080 気の抜けた張り込みと生意気なアドバイス
「よう。」
何でか官憲にとっ捕まって、クラウと伯爵家お嬢様の手で釈放されて、なし崩し的に伯爵家の家人なんだかエリザベスお嬢様の個人的な護衛なんだかとして雇われて3日目、俺は漸く外に出る事を許された。
クラウが強く主張するので、一応、伯爵家の屋敷で医者にも診て貰い、特段何もなかった。そしてその後は屋敷内の一室に留まる様に言われた。
これは俺の体の具合の話ではなく、官憲の動きを警戒しての事であるのは説明は無くとも分かっていたので、俺も特に文句もなく、大人しく部屋でゴロゴロしていた。時間になったらメシも出るし。
現実問題として現状の俺はここで伯爵家に見捨てられても困る。
それに一応は俺も社会人なのだ。無意味と思ってはいても上から課せられたルールは守れるぐらいの社会性はあるし、上の人は下らない話、つまらないミスも容易に許容してくれないのは社会でイヤという程見ている。
恐らく小さな頃から抜群の才能を見せて、やりたい放題で生きてきたスポーツエリートの日本代表が代表監督の決めた代表合宿中の夜間外出禁止を破ってキャバクラへ繰り出した時も、所属各チームの主力選手で日本代表に選ばれる程であったにも関わらず、激怒した上の人は即座に代表合宿から追い出して、日本代表からも外した。
彼らは所詮は脳筋エリートだからやって良い時と悪い時の判断がまるでつかず、その結果が見通せなかっただけである。若気の至り、と言ってもいい。
実際にスポーツエリートより地位や教養に溢れていても、向島の料亭や銀座のクラブ、六本木のバーで芸者やホステスとのどんちゃん騒ぎを日課にしている政治家や企業経営者は多い。
東大卒揃いの財務省の高級官僚への接待はノーパンシャブシャブが大人気だったのは有名な話だ。
やってる事だけなら彼らもキャバクラ代表選手達も然程変わらない。
けど上層部は内容ではなく命令無視を許す気は無く即座に代表から叩き出したし、世間も彼らを庇う向きはほとんどなく、マスゴミは若い美空の彼らに底意地悪く「キャバ組」という渾名をつけて辛辣に執拗に叩いた。
一方の俺は脳筋ではないつもりだし、教養はともかく社会人としての常識はある。
新たな雇い主である伯爵家のお言いつけを破ってまで行きたいキャバクラもないし、日本代表と違ってここを追い出されては困るので、大人しく邸内で3日間を過ごした。
そして伯爵家執事(?)から漸く外出許可が出てところで、気晴らしに散歩でもするかと外に出てみると、物陰から例のロイド保安官が出て来て声を掛けて来たのだ。
伯爵家もそこそこには警戒していただろうに、それを掻い潜る潜入技術は素晴らしいが、手も出せないのにご苦労な事だ。
彼は、俺が気づく前に自分から姿を現して声を掛けてきて、俺が何か言う前に口を開いた。
「結局、この件は俺が担当する事になった。」
「ふ~ん。」
パターンは2つ、考えられる。
1つは保安官事務所はまだ俺を捕まえる気満々で、このしつこそうな保安官がぴったり張り付きになったというパターンだ。
伯爵家の玄関口にまでベテランが張り付いている事を考えれば、その可能性はある。
今1つは、逆にこの件はお蔵入りも止む無し、と保安官事務所の幹部が捉えているパターンだ。
今の俺は伯爵家の一員で、3日前の一件を見ても現実問題としては彼らは俺に手出しは出来ない。そして彼らもその現実を渋々だろうが何だろうが受け入れている場合だ。
だが、現実的にはお蔵入り止む無しと判断していても、捜査機関としては大っぴらに宣言も出来ない。
特にまだ事件から日にちも経っておらず、世間様だか上層部だかに捜査継続のポーズも見せなくてはならない。
かと言って解決の目途が無い案件に多くの人員も割けない。
なので、この単独捜査官が形だけ付けられたという可能性だ。
謂わば形だけの捜査継続だから、誰も進捗は期待していない。むしろ俺への手出しは誰も望んでいない。彼もそれが理解出来ていないわけではなく、今も俺を前にして何かする気配はない。
これ以上、何事かが起こる事を期待はしていないが、対外的には捜査機関としては犯人逮捕が目標だ。それは変えられない。
しかし内部では既に達成放棄しているわけだから、捜査は全く進捗しない。
繰り返すが、そもそも捜査が進捗しようがしまいが、伯爵家の一員となってしまった俺を捕まえるのはドダイ無理なのだ。
が、犯人逮捕という目標が進展しない場合、どこかの段階で誰かが責任を取る必要が出て来る。
当然、その場合、どこの組織でも課長とか部長とか命じた人間が責任を取ることはない。責任を取るのは担当者だ。つまり今現在、ここでこうして直接捜査を担当している彼である。
まあ、どこの世界でも役人は仕事をしているフリは上手く、どこの組織でもワリを喰う人間はいるという事だね。
案の定、彼は最初から降参ポーズで両腕を上げた。
「いや、もう、お前さんを逮捕とかは俺らにはムリだ。」
あ、そこは流石に分かってるんだ。
「まあ、お前さんも聞いてたと思うが…」
彼は顎辺りを掻いた。
「俺は事情をよく知らされないままお前さんのガラ抑えに行かされただけだ。」
「へえ~?」
「上にそう言ったら、じゃあ全情報を渡してやるからお前が担当しろ!って話に…まあ…なっちまってな。」
組織では意見を述べると、特に正論を言うと逆ギレされて「じゃあ、お前がやってみろ!」となる事はよくある。
組織にはこれを多用する有力者は多く、有力者の目論見通り、これを恐れて会議では発言しない人間も多い。そして、悲しいかな、それは部下個人としては正しい危機管理である場合が殆どだ。
確かに他人の仕事に文句を付けるなら「じゃあ、お前がやってみろ!」も時に正論ではある。
特に上司でもない人間から何か文句を言われるとそう言いたくもなる。更に上司ともなると「本社から半額で仕入れて来いと言われてるんだ!」と最初から無理筋を喚き散らすのもいたから、俺自身が「じゃあ、お前がやってみろ!」と言いたかった事もある。
だが、他人の仕事に意見するならお前がやって見せろ!では誰も意見など出せない。
自分は出来ない、やる立場にもないが正しい意見、建設的な見解というものはある。他人の意見からヒントを貰うことも多い。
なのに、二言目には「じゃあ、お前ヤレ!」ではその種のナイスアドバイスも纏めて封じてしまう。
けど世間ではよくある話だ。
俺はいささかお気の毒な捜査官に声を掛けた。
「まあ…頑張ってくんな。」
そうは言っても、である。
不思議な事だが、ヤられたにも関わらず、俺的にはこの苦労人っぽい草臥れた中年にどことなく親近感があった。
会社にいた頃に時折いた、親会社で早々に出世ルートから弾き飛ばされてウチに来た、人の好いオジサン達を思い出したからかも知れない。
彼らは、高学歴エリートしかいない親会社ではデキると言われる域には到底達していなかったのかも知れない。だからウチのお偉いさんとして天下ってくる様な歳ではないのにウチに来ていた。要は引退ではなく左遷だ。
中には我々目線でも驚異的に仕事がデキない、あるいは社会か組織が向いてない人間もいたけど、大概は我々レベルの仕事では充分使い物になった。東大早慶レベルの人間しかいない本社出身者は腐っても持っているアタマのデキが俺らとは違うのだ。
しかも親会社のルールは心得ているので、一部を除き、ウチに来た段階で既に出世は強制終了と諦めている。出世どころか親会社に戻る事は、ファッショナブルな本社オフィスはおろか、支店や地方の工場すらない。
残る道は、辞めるか、ここで静かに暮らすか、ここ以外の更なる辺境で静かに暮らすかの3択しか存在ない。
そして、そこは本人達が1番よく理解していた。
なので、一部の諦めがつかない、あるいはトバされて来たのすら理解出来ないぶっ飛びバカと、性格の悪さでトバされてきた人間を除けば、周囲を蹴落としたり自分だけで手柄を囲い込もうともせず、俺らプロパーの若手が困っていると手弁当でよく助けてくれた。
親会社には顔が利くのは大概皆そうだったから、親会社に話をする時は誰に何を話したらいいか相談すると、気分良く相談にのってくれた。
親会社を説得しやすい資料の書き方も残業に付き合ってまで教えてくれた。
取引先と揉めて困っていると、色々アドバイスをくれたりもした。仕事は出来ない方だから実際に役に立つかどうかは微妙な話も多かったが、困っている時に助け舟を出してくれようというその態度だけでも俺ら若造は充分嬉しい。
逮捕された時、チラリと見た彼の上司と思しきハゲは、あの短い間に見ただけでも、部下である彼を庇おうとはしなかったし、現に今も問題を丸投げしている様にしか見えない。
この調子だと今後、このなんとなく無理難題を押し付けられやすそうなベテランの彼に更なる何かしら無茶な命令が飛んでくる可能性もある。挙句、結局は返り討ちにしなくてはならない、そんな事態にはなって欲しくなかった。
俺は彼に続けて言った。
「アンタの技は、アンタがどう理解してるかは知らんが瞬間移動だ。」
対する彼は面白くもなさそうにまた肩を竦めた。
「んな大層なモンじゃねえ。ただ回り込むのが早えだけだ。」
「そりゃ短い距離だからそう見えるだけか、唯の錯覚だ。俺はあの間合いで回りこまれた事はねえ。」
今の俺はCクラスの冒険者だ。荒事素人ではないのは彼も分かっている。
その俺に真顔で言われて彼は半信半疑ながらも「そうなのか?」という顔をした。
こんな事を言われるのは初めてらしい。
しかし俺は似た様な動きを間近で見た事があるから、まず間違いない。
「要は、特殊な能力があるっつう事だ。」
「……マジか!?」
「マジだ。」
俺の断言を改めて聞いて彼の驚いた顔を見ながら、ちょっとやり返した気になりながら俺は続ける。
「保安官が天職とか思ってんのかも知れねえけど、案外、そうじゃないかも知れねえぜ?その辺を踏まえて、今後の事を考えなよ。」
真剣な話は相手にもそれが伝わる。
俺が適当な話を言っているわけじゃない事が彼にも伝わり、彼は少し考え込む様な様子になった。
「…冒険者ってのは儲かるのか?」
「さあな。俺もCクラスになってまだ日は浅いからよく分からねえよ。それに冒険者ってなあ、宮仕えと違って毎日、事務所行って書類に適当にサインしてクソして寝たら給料が出るってもんじゃねえ。」
実は冒険者の殆どはEはともかくDクラスから出られない。
というのも、平時においては冒険者の大半はDクラス以上の魔物を相手にする必要がない。魔物と言えばCクラスが普段は最強で、時折Bクラスが出るぐらいの土地が殆どだからだ。
ハードと言われるこのイーストボーダーゲートであってもCが少し多く、Bを見る頻度が他よりも高い程度である。
つまりCを安定的に斃せる腕前まで至る機会自体が多くない。
だから俺にしたって、ビックヘッド討伐参加の口実ではあったが、Cクラス昇格と言われて思わず喜んでしまったのだ。
それに冒険者という職層の質の問題もある。
ランクを上げるにはやはり真面目に護衛だか討伐だかをやって実績を積まねばならない。
が、冒険者など所詮は町のチンピラとどっこいどっこいの人間も多い。そんなのは真面目とか実績を積むとかとは心の底から無縁で、Dクラスのその日暮らしで満足してしまっている。
あるいは商会やら駅馬車の護衛なら別にCクラス程の腕前は無くとも務まる事も多いから、その種の仕事を専門にしてればクラス上げは必須ではない。
だが、1つ重要なのは、冒険者はDは結構いるがC以上は極端に少ないという事実だ。
だからC以上になれば、大金を稼ぐチャンスもある。
もっとも彼は名誉か何か知らないが、現状でもクラスBを持ってる。
Eクラスから叩き上げる必要はないから、上手くすれば早くからちゃんと稼げる可能性もある。
勿論、いい賞金の出るC以上の仕事は危険度がダンチだから、Bとは言わないが少なくともDの上位程度の腕前はあるのが前提にはなるし、人間ではなく魔物相手云々の方はそれこそ慣れるしかない。
が、俺の見る所、彼はその程度は最初はともかく直ぐに慣れる様な気がする。
「冒険者は仕事は自分で選ばなきゃなんねえ。ワリのいい仕事は楽で儲かるし、キツくてツラくて危険だけど儲かんねえ仕事だってある。」
人に勧めといて何だよ!という顔の彼に俺は続けた。
「けどな…その辺を選んでやれるトコが、ま、いいトコだな。お堅いお役所と違って仕事は選べる。」
「……ふむ。」
「嫌な上司も居やしねえ。変な命令をカマされる事もねえ。マズそうな仕事は受けなきゃいいだけだ。」
「……そうか。そうだよな。」
言いたい事は言った俺は彼の前を通り過ぎて町の方へ向かったが、途中で足を止めた。
「…ついて来ねえのか?」
彼は肩を竦めて、タバコを咥えて火をつけた。
「だから言ったろ。伯爵家にいるお前さんを逮捕とかムリってのはみんな分かってんだ。張込みなんざ形だけだ。」
フウっとどうでも良さそうに煙を吐く。
「それにお前さんの方だって、伯爵家ご令嬢がわざわざ出張って庇って貰ったんだ。そういう恩義はタダじゃねえ。だったらココには帰って来んだし、尾行とか意味ねえだろ?」
お嬢が引き取りに来ただけで、少なくともあの場の段階では家人ってわけじゃなかったのはバレバレか。
まあ、確かに彼の言う通り、お嬢の護衛って事になったんでココには帰って来るんだが、そんな思い切りが良くていいのか?(笑)
いずれにせよ最初から彼はアッサリ殺すにゃ惜しい人材だと思ってたけど、その判断に間違いはなかったらしい。
「そっか…」
「それにな…」
彼は続けた。
「お前さん、ホントに殺ったかどうかは知らんけど、少なくとも俺の見てない隙に無差別に人を殺して回る様なタイプにゃ見えねえ。尾行してまで見張ったって時間の無駄だろ。」
変な信用もあったもんだ。
俺は薄く笑った。
「ま、そんなら余った時間は自分の将来についてよっく考えときな。」
ベテランは若い(?)俺の生意気な言葉に苦笑してまた肩を竦めた。
「折角貰ったヒマな任務だしな。そうさせて貰うわ。」
80話到達です。
ここまで読んで戴いた読者の方々に感謝申し上げます。
主人公は風任せ人任せでフラフラ、作者の筆もあちこちフラフラしている事が多いですが、物語はこれからゆっくりフラフラですが核心(?)の方へ向かって行く予定です。
読者の皆様のブクマなり評価なりの力強い後押しが、作者にとってはこれからも続ける大きな大きな励みになります。
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