081 新しい職場と同僚
偉そうに人に新しい職を薦めたりしていたが、俺自身も新しい職場だ。
伯爵家お雇いになったのは逮捕を避ける方便の様なものではあるが、留置場から救い出してくれた恩義には報いる必要がある。
恩義の話も然ることながら、わざわざ伯爵家ご令嬢まで引っ張り出して助けてくれたクラウの顔を潰すわけにはいかない。
伯爵家の方も無論、俺をこのまま放す気もなく、俺という犯人をしっかり捕まえたにも関わらず些かお気の毒な事になっている保安官と話をした次の日の朝一には、同年代ぐらいの男が部屋にやってきて、荷物を纏めてついて来い、と言った。
ついて行くとそこは兵舎で、俺は予定通りお嬢護衛隊に引き合わされた。
「俺が隊長のヴォルフだ。」
ゴツい感じの如何にも人間の壁的な40絡みの男は、しかし比較的愛想良く、簡潔に自己紹介した。
「お嬢様からお前の事は聞いてる。弓師だそうだな?」
「そうです。」
「お嬢様から聞いてる配置はお嬢様の一番お近くだそうだ…けど、大丈夫なのか?近接、いけるんか?」
護衛としては一番気になる点だろう。
護衛対象のお近くを守るのは言うなれば最後の砦だ。バカが近接戦闘武器を持って迫ってきた場合には必ず対処しなくてはならない。なので遠間を専門とする弓師が向いてないとまでは言わないが、普通は剣士や格闘士、あるいは魔法使いの役目だ。
彼はその点を危惧しているには分かったが、高得点なのは、主君であるお嬢様の御身を守り切れるかの心配も然ることながら、彼の表情には俺の身も心配するのも入ってる。
いい人だな。
素直にそうは思った。
もっとも業界が業界だけに、いい人が必ずしも最後までいい人とは限らないのも知っている。
更にこの世界的に考えれば、それはもっと酷い事も知っている。
よく知ってる。
けど、まあ、いい顔されてる今はそんなに尖がる必要はないだろう。
「まあまあ大丈夫だと思ってます。冒険者ですけど基本ソロでやってましたし。」
俺の軽い感じの答に(当たり前だが)隊長さんは納得した様子もなかったが、かといってそれ以上異を唱える事も無かった。
「そうかい…ま、いいや。エミーリオ!」
横の席から50絡みぐらいの男が寄ってきた。
身のこなしがどことなく、あのしつこい捜査官に似ている。
「ここの細けえ話はお前が教えてやれ!」
「へいよ。」
エミーリオさんの軽い返事で説明役はバトンタッチし、ヴォルフ隊長は執務室に戻り、代わりにエミーリオさんが付いて来い、と顎をしゃくった。
「ここ、長いんスか?」
俺は伯爵邸の兵舎に併設している食堂でモグモグしながら、案内をしてくれたエミーリオさんに聞いてみた。
特に真剣な話をするつもりもない。まあ、雑談の糸口みたいなもんだ。
「まあ、色々やってましてね。」
対する50絡みのオッサンはアタマを掻き掻き言った。
彼は、明らかに年下で新参でもある俺に対しても、腰が低く口調が丁寧だ。
「…色々って?」
「最初は普通に騎士団だったんですけど、見ての通りの腕でしてね。」
先程、剣術の稽古風景も見たが、確かにぶっちゃけ剣術は大した腕前じゃない。(俺は弓師ってことで見学だけで訓練に入れとは言われなかった)
剣術は専門ではない俺の目から見ても、レッドには手が届かないだろう。ベテランのグリーンといったところだ。勿論、俺がそれを口に出したりはしないが自分でもそこは分かっているようだった。
だがベテランらしい無駄の少ない動きをする。
剣の振りに変な雑念もないのは、恐らく冒険者の様な我流オンリーではなく、どこかで正規に剣術を習ったのだろうことを思わせた。騎士団上がりなら納得だ。
そしてその動きに一つ一つが現場一筋で長年やっているのが滲む動作だった。
個人的にはこういう手抜きのない感じの人は好感が持てる。
「でも魔力探知のスキル、あんでしょ?騎士団でも結構、珍しかったんじゃないすか?」
食事前にも聞いていた雑談をネタにした俺のツッコミに、彼は今度はポリポリと顎を掻いた。
「持ってるスキルは魔力探知なんですが…まあ…騎士団にいた当時は知られてないスキルっつうかスキルとも認められてなくてですなあ…」
そうなのか?
「でも実戦に出るとこの魔力探知でヤバいのが来ると分かるんですよ。だから、アッチから敵が来る、コッチはマズいって言うんですけど、なかなか信じて貰えなくて…」
前回、俺がいた頃は、魔力探知はキチンとしたスキルとして知られていたような覚えがある。
けど、今は違うのか?
その辺はよく分からなかったけど、魔力探知が分からないとなれば、その魔力を探知して敵の来る方向を指し示すのは理解されなかった可能性は多分にある。
「でも時折、コイツはカンがいいって評価してくれる上司もいたりして、ズルズル10年くらいやってたんですけど、結局ダメで…25の時に隠密部隊に異動になったんですよ。」
「……はあ。」
まあ…何と言っていいものやら。
異動と一言で言うが、隠密は軍の補給部隊とかとは違う。それ専門の人間の揃う場所だ。
しかも兵士だったからデキる、という類の話ではない。剣士としてのレベルがどこまで求められるかは置いておくにしても、そもそも騎士団とは求められる技量が違う。忍者とかまではいかないが、有体に言えばスパイなのだ。
そしてそれはテクニックだから、皆、ある程度、時間をかけて習得するのが普通だ。他所から異動してきてホイホイできる様になるとは思えない。
案の定、オッサンは言った。
「異動になったはいいけど、最初から隠密のヤツらとはやっぱレベルが違うじゃないですか。」
「はあ、まあ……そうでしょうね。」
「だから、もう最初は15、6の新人に交じって訓練からですよ。同じかそれ以下の教官やら先輩やらに教わるわけです。」
「……。」
仕方ないっちゃあ仕方がない。
歳がイっていても基礎からやらなきゃどうしようもない。
でも本人としては面白くはない境遇だ。
彼が明らかに年下で新入りの俺にも最初から敬語なのは、この辺りの履歴から来てるのかな?
「そこからやり直しても結局は隠密としてはイッパシにはなれませんでね…」
「…はあ」
「隠密なのに顔を晒して前調査みたいながメインでした。要は、頭数には入ってるんですけど戦力としてはあんまり真剣には数えられてない感じですかね。」
俺が第三者的な立場だけで言えば、これも仕方ないっちゃあ仕方がない。
所謂、隠密の花形(?)である潜入やら暗殺やらは結局、高い技能が求められる。
最終的にどこまでいったかは知らんけど、彼が隠密一筋の同じ年頃の人間に技量で勝てるようになるのは、少なくとも短期間ではまずムリだったろう。
「もっとも、隠密のボスに言わせると、元々が騎士団上がりの俺は、剣士に化けて表で情報収集する用途で採られたとかで、まあ予定通りだったらしいんですけど、こんなん、隠密として必須の役割じゃないですからね。結局、これも5、6年はやったんですけど暗殺隊とかにはなれなくて、護衛に移されました。」
成程。
隠密側の少なくともマネージメントレベルは、時折変な鋭さ(実は魔力探知)は見せるが大した腕前ではないとして騎士団から厄介払いされた彼を、言うなれば補助戦力として拾い上げたわけだ。
だが補助はあくまで補助で、主戦力ではないから、人減らしか剣士モドキは不要になったのかは分からないが、結局は追い出したのだ。
だた、先の騎士団もそうだが、全くの無能でもなく、本人は辞める気がなく、これといった落ち度もない人間を、言うなれば会社都合100%で追い払うのは気が引ける。そういった意味で次の職場として護衛をアテンドしたのだろう。
戦力外はリストラという判断は仕方なくも冷たいが、良いように解釈すれば、元の騎士団の上司といい、この隠密の上司といい、丸っきり悪い上司ではなかった様にも思える。
もっとも異動内容は毎回畑違いで、行った先では実質的に毎回最下位へのランク落ちだから、クビにしないだけ有難く思え、程度の話なのかも知れない。
「町中や街道ぐらいでの護衛にゃ大した腕前は必要なかったんで悪くなくて5年ぐらいやってたんですけど、ここで俺の能力が魔力探知ってヤツだって分かりましてね。」
漸く話が好転するのか?と思っていたが違った。
「何でか行き先は警邏ですよ。」
「警邏?」
魔力探知で何で警邏?
「犯人の居場所が感じ取れるだろ?って事だったらしいです。」
そんなはずがない。
彼の能力が俺の知ってる魔力探知なら、それは遠くから魔力が感じられる能力だ。
但し遠くで発せられている魔力が正確に誰の魔力かまで分かるには、相手の魔力波動?って言うのかな、そいつを予め知っている必要がある。犯人と顔見知りとかならともかく、魔力を探知しただけでは犯人捜しとかは出来ない。
やっぱり魔力探知という能力がよく理解されてなかったらしい。つかマジか!?
「警邏も剣術的には大した腕前は要らないし、隠密の時に習った小技もそこそこ役に立ったんで、俺向きではあるなって結構頑張ったんですけどねえ…」
「はあ…」
「まあ…その…結局は期待してた調査や逮捕に役に立たないって散々言われ続けまして…」
「……」
まあ、そうだろうな。
予想通りの話に俺はもはや相槌すら打てない。
「護衛に差し戻されたわけで。」
「……」
もうこうなると何だかよく分からない、とも言える。
軍隊も一般の会社と一緒で早期に上に上がるのもいれば、一生、同じポジションの一兵卒で終わるのもいる。
さしずめ俺なんか定年まで元の会社にいれば軍曹にも成れず古参の上等兵ぐらいで終わっただろう。良くて例の部長主任ってヤツだね。
けど、彼は営業で平凡な成績だからと経理へ、専門家揃いの経理で本丸である会計以外をやる人間として働かされた後は総務へ、総務で数値に感度があると思われれば購買へ、そして購買で経理に匹敵する程には数値に強くないと分かり総務へ戻された様なものだ。
会社だと経済合理性の観点から、偉くならない人間=無能=同じ給料を払うなら有能なヤツに置き換えたいという意味で馘か異動も考えられるが、軍隊は違う。
経済合理性って考え方はないし、一兵卒は絶対に必要だから馘にするぐらいなら使い倒した方がマシだ。むしろベテランの一兵卒はいて悪いものでもない。だから大概は軍曹以上に成れそうにない腕前でもそのままそこで古参の上等兵してるのが普通だ。
なのに、彼の場合は何故かそれすら許されず、あちこちを転々とさせられている。
こうなると、ウチの会社に本社からトバされて来てた仕事はデキる人間と同じく、性格に問題があるのかも知れない。
だが、そんな風にも見えない。
左遷専門の会社という性質柄、そういうのもちょくちょく見てる俺からすれば、そういうのはちょっと話せば結構直ぐに分かるものだ。
そうなると、先とは結論が逆転するが極端に上司運が悪い類かな。
40年程の会社人生は長い様に見えて、その種の運の悪さを挽回出来る程には長くない。
「ダメな上司からは直ぐに離れる努力をしないと後悔するぞ!俺みたいにな!」ってウチの天下り専務も酒飲んだ時に悔しそうに話してたなあ。
俺がボンヤリと余計な事を考えている間に彼の話は最終コーナーを回って今の位置に戻ってきつつあった。
「護衛に差し戻されたはいいですけど、今更、護衛に戻って来ても居場所…ってかポジションもありませんでね…」
「はあ…」
「出向ってことで伯爵家に出されましてね。ここにいるうちに転籍って事で今はもう伯爵家の人間ですわ。」
迷走に迷走を重ねた兵士の35年強(50絡みという見た目からの逆算)の履歴を聞きながら、相槌も尽きつつあった俺は昼飯は掻き込んだ。
「あ、でもココじゃ魔力探知で遠くからでも危険が分かるって事で便利に使われて…まあ今に至るってわけです。」
最後には居場所があって良かったんじゃないすか、なんて偉そうな事は当然言えず、俺は曖昧に首を縦に振りながら殊更モグモグとメシを掻きこんだ。
「俺は一応、現場では指示出ししたりしますけど、指揮官ってわけじゃないです。指揮官はあくまでヴォルフ隊長。隊長がいない時はリャン副長。俺はあくまで魔力探知があるから、お嬢の近場にいるままでも指示とかが出しやすいだろうってなだけです。」
「そうっすか。」
俺の雑な相槌にエミーリオさんはズズズっと茶を啜った。
「多分ですけど…俺とクリスさんは相性がいいってことなんだと思います。」
「…ってえと?」
「俺は遠くから魔力探知で敵が来るのが分かりますし、弓師のクリスさんは遠間から攻撃デキる。」
「相性がいい」なんて言いながら気弱げに笑う彼を見て俺は分かった。
彼は次の異動を気にしてるのだ。
弓師は通常は明らかに後衛で、半分とは言わないまでも彼に比べればずっと若い俺が来た。
護衛の弓師の多くは馬車の上など見晴らしの良い場所に陣取り、遠くを見張る役を兼任する事が多い。それは正に現在の彼のポジションと被る。
もし俺が剣士よりも広範囲を警戒する役、しかも発見した瞬間に剣士よりも遠間から攻撃できる役として雇われたなら、見張り兼後衛役を任されている彼の居場所がまた無くなるかも知れない、と諦めが入りつつも懸念しているのだ。
何度も言う通り、ウチの会社は本社からすれば左遷先だ。
だから本社からウチへ左遷されてくると、誰もが多かれ少なかれ傷付く。
経営層クラスで来る人間は本社でもそれなりの立場だった人間だから、駆け上って来た出世の階段が突然途切れて、ここで終わりかとガックリする。
もっとも最初はガックリするものの時間が経つと激烈な本社の出世争いから外れて気が楽になり、暫くすると後はもうノンビリスローライフするか、となる。彼らには既に逆転を目指せるだけの時間もチャンスも残されていないが、首を切られる心配もないからだ。
なので本社では鬼の何とかって言われてた人ですらいつもニコニコ良い人になってしまう事が多い。
若い身空で来ると少し違う。
この歳で左遷かとやはりガックリするのは同じで、やがて諦めの境地に至り、ウチの職場に馴染んでいくのも同じだ。
けど内心では、またいつ使えないと見限られ、異動させられるか怯えを持つようになる。
実際にウチでも3年ともたず、更にトバされた人間もそこそこにいて、その姿を毎年の様に見てれば怯えは消えない。
エミーリオさんはあちこちで使えないと判断されて傷つき、通常はそんな回数がないはずの異動、しかも望まぬ部門間の異動を乗り越え、異動先の見知らぬ職場での全く新たな仕事への恐怖に耐え、その道一筋でその歳なら出来るはずの数々が出来ない事を陰に陽に周囲から冷たい目で見られるのをこらえ、若いヤツにも丁寧な口調で接して自分からアタマを下げて教えを乞い、彼なりに仕事を覚えて生きてきた。
しかし、やはり次の異動の声に怯えているのだ。
自身の居場所がまた失われるのを恐れているのだ。
「弓師って言っても俺のポジはお嬢の隣って聞いてます。」
俺は彼のポジションを奪うつもりはない。
かつ、クラウに頼まれて出て来ただけのお嬢もそこまで深い事を考えて俺を拾ったわけじゃないと確信している俺は彼に言った。
「通常みたく馬車の上とかじゃないです。」
「…そうなんですか?」
「なんで、遠くが見える訳じゃないし全体が見えるわけでもないっスし、だいたい警戒とか現場指揮とかは俺にゃムリっスよ。なんかあったらエミーリオさん、宜しくお願いします!」
「お、おう…」
彼の表情は変わらなかったが、少し顔色が良くなった、ように見えた。
「それこそエミーリオさんが言う通り、早めに敵の来る方を教えてくれりゃあ、後は俺が遠間から片付けますよ。いい組み合わせっすよ!」
重ねた俺の言葉にエミーリオさんも笑顔になった。
「おう!そうですか!探知なら任せて下さいよ!」




