073 食後のコーヒーを飲み終わって
彼女は本日、何度目かの溜息をついてコーヒーの最後の一口飲んだ。
「結局、アンタ、アタシをここで殺す気なの?」
「いや。」
俺は即答した。
俺的には聞きたい事は聞いた。
黒幕は正直、別に誰でも良かったが王太后の話も聞いた。
俺達は会った事もなく、その存在すらも全く知らなかった人間だから、今更、後ろで糸引いてたと聞いても「ふ~ん」以上の感想が持てない、というのが正直なところだ。
ガリシアの話はよく分からんが、すくなくともガリシアが俺の記憶違いとか妄想とかではなく、かつて存在したことは分かった。
何故、今は違う国名なのかは依然として謎だが、レニを問い詰めてもこれ以上の情報は出なそうだ。それにこれも今直ぐ答えの必要な話ではない、と思う。
そして一番重要だった一緒に旅をしたレニ(とリリア)がどう思っていたかも聞いた。
結局、彼女達は最初からOne Teamじゃなかった。必要な情報さえ得られればいつでも処分する気だった。
その結論は俺が想像していた中で最も不愉快、いや実際に聞くと思っていた以上に不愉快な結論だったけど、事実なら仕方がない。
ちなみに俺達の魔法が解析されていた事なんかはハッキリ言ってどうでもいい。
けど、彼女達は上からの命令があっても俺らを始末することを迷った。
それが例え自分達の利益だけを考えた判断だったにせよ、迷った。
その事と3年間の旅路で世話になった事、時には笑顔で一緒に旅をした事と合わせれば、俺的には命の恩として相殺になってもいい、と思った。
演技でも形式でも隠していた目的があろうとも、彼女達が常に笑顔で付いて来てくれた事が俺らの旅を支えてくれたのは事実だ。実務的にも彼女達が色々教えてくれなかったら、当時の俺も今の俺もなかったのは間違いない。
シイちゃんの件は……まあ…オーエンの命で晴らした、と思う事にしよう。
そう思った今の俺は彼女を殺す気はなかった。
「殺されないなら、もう1つ教えてあげる。」
流石にホッとしたのかも知れない。
彼女は笑顔だった。
「王太后陛下はご存命よ。今は聖王国にご滞在されてる。」
「聖王国?」
聖王国は最も南にある連合国家だ。何たら公国やら侯国が集まって形成されていると聞く。
元々はショーアンブヒル帝国という大国だったが分裂し、結構長い間、近隣の小国同士で合従連衡を繰り返していたらしい。
しかし俺らが前回の旅で行った時にはオーランド侯国…いや公国だったかな?…という国を中心に再統合され、オーランド帝国となっていた。そして今は聖王国という名前になっているのは俺も知っている。
ちなみに何で今はオーランド帝国と名乗らないか、と言えば、今の聖王国は基本的には宗教国家で国家元首は国王でも皇帝でもなく、聖王と呼ばれているからだ。
政治形態とか日本でもコッチでも全く分かってないけどバチカンみたいな感じなのかな?
「聖王国は知っての通り魔法治療が最も盛んな地よ。アタシらが魔王を斃して危険もなくなったってことで、王太后陛下もご高齢だから治療と療養を兼ねて実質、向こうに転居されたの。」
聖王国より更に南に以前は魔王の住んでいた魔の森が広がっている。
当然、魔王健在の頃は国境を接する当時のオーランド帝国は魔王軍の激しい攻撃を受けており、実に南方半分ぐらいまでは魔王軍に占領されてボロボロの状態だった。
それでも今の聖王国、当時のオーランド帝国が持ちこたえたのは、後に宗教国家になるだけあって当時から白魔法と神聖魔法の遣い手が揃っていたからだ。
当時のオーランド皇帝はご高齢ではあったがご自身が勇猛果敢な武将として知られていたから、その武力の力も相当あっただろう。
彼らが自国をボロボロにされながらも盾になってくれたからこそ、他国は魔王軍の一斉侵攻と言う事態は避けられたのだ。
でも所詮は彼ら一国では魔王軍を押し返すのは不可能で、それどころか現状維持もそろそろ難しいと理解していたガリシアの国王が最終手段として俺らを召喚したのだ。
そして魔王がいなくなれば、持ち前の高度な白魔法、聖魔法の技術を駆使した各種治療のメッカになっているのは頷ける。
あまりよく覚えてないけど、魔王軍の動きが活発化する以前は、南方の気候が温暖な土地、という事もあって偉い人達の保養地とか療養地として人気があったらしい、という話も何処かで聞いた気がする。
だが、彼女が言いたい論点はそこではないし、それは俺にも直ぐ分かった。
「……リリアも付いて行ったのか?」
レニは頷いた。
「そう。あの娘は戻って来て離宮隊に迎え入れられた。で、王太后殿下が聖王国へ移られる時に付いて行ったわ。」
然程、意外でもない。と、言うのも…
「前に聖王国に留学してたって言ってたからな。土地勘もあるだろうし、いいんじゃねえか。」
俺の感想にレニも同意する様に頷いた。
「あの子、聖王国が良かったらしくて、引退先は聖王国がいいみたいな話もしてたしね。」
情報の質としては微妙な感じだ。
サウザンリーフは隣だからリバードアからサクサク来れたが、聖王国はめっちゃ遠い。
訊きたい話は今日、粗方聞いた。俺の立場からすれば、今更、改めてリリアに会いに行く必要があるかと言えば疑問だ。
ましてやレニを殺す気もないのにリリアを始末する為に聖王国まで足を伸ばす気は今のところない。
他国である聖王国に移住されたということは流石の王太后も半分、いやそれ以上にご引退ということだろう。
日本の政界を引退してフロリダの移住した様なものだ。
もう政治的な動きは殆どしていないだろうし、レニもそこに付いていったという事は、彼女もまた半ば引退の様なつもりだったのかも知れない。
少なくともトップが隠居した今、リリアにしても淑女騎士団の最エリート部隊である離宮隊に相応しい王太后の考えをリアルに実行に移す類の仕事をしているとは思えない。
言うなればウチの会社に天下ってきた社長に付いて来た子飼いの部下みたいなモンかな。
ウチの社長ってことはもう親会社での出世はない。年齢的にもここで2、3年のんびり社長したら定年で退職だ。そして子飼いとはいえウチまで付いて来たってことは、本人もまた親分に殉じて親会社での出世は諦めたということだ。
リリアにしてもエリート離宮隊に入ったはいいが、然程の出世はしなかったのかも知れない。だから王太后の転居に合わせて前から気に入っていた聖王国への同行を思い切ったってとこだろうか。
いずれにせよリリアにしても俺がここにいる事を知る手段もないだろうし、知っても今更、刺客を放つとかもしないし、出来ないだろう。
無論、本人がここへ駆け付けて俺を改めて始末にかかる何ぞ単純に地理的な話から簡単な話ではない。
王太后が改めて俺の始末を命ずる可能性も低い。
とにかくもう30年も前の話なのだ。
更に俺からすれば王太后に関して言えば、繰り返しになるが今さっき黒幕だったと知ったばかりで今迄は存在すらよく知らなかったからどうでもいい。
長駆、聖王国まで行って「このヤロウ(?)、何してくれとんのじゃワレ!今直ぐここで切腹せいや!」とか言うつもりは、少なくとも今はない。
オーエンと同じで偶然、町でバッタリ会えば軽く心臓抉るぐらいはするかも知れないけど。その場合でも必要前提条件は「偶然」と「町で」「バッタリ会う」の3つだ。偉い人が近寄ることのない冒険者ワールドでその一員としてうろついている限り、100%起こらない。
仮に地理的には手の届く範囲内であるリバードアの王城に住んでたって面倒だから手出しに行ったりはしないだろう。
こうして考えるとあまり重要な情報ではない。
でも、風任せでフラフラとここまで来ていることを考えれば、今後、聖王国に行く事もあるかも知れない。その時に役に立つかも。ま、覚えていれば、だが。
「ま、貴重な情報には一応、礼を言っとく。」
一応、口先ではそれらしい礼は言ったものの、俺があまり関心を持たず、話は終わったという雰囲気を醸し出すと彼女はまたも呆れた様に言った。
「アンタ、アタシがアンタが生きてる話をどっかに報告するとは思わないの?」
レニの言葉を俺は「どこに何を報告するんだ?」とハナで笑い飛ばした。
「報告する先なんぞないんだろ?イーストキャピトルもないし、俺らを知ってるタイス公もいない。ケーンサック公爵も知らん人なんだろ?それとも今更、聖王国にいるとかって王太后とかってヤツに報告するってか?」
「……」
彼女は黙った。
とにかくガリシアはないのだ。そしてその理由は彼女も分かっていない。そもそも報告する先がない。
繰り返しになるが、王太后やリリアに俺の生存を知らせたところで、彼女達が今更どうこうする可能性は低いだろう。
…でも、考えてみればオーエンも死ぬ間際に誰か知らせる先がある様な話をしてたな。
もしかすると、俺が思い当たる以外に今日、彼女が喋らなかった報告先でもあるのか?
そこまで考えた俺は、念のため、彼女にクギを刺すことにした。
「まだ話す先はあるのかも知れねえけど、どっちみちアンタ自身が厄介事に巻き込まれるだけだ。ここでノンビリ魔法の研究なんぞ続けらんねえくらいにな。」
彼女の任務は既に完了したと見做され、褒美の領地を貰い、サウザンリーフから費用も出て、囚人までも回して貰って、ここで好きな魔法の研究をして暮らしている。
それがミッションを完遂してないとなれば、真っ先に困るのは彼女だし、任務の完遂、つまりは俺の処分を命じられても困るだろう。それが簡単に出来るなら今頃俺は殺されていてもおかしくない。
彼女が何処かへ俺の生存を伝えればそれは彼女自身がただ困るだけ、という状況が分からない程、愚かではない、と信じたい。
「俺の国にはこんな諺がある。”人を呪わば穴二つ”」
俺が彼女の目の前の空中に指で八の字に二つの穴を描くのを彼女はジッと見つめた。
俺も彼女のその目を見つめて言った。
「人に何かしら仕掛けるなら、相手も反撃する事を覚悟する必要がある。汝にその覚悟はあるか?」
「……」
「俺が来たこと、今日、話した事はキレイサッパリ忘れな。」
レニは何も言わなかった。
数舜、俺をジッと見た後は如何にも何もしませんよ、という風に両掌を上に向けて肩を竦めた。
それを見て俺は立ち上がった。
「じゃあな。メシ、旨かったぜ。」
「……」
もう別れ際に互いに握手の手を差し伸べる様な間柄ではない。
それに今や彼女はお偉い村長様だし、そうじゃない一介の冒険者の俺はここまでわざわざ来るのに、結構散財している。メシぐらい奢って貰っても罰は当たるまい。
ドサマギでサラっと奢りを確定にしつつ、俺は付け加えた。
「まあ何の魔法か知らんけど、研究、頑張んだな。」




