079 お叱りと就職
俺が受付で没収されていたボウガンの他、道具の入ったバックを返して貰い、俺とご令嬢とその連れは保安官事務所を出ると、スススッとどこからともなく馬車が一台現れて玄関に横付けされる。
決して派手ではないが豪勢な造りの貴族の馬車そのものだ。
こちらでこの種の偉い人の馬車は大概、魔法で防御されている事が多い。
この馬車も見た目はゴージャスなだけだが、装甲車とまではいかずとも、何かしらの防御がされている可能性は高い。あまり詳しくはないから見てもよく分からないが。
馬車の防御力はともかく、馬車の登場と共に周囲には護衛と思しき騎馬も付いたので身辺の安全に問題はなさそうだ。
そのゴージャスな馬車から如何にも貴族に雇われているという小綺麗な見た目の御者が下りて来て跪いて恭しく扉を開け、伯爵家の方らしいご令嬢が静々と乗り込み、続いてお連れの令嬢が乗り込む。ご同行はお連れのご令嬢だけで今日は侍女とかはいないらしい。
俺はどうすんのかいな?と思っていたら、お連れのご令嬢の方が馬車の中から俺の方を振り向いてクイッと顎をしゃくった。お前も乗れ、ということらしい。
バッタン、と御者の手で扉が閉められると期せずして3人とも、ふうっと息をついた。
警察関係の事務所は、例えゴールド免許の更新という何らビビる必要のない用事であっても、いつの世の中でも慣れていない一般人に意味不明な圧を与えるものなのだ。
俺らが一息ついたのを確認したかの様に、馬車が緩やかに走り出した。
「助かったよ。」
「余計な手間暇をかけさせるな。」
俺を助けにきてくれた見知らぬお嬢様の連れは、勿論、クラウだ。
今の彼女は色は地毛と同じだが貴族のご令嬢の様な長い髪のかつらを被り、普段は見ない貴族らしいロングスカートのドレスも派手目な化粧もバッチリだ。
美人だからどの様な恰好をしていてもよく映えるな。
俺の心の中の賞賛は当然、彼女に伝わる事無く、彼女からは厳しい目付きで叱責が飛んできた。
「殺るなら人目につかない様に殺れ!」
「すまん。」
何の容疑て捕まっていたのかは既に調べ上げているらしい。
「殺したのか?」という無駄な問いを発さないところが、彼女らしいというか俺を分かってるというか。
しかも無駄に内容を深く聞かないところがいい、とも思ったが、これは俺を助けてくれた貴族のご令嬢に内容なんぞを聞かせられないからかな?
対する俺も無駄に言い訳もしなかった。
人目にはつかない様に、俺に繋がる証拠も残らない様に殺ったつもりだったのだが、こうして捕まってるわけで何を言っても言い訳にならない。
個人的には捕まった事はさて置き、捕まる過程で俺の弱点も認識したので経験的には悪くなかったけど。だいたい、今迄、魔獣が絞め技で攻めてくることなどなかったのだ。
もっとも俺の個人的な経験値が上がったのは俺だけの問題であり、とにかく今回の件は助けて貰った事も含めてクラウに対しては何も言い訳シロがない。
なので俺は素直に詫びたわけだが、クラウの方は鋭い目付きのまま続けた。
「そろそろ帰って来てる頃だろうと思ってギルドに行ったら、保安官に連れて逝かれたと聞いて驚いたぞ。」
彼女が実に1か月程も前から毎日ギルドに確認に行ってた事など全然知らない俺は、彼女の言い分に軽く肩を竦めた。
「俺も保安官に連れて逝かれるなんざ驚いたわ。」
実際、彼女の言う通り人目のつかない場所で殺ったつもりだった。死体が永久に見付からないとは勿論考えてはいなかったが、何で犯人は俺と目星を付けたのかは全く分からない。
目撃者がいたような気もしないし、その場に俺の名刺を置いていったわけでもない。凶器も持ち帰った。
そもそも着いたその日の出来事である。俺はここに来て1日目で俺の事を知る人間はあの段階では精々が受付の姉ちゃんぐらいで、ほぼいない、と言って間違いない。風体的にも何処の町にもウロウロしている完全に目立たない一般冒険者だったはずだ。
例え一部始終を何処かしらから見ていたとしても、このリバードアの街中で俺の顔と名前が一致する人間もいない…はずだ。
…しかし、よく考えたら、そう思って来たらオーエンに見付かったわけだ。
レニも村の門番にはクリス・シーガイア名義の冒険者証を見せたにも関わらず、即座に俺が来たことに気が付いた。要はこの世界では30年程も経っているらしいが、姿形は変わっても俺の見分けがつく人間はいるってことだ。
それに世の中には俺の知らないところで、思っても見ない「犬も歩けば」的な偶然というのもあるのかも知れない。
「すまない。助けて貰って感謝してる。マジに感謝してる。」
が、結果としてとっ捕まって、そのまた結果としてクラウに助けられたのは事実だ。
出会いの時のオオカミの件はこれでチャラパーかな(笑)。
とにかく俺は素直に驚きを伝え、重ねて礼を返した。
「それで…体の具合は大丈夫なのか?」
「ああ、全く。」
俺の再度の詫びに漸く納得できたのか、彼女は先程とはうって変わって少し心配そうに俺を上から下まで眺めたが、びしょ濡れ生乾き以外に見た目に分かるケガの類はないのが分かったのだろう。
彼女は一転して「まったく!」と言う目で俺を見直して、視線をチラリと横に投げかけた。
「とにかく驚いていても仕方ないから、知人に出張って貰う事にしたんだ。」
彼女の作ってくれたタイミングを逃す事無く、俺は彼女の隣に座るご令嬢に馬車の中では跪けないので座ったままだが深々とアタマを下げた。
「この度は某の苦境に手をお差し伸べ戴き、誠に感謝しております。改めて自己紹介をさせて戴きます。某はCクラス冒険者のクリス・シーガイアと申す者にございます。この度のご恩、終生忘れまs…。」
「ああ、そういうのはいい。」
対するお嬢様は先程までの淑女らしい仕草はどこへやら、足を組んで背凭れに思いっきり仰け反る超尊大な態度と乱雑な口調で、これまた超メンドーそうに目の前でハエでも払う様な仕草で極めてぞんざいに手を振った。
「レイボーン家のエリザベスだ。」
レイボーン?
…おおう!
レイボーンってのは…アレだ!サウザンリーフでボブさんが言ってたリバードアの領主代行の伯爵家だ!
道理で!
領主代行の伯爵家の人間が直で俺の身柄引き渡しを要求しに来たのなら即釈放も頷ける。
保安官事務所風情では手も足も出ないだろう。
ざまぁ!(笑)
俺の心の中の「ケッケッケ!」という感想はともかく、目の前の女性は保安官の対応態度からして流石に女伯爵というわけではなさそうだ。
ご領主代行ご自身が直接来られたのなら、この世界ならギャク冗談抜きで保安官はおろか保安事務所長ですら跪いて礼をしただろう。
と、すると失礼ながら見た目の若さから推測する年齢から言ってもご息女かな?
彼女のお立場云々は今はさておき、俺は再度アタマを下げた。
「はっ!お目通り、光栄であります。」
「クラウから使える人材だと聞いてる。」
俺が思わずクラウの方を見ると、彼女は素知らぬ顔で窓の外へ視線を向けた。
「ウチの家人になった以上、扱き使ってやるから覚悟しとけ。」
「はあ。」
確かに今日の話の成り行き上、今、この瞬間の俺は伯爵家に仕える何かである。そういった名目で出して貰ったのだ。
それに成り行きはともかく、かなり強引に立場を使って助けて貰った訳だし、何もせんとはいかんやろな。人としても冒険者としても。
まあ、あんましメンドくなったら逃げるだけだし。
が、俺のいい加減な生返事を聞いてお嬢様は少し眉を吊り上げた。
「言っておくが逃げるとかは許さんぞ。」
「はあ。」
あれ?いきなしバレてら。
「逃げれば保安官事務所に連絡を入れる。あのハゲ散らかしてない方のネチそうな保安官がまた追いかけてくるぞ。」
「無礼を承知でお尋ね申し上げます。某に何をお命じになるのですか?」
彼女はまた嫌そうに目の前で手を振った。
「冒険者風情が教養を一切感じさせない変な敬語で話すのはヤメロ!字面は合っていても、音に本来あるべき敬意が感じられない。」
「はあ、しかし…」
「ヤメロ。」
どいつもコイツも俺の敬語は変なモン扱いか!
これでも社会人5年超え、しかも一応は外回り基本の営業一筋なんだぞ!?
「…了解いた……いや、分かった。で、俺は何をすればいいんだ?」
「当面は私個人の護衛だ。私の一番近辺を守って貰う。」
「護衛?」
やった事がない仕事は無論、多い。
会社にいた頃だって年次的には一筋と言える程ではないが営業しかやった事がなく、経理も人事も総務も購買も経験はない。
けど、こっちに戻って来た今なら思うが、もう少し色々やっといても良かったかも知れない、とは思う。
異世界転生・転移もののパターンは3つで、日本では雑魚あるいはモブだった人間がいきなり超絶チートを貰って大活躍絶頂のもの、得意ゲームの世界に転生して習い覚えた超絶技巧とゲーム知識で無双もの、後はチートは然程でもないが日本にいた頃の知識・特技を活かして活計を立てるものだ。
その分類でいけば、初回の俺は微妙な1つ目で、貰ったチートで大活躍も絶頂もいかなかったが役には立った。魔王も斃した。ただとにかく立場的には勇者だったから、仕事と言えば魔物(魔王含む)討伐オンリーだった。
そして2回目の今もその時の技は役に立っているが、正直、その頃からあまり進歩はない。
確かに営業の話術はそれなりに役立っているかも知れないけど、少なくとも俺の主観では10年も経ってるわけだから、もっと色々出来てもいいとは思う。
会社で人事とかやっていれば人を使う立場で何か出来たかも知れないし、総務とかしてればそれこそ伯爵家みたいな場所で執事狙いも悪くない。現在社会の経理知識とか購買テクを使った内政チートとかもカッコ良くね?
まあ、色々思うところはあるが、残念ながら俺は営業しかやったことがないから、対人関係で多少は役立っていると信じたいが、結局は今でも得意技は魔獣退治オンリーだ。
こっちの世界に来て、少しは馴染みのある冒険者の世界に飛び込んだはいいが、護衛とか探索とかはやった事がない。
加えて実務的な側面から見ても、護衛、特に街中での護衛は人間相手も多くなるはずだが、俺は人間相手も経験豊富とは言い難い。
繰り返しになるが、前回は専門はとにかく魔獣退治で、盗賊とか山賊とか軍隊とか人間相手は、こちらの言い分も聞かんと勝手に襲って来る謂わば北〇の拳の修羅の国よりタチが悪いチ〇とかカ〇ガワのヤンキー的な連中が襲ってきた時にやむ無く相手しただけだ。
そんなんだから手加減とかもよく分からんので、相手の仕方は魔物と同じで特に情けとか容赦とかなく、全力でドカバキやってただけだ。
今回もそんなんでいいのだろうか?
しかも…
「俺は弓師だぜ?」
普通の身辺護衛は近距離で身辺を警護出来る者だ。
具体的には防具を着込みいざとなれば人間の盾も可能な剣士か、防御魔法が使える魔法使いだ。
隊商の護衛の場合には馬車の上からの見張り兼狙撃役として弓師がいる場合もあるが、大抵は補助戦力だ。周辺は別途、剣士やら魔法使いやらが守る。
しかし俺の謂わば当然の疑問を軽く流してお嬢様は言った。
「待ち伏せ猟を得意としているのだろう?」
彼女は何故か笑顔で両手を目の前で軽く開いた。
「オトリのエサならここにいる。お前はいつもの様にオトリに惹かれて来たヤツを仕留めればいい。」
「はあ、まあ…」
いや、まあ、お嬢様がそれで宜しければ、俺は別に構わんが。
しかし普段の猟でのオトリのエサは別に齧られても喰われても構わない前提なんだがなあ。




