075 カッパライと捜査?
犬も歩けば何とやら、というのは実社会では往々にして起きる。
考えてみれば犬も棒も普通に世の中に存在するので、この二つがある相見えるのはそんなに不思議ではない、のかも知れない。
ただLuckyな話かUnluckyな話かは違いがある。
この場合も良い話と悪い話があったが、まず悪い話からすれば、某カッパライ君の話だ。
最初の頃に登場したUnluckyなアンジエラ・タマス君のお仲間でアンジエラ・タマス君ではない方と同じく、再登場の予定のない彼にこの物語上では名前はない。
カッパライ君は田舎から家出してこの町に出て来た元浮浪児だ。
毎日振るわれる両親の激しい暴力に耐えかねて10歳ぐらいの頃に家出し、大きな隊商に紛れて入門審査をすり抜け、この町に入った。
町の貧民街の方に逝けば諸般の事情で親の庇護下にない彼の様な孤児、浮浪児は大勢いたが、幸か不幸か余所者の彼はその仲間に入る事も出来ず、町中で1人で生きていた。
元々、両親の激しい暴力のおかけで人間不信に陥っていた彼にとってみれば、かえって良かったのかも知れない。
スリをやる程、手先が器用ではない。
集団でカツアゲしようにも仲間はおらず、町に出てきた当初は10歳そこそこで暴力を糧にするには体格も足りてない。そもそも生い立ちから暴力は好きではない。
かと言って、鍵をこじ開けて空き巣が出来るようなテクニックも待たない。
カッパライ君は既に20手前だったが未だにカッパライと店先での万引き、それに置き引きをメインで生きていた。
社会にとっては微妙な所もあるが、彼にとってはLuckyな事に生きてこれた。
そのカッパライ君はリバードアの町を比較的広範囲にウロウロしながらその日もまた獲物を狙っていた。
幸と不幸は糾える縄のごとし、とはよく言ったものだが、カッパライ君のUnluckyな話は、まずはLuckyな話として入った。
カッパライのベテランの目で見れば、片手に無防備に財布らしき小巾着を握った婆さんが歩いてるのを目敏く見つけた彼は、その幸運を見逃す事無く即座に婆さんの背後から猛ダッシュをかけた。
「あっ!」
婆さんが声を上げた時には既に財布は彼の手の中にあり、既に10m程も、前に離れていた。
これ一筋で10年生きているのだ。
鮮やかな手口でかっぱらった彼は、目の前の角を曲がり、その先にある路地に入り込み、行き止まりにある塀を乗り越えて逃げるつもりだった。
獲物を見付けたら即座に襲い掛かりつつ、逃走経路まで計算して行動しているのだ。見る人が見ればその手口には円熟味を感じただろう。
万が一、婆さんが追って来ても、億が一、近くにいた親切な誰かが追って来ても塀を乗り越えてまで追っては来ないだろう。長年の経験から彼は確信していた。
問題は、曲がろうと思っていた角、本来は袋小路になっているはずの場所から、偶然にも巡察中だった2人組の警邏が出て来た事だった。
しかも不意を突かれたカッパライ君は、彼らの前で急ブレーキをかけて立ち止り、しかも思わず「ヤッベ!」と声を上げるという失態を犯した。
「おい!待て!おい!」
何処の世界でも警察に求められるのは怪しいヤツを一目で見抜く能力だ。
トラックで100m走を走っているわけでもないのに、警邏の前に町中には相応しくないスピードで飛び出してきた彼が、しかも彼ら2人を見て「ヤッベ!」と不審な言葉は放った瞬間に警邏2人は即座にカッパライ君の素性を見破った。
ヤツは怪しい人物だ!
そして何処の世界でも警察に認められている行動は、町を平和に歩いているだけの人物にですら呼び止めて彼らの聞きたい事を聞く、という行動だ。
日本では職務質問と法律に明確に定められ、法的には質問への回答と身柄拘束は強制できないとされているにも関わらず、警察的理解では拒否は公務執行妨害で現行犯逮捕事案であるのが通常である。
これは日本の警察が殊更非道なのでも何でもなく、諸外国でも法律に定められているか否かはともかく警察は目の前で明快に法を犯しているわけでもない市民に任意に声を掛け、好きな時に連行している。
この世界の警邏2人も警察一般と思考は同じで、良いカモを見付けたとばかりに「おい!待て!」と言ったが、当然の様にカッパライ君は耳を貸すことなく、Uターンして近くの別の路地に入り込んだ。
当然、カモを逃がすつもりのない警邏達は彼の後を追った。
が、この突如始まったリアルドロケーは直ぐに終わった。
路地の更に角を曲がった所の日当たりの悪い一角でカッパライ君が立ち竦んでいたからだ。
追いついた警邏がカッパライ君の視線を追って地面を見ると、血塗れの男が倒れている。
ここで警邏の片方が本日2回目の名推理を発揮した。
男が地面に倒れているのはカッパライ君が何かしたに違いない!
「キサマ!何をしている!」
警邏の1人が降り下ろした警棒は、逃げようと角を曲がった所に喉が不自然に開いて血塗れになっている男を見て呆然としていた小心でその生い立ちからカッパらう以上の暴力沙汰を忌み嫌っているカッパライ君の無防備な後頭部に、不意打ちの手本の様にキレイにぶち当たった。
「はぐっ!」
後ろから後頭部を殴られたカッパライ君は変な声を上げて前に膝をついてそのまま倒れたが、無意識の行動か前に這う様に動いた。
ここでもう1人の警邏も負けじと名推理を発揮した。
このヤロウ、生意気にもお上に対して抵抗しようとしてやがる!
「抵抗するな!」
両手をついて四つん這いになっているところを警邏に腹部を思い切り蹴り上げられ、声もなく横に立っていた警棒で初撃をキメた警邏の方へ転がった彼は、これも無意識なのか本能なのか、身を守ろうと弱々しく片手を上げた。
「キサマ!まだ抵抗するか!」
腹蹴り警邏も警棒を抜いてカッパライ君を殴りつけ、最初の後頭部警邏も更に警棒を振り回して追撃を入れる。
バキ!バキ!バキ!バキ!……
カッパライ君が側に転がる喉開きの死体よりも血塗れで、死体同然に全く身動きしなくなった段階で、漸く彼らは手を止めて、意識がないまま流血して痙攣する彼ではなく、目の前の誰がどう見てももう死んでる喉開きの方を見た。
「こりゃあ今々死んだわけじゃあねえなあ。」
屈み込んで様子を確認した1人が今更の様に言うと、もう1人も「先と言ってる事が違えじゃねえか!」と突っ込む事もなく頷いた。
「応援呼ぶか。」
「んだな。」
腹蹴り警邏の方がもう動かなくなって横に転がっていた血塗れのカッパライ君を見た。
「これ、どうする?」
「ちとやり過ぎた、かな?」
こうして、町の一般人から見ればただ罪を重ねていただけとも言えたが、しかし1人必死に生き延びてきた人間不信気味のカッパライ君の小さな人生は唐突に終わった。
良い話もないではない。
最初に発見した警邏の見立て通り、死体は今、刺されて死んだわけではないと直ぐに分かり、カッパライ君の殺人容疑は直ぐに晴れた。
もっとも警邏に面白半分に殴り殺された彼には全く実利はない。
警察にとっても良い話はあった。目撃者がいたのだ。
目撃者はこう言った。
2、3日前だか5、6日前だかに冒険者風の男の後ろからフードを被った男が付いていくのを見た。冒険者は現場の角を曲がり、フードの男も周囲をチラチラ見ながら後から路地に入って行った。
これだけである。
だが捜査、推理の達人揃いの官憲にはこれだけで充分だった。
何処の世界でも、犯人を決めるのは証拠ではなく警察だ。
犯人はコイツと決めて、犯人を捕まえてから裁判に備えて証拠集めをし、証拠だけでは証明できない背景事情を想像し作文するのが通常の犯罪捜査である。
その上、その捜査というか作文を元に起訴状を作成する検察には文系ではピカイチの頭脳を持つ人間が揃っている。
東海地方の某県なら裁判が始まっても碌な証拠が見付からなければ、官憲自らがそれを作り、裁判所が判断に迷わない様に配慮する。アフターサービスも万全だ。
こちらの世界では警邏という日本では交番のお巡りさんに相当するパシリからバトンタッチして殺人事件の調査に当たった保安官事務所の捜査官達は考えた。
「後ろからついていったとかって怪しいフードの男が犯人でほぼ間違いあるまい。」
殺されていたのがフードの男である。
前提からして違っていたが、彼らはそんな些細な話に頓着する事無く、推理を続けた。
「そうだな。何者だろう?」
「襲われたのが冒険者だとすれば、大方、冒険者同士の諍いだろう。」
重ねて言うが、殺されていたのは冒険者風の男の方ではない。
が、2人の会話に適切なツッコミを入れてくれる人間はおらず、話はそのまま続いた。
「じゃあ、まずは冒険者ギルドに当たるか。」
見慣れない2人組のうち片方が冒険者風だった→冒険者同士の争いに違いない、という3段論法ですらない唯の思い込みを元に冒険者ギルドの行った捜査員達は、ギルドの受付で話を聞いた。
この1週間ぐらいの間に怪しいヤツが来なかったか?と。
ギルドの受付は秒で首を振った。勿論、縦ではなく横にだ。
ここは冒険者ギルドである。世間一般的に見れば怪しいヤツしかいない。
そして冒険者ギルド的基準では彼らは怪しいヤツではない。ギルドの依頼を引き受ける列記とした戦力である。
なので、ある意味では縦に振っても正解だったかも知れないが、受付は警察の極めて大雑把な問いに考える間もなく横に首を振った。
思った答えが貰えなかった捜査員は暫し考え、別の問いを発した。
「その間に見慣れない冒険者は来なかったか?」
ここで不幸な食い違いが起きた。
捜査員はフードの男を追っている。つまり見慣れない恰好をした怪しい男だ。なので「見慣れない冒険者」の有無を尋ねた。
だがまだまだ経験不足の若いギルドの受付はそうはとらなかった。「見慣れない」とは怪しい風体という意味ではなく、この町に住み、ここのギルドの常連ではない冒険者ととったのだ。
結果として彼は答えた。答えてしまった。
「そりゃまあ、そこそこいますけど…」
このリバードアは大きな町だ。だから旅の冒険者が討伐部位、有用部位を売りに来ることはよくある。
つまりこのギルドの常連以外も結構来るので彼はそう言ったが、彼の答えに捜査員は色めきたった。
何処の世界でも同じなのは、官憲に協力しても面倒なだけでいい事はない、という事だ。
市民の義務感で目撃した犯罪の様子を証言して警察捜査に協力しているだけなのに、住所、氏名、年齢、経歴職業、家族構成まで喋らされ、身元確認と称して免許証のコピーを盗られ、突如書面に押印を求めるフリをして拇印という名の指紋を採取するまで帰して貰えない。
しかもヘタをすると1日がかりで尋問される場所は犯人でもないのに犯人と同じ取調室だ。
だからクリスの相手をしたデキる受付嬢だったらニッコリ営業スマイルで「そんな人は見覚えがないですねえ」と素気無く追い払っただろう。
またはベテランのギルド職員の中には逆に情報を売るチャンスと見て「旦那、こういう場合には何かあるもんじゃないですか?」と指で丸でも作りながら持ち掛ける者もいたかも知れない。
だが経験不足の彼は官憲の問いに答える形で素直に「いる」と答えてしまった以上、無償で最後までお付き合いするしかなかった。
もう前のめりな官憲は更なる質問を放った。
「受付名簿で、コイツとコイツとかって指せるか?」
「それはムリですけど、この人とこの人はここの(ギルドにいつもいる)人、というのはは分かると思います。」
捜査官の1人が相棒に言った。
「ギルド長には俺から話す。お前、彼から名簿、受け取っておいてくれ。」
「おう!」
捜査官はカウンターに肘を突いて顔を近づけながら、受付に対し、追い込みをかけていた借金の相手を掴まえたヤクザの笑顔でニッコリ笑いかけた。
「ギルド長には俺らから話すから、今直ぐ名簿、出して貰えるかねえ?」
この段階で若く経験不足の受付君は、普段は碌に話も出来ない最上位の上司であるギルド長に話が逝ってしまうという深刻な厄介事に巻き込まれてしまったのを理解したが、既に遅かった。
そして最終的に決め手となったのは検死をしたベテランの言葉だった。
この中世世界には検死は医者の仕事ではなく引退間際のベテラン捜査官の仕事である。
「結構、いい腕前のヤツかも知れんね。」
ベテランは言った。
「腹が刺され、喉が裂かれてるんだが、切り口から見てこりゃあ多分同じ刃物でキレイサッパリやってる。」
捜査官2人は死体を見た。
同じ刃物云々はともかく、傷口がスッパリとキレイなのは分かった。
「順番的にはまず正面から腹を刺して、後ろに回って喉を裂いたんだと思う。」
ベテランの断言に若い(と言ってもベテランに比べればだが)捜査官は問うた。
「なんでそんな事まで分かる?」
ベテランは慌てもせずに傷口を指差した。
「そりゃあこの喉のキズは致命傷だからさ。喉を先に裂いたなら腹を刺す必要はねえ。」
「「……」」
言われればその通りだ。
検死を担当する者程のベテランではないが、2人の捜査官も素人ではない。
ベテランを前にして彼に言われるまで気が付かなかった自分達を若干恥じる様に言葉が出なかった。
そんな2人の様子をチラリと横目で見ながら、しかし「その程度、見れば分かるだろ?」と後輩に無用な追い討ちをかける様なマネはせず、ベテランは死体に目をやり、淡々と自分の推理を語った。
「それに犯人らしい男は、殺った後に誰にもとがめられず、そこから立ち去ったんだろう?」
「ああ、まあ…そうだろうな。」
「んなら殆ど返り血を浴びてないはずだ。だから一連の動作は極めて素早く慎重にされたはずだ。素人にゃ難しいだろうさ。」
そしてここでも勘違いが生まれた。
検死担当者の言いたかったのは、犯人は痴話喧嘩の果てに女が台所の包丁で浮気性の彼氏を刺した的な素人じゃないよってことだったが、刃物の扱いにそのレベルの素人はそもそも少ない冒険者にマトを絞って捜査していた捜査官はそうはとらなかった。腕が達つヤツだ、と取ったのだ。
死体置き場から事務所に戻り、2人は冒険者ギルドから借り受けて来た名簿を見ながら相談した。
「買取名簿の中で当たりそうなのは、コイツだな。」
「クリス・シーガイア。他所モンの中でコイツだけがランクCでしかもパーティーのメンバーじゃなく1人でギルドに来てる。犯人はコイツに違いねえ。」
官憲の数ある特技がまたしても炸裂した。
自分達が思ってもいない、または都合の悪い事実は無視するという特技である。
クリス・シーガイアの職業は弓師、となっている。
通常は剣を使う商売じゃないし、刃物の腕利きを探しているなら真っ先に外すであろう職業だ。
だが2人は何でもいいから腕利きそうなヤツを探しているだけなので、クリスの弓師と言う商売はアッサリ無視されて終わった。
捜査官2人的にはここまでは比較的楽に絞り込んだが、ここで問題が発生した。
ランクCの冒険者は腕が達つ。相手は1人とはいえ、下手をすると自分達程度では全く歯が立たない可能性すらあるし、そうでなくとも抵抗されれば無傷では済まないだろう。
死体のスッパリ切り裂かれた喉を思い浮かべながら、捜査官は呟いた。
「ランクCの相手か…気がのらねえな。」
「まあな。」
コンビを組んでいる同僚も同じものを見て、やはり同じ喉を思い出したのか、同意する様に頷いた。
が、方程式はまるで間違っていても正しい答えにはキチッと辿り着く優秀な捜査官は直ぐに答えを出した。
「ここまで調べたんだ。取り押さえんのは別に俺らじゃなくてもいいだろう。」
彼の言葉に相棒もまた頷いて、彼が敢えて言及しなかった事に素直に触れた。
「まあな。ランクC、相手して変なケガとかも嫌だしな。」
捕まえて帰って事務所に引き摺って来れば、それは文句なく、彼らの手柄だ。
だが今回はその最後の部分は気が乗らない。
けど、ここまで調べたのは彼らで、最後に逮捕するヤツにその手柄を譲る気など更々ない。
「上には捜査はキッチリやったんでって報告して、後は適当に別のヤツに逝って貰おうぜ。」
「……そうすっか。」
相棒がそれなら俺らの手柄としてカウントされるだろう、と確認して同意した所で彼らの今回の捜査は終了した。
ちなみに通常なら真っ先に捜査の対象となるのが被害者の身元だが、捜査官達の見事な推理により犯人が早々に確定してしまった為、ほぼ全くと言っていい程、調べられる事はなかった。ここは日本の警察ではないのだ。
死因の確定だけで役割が終わってしまったオーエン氏は、捜査官が捜査終了の報告者にサインして提出したのと同時に身元不明の一般人の死体として早々に火葬に回された。
そして誰1人見送る人間もいない中、普段は署内のごみ処理などをしている雑用夫の手で郊外墓地の身元不明墓にカッパライ君と一緒に合葬された。




