな。


「あの…何だ……そうそう、そのハンシン…いやハンセン?とかってチンケな殺し屋が官憲で色々喋りまくっててな。ウチを襲う指示を出したヤツも直ぐに割れた。」

「ほほう!そりゃ…まあ、良かったな。じゃあ、アレか?大元には辿りついたんか?」


 ここまで喋っておきながら、彼女は一瞬だけ逡巡した様な変な顔をしたが曖昧に頷いた。


「……流石にちんけな殺し屋風情本人が実際会ったとかはないらしい。けど、殺し屋と直接接触した奴は直ぐに捕まった。そいつから繋がりが出たんだ。」


 微妙な言い回しの意味は詳しい説明はなくとも俺も分かった。

 黒幕には辿り着いたが捕まったとかではないのだろう。


 分かってるのに捕まらないのは官憲程度、あるいは伯爵家ですら簡単には手出しが出来ないレベルの大物の可能性がある。

 いや、ややもするとその「繋がり」とやらは官憲は分かってなくて、伯爵家だけが分かっているのかも知れない。

 その場合も相手は伯爵家から官憲に迂闊な情報は流せないレベルの大物である事は変わりない。


 現状でも些か事が大きく成り過ぎなのだ。一護衛の分際でこれ以上深く突っ込んで余計なリスクを背負う気は無い。

 俺はこの話がそのまま結論に言及されない様にそれとなく微妙に話を曲げる事にした。


「変な言い方なんだが…何で伯爵閣下ではなくお嬢が狙われたんだ?」

「その辺りは殺し屋はあまり知らんそうだ。一応、官憲は他の背後関係も含めて調査するからいずれ吐かせるとは言ってる。」


 領主の娘に対する暗殺計画で、ハンソンの組織は国家反逆罪容疑で捜査、つか襲撃されたらしいから官憲も手を抜く気はないだろう。

 が、依頼主が殺し屋風情に理由まで話したかどうかは怪しいし、話してないとすれば唯一の生き残りであるハンソンをいくら締め上げても何も出て来ないだろう。

 一方で伯爵家では既に背後関係の目星はついていて、しかも官憲にその情報を渡す気はないみたいだから、その辺りは永久に手付かずかな。


 そうなるとこの話はほぼ終了だ。

 伯爵家が黒幕を知ったという事は、逆に黒幕も伯爵家にバレた事を知ったという意味だ。少なくとも実行部隊のハンソン君がとっ捕まった挙句、上部組織ごと壊滅状態なのは誰でも知ってるので依頼主も警戒して守りに入っているだろう。

 取り敢えず町中で実質領主の娘が何度も襲撃されるという異常事態は暫くは発生しない可能性が高い。


 俺の方の問題も片付いた。

 ロイドも保安官事務所ももう追っては来ないから、伯爵家に匿われている必要はない。

 一飯一宿の恩義も誠に不届きなお嬢襲撃団を壊滅に追い込んだってことで返したといっていいだろう。


 ま、ロイドがいなくなった時も思ったが、この辺で伯爵家も潮時かな…


「お前の考えている事は分からなくはない。」


 だが優秀なお嬢は俺の考えを先読みして言った。


「もうお前には私の隣に座っていなきゃいけない理由はないだろう。」


 分かり切っている話なので俺も特に否定はしない。


「まあな。疑いも晴れたらしいしな。」


 ここは日本ではない。日本なら「そんな事ありませんよ」とか心にもない言葉を言うのが礼儀作法だと思って口にしてしまい、辞めないという言質だけを盗られてしまう所だが、今のココは日本ではないし、俺も日本社会に生きる生涯ヒラリーマン確定の社畜でもない。

 辞めるのもフリー、辞めさせられるのもフリーな冒険者として、敢えて上を怒らせない程度の礼儀正しさは守るが、必要以上の遠慮や忖度は不要だ。


「お前は信用ある知人…まあクラウの事だが…その知人の推薦で採った初めての部下だし…その…何だ…得難い部下だと思っている。」

「ただのCクラスの弓師なんだが、腕前を評価されてるのは嬉しいね。」


 俺の軽口半分な、しかし些か素っ気ない返事に珍しく彼女は年相応な少し不安げな顔をした。


「……いい機会だから聞いておこう。何か…その…私の下にいるのに不満でもあるのか?」


 本当は「出ていくのか?」と聞きたいのかも知れないが、遠慮したのか直接訊けなかったのか…

 

 そんなお嬢の表情を見た俺は即答した。


「いや。」

「…本当か?」

「ああ、給料も悪くねえしな。」


 実際、給料は悪くない。給与以外の面を含めて考えてみても悪くない。


 組織にいる上で問題になるのは場所、待遇、業務内容、人間関係の4点セットだ。


 まず場所だがそもそも冒険者にとって何処のギルドに腰を落ち着けるかは本人の自由だから最初からあまり問題ではない。

 そして今のリバードアは大都会と言っていいが、俺からすれば呑み屋が多いのは歓迎だがそれ以上の意味はない。が、悪い場所でもない。


 待遇の話は更に簡単で、基本、デジタルな取り分が高いか低いかだけだ。

 ただこのデジタルと業務内容は大概はリンクしているのが問題ではある。


 社会人であれば薄々皆、知っているが、世の中は経済学者の先生方が仰る原理原則に全く基づいてない。

 先生方の理論によれば、キツくてツラい仕事は応募者が少ない為、応募者を増やす為に給与が上がるという事だが、世間一般では全く逆でキツくてツラい仕事は給与も低い。キツくてツラい仕事は低給与でも応募するしかない人間を雇って乗り切るか、雇い主が渋々認めていた低賃金を超えた場合にはテクノロジーの力で人間を極力不要にしてしまうかのどちらかだ。

 逆に楽で高給な仕事は応募者が殺到する。国会議員や芸能界など超オイシイ仕事に至っては最終的には世襲でキープ、ややもすると新規参入は排除する方向だ。


 そういった意味では今の職場の業務内容はギルドの護衛系とあまり変わらないが、隊商のメンバーとは比べ物にならない重要人物=お嬢をお守りする役目の重さからか給与は相場より高い。しかも1件幾らではなく毎月払いの固定給だ。

 兵舎住まいも寮だと思えば宿代がかからない上にメシも出る。

 公募でもすればこの業界に住む人間の応募が殺到するのは間違いない。


 残る人間関係はどこの世界でもあまり変わらない。

 周囲と上手くいってるかいってないかと、自分が何を求めているかだけだ。


 昔の日本の会社の様に家族的な関係をウリにしている組織の場合、組織に馴染めれば最高だ。仕事以外の話でも何かあれば上司、同僚と言う”家族”に相談可能で、周囲も喜んで助けてくれる。

 だが馴染めてなければ、周囲は家族ズラして本人の仕事ぶりはおろか髪型から生活態度に至るまで口を出してくるウザい奴らってだけだし、昇進云々は仕事の成果ではなく実質上司の好き嫌いに左右される。

 馴染めない人間は仕事は出来ても周囲から「仕事だけ出来たってしょうがねえんだよ!」と陰口を叩かれ居辛くなる上、立場も給与も上がらない。挙句「ここに馴染めないなんてアイツは人間性に問題がある」と人格否定に一般化されて周囲に広められることすらある。

 逆に家族として上手く周囲の一員となれば「彼は人望がある」と言われて仕事の出来不出来と関係なく出世することもある。

 日本企業は長く家族的経営と言われ、トップ、特に大企業トップには調整型という敵を作らない事が最大の長所として挙げられる人が就くことも多かった。


 けど最近の新興企業グループなどは最初から違う。

 全員が横一線で信賞必罰と称してデジタルな売上成績だけが問題視されるそこでは、国会議員でもあるオーナー社長から「死ぬまで働け!」と入社初日から怒鳴り上げられ、全員が他人の手柄をも奪い合う殺伐とした雰囲気の中で働く。


 こう説明すると引き気味な職場だし、今なら他人の職場なのにパワハラだ!人権侵害だ!と怒るムキもあるだろうが、悪い環境とばかりは言えない。

 見ようによっては仕事が出来れば年齢も態度も人格も無関係に評価される職場だ。


 先の家族的な会社では仕事は出来ずとも先輩は先輩で立てなくてはならないし、下手で丁寧な話し方を心掛けなくてはならない。仕事もパシリ的な雑用は「若い頃は何でも経験だ!俺だってそこから始めたんだ!」と全て若いヤツに押し付けられ、どんなに優秀でも若い頃には大きな仕事は回されない。

 だが逆に「死ぬまで働け!」系統の新興企業なら入社2年目で2億円の売り上げを上げた社員は早々に20代でも取締役に昇進し、1,000万の売上しか上げられない40代のベテラン店長を「何だ!このハゲ!その程度の売上しか上げられないなら死ね!腎臓売ってこい!」と机を蹴り上げて心行くまで罵倒する事の可能な職場だ。社長もそれを大いに認め、率先垂範している。

 今風に言えば「互いにリスペクト出来る環境で」「自分達で高め合いながら」「より厳しい環境に自分を置いて」「毎日、自分にチャレンジして」生きていける。


 これを求めているなら問題ないし、仕事以外に職場の人間と関わりたくない、忘年会とか社内運動会とかキモいし人権侵害だ、と思うなら、コンクリートジャングルを体現しているこの種の職場にはそんなモンもないから最高だ。

 誰もが温かみがあって柔らかいが、汚く、虫がうじゃうじゃしている土の上が好きなわけではない。冷たくひんやり清潔だが殺風景なコンクリートが気持ちのいい人間もいるのだ。


 もっとも実際には「互いに軽蔑しかない職場で」「自分達で足を引っ張り合いながら」「ムリな話に自分だけが放置されて」「毎日、自分だけが非現実的な目標に永久にチャレンジさせられて」生きている場合も多いのだが、マスコミで喋るのはこの環境下での勝ち組だけなので問題にならない。

 これはこの業界だけが特殊なのではない。スポーツ業界だって、プロを目指して小学校入学前から高校卒業まで勉学には一切見向きもせずにそれ一筋で来た挙句、何にも成れずに体まで壊して身を持ち崩した人間の意見や人生に耳を傾け、報道する人間はいない。彼らがマイクを向けるのはこの業界で圧倒的な勝ち組の有名選手だけだ。


 冒険者業界はどちらかと言えば、実は後者のコンクリジャングルに近い。


 腕の達つ人間は年齢に関係なく評価され、ベテランのDクラスはある程度の経験は評価されるかもだが、基本は若造のBクラスにアタマを下げて丁寧な口を利く。現場ではランク上の若造の指示で動き、ややもすると怒鳴り上げられながら魔物を狩るなど普通だ。

 暴力の支配する世界でもあるから、偏差値30前後の底辺校と同じく、ギルドでは腕の達つ若造が居心地の良さそうな日当たりのいい席に机に足を上げてドカンと座り、ベテランでもクラスが低ければ日の当たらないカビの繁殖する隅っこで大人しくしてるなど日常風景に過ぎない。


 ワールド全体はコンクリートジャングル、仕事場は実際にジャングルといったところだが、俺の様なソロはともかく、パーティーなら逆に内部は家族的組織構成となる。

 家族だからいざ戦闘になれば、お互い体張って死ぬ気で背中を守りあうし、皆で呑むとなれば仲間外れはない。逆に一緒に酒席も囲めないような奴は家族ではないと早々に追い払われる。

 そこに理屈も人権も労働者の権利もない。


 この職場はこの冒険者パーティーに近い雰囲気だ。

 そしてその雰囲気の中で俺の居心地は悪くない。


 つまり給与、人間関係、仕事内容と総合的に考えて悪い職場ではないから、職場環境的には今直ぐオサラバしたいとかではない。


 ちなみに上司であるエリザベスお嬢様の御威光に逆らい、ご機嫌を損ねて出て行った場合にはそれなりに覚悟が必要だ。他の町に行けばいいだけではあるが、言うまでもなくこのリバードアにいる限りは伯爵家のご機嫌を損ねるとか論外だ。

 冒険者ギルドにしても実質領主に睨まれている冒険者など早々に追い出すか、全シカトするだろうから、リバードアでは二度と仕事が出来なくなるのは間違いない。

 経済界の偉い人が言った通り「仕事に忖度は不要だ。だが忖度も出来ないような奴は不要だ」というのもまた何処の世の中でも真理である。


 最後の忖度云々はともかく、待遇に関する総合判断に基づいた俺の即答を彼女は少し疑わし気に見てはいたが、素っ気ない返事ながら取り敢えず俺が即座に出ていくつもりではない事は分かったのだろう。

 ちょっとホッとした様な顔をして言った。


「それならいい。とにかく今回の件はご苦労だった。追って恩賞も出す。……何か不満がある時は私に直接、いつでも言うがいい。」

「了解です。」


 思わず簡潔に返事をしてしまったが、お嬢が俺を手放したくはない、と思っているらしい事はよく分かった。しかもそれが先の簡潔な返事だけでは到底伝わらないのも分かっている。


 だから待遇の総合評価の結果ではなく、彼女の気持ちにも応えるために俺は明快に付け加えた。


「心配すんなって。これからもしっかりお嬢の身は守るぜ!」


 俺の軽い調子で生意気な言い様に、対するお嬢も「フン!」という感じで、しかし少し嬉しそうに言った。


「当然だ!これからもお前は私の配下なのだからな!」


 PVの数も評価の数もブクマの数もそうですが、人に求められてる、評価されるって嬉しいことです。

 …言ってる意味、分かりますよね?(笑)


 作者のさり気無い、もとい露骨なお願いはともかく、ちょっと迷ってはいたけど瞬時に残る決断を下した主人公の気持ちもそんな感じです。

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