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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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088 予定外の罠

 マイクロマネージメント、という言葉がある。上が下に過剰に指示を飛ばす事を指す。

 識者に言わせるとこれが日本の会社を遅くし、社員のやる気を無くさせる原因の1つらしい。


 モノの本に挙げられた例だと某社では営業部長は毎週月曜日の朝一と週中の水曜日の最後に営業マン全員を集めた営業会議を要求した。そこでは短くとも営業マン全員からの進捗報告が求められる。

 聞く方の営業部長はこの部署30年の大ベテランで業界の全ての顧客を知っているから、必ず一家言あり、毎回、全員にこと細かな指示が飛ぶ。

 なのでこの会議は実に長く、3時間以上はかかる為、月曜の午前中は間違いなくこれで潰れ、水曜日は5時からエンドレスで会議となる。


 月曜日の朝一はともかく、水曜日の会議に出席する為に、その会社では水曜日には遠方の客への訪問は入れないという不文律があった。客先にとってみれば何の意味もない不文律で、それを理由に呼んでも来ないのは理解出来ない。

 また実務上も月曜日または水曜日の会議後でないと部長からどんなご指示が出るか分からない為、それまでは何も出来ない。時間だけが過ぎる。

 おまけに課長と自分が考えた案は必ず大幅な修正または却下され、部長から新たな指示がこと細かく出される為、営業マンもその上司である課長も最早自分で考えて何事かする気が無くなる。


 また某社では営業マンは帰社すると営業日報を課長に提出後、部長に口頭でサマリーを報告する必要があった。二重の手間暇である。当然、コメントは課長、部長の双方から出る。

 その上、営業担当役員は全営業マンの営業日報に毎日子細に目を通しており、課長からの指示とも部長からの指示とも別に役員からも後日、各担当の営業活動の内容について細かく指示が出される。


 そうなると報告の手間暇は二重の上、課長だけの指示、若しくは部長からの指示に基づいて動くわけにもいかず、役員のご指示も待たなくてはならない。結果として動きは遅くなるし、似た様な話を3度聞くのはそれだけでも時間の無駄だ。

 その上、課長、部長、役員の指示が其々整合していれば問題は時間的ロスだけとも言えるが、相反するまでいかずとも微妙に食い違った場合、調整が必要になる。ヘタをするとその調整はマネージメント層であるはずの部長でも課長でもなく営業マン本人がする必要があり、社内調整時間に手を取られて益々社外への対応が遅くなる。

 会社によってはよりスマートに予算と言われている営業ノルマを一刻も早く稼ぐ必要性をひしひしと感じている営業マンは、この種の無駄作業に手間と時間を取られることで、モチベーションが下がる一方となる。

 

 一方でこの世界のギャング団の業界はこのマイクロマネージメントとはほぼ無縁だ。日々の仕事に上が口を出して来ることは殆どない。上のご指導もフォローも一切無くとも下は個別にたっぷり上納金を納める事で裏社会で最も恐れられているミルスコップ一家を名乗れる仕組みだ。


 上納金がたっぷりであれば、その稼ぎ方をガタガタ言われる事はない。

 口の上手いヤツ、アタマが使えるヤツは詐欺で稼げばいいし、賭場を開いてもいい。クスリを売るのも自由だし、それも出来なきゃ今直ぐ銀行でも商隊でも襲って来い!という話なだけである。

 そこら辺が自分で出来ない、あるいは上納金が足りないヤツは刺されて埋められるだけだ。


 だが仮にも組織である以上、時には上層部から個別具体的な指示が飛ぶこともないではない。


「とにかく、だ!」


 一座の中で喋っているのは中肉中背の鋭い目付の男だ。その目を見れば誰が見てもヤクザ者と分かるこの男は、この集団を率いるハンソンである。

 中肉中背の一見すると目立たない風貌の下には、隠しきれない迫力ある抜け目ない眼差しが光っている。


「弓師、何とかしねえとどうしようもねえ。だからメンドーだが先に弓師を殺る!上からのご命令だ!」


 そもそもこの種の組織では上の命令は絶対である、という現実とは別に、理屈的にも特に異論が出る結論ではない。

 弓師による被害が甚大なのは全員が理解していた。


 なんせ弓師に遠間からバンバン殺られて、マトの近くに近寄れもしないのだ。

 そして運良く弓を掻い潜って近くまで達したヤツも人数が少ないから、護衛の剣士達に文字通り嬲り殺しにされてお終いだ。

 なので弓師をまずは片付ける、という理屈に変なところはない。


 だが、それは空論とまでは言わないがあくまで机上の話であって、実務を鑑みるとまた違った結論もある。

 一座のボスの意見は、劉備を倒すにはまずは目の前に立ち塞がる関羽から、と言ってるのと同じだ。理屈は合ってるが、理屈が合ってりゃ正しいわけじゃない。ましてや実行の困難性が下がるわけでもない。


 男達の中では比較的立場の高い、具体的には副官格の男がボスの結論に異を唱えた。


「けど、そいつが一番難易度が高え。今までヤローの正面から当たったヤツは皆死んでるし、普段は伯爵邸内の兵舎に住んでっから手が出せねえ。そこんトコあ、どうすんだよ?ハンソンのアニキ?」


 殺しを専門とする一団を率いるハンソン一味は、当然、そういう人間しか集まっていない。

 意見が気に入らなきゃ殴る蹴るとかなら全然マシな方で、口の聞き方が悪けりゃ刺してボコボコにした挙句、川に蹴込む類の人間しかいない。周囲もそれをドツキ漫才を見てるかの様にゲラゲラ笑って見てるだけだ。その職場環境下でボスに口答えするなど簡単に出来るものではない。

 そのボスに反論…とまではいかずとも、疑問を投げ掛けるぐらいは出来る数少ない幹部が正論を言ってくれた事に、他のメンバーは露骨にホッとした表情をしたが、幸いにしてハンソンは見ていなかった。


「今まではあくまでマトは伯爵令嬢だった。けど今回は弓師にマトを絞って作戦立てて、個別におびき寄せて殺る!」

「「「「…へい!」」」」


 ボスの判断は絶対であるのが、プレストン一味の掟だ。

 それを嫌と言う程知っているハンソンの部下達はそれ以上、反論する事なく即答した。

 反対の意見など口にすれば弓師より先に自分が八裂きなのは、太陽が東から昇るよりも明らかなのだ。


 しかし、この人間の屑集団でボスを張ってるハンソンは、普段は殺しの実務の危険性を理解するアタマさえない部下達の返答に顔には出さないものの微妙に躊躇いの空気が混じったのを見逃していなかった。


 が、彼はそれをこの場では責めなかった。

 

 通常なら50人程もいる部下達も、数度の襲撃の度にその場雇いのロルフの様な連中も含めて数を減らし、今や10人程しか残っていない。これ以上、人数は減らせない。

 何処の集団でも数は力である。特にヤクザの業界ではそれは顕著で力のない者は上には舐められ、下には足元を掬われる。ミルスコップ一家内で「何でも殺ります!」という殺し屋集団を率いてのし上がろうとしていたハンソンにとっても同じ事だ。


 部下達の微妙にへジった空気はムカつくが、ハンソンは逆に彼らを鼓舞する様に言った。


「そう心配すんな。誘き寄せについちゃ俺に少し考えがある。それに上から超役立つ情報も戴いてる。上手くすりゃあ、今迄と違ってそう苦戦する事もねえだろうさ。」


 そしてハンソンにしても必死だ。


 先日、直属のボスではなく、なんと組織のキング、いや神であるドン・ミルスコップご本人に呼び出された。

 恐怖でガクガクしながらその前に出たが、意外や意外に今迄の不手際を軽く責められた程度で弓師潰しの知恵まで授けて貰った。そして「先ずは弓師を潰して来い!」と直接命じられたのだ。


 有難いのと同時にドンの命令は絶対だ。その言葉は神の言葉よりも重い。

 神の言葉は無視しても精々が神父から「天国に逝けませんよ」と嫌味を言われる程度だが、ドンの命令を無視すればあの世の地獄に逝く前にこの世の地獄へ送られるのは間違いない。八つ裂き程度で済むのなら泣きながらドンの足に縋り付いて礼を述べてもいいぐらいだろう。

 しかも全知全能の神は危険予知にも優れ、このリバードアにその御姿を現すことは絶対にないが、同じく全能のドン・ミルスコップはこの現世に確実に存在している。


 その現世で初めて会ったドン・ミルスコップの魔獣ですらデカい方を漏らしかねない背筋の凍る笑顔と「上手くやれ。期待しているぞ。」というドスの効いた最後通牒を思い出し、同時に腹の底に直接氷をぶち込まれたようなズンとなる感触もぶり返したハンソンは、自分をも鼓舞するつもりで部下達に怒鳴った。


「上からの情報を元にワナのハメ方はもう考えた。オメエらは言われた通り仕留めりゃいいだけだ!分かったな!」



「ここじゃねえんだが、少し外れに射的場がある。そこである程度、合わせてから現場の方がいいんじゃねえかな。」


 今や弓師の俺は定期的に弓矢を仕入れる必要がある。

 勿論、伯爵家には弓も矢も準備されてはいるが、普段使うものはやはり自分で選んだものの方がいい。ボールペンも会社には100円のものが大量に備品としてあるが、少々お高くとも自分で文房具屋で選んだものを普段使いするのと同じだ。

 しかも備品を使わず自分で買っても経費で落ちる。伯爵家は余裕があるからなのか、この世界はウチの会社より経理が緩いのか…(笑)


 なので、決まった日とかではないが、定期的に俺は武器屋に顔を出していた。

 俺は新しい矢を選んで考えた。伯爵邸内にもいつも練習に使っている練習場で試し撃ちでも勿論いいが、たまには違う所も悪くない。「森で試し撃ちでもするか…」と呟いたら武器屋のオヤジが提案してくれたのだ。


「へえ!そんなんあるんだ?」

「まあ、森でもいいんだろうが、それもちと距離があって大変なんでな。お前さんみたいな弓師が合わせをする時には射的場が便利だと思うぜ。俺の名前を出してくれりゃ1時間ぐらいはタダで使わせてくれる。」


 確かにこのリバードアはデカい町だから、試し撃ちが出来る辺りまで出るのはちと遠出になる。

 依頼を受けて行くならともかく、試し撃ちだけで1日潰れるのもタイパが良くないし、メンドーだ。近場で出来るならそれに越した事はない。店のサービスでプライスレスならなおいい。


 興味を持った俺を見て、オヤジは時計に目を走らせ、小さな紙を差し出しながら言った。


「今から森はムリだろうが、射的場ならギリギリ間に合うと思うぜ。」


 紙は行き先が書いてある簡単な地図だ。

 一見親切なオヤジの提案に俺は何も疑う事無く、頷いた。


「じゃあ、今から行ってみるわ!あんがとさん!」


 射的場はオヤジの言う通り歩いて30分ぐらいの所にあった。

 武器屋のオヤジに言われた通り、オヤジの名前を言うと入場口にある小屋の中の妙に顔色の悪い爺さんは頷いた。


「毒矢は万が一があるから使用禁止だ。持ってるかね?」


 俺は持ち物を確認した。


「5本ある。けど今日は使うつもりはねえ。」


 爺さんは何故か不承不承といった様子で頷いてカギを渡して来た。


「1番奥の20番を使いな。1時間だ。」

「ああ」


 俺は武器屋のオヤジが言う通り、特に金を払わず入場した。


 中は弓道場みたいのをイメージしていたが弓を放つ場所は壁で仕切られており個室になっている。ゴルフ練習場のもっとキッチリした感じかな。まあ弓矢なんで間違っても隣のヤツには当たらない様にしてるんだろう。

 的も弓道場みたく一番向こうに幾つか並んでいるものもあったが、途中に木が立っていてその上に置いてあるものもあった。下には「ハトが必要な方は受付で言って下さい」という看板もある。実戦的な練習も出来るらしい。

 30分に1回、休憩時間が決められていて、その時間に皆、中に入って矢を回収するルールとなっている。まあ、ゴルフの打ちっ放しと違って矢は自前だからな。


 大きなギルドに行くとその裏なんかにも練習場があったりもするが、ここまでカッチリ作られてはいない。悪くはないな。


 俺はそう思い、買ったばかりの弓矢を取り出して準備を始めた。


「…?」


 異変を感じたのは20分後ぐらいだ。

 場内が妙に静かなのだ。


 俺が来た時は俺以外にも3人程がいたが、いつのまにか誰もいないようだ。10個ぐらいのブースにいるのは俺だけだ。入口の方を見ると小窓から見える受付小屋にいた爺さんも姿が見えない。


 そして何よりこの静けさは身に覚えがある。

 何かが襲って来る前の静けさだ。


ガッチャン!


 背後で音がした。個室の扉を何かで押さえつけて開かなくしたものらしい。

 そして今度は前方の的の後ろから、数人が現れた。全員が大き目の木の盾を持っている。


ブンッ!


 今度は突然、足元が光った。見ると全体の形は円形で中に文字で模様が描かれている。魔法陣だ。俺のいるブースを中心に結構な広さで描かれていて、2、3歩では範囲外には出れそうにない。


 俺は手足を軽く動かす。特に身体が拘束されている感はない。もっとも俺にはその種の魔法陣は効き目が薄い。

 足元の石を蹴ると外に転がる。出れない様にしたわけでもないらしい。が、何事かされている。


 マズいはマズいな。


 今日の俺は、買ったばかりの弓の試射に来ている。

 持っている矢は買ったばかりの唯の矢が殆どで、いつもの毒矢は5本しかない。

 一撃必殺とはいかない上に、相手は全員が盾持ちの完全に弓矢対応装備だ。


 そうは言っても俺が新しい矢を放り出しガッチャンと素早くボウガンを構えると、じわじわ前から迫ってきていた10人程が止まった。

 そしてその後ろから明らかにリーダーと思われる俺より少し年上ぐらい、30半ばぐらいに見えるイヤに目付きが鋭い、というより悪い男が出て来た。


「俺ぁ、ハンソンだ。」


 いきなり名前だけ言われても何も分からない。

 俺は反射的に言い返した。


「誰だよ?」


 彼は手を広げて周囲を指した。


「この辺を仕切ってる組の、まあ、ちっとばかり偉い方の人間だ。」


 う~ん…そう言われてもこの辺を仕切ってる組関係なんぞ知らない。

 組の名前を聞き直してもなお分からない可能性が高そうだ。


 と、考えて俺が黙ってると目の前のハンソンという男が先に喋り始めた。


「ウチの一家じゃあ俺らがコロシを一番得意にしてる。」


 彼の言葉には閃くものがあった。


「じゃ、アレか?ウチのお嬢にしつこくちょっかい掛けて来てるのは、お前さん達か?」

「まあな。ま、もっともウチは請負だから俺らは特にお嬢様に何ぞ恨みつらみがあるわけでも何でもねえんだがな。」


 目先の返答は思った通りだが、それなら彼らの行動の意味は分からない。

 今日の俺は単独行動だ。お嬢の側にはしない。イコールお嬢も側にはいない。


 お嬢をマトにしてるなら、何で俺を包囲してるんだ?

 しかも何で俺に話し掛けてるんだ?


「…何しに来たんかよく分からんが、俺は寝返りとかしねえぞ?」

「そんなこたぁ、考えてもねえし、そっちにその気があっても今更聞く気もねえ。」


 ハンソンと名乗るチンピラは即答した。


「お嬢を殺るのにゃ旦那が妙に厄介だ。だから今日、ここで旦那は片付けとこうと思ってね。」


 ?……益々よく分からない。


「だったら、さっさと殺ったらいいじゃねえか。何しに出て来た?」


 問われてチンピラのボスは待ってましたとばかりに嬉しそうにニヤぁと笑った。


「いや、旦那達に殺られてウチはだいぶ数が減ってね。もう目の前でケツからワナに嵌まり込んだマヌケな姿を散々バカにしてから死んで貰わんと、俺らは全員、気が済まねえんだ!」


 彼の言葉に合わせて前に立つ彼の仲間達も申し合わせた様にニヤニヤと小馬鹿にした様に笑った。


「旦那はもうお終いだ!お得意の弓だって1発目ぐらいはイケるかも知んねえが、今日はいつもみたくは速射だ、百発百中だってなわけには出来ねえはずさ!」


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