083 護衛隊と弟殿下
「俺あ、元々、軍の士官学校に入ったんだけどよ…」
リャンという副長は、軽い感じの話し方の細身の男だった。
俺らは伯爵邸内にある兵舎に住んでいる。食事は兵舎の横にある食堂で取ることが多い。
お嬢様護衛隊としては短い間に既に数回の実戦をこなし、俺が使える弓師だと同僚の間で知れ渡り、結構仲良くなりつつある。
どこの世界でも仕事がデキるヤツは早期に認められるのだ。
そんな俺が皆と一緒に雑談しながらメシを食っている最中にリャン副長がモグモグしながら言った。
「学生の頃にバイトで隊商の護衛とかやってたら、そっちにハマっちまってね。」
バイトにハマって、そのまま就職ってのは、時折ある類型だ。
俺の大学の同級生にもバイトで古本屋やっててそのまま社員になったヤツとか、チェーンの喫茶店にそのまま入社したヤツとかはいた。
「長期の護衛とかやって授業ブッチしてたら、仕舞にゃ単位落としてな…」
いや、でも落第はアカンやろ(笑)。
と、思いはしたが、勿論、俺はそんな事を口にする事無く、モグモグしながら「はあ」といい加減な相槌を打つ。
「もういいやって感じで退学してマジに冒険者になろうってギルド行ったら、伯爵家に拾われてね。以来、ここだ。」
「へ~え~。」
バイトのやり過ぎで留年するはともかく、退学する程ハマってたのは周囲にはいなかったなあ。
しかもよくよく聞いてみると、隊商の護衛のバイトにハマって退学したが、そのまま隊商の護衛になったでもない。
けど、まあ、いい所に拾われたんじゃないかな。
「領地の防衛隊から伯爵様の護衛から、別荘の警備までやってっから、伯爵家のアチコチは隊長よりも俺が一番詳しいとは思うぜ。」
彼はメシを掻き込みながら言った。
「ちなみに、ご領地で衛兵とかしてた時に魔物退治もチョイチョイやったから、クラスCは持ってるけど、まあ実際はそんな腕はねえ。まあいいとこDの中ってな具合だ。」
「へえ~」
やんごとなき伯爵家家臣に与えられた所謂、名誉ランク的なものなんだろうが、訓練の腕前を見る限りは、ロイド保安官の様なまるっきり名誉ランクな感じもない。
俺が少し感心した様な声を上げると彼はチラッと顔を上げた。
「ま、何だかんだで本業じゃねえからな。ギルドのマジCはお前さんぐらいだから、魔物が出た時は頼むわ。」
町中で護衛じゃ魔物は出ねえだろ。
まあ、でもこの場はそんな空気の読めないマジ返しする場面じゃない。
「まあ、こっちゃ昨日まで冒険者っすからね。」
素直に返しておいた。
刺客達の方はと言えば、数度追い払ったら来なくなった。
あのしつこさから考えて、相手も簡単には諦めないだろうが、失敗も続いているので一旦仕切り直しぐらいは考えているのかも知れない。
戦力を整えてもう一押しはあると考えているのは俺だけではなく、お嬢様護衛隊も伯爵家の他の私兵も警戒を緩めてはいない。
そんなある日、我々お嬢様護衛隊が庭先の訓練場に勢揃いで集められた。
「来週だが、お嬢様がドーガク地区の工場を視察される!」
ヴォルフ隊長の言葉に特に不思議な点はない。
エリザベスのお嬢はご公務にこそ就かれていないようだが、伯爵家実質No.2として伯爵家内の取り仕切りや領内のご視察にはよく出掛ける。
だが今回の場所は少々問題だ。
ドーガク地区は所謂下町だ。
下町だからって個人的には何かがあるわけではない。俺の生まれ育った東京の一角も世田谷区辺りからはギンギンに下町と見下されていたが、普段の生活で何があったわけではない。
駅前が少し汚くて猥雑かなってぐらいなモンで、それでも俺に言わせりゃ高速下で常に日が当たらなくてカビと排気ガスとドブの匂いの充満する田園〇市線の駅周辺なんかよりはずっとマシだ。
日陰だらけでどこもかしこも不衛生で病原菌で溢れてそうな排ガスの匂いしかしない三軒〇屋と違って、明るい場所に目に見える危険性などなく、周囲に遮るもののない明るい健康的な陽射しの中で健康的に朝からビールが呑めるだけだ。
が、コッチの治安が良くないは全世界的にも治安がいいので知られている日本国内での「治安が良くない」とはレベチなのも理解はしている。
我々も少し緊張して配置に付く必要はあるかも知れない。
「詳細な日程は後程通達する!」
ヴォルフ隊長が執務室に引っ込み、俺らは元の自主訓練に戻った。
そして昼飯時になり、午後からの全体訓練前に皆が食堂で昼飯を掻きこんでいる時にリャン副長が先程の隊長による正式通達にはなかった情報をボソッと言った。
「ああ~そういや今回の視察な、弟殿下来るってよ。」
発言した当本人と、無論、その辺は知ってて尚且つ知らん顔しているヴォルフ隊長と俺を除く全員が、あからさまにイヤそうな顔になり挙句の果てには悲鳴まで上がった。
「げえ!マジか!」
「マジかよー!聞いてねえよ!何で先にソレを言わねえんだ!」
「難易度上がりまくりだろー!!」
なんだ?
この嫌われぶりは?
俺は弟殿下なる人間自体を知らない。
敬称から多分、エリザベスお嬢様の弟君だろうなとは想像出来るが、そういう存在がいた事すら今の今までに知らなかった。
でも何かめっちゃ嫌われとんなあ。
もっとも昔から経営層に経営能力はあっても品位、人格、人間性までは備わっていない場合は多い。
現代の経営者の話だけでなく歴史に残る偉人であっても同じ事だ。
戦国の英雄織田信長は、人材を見出す目利きの天才で、その人材開発力で天下統一に王手をかけた言うなれば名経営者だ。
が、その反面で彼に関する逸話には皆殺しとか焼き討ちとか碌な話がない。
しかも若い頃の弟の反乱に始まり何度も部下に反旗を翻され、結局は自身も自らが取り立てた重臣である明智に焼き討ちされたのは周知の通りである。
皇帝の語源ともなったユリウス・カエサル将軍はその卓越した軍事的才能でローマ周辺を悉く斬り従え、帝政ローマ時代を切り開いた天才将軍兼政治家でもあったが、生前から女誑しで有名でしかも専門は不倫だ。
そして最期はこれまた子飼いの部下達に取り囲まれて暗殺された。
要するに経営能力と人格とか道徳とかは不一致な場合は多々あるわけで、名前も存じ上げない弟殿下も性格的には何かしら問題があっても、不思議ではない。
性格に問題はあっても経営層である伯爵家の世継ぎとしてはそう悪くはない可能性もある。
それに大きな組織になると多少の間違った経営判断は大きさに飲み込まれて見えないで終わる事も多いし、下が頑張って無かった事になる例も多々ある。
これは実際にウチの会社でもあった。
ウチの会社、というか親会社主導でグループ企業全体に新経理システムが導入された事があったが、これが酷いものだった。
本社肝煎で苦労して入れたはいいが、本当に使い難かったのだ。
経費精算入力1つとっても、まず1画面で入力が終わらない。
それに重くて画面遷移するたびに画面が数秒に渡りフリーズする。PCそのものがフリーズしたのかと勘違いするレベルだった。
なのでPCに最後まで慣れなかったガチ昭和勢などは「待て!」ができない犬と同じで待たずに動かない画面を何度もクリック、というか連打し、本格的なフリーズに移行させてしまう例も後を絶たなかった。
最初に会社名から始まる組織コード、社員番号を入力させる割には、名前と所属は別画面で入力が必要なのも二度手間としか思えなかった。今なら最初にログインすれば後は自動で引っ張って来るだろう。
組織名は経理が予め登録している組織名での入力が必要で、その登録は何故か大文字、小文字がごちゃごちゃだった為、本人的には間違いないはずの入力で始終エラーが発生する始末だった。
しかもエラーかどうかは全部入力して最後にエンターを押すまで分からず、エラー箇所こそ赤字で示してくれるが何がどう間違っているかまでは言及がない。
そして4分類にもわたるアカウントコードの入力は経理でも何でもない俺らには意味が分からずただ面倒なだけだった。
極め付けは信じられない事に纏めて精算が出来ず、なんとこれを1件づつ繰り返す必要があった。
経理的世界観では旅費、経費精算は発生都度、即時に1件づつ入力が空気を吸うように当たり前なのかも知れないが、毎日駆け回る俺らにとっては経費精算は1か月に1回ぐらい嫌々やる苦行に過ぎない。
それが毎回トラブるとなれば全員が不機嫌になるのは当たり前だ。
結局、この状態に各部署から吊るし上げられたのは本社ではなくウチの会社の経理で、彼らはシステム部に泣きついて独自で入力専用ソフトウェアを開発して対応した。
明らかに二重投資である上に、システム部の残業時間はウチの会社では非常に珍しく深夜休日に及んだが、上の判断ミスは誰も責任も取らず、対応もせず、下の努力で無かった事にしたのだ。
ちなみに、どうも当の親会社も含めグループ各社が同対応を取ったらしい。
わずか3年後ぐらい経つと問題の経理システムがしれっと廃止になり、元のシステム会社の作った元々のシステムに非常によく似たバージョンアップ版が再度導入となった時には、グループ内で同一システムを使っていたはずが、実質的には各社で別々のものを使っている様な状態だったらしい。
本社からの出向(左遷)で来ていたシステム担当者が、本社にいた時は各社の意見集約が大変だったとボヤいていた。
そもそもグループで統一ソフトを使って業務の効率化を図る、という話は控えめに見ても話半分以下終わっただろし、グループ全体で明らかに予定外の入力補助システム導入費と開発人件費が、しかも多額に発生していたが、上の人は誰も責任を取らなかった。
それどころか、数年後のグループ広報を見ると親会社の導入決定当時のシステム部長は間接部門統括の常務に出世していた。経理部長も副社長CFOという肩書だった。
だから弟殿下の場合も多少何かあっても下部組織で充分吸収可能なのかも知れない。
もっともガチな身分制のあるこの世界では経営層は実力というよりお血筋だ。
弟殿下は歳が若かろうが多少(?)性格に問題があろうが、今も上のお立場だし将来的には伯爵という更に上のお立場が約束されてもいる。
そんな彼には若い頃から逆らう者はいなかろう。
だから、弟殿下のご性格に何かしら問題がある場合には、その態度は立場によって2つに分かれる。2つしかない。
1つ目は屋敷邸内で働く侍従とか侍女とか業務上、御曹司と接触が避けられない人々だ。
彼らはアタマを低くして決して御曹司には逆らわないのが必須の処世術だ。逆らって本人がクビになるなり、悪くすればお手打ちになるなりするのは勝手だが、大概は上司、同僚、後輩にも多大なとばっちりがいく。それもあって、御曹司が何歳だろうが何を言おうが絶対服従だ。
御曹司が、その日の気分で処刑役を屋敷内で選ぶ様なサイコなジャ〇アンでない事を祈るしかない。
2つ目は掃除、洗濯を受け持つ類の下働きの連中や、俺らの様な兵隊達だ。
元々、御曹司とオメモジする立場ではないので、これ幸いとなるべく彼の目に留まらない様に気をつける。視界に入らない、関係ない範囲での行動を心掛ける。
そもそもの仕事範囲が偉い人達と重ならない範囲だからそう難しいミッションでもない。
俺は当然、立場、所属する組織(お嬢護衛隊)から考えても後者なわけだ。
しかも生息域そのものが違う。普段はお屋敷敷地内とはいえ兵舎と訓練場にしか行かず、外に出る時はお嬢に付く。弟君と遭う機会は通常はない。
つまり、どんなに性格が悪かろうが、嫌われていようが関係ない。
が、専用の護衛が別途いる可能性もあるが、今回、お嬢の近場にいるのであれば一緒に護衛対象なのは間違いない。
なので個人的には興味はないし、関わり合いにならんとこ、としか思わないが一応訊いてみた。
「弟殿下って?」
俺の直球かつ無知丸出しの問いに、皆、虚を突かれた様な顔をした。
「あ~」
「…あ~?」
全員が視線を拡散している。
何か問題でも?
ヴォルフ隊長が皆を代表して返事をしてくれた。
「…お嬢様の弟君だ。」
まあ、そこは呼び名から俺でも想像がつく。Fラン大出身だが、一応、大卒なのだ。
「…次期伯爵閣下ってことスか?」
「まあ、順当に逝けば多分そうなる。」
伯爵家を継ぐのにその字を充てちゃなんねえべ?
「これが、まあ…何だ…伯爵家伝統の魔法使いでいらっしゃるんだが…とにかく…エグい系統の魔法使いでいらっしゃってな…」
「エグい?」
隊長は静かに頷いた。
「しかも結構、使い方もエグくて…それに手加減なくポンポンお使いになるモンだから、毎回、俺らの後始末が大変なんだわ。」
「はあ…」
「加えてだな…その…アレだ、お姉様超ラヴでな…」
はあ。ラヴなんすか。超なんすか。
字からしてコアっすね。
「お嬢様の身が危ないとなると見境が無くなるんだ。」
「見境って?」
全員がまた空中に視線を飛ばした。
誤魔化しているのではない。明らかに全員が身に覚えがあり、どの例が一番適当か考えている仕草だった。
数秒の沈黙の後、まず伯爵家での履歴が最も長いリャン副長が口を開いた。
「ほら、前に鉱山の町に逝った時とか…」
同僚の1人が頷いた。
「ああ、アレな。採掘用の可燃物満載の倉庫街でファイアーボール乱打して町が半壊したヤツな。」
続けて普段は比較的無口な剣士のギーリーも珍しく口を開いた。
「ブナンに逝った途中で盗賊に襲われた時とか…」
「「「ああ~」」」とこれにも今度は数人が同時に頷いた。
「ああ、アレもヒデかったなあ。ヤツら、手足、一本一本爆散させられて。途中から、俺、盗賊のヤツらが可哀そうになっちまって…」
「しかも丁寧に時限式で埋め込まれて、俺らもお嬢様ももうどうしようも出来なかったし。」
「そもそも、あの盗賊の頭、言うに事欠いてお嬢様に向かって、俺のオンナになるなら全員で2、3回姦すぐらいで済ましてもいい、とかって…あの一言で殿下、完全にキレちゃったもんなあ。」
「ったく、どうせ直ぐに殺られんだし、後始末が大変なんだから余計な煽りは止めて欲しいかったよなあ、ホントに。」
何だよ、そのサイコ!
呆れ返る俺を他所に、その悲惨な盗賊の話からヴォルフ隊長も何か思い出したらしい。
「可哀そうって言やあ、オオカミの群れも可哀そうだったよなあ。」
これにも数人が深く頷く。
「結局、ヤツら途中で逃げたのに逆に半日に渡って殿下に追い回されて、力尽きたトコをドッカンって…」
地球のソレは知らないが、コッチのオオカミは比較的賢い動物で、群れで狩りをする上にムリそうなら撤退するアタマがある。
俺とクラウが襲われた時も(多分)群れの3分の1ぐらいを短時間で殺られた段階でムリを悟り撤収した。だから超絶魔法使いらしい弟殿下の反撃を見れば速攻撤退した可能性もあるだろう。
普通なら人間側も追い討ちを掛けたりはしない。オオカミ狩りは旅の目的ではないので面倒だからだ。
けど、弟殿下は違ったらしい。
「……何かヤバそうっすね?」
隊長は俺の疑問を否定する様に首を振った。
「ヤバそうじゃねえ。ヤバいんだ。」
微妙な空気が流れた後にヴォルフ隊長は皆に向かって言った。
「本来、こんな場で言う事じゃねえんだが…弟殿下が来られるからといって配置関係はいつもと変わるもんじゃねえ。要は俺らが殿下が出張られる様な状況にしなきゃいいだけだ。今回はその点もアタマに置いてくれりゃあいい。」
散々愚痴ろうが仕事となれば話は別だ。
俺らは声を揃えて返答した。
「「「了解!」」」
ま、この段階で色んな意味でフラグは立っちまってるわけなんだが…
弟殿下は実は遠い彼方の伏線の予定ですが、暫く出ずっぱりです。(笑)




