084 練習と弟殿下
数日後、俺は邸内の弓場でボーガンの合わせをしていた。
冒険者してた頃は旅が多かったこともあってほぼ毎日が実戦だったが、護衛の今はそうではない。だから任務の合間は訓練なり練習だ。
それに弓系は剣と違い、磨いておけばいいというものではない。手入れも必要だし定期的に弦の張替え、調整も必要だ。
練習の内容だが、無論、普通の練習もする。が、俺には別に技もある。
前回はレーザー全開で戦っていたが、今回はそれを封印してボーガンだ。
だが折角あるのに魔法を完全に封印するのも意味がない。周囲に気付かれない程度は全然ありだ。
実質領主であり武門の家でもある伯爵家はお屋敷内だけで小隊程度の人員を抱えている。その中には当然、俺以外にも弓師もいる。だから簡易的だが弓の練習場もある。
そして今日は周囲に他の弓師がいないのをいい事に、ごくごく薄くだが魔法を使って練習していた。
「ほう!」
魔法を使っての練習は普段はあまり出来ないからか、伯爵邸内は安全と気を抜いていたからか、自分で思うより結構集中して練習していたらしい。
声を耳にして背後を振り向くまではいかずチラッと見ると、いつの間にやら中学生ぐらいの少年が立っていた。
身形からして侍従見習いとかではない。
……!!!ヤバい!噂の弟殿下ってヤツか!?
繰り返しになるが、俺と弟殿下は指揮命令系統が違う。俺らはお嬢直属の護衛隊だ。俺自身に至ってはどうも周囲の話を聞いていると伯爵麾下の護衛隊一員というよりは、お嬢直採用の専用護衛と言っていい立場らしい。クラウの推薦のおかげかな?
つまりは直接の伯爵配下ではなく、その代理と言ってもいい弟殿下の指揮下にもない。伯爵の娘であるお嬢の部下だ。
……よく考えたら子会社の直採用って立場は日本にいた頃と同じだな。
本社人事部に子会社の俺らに対するは直接の人事権はない。即ちはお嬢が直で雇った俺に対し、弟殿下には人事権も命令権も少なくとも直接的には存在しない。
ま、もっとも本社人事部が「海野はムカつくから辞めさせろ!」と言えば、ウチの人事は何か理由をでっち上げて秒で辞めさせるのは間違いないけど(笑)。
伯爵家内の立場はともかく、俺ら下賤はそもそも殿下の近くに寄れる立場でなく、お側近くの担当でもない。面識もない。即ち地位的にも職業的にも口を利く権利すら存在しない。
これを差別とか民主主義ではないとヒステリックに表現するのは勝手だが、今の俺からすれば逆にポジティブに利用できる。
つまり指揮命令系統が違う下賤な冒険者上がりの俺は弟殿下にお目通りの叶う立場ではないので、この場で空気になり切っても失礼はない、という事だ。
むしろ、それが正しい対応(?)だ!
結果として俺はチラリと目をやってしまったものの、そのまま知らん顔で的の方へ向き直った。気付いたなら練習を止めてご挨拶も必要かも知れないが、気付かず練習は咎められる事ではない…はずだ。
バシッ!
バシッ!
バシッ!
俺は無言で弓の練習を続ける。
但し、先程とは異なり、わざとマトの中心部だけを狙わず、中心、右ハジ、上ハジと少しハズし気味に狙う。
この程度の腕前なら気を引かないで終わるだろう。
…早くどっか行かねえかな。
そして俺の雑な思い付き隠蔽工作はお約束の様に上手くいかなかった。
「その方!」
ここには俺と彼しかいない。殿下の呼びかけた相手が弓でも矢でも的でもないとすれば俺しかない。
つまりマトは俺だ。
そして散々、人事権とか指揮命令系統云々とか心の中で言い散らかしてみたもののが、所詮は親会社の入社2年目のエリートに逆らえないのと同様に、伯爵家ご子息の命令を無視することなど出来はしない。
仕方なく俺は今度は振り向いてアタマを下げた。
「…(ちっ!)ははあ。」
思わず舌打ちが漏れたが、下を向いていたから気付かれなかったらしい。
殿下はその点には触れずに話し掛けてきた。
「見慣れぬな。父上の直属か?姉上の部下か?名を名乗れ!」
はあ…しゃあねえなあ。
「エリザベスお嬢様の護衛隊の一員でありますクリス・シーガイアと申します。」
「面を上げよ!」
仕方なく顔を上げると姉似の端正な顔立ちの金髪中坊が、高さ的には少し下からだが精神的には身長より1,000m程度は高みから俺を見下ろしていた。
が、小馬鹿に出来たのはここまでで、彼は言った。
「魔法を使ってマトを絞る術は聞いた事がある。」
「…!!」
素直に驚いた。
この短時間で俺の技を見破ったのか!
……いや、まだ断言は出来ない。
魔法を使っている事は見破ったが、どんな魔法かは理解していない可能性が高い。なんせ俺が使っている技は俺しか出来ない技なのだ。他所で見た事があるはずがない。
彼の言っている「魔法を使ってマトを絞る術」とは恐らく一般的に弓師が使う事のある魔法だろう。使えないから正式な名称は知らないが、マジックミサイルの応用術の様なやつの事だと思われる。的を一度決めるとどこへ行っても矢がホーミングして追いかけるという技だ。
この術式の利点は説明しなくとも分かると思うが、欠点は2つ。
的に魔力で印を付けるのに高魔力を必要とする点と、ホーミングする矢が場合によっては物理法則を無視して動くせいか威力が減殺される点だ。
結果、マトに合わせてグネグネ動く度に威力が減殺される為、当たるまでの時間が長いと、当たりはするが刺さらないという冗談みたいな事態が往々にして起きる。
射程も通常より短くなるから、よく考えて見れば欠点は3つかな?
その上、1つの的を絞るだけでも高魔力を必要とするから、複数を同時あるいは短い時間差で射るのはまず無理だ。
…あ、欠点4つかも(笑)。
なので習得が難しい(5つ目の欠点)事もあって、数少ないAクラスレベルの魔獣相手を専門とする冒険者か1人を確実に殺しきる必要のある暗殺者なんか以外にはあまり人気はない技だ。当たれば誰でもいい軍の弓隊なんかではまず使われない。
その点、俺がやってるのはただのレーザー照準だからピッと飛ばしてピッと放てば終わりだ。
相手が避ければホーミングしたりはせんけど、射程が短くなったりもせんし、曲がって当たったが刺さらないなんて事もない。敵を倒すのではなく薄いレーザーポインタ程度だから、俺的には高魔力も必要としていない。
但しアメリカでは一般的なガンショップで普通に売られていて、文字通り裸一貫でやってきたターミ〇ーターが直ぐに入手して使っていたレーザー標準付きの銃の様に固定標準ではないから、原理は一緒でもコレを使ってキチっと当てるには練習は必要だ。
「その方はこの短時間に何度も使っているところを見ると、魔力の扱いにかなり長けているようだな。」
この世界の魔法の発動は少し面倒だ。
まずは空中から魔素を搔き集めて自身の身に貯めこむ。体内に貯めこまれた魔素を魔力と言う。
そして自身の身に貯めた魔力を使って魔法を発動する。
だから魔素を集められない人間は魔法は使えないが、こちらの人間はほぼ全員が僅かながらでも魔素は集められる。魔素は魔力の元であると同時に体を構成する一部らしい。ビタミンDのもっと酷い版かな。
一般的に大魔法と称される威力のデカい、あるいは強力な魔法を使える術者はこの魔力を貯めこむ容量がデカい事が多い。
が、容量はデカくなくとも魔素を搔き集めるスピードが速い人間もいる。そう言った人間は魔力を貯める器は大きくなくとも魔力の回復が早いから小魔法を連打する事が可能になる。
この場合の彼の言う「魔力の扱いに長けている」はこの魔力を集めるスピードを指している事が多い。
ちなみにマサさんは両方に優れ、器はデカく魔素を集めるスピードも速かったから大魔法を連打するという常識外の魔法の使い方が全然可能だった。
しかも聖魔法を除くほぼ全ての魔法がそれなりに操れたから、エロゲ帝王のクセに魔法だけなら正に自他共に認める最強の魔法使いに近かった。
もっとも全てがオリジナルという実にマサさんらしい斜め上からの不意打ち気味な欠点があったから、種類を増やすには自分で全てを考え詠唱を一から設計する必要があって異常に大変そうだったけど。
そもそもエロゲ専門で自分でも散々言ってたけどアタマ悪いし。
まあ、アタマの良し悪しはマサさんの単なる個性だから、エロゲは冤罪か。
纏めれば、こちらの世界の魔法の才は「魔素を集める速度」「魔力を貯めこむ器」そして「魔法を使い熟す技量」の3点の組み合わせとなる。
なので彼が俺を褒めた内容は、魔法使いとは見られていなだろうから技量面ではなく、大魔法を使っているわけでもないから消去法的に1番目の点だと推測出来るわけだ。
「ハッ!有難きお言葉!」
いずれにせよ内容を説明する気のない俺はどうとでも取れるお礼で返した。
その前に一瞬、「魔法って何のことッスか?」と誤魔化そうかとも思ったが、誤魔化しきれなそうだったので止めた。
ここでヘタに口答えして、返って話の間口を広げるのもイヤだったし。
対する弟殿下はそこに喰いつくことなく変な話を始めた。
「…私には今、魔法に関しては特定の師がおらん。」
「ははあ…」
まあ、伯爵家は魔法使いのお家柄で才能はあるだろうし、本人も超絶魔法使いって聞くからな。
どんな学校に通ってるのか知らんが、教えられる人間も限られるのかも。
「だから最近は専ら文献や軍の魔法隊などの実技を見て自分で学んでいる。」
「ははあ…」
しかも魔法の学習が嫌いとかでもなく、自分で学ぼうとする姿勢は誠によろしい。
日本の中学生の大半は期末テストがあるから、高校受験があるから、いい大学に行かないといい所に就職が出来ないから勉強しているわけで、自ら興味を持って勉強している、しかも碌に教えてくれる人もいないのにやってる人間は滅多にいない。
もっとも学者や宇宙飛行士の自伝やらインタビューやらでは「中学校で数学が楽しくなって休み時間は二次方程式三昧で過ごしました。自分にとって学者は天職です」と理解出来ない周囲の目線に気付いた風もなくイッた表情で語る場合もあれば、「小学校の時からずっと宇宙に逝きたいと思って来たッ!その為に勉強し続けてきたッ!努力を続ければ夢は絶対叶うッ!叶うんだ!!」って具合の一般庶民には何の参考にもならない意見を殊更威圧的に怒号する場合もあったから、弟殿下もそういう類なのかも知れない。
どうでもいいけど、双子で完璧に同じ能力でも枠の関係でどちらかが落ちる可能性もある商売で、努力すれば夢は必ず叶うとかって嘘は勘違いの元になるからヤメテ欲しいんだよね。
いや、まあ、そこまで意地悪く考えなくともスポーツに才能がある人みたいな感じか。
有名スポーツ選手は、勿論、小さな頃から卓越した才能を周囲に見せている事が多いが、よくある逸話は出来ない事はやれるまでやり続けた、という話である。
テニス選手とかだと、上手に打ち返せるようになるまで壁打ちを1万回でも2万回でも飽きずにやっていた、なんて話を聞くし、体操の選手も誰かが尻を叩かなくとも、E難度が出来る様になるまで何度もマットに叩きつけられるのを厭わず練習する。
それは継続して練習できるという一種の才能だし、逆に才能があるから、普通の人が2、3回出来なければ諦める所を己の中で失敗の中にも着実に進歩が感じられ、それをモチベーションに次は必ず出来る、練習すれば出来る様になる、と自分の中で確信を持ってやり続けられるのだ。
自分の例から考えても魔法も似た様なものだ。
最初は上手くいかずとも、やっているうちに進歩が感じられるから出来るまでやり続けられる。
ま、俺の場合は出来る様にならなきゃ死ぬかもって切実な事情の中でここまできたのではあるが。
いずれにせよ、誰も教えてくれないならご自身で探して研鑽しようという姿勢は買える。
けど、俺には関係ない、と断言したい!
絶対無関係、ということにしたい!
なのにもう不吉なフラグしか見えん。
案の定、弟殿下は続けた。
「その技はそちにしてみれば自然体で使っておる様だから、他人に教えるのはなかなか難しかろうが…」
俺の若干失礼な感心と嫌な予感を余所に弟殿下は言った。
「機会があれば是非学びたい。」
リップサービスならいいが、真面目にとれば、これはちょっと困った事になった、と言っていい。
俺の弓師として使っている魔法は大きくは2つ。恐らく風魔法の応用のボーガンの連続装填とレーザー照準である。
連続装填は元は風魔法とはいえ、俺は風魔法の基本も知らないからこれしか出来ない。ミリーから矢の連続装填としてしか習ってないから応用も出来ない。つか動作からして風魔法かな?と勝手に推測しているだけだ。つまり魔法としては教えられないと言っていい。
ちなみに今、殿下の前では使ってないから、こちらは関係ない。
だが何より問題なのは、今使ったのは連続装填ではなくレーザー照準の方だという事だ。
こちらは全く人に教えられるものではないし、教える気もない。
しかも幸いな事に内容は完全には見破られていない様だが、反面、マズい事にマジックミサイル同等な魔法だと勘違いされている場合には教えられないとは言い辛い。「レーザー標準ですから教えられません」とも言えない。
「……恐れながら小生の使う技は師匠から秘伝として伝えられしものにて他人に教える事は許されておりません。中身も弓師の技として伝授されていて、浅学非才な小生は魔法であるかどうかもよく分かりません。その儀は何卒、ご容赦下さいますよう。」
「はあ」とかって適当に返事してこの場だけ誤魔化しておいても良かったが、万が一、殿下が本気で「なら今すぐ教えろ!」と言われるのは困る。
それに殿下の護衛の方に異動させられるのもイヤだ。
遠回しでも何でも理由を付けて正面からお断りするしかなかった。
俺の今、この場で無理矢理捻りだした苦肉の策の言い訳に対し、殿下は意外な事に全く怒りもせず穏やかに頷いた。
「そうか、秘伝か。ならば主家であっても容易く教える事は出来んな。」
秘伝云々は咄嗟の思い付きだったが通じたらしい。俺はホッと胸を撫でおろした。
彼は言葉を続けた。
「それに口上も小気味良い。私に対して…まあ完全ではないが、そこそこに礼を失さずに言いたい事がその様にスラスラ言える者は、姉上の部下でも珍しい。」
「お褒めに与り恐縮であります!」
初めて敬語を褒められてちょっと嬉しい!
そんな俺の前で彼は身を翻した。俺は再度、アタマを下げる。
そのまま立ち去るのかと思いきや、彼は去り際に少し振り向いて付け加えた。
「クリス・シーガイアか。覚えておこう。」
「ハッ!」
いや、忘れて欲しいんだが、ここはどうしようもねえか。(笑)
「知っての通り、姉上は王家の庭に咲き乱れるバラよりも嫋やかで、険しい山中で春の短い間にしか咲かぬ幻の花々の様にか弱く、可憐な中に高貴な美しさを兼ね備えるこの世界の至宝とも言えるお方だ。」
………は?
誰の、何の話っすか?
つかご表現が最早理解不能レベルなものスゴい事になってますけど、その話、マジに誰の事、言ってるんすか?
幸いにしてアタマを下げていたからか、俺の!?には全く気付かず、弟殿下は続けた。
「首都に咲くたった一つの可憐で尊い至高の一輪の華、姉上の身、くれぐれも宜しく頼むぞ!」
「は?…ハッ!」
最後に何か変な話をしてはいたが、結果としては何事か大事にならずに弟殿下が立ち去った後、流石に少し気が抜けて俺は近場のベンチで一休みしていた。
殿下については、最初に聞いた時は超絶ヤバい人な感じだったが、最後のお姉様へのご言及(花でもなく華か…)は脇へ置くとして、その他は実際に話をしてみるとそうでもなかった。
伯爵嗣子らしい品位もがあり、中坊らしからぬ落ち着きがある。
話す内容、話し方も真っ当だ。
俺自身が中坊だった頃は絶対もっとバカっぽく、実際にバカだったのは間違いない。
姉の部下だからかも知れないが、立場をカサにきて変な無理強いもしない。
魔法がお得意、というのも嘘とか誇張ではなく、必要最低限しか使わず今まで周囲にバレた事がないのに、内容は不正確ながらもアッサリ見破った。
最後のエリザベスのお嬢に対する盛大な誤解はともかく、他は悪くない。全く悪くない。
つか、むしろいいじゃん!全然いいじゃん!
人の噂などアテにならんもんだな、とこの時は思った。
……まあ、お姉様超ラヴなのは噂通りだった感じだが、そこはこの際許そう。
表現が適当かどうかは別にしてお嬢がお美しいのはウソではないし。




