076 煙草と弱点
久方ぶりにリバードアへ帰ってきた。
ブラックメイジズとサウザンリーフまで出向き、ビールズ、そしてカイルの咆哮と一緒にフライングシープ狩り、ついでにケーンサック公爵の昼食会に招かれたりして約半月。
その後は彼らと別れてタイクンポートやキッサーラで波風を立てない様にレニの村の情報収集。途中で公爵自慢のキッサーラの海産物を愉しんだり、確認の為にフィフスウェルに戻ったりしてまた半月。
最後にレニに会いに行って、それが終われば徒歩と駅馬車を組み合わせてゆっくりココまで帰って来たから、なんだかんだで1か月半ぶりぐらいだ。
リバードアの冒険者ギルドが別に本拠地ってわけでもないが、一応、ここで遠征を受けた以上、サウザンリーフでの討伐終了を報告する。
勿論、サウザンリーフの冒険者ギルドで報告済で賞金も受け取り、山分け済で、ブラックメイジズの奴らもこっちでも報告済だろうが、遠征は帰ってきたらギルドに軽く一声かけるのが礼儀、という事になってるからだ
それに取り敢えずクラウとは帰って来たら飲もうと約束してる。
ギルドには誰でも使える連絡掲示板というのがあって、そこに付箋で連絡を置いておける。そこに「帰ってきたぞ!」と一言連絡を貼り付けておくつもりだった。
彼女にはたまに顔を出して掲示板を見てくれ、とは言ってある。
中身も結末もあまり愉快なものではなかったが、ともかく、レニと会って話す、という目的は達成した。
なんでガリシアがリバードアなのかはレニと話しても結局分からなかったけど、それは喫緊で解決しなきゃいけない話ではない。
なので、まあ、今回の件でここの冒険者達の中にも知り合いも出来たことだし、取り敢えずクラウと飲んで、後は暫くクラウもいるこのリバードアでタイトル通りのんびり適当に冒険者稼業して暮らすかね。
そんな事を考えていたが、ギルドの受付で遠征終了を報告すると妙な事態になった。
「ブラックメイジズのデイブさんからは聞いてますよ。ご苦労様でした。」
「おう!」
ここで何故か受付が少し言い難そうに言った。
「……ああ、えっと…何かクリスさんはいねえか?って探してた人がいまして…」
「ああ?誰だ、そりゃ?」
リバードアにいる明確な知り合いは今のところクラウの他は一緒にシープ狩りをしたブラックメイジズ、ビールズ、それにカイルの咆哮の連中だけだ。
また昔の連中か?
俺は心の中で自分で突っ込んで自分で首を振って否定した。
昔の連中ならタッカート・ウンノウを探すはずでクリス・シーガイアとは関係ない。
とにかく心当たりがない。
俺の疑問を受けて受付は俺の後の方に視線をやり、ギルドロビーを見回した。
彼の目線を追って俺も後ろを振り返ると1人の中肉中背の男が「おっ!?」という表情をした。
彼は俺の方にチラリと視線をやり、受付も頷いた。手には煙草を持っている。
……知らん顔だな。
が、彼が俺に用事がある人物らしい。
彼は俺の方に歩み寄って来て、上から下までチラリと視線をやって言った。
「クリス・シーガイアってのはアンタか?」
「おう!そうだ。何か用か?」
目の前の彼は手の中の煙草を転がして、口元に持っていき火をつけた。
「フーッ…」
旨そうに吸うもんだな。
俺はこの歳になっても煙草なんか吸った事がないから分からない。でも多数の中毒患者がいるくらいだ。始めたら止められない程イイのかも知れないが、今の所、俺は吸う気はない。
「俺は保安事務所のバール・ロイドだ。」
彼は咥え煙草で名乗った。
「悪いが、アンタを逮捕させてもらう。」
一瞬戸惑ったが、直ぐに思い当たった。
オーエンの件か!?
悪いがこっちの官憲の捜査能力をナメてた。
もう俺に目星を付けたのか!
俺は感心しながら、今度はこっちが彼を上から下まで眺めた。
実力の程は見ただけじゃよく分からない。
特にこの世界では技や魔法があるから、見た目と強さが釣りあってない事は、ままある。
俺より少し背は低いがガッチリ目の体格の中年の男だ。
だがオーラ的には荒事慣れしてそうなオーラではある。
後ろから口先だけ挟んでキツい実務は大人任せにする少年探偵やら、現場と実務には最初から縁が無く、国のVIPが自分の管轄で暗殺されるという大失態を演じたら「(責任者だからって部下の失態で自分が責められるのが)辛くて…(自分の出世がここで途絶えるのが)悲しくて…」とべそ掻きながら記者会見するだけのキャリア官僚とは違うバリバリ実務の漂うオーラだ。
彼は俺の値踏みを見透かしたかの様にいった。
「一応、冒険者ランクも持ってる。ランクBだ。」
「へえ~凄いんですね。」
俺の棒読みに、彼はまた俺の考えを見透かしたかのように苦笑した。
「実際はそんな腕前じゃない。保安事務所が長くてね、名誉ランクってヤツさ。」
唯の冒険者にもよくある。
所属人員の少ないD、Eクラスの魔物しか出ない田舎のギルドでは、長年、そこで戦っていたベテランが流石にAランクはないがBランクとして遇されている、という例だ。
この男も大方、仕事柄、冒険者ギルドの手助けか何かした事があって、名前だけいいのを貰ったのだろう。
俺は殊更、小馬鹿にした様に彼の後ろを覗き込んだ。
「俺はマジのCだぜ?そんなんだったら、部下だか仲間だかがいるんなら早めに出した方がいいぜ?」
彼は咥え煙草のまま口元を歪めた。
「部下も仲間もいねえよ。実際、首席保安官って事にはなってるが、俺は単独捜査員だ。」
保安官のランクはよく知らないが、どの組織でも共通なのは偉いヤツは多くの部下を率いる立場という事だ。
単独という事は部下はいないという事だとすれば、彼は首席などという偉そうな名称ではあるが、大した立場ではないのかも知れない。
そうそう、ウチの会社にも部長主任という役職があったけど、偉そうな名称の割に立場はベテランだが唯の一担当者だったなあ。
名称に部長と付いているが、その立場は部長はおろか、課長の下のチーム長よりも下だ。もちろん部下なんぞいない。要するに対外向けのコケ脅し的な役職名で、社内では誰それが部長主任である事など普段、誰も気にした事などない。
課長や部長は「〇〇課長」「〇〇部長」と呼ばれるが、部長主任は特にそんな事もなく普通に〇〇さんだし、誰が部長主任なのか碌に認識すらしていないから、ヘタすると本人が名刺見て「俺って部長主任なんだっけか!?」と宣うぐらいだ。
同じ関係会社間では知れ渡っているので何も言われないが、グループ外の会社の方と名刺交換した時には「ほほう!部長主任さんですか!」と感心したように言われ、まあ、会社としてはそういう効果を狙ってはいるのだが、唯のヒラの本人は返す言葉に困り「いやあ…(苦笑)」とアタマを掻いているのも見た事がある。
とにかくウチは子会社だから、部長以上は全員が親会社からの天下りで、課長にしても半分、いや八割以上がそうだった。
なので、俺らプロパーの多くは良くて部長主任で終わる。チーム長は出世頭と言ってよく、数少ない将来の課長候補だ。そして課長は俺らプロパーにとっては出世の頂点である。
社長など俺らがどんなに頑張っても生きている間はおろか死んでも成れないという意味で正に神だ。
その存在を視覚で確認出来るのは限られた選ばれし人間だけだし、こちらの祈りは万に一つも聞き届けられないが、我々は常に何か貢物を要求され続けるという点も世間一般的な神と同じだ。
その俺らにとっては頂点の課長も、大概が本社からの天下りだが、こちらは玉石混合だ。
親会社では若くしてダメの烙印を押されたのかも知れないが、ウチレベルではそんなに悪くないのもいれば、仕事は問題ないが人間的にアカン人もいた。
そして勿論、高学歴だが驚異的に仕事が出来ないのもいたので、実際の仕事を滞りなく回す為にチーム長がいる。こちらは半分方がプロパー組で、残りは天下りだがこちらが長いベテランが多い。
諸般の事情で仕事、あるいは管理職としての役割が果たせない課長の下では仕事のほぼ全てがチーム長の下で回っていたし、仕事でそこそこ使い物になり、人間的にも普通な課長の下ではチーム長と課長が役割分担する様な業務運営になっていた。
ちなみにこちらに再度トバされる寸前の俺の課は、そこそこ使い物になる課長が本社から天下ってきていた。
彼は飲み会での自分の過去の仕事自慢がウザくはあったが、慣れない仕事を覚えようという姿勢があり、俺ら部下の話もキチンと聞いてくれ、しかも高学歴に相応しくアタマの回転が速く、理解力もあった。
が、面白い事に判断は常に間違っていた。
三角形の面積の出し方は完璧で、それを応用して台形の面積の出し方も即座に考え付く。だが肝心の計算結果は常に間違えている様なものだ。
仕事は結局は結果だから、本社ではこの点がヤバいとされたのだと想像出来た。
ウチの課では、日常の仕事そのものはチーム長中心に回されていて、重要事項は課長が判断を下す。この辺りはウチの社内であっても世間一般であっても常識的である。
が、そこから先はウチの課のオリジナルな運営だ。
ウチの課の場合、ミーティングなんかで課長の判断に大概チーム長が平気で異論を述べる。
我々も言葉にはしないが頷く。
そして聞く耳を持ち、理解するアタマのある課長はあっさり自身の誤りを認めて朝令暮改も何のそので今さっき自分の下した判断をサクッと覆す。
要するに実質的にチーム長の判断で実務は進んでいた。
じゃあ課長は何をしていたんだ、と言えば、彼とその上の部長は彼が新入社員の頃の上司部下だったらしく気心の知れた仲であり、個人的にも仲良しだった。部長はご機嫌が良い時、あるいは悪い時には「おい、W田!飲みに逝くぞ!」と声を掛けるのが常だった。
部長のお気に入りの部下だった我々の直上司であるW田課長は、常に我々の仕事を上手に部長に説明して、その許可を取り付けるのに役に立っていた。アタマの回転が速いので会議戦にも強かった。
30半ばと若いのに昭和のオヤジの様に安呑み屋での宴会が大好きで、月に1回ぐらいの割合で開かれる課内宴会とそこで繰り返される自分自慢は超ウザかったけど、日々の業務は実務に詳しいベテランチーム長、上や会議でのご説明は本社からの天下りで上司に強いW田課長と実務的には悪くはない役割分担になっていたと思う。
今、目の前の保安官は、俺が昔の事を思い出しつつ、心の中で、彼って歳の割にあまり偉くはないのかな?と若干失礼気味な想像しているを知ってか知らずか、ほぼ俺の想像通りの言葉を続けた。
「ま、要はアンタの逮捕って仕事を上から押し付けられて来たってわけだ。一応聞くが、大人しくついて来ちゃくれんかね?」
出世しなかったベテランにも色々ある。
本当に仕事がデキないタイプ、仕事はデキるが色々な性格的に上の立場が向かないタイプ、そもそも本人が偉くなりたくないタイプ、運、あるいは椅子が足りなかったタイプと様々だ。
2番目の性格的に出世しなかったタイプには本人の性格に問題がある場合と、出世するのに必要なオシが足りない場合があって、後者の方はベテランになっても上から、ともすれば自分よりもずっと若造からですら社内で様々な厄介事や雑用を常に押し付けられてしまう人間も多い。
だが実務はデキる。
デキるからこそ誰もが彼に厄介事を押し付けてやり過ごそうとするし、やり過ごせるのだ。
彼の何となく自虐的な言い方から考えると、彼もまたそんなタイプなのかも知れない。
が、今は彼がどんなタイプかはどうでもいい。俺は官憲に捕まる気など毛頭ない。
そもそも、ここではないがザンビアナの官憲から逃げて来てるのだし、何処の世界でも警察に捕まっていい事など何もない。
しかも無実なら後で晴らせば無罪放免もあるが、認める気はないがオーエンの件なら俺がバッチリ犯人なわけだから、捕まったらヘタすりゃ捕まりっ放しだ。
タイトルを「2度目の異世界で懲役30年を喰らい込んだ件」とかに変えるのもゴメンだ。
斬新なタイトルでウケはいいかもだが、俺には良い事が全くない。
それに俺がそもそもこんな草臥れた中年のオッサンにやられるはずもない。
俺は首を振った。
「なんでさ?何の話かもよく分からねえけど、保安事務所に連れていかれる様な話、俺とは関係ない。捕まるとか意味が分からねえ。」
彼は俺の言い分を然程気にした様子もなく、軽く肩を竦めた
「そっか…実は何の容疑かは俺もよく知らされてないんだが、とにかく捕まえて来いと命令されてる。俺としちゃあ穏便に済ませたかったんだが穏便じゃない方で逮捕する事にしよう。」
俺も負けじと余裕で肩を竦めた。
「ま、捕まえられるならね。」
「そっか…」
彼は煙草を吸い終わり、吸い殻を足元に落として、足で揉み消した。
俺は別にその動作だけを見ていたわけではないが、視界の下の方で動く足に何となく気を盗られていたのだろう。
えっ!?
気が付いたら、彼の姿が目の前から消えていた。これには流石に驚いた。
何処にいる!?と周囲を見回そうとした瞬間には、既に後ろから腕が伸び、スリーパーホールドがキレイに極められていた。彼は俺より少し背が低い。その分、俺の首は彼の腕で後ろに引っ張られる形になって余計に苦しい。
「う、ぐぐ……」
レーザーを撃とうにも精神が集中できない。
「俺の技は初見殺しって言われててね。町の連中は大概知ってるから滅多に引っかからない。だから煙草を使った小技は結構使い手があるんだ。」
「ぐッぐぐッ……」
苦しくて返事どころじゃない。腕を必死で掴んで抵抗した。
だが、彼の力は全く弱まらない。体は俺より小柄なのにもの凄い膂力だった。
「ゴボッ!!」
俺の口は酸素を求めて無意識のうちに開き、喉の力が弱まって更に彼の腕が、しかも一気に喰い込んだ。
「お前さんと違って俺はこれっきゃ出来ないもんでね。相手が抵抗すんのも慣れてる。少々の事じゃ離しゃしねえぜ。」
そ…うか……レーザーで…アタマ……ぶっ飛ばせばいい…の…か。
俺は朦朧とした意識の中で自分の腕を相手の顔の方に上げようとした。
が、そこで視界が急速に暗くなるのを感じ、そのまま意識を失った。
思いも寄らぬ弱点を思い知らされた。
俺は気が付いた牢の中で1人、反省した。
俺は体中に今やほぼ無意識で魔力を巡らせているので、物理攻撃の殆どを受け付けない。
神経はあるから鈍く痛みとかは感じるがそれだけだ。
だがそれは鋼の肉体という意味ではない。
何と言ったらいいのか…表面的には魔力に覆われている様な状態だから物理ではキズはつかないが、体は人間そのものだ。首を絞めれば呼吸器官は締まり、酸素が尽きれば多分死ぬ。
バール・ロイド首席保安官はそれを知ってか知らずか、物理で打撃でもなく、遠間から魔法攻撃でもなく、いきなり絞め技できたのだ。
あのいきなり背後に回ってきたのが彼の得意技なのだろう。そして相手を抑え込む。
だが彼も言っていたが、ベテランの彼の技は恐らく町の悪党の多くは知っている、もしくは経験済だから、背後に回り込んでも簡単にはやられない、ということか。
それに俺のレーザー技は詠唱もいらないし、どこからでもどちらに向けても発射可能だが、それには多大な精神集中が必要、というウィークポイントも改めて浮き彫りになった。
視覚によるマトの絞りも必要で、それにもある種の集中力を要する。
今回は呼吸を止められ集中力が切れたが、大怪我なんかをしてもダメかもしんない。
だいたい今思えば呼吸困難で判断力も急速に弱まっていた。
一気にヤツのアタマをぶっ飛ばせば、とあの時は思ったが、それだと警察官だか保安官だかを衆人環視の中で殺害した事になってしまう。
そうすると完全にお尋ね者になっちまうから、それはそれで悪手だ。
俺は牢で転がったまま手足をモゾモゾと動かした。
「……本格的にヤベエな。」
手足はガッチリと鉄錠がハメられている。ご丁寧に魔封じの紋の彫り込まれているヤツだ。
魔法が使えれば、ちょっと危ないけどこんなものレーザーで焼き切ればいいが、そうもいかない。
その上、両手足の錠のお陰で体を巡る魔力自体も弱まっているから、今の状態なら俺は唯の一般人並みの防御力しかない、かも知れない。
あ、これも弱点かも。
俺はゴロンと上を向いた。
まあ、今まで上手く行き過ぎだったと言っていい。
クリス・シーガイアとして捕まってるならまだいいじゃないか。
逃げる機会はいくらでもあるだろう。
俺は目を瞑った。
今後の事を考えるなら今は体力の回復を図るべきだ。




