071 命令と判断と迷い
「んで、魔王戦も終わった、俺らの能力解析も終わったで用済みの俺らは片付けて来いってか。」
「……正確にはそうじゃないわ。」
レニは首を振った。
「王太后陛下は最初から魔法の解析がある程度終われば、その後の判断はアタシらに任されると仰られていた。」
社会と学校の違いは何か?
それは社会では常に100点を求められることだ。
契約書にミスはあってはいけないし、送金は1円たりとも違ってはならない。仕事は獲れるか獲れないかの二者択一で0点か100点のどちらかだ。80点なら合格という話ではない。
だが、王太后は彼女達に俺らの能力の全解析を命令したわけではないらしい。
俺の考えている事は口には出さずとも彼女にも伝わったらしい。
彼女はデザートに手を付けながら言った。
「アンタらの技を全て解析するなんて到底無理なのは王太后陛下だってお分かりだった。マーサの意味不明な詠唱の魔法もケータのやり過ぎ感しかない死人使いもアタシらの常識を超えてた。しかもアンタのヤツに至っては何してるのかもよく分からない!」
かもな。
俺は無言で肩を竦めた。
特にレーザーはこの中世世界には全くない技術だ。地球でだって実用化から100年経ってないし、CDとかで一般的になったのはほんの3、40年程前に過ぎない。
「だからアタシらにはあくまで可能な範囲まで解析して来い、ということだったし、その範囲も限界も……そして最終判断もアタシらに任されていた。」
最終判断、というのは1つしかない。
しかしそれは、形式的には俺らへの供を命じた国王陛下の命には反する。
ここまでくれば、もう言を左右にして誤魔化したりしても仕方がないと思ったのだろう。
あるいはもう誤魔化す気がなくなったのか。
遂に彼女は言った。
「そもそもアタシとリリアは魔法解析がある程度終わった段階で早期に始末して戻ろうって主張した。どうせ魔王を倒すのはムリだと思ってたし。そのムリな話にアタシらまで巻き込まれても困るし。」
ま、そういうことだろうな。
今の俺は彼女の言い分が怒りを伴うでもなく理解は出来た。
最初の頃の俺らをよく知ってる彼女達からすれば無理からぬ判断ではある。
実際に魔王を倒せた事から考えても俺らが能力的には高かったのは事実だけど、最初の頃は本当に能力だけのごり押しに近く、それだけでは早晩行き詰ると思っていたのだろう。現に俺達自身がそう思っていた。
今や日本人選手として最も有名と言ってもいい天才サッカー選手大〇翼君だって、流石に経験も練習も足りてない小中学生の段階ではワールドカップはおろか日本代表ですらムリなのと同じだ。
つまり、少なくとも彼女からすれば俺らが魔王を倒せるなどと思ってもおらず、魔王を倒す為にOne Teamで旅をしていたわけではなかったのだ。
彼女にとっての俺らは、勇者の魔法を解析する実験台に過ぎず、それが終われば用済みの存在だったのだ。
この結論はある程度予測してはいた。
けど、一番当たって欲しくなかった結論だ。最初から相手にされてなかったよりかは、裏切られたの方が俺としてはまだ良かった。
でも彼女達は最初から俺らを仲間として見ておらず、その評価は途中で変わることもなく、最後は命令に従って処分にかかったのだ。
覚悟はしていたけど、非常に気分の悪い、というか3年間の旅の思い出から何かが抜け落ちる様な話だった。
高校生の頃なら心の内の苦い思い、落胆が顔にも出たかもしれない。ややもするとキレたかも知れない。
けど、社会人として、そして嫌々ながら予想もしていた事もあって、表面的には何とか取り繕うことには成功した俺の方をあまり見ずに、彼女は続けた。
「でもアイーシャは上手くいきそうならそのまま魔王戦に行こうって主張したし、ミリーもそれに賛成だった。だからアイーシャとミリーにはまた違った指令が与えられてたんだと思う。」
本人達が死んでしまっている以上、ここで分からなければ、その指令内容はもう完全には明らかにならない可能性が高い。
だから、そこにはそれ以上突っ込まず、俺は話を先へ進めた。
「でもそれだけじゃないんだろ?」
俺の問いにレニは首をフリフリ答えた。
「王太后陛下が何をどう考えておられたのかはアタシ達には分からない。」
「ほう?」
「けど、王太后陛下はこうも言われたわ。”勇者の魔王退治は伝説でいい。伝説で終わらせるべきだ”って。」
……伝説でいい、伝説で終わらせるべき、か。
つまり俺達は帰って来る必要がないって意味だが、どういう魂胆だったんだろう。
簡単に考えれば、国王、つまり彼女の息子の治政に俺ら「勇者」は必要ない、という事だ。何かあれば旗頭に担がれる可能性のある存在は国王を唯一絶対とするならば邪魔だ、という考え方は分かる。
古今東西、戦で役立った忠臣が戦が終われば左遷されたり処刑されたりした例はいくらでもある。だから全く不思議な考え方ではない。
でも、そんな単純な考え方でいいのか?
息子を国王にする為に権謀術策を尽くして頂点に立ったはずの王太后が、まるで素人の俺が即座に思い付く様な考え方をするか?
しかも、最終的に魔王に向かう前の処分ですらレニ達の判断に任せてしまっている。
レニ達に俺らの力を解析させたって使える人間、端的に言えば勇者かそのレベルの人間がいなくては意味がない。
それに中途半端な解析で良しとする意味もよく分からない。
上の人なんだから部下には「100%解析しきって来い!」と言えたはずだ。少なくとも命ずるだけは出来るし、王太后とかってお立場な方が遠慮するはずもない。
それなのにアッサリ途中で処分もOKで適当な所で引き揚げて来いとかって考えるか?
だいたい、魔王退治を命じたのは国王だ。だから俺らが帰れば俺らも称えられるだろうが、勇者を送り出した名君として国王も充分称えられるはずだ。焦って殺す必要性はない。
王太后の言葉の真意が俺には全く分からなかった。
けど、その後をレニ達の判断に任すってのは、所謂、忖度ってヤツだな。
王太后は言葉では最終的に殺す殺さないはお前達の判断に任せる、と言った。その反面ではっきりとではないが、勇者が無事に戻ってくる事は望んでいない、とも言ったのだ。後は「どうすればいいか、お前達、分かってるな?」というわけだ。
ヤクザのボスが使用者責任を避ける場合や、会社の上司がマズい話を部下に、部下の一存として揉み消させる場合によく使われる手段であり、どこの世界でも責任逃れを偉くなるための必須技能としている上の人の常套手段だ。
「だから、魔王戦が終わった後でも俺らを始末にかかったわけだ。」
俺の言葉に何故か即答せずにレニは黙った。
それは改めて当時の自分を思い出している様に見えた。
暫くの沈黙の後、彼女は呟く様に言った。
「……まあ、そうかも知れないわね。けど魔王を斃した以上、違う選択肢も当然あったけど。」
俺達とレニ達は厳密には所属組織は違うが、謂わば魔王を斃した一隊だ。
俺達が伝説になったという事は、当然、レニ達もその一員なわけだ。現に今のこの世界では魔王を斃した3人の勇者とそれに忠実に(笑)付き従った4人の騎士という事で立派な伝説の一部だ。実際に今の世界にはそう伝わっている。
国王の前に戻れば俺らと一緒にその偉業を称えられるのは間違いなかったし、俺らが日本に帰ればその栄誉はある意味彼女達だけのものだ。
今ある程度の地位など、王太后でなくとも国王陛下だってポンとくれた可能性もある。と、いうか現にポンとくれているのだ。
「違う選択肢もあった、なんて今更他人事みたくボカすんじゃねえよ。リリアが反対したんだろ?」
「ここまで喋って今更誤魔化そうとすんなよ!」というのを滲ませながら俺は殊更小馬鹿にしたように言ったが、レニは素直に頷いて「そうよ」と言った。
「リリアは魔王も斃したし、今更、無理に勇者を始末にかかる必要はないかもって意見だった。アンタの想像通り、このまま帰っても王太后様が何て言うかは別にして国王陛下からは充分な恩賞も出るはずだし、アンタらと一戦するのはアタシと彼女の2人だけじゃちょっと荷が重くないかって。」
リリアの認識は間違っちゃいない。
生き残った俺とシイちゃんにとってもレニとリリアとのガチ戦闘は荷が重くはあるし、当時なら本当にお互いタダでは済まない可能性が高かった。しかも勝つのは俺らだったろう。
死体がないと攻撃出来ないと思われていたシイちゃんが実は先制攻撃手段、しかも広域攻撃手段を持っている事も、中長距離専門の俺が近接でもそう弱くはない、戦闘技術面はともかく絶対に負けない事も彼女達は知らなかったはずだ。ややもするとシイちゃんの攻撃だけでカタはついたかも知れない。
結果として無かった戦闘シュミレーションはともかく、俺は腹の底で嗤った。
始末を主張したレニはともかく、反対したリリアにしても俺らの事を考えたとか想ったわけではなくて、単にリスクが高く、そんな高リスクを背負わなくてもゲインがある可能性が高かったという理由に過ぎない。
結局、リリアともまた最初から最後までOne Teamではなかった、という事だ。
見方を変えれば、最初からOne Teamでは無かったのだから、彼女達の行動は裏切りでも何でもない。果樹の収穫と一緒で周辺環境を見ながらの冷静な判断に過ぎない。
「で、結局どういう結論になったんだ?」
始末ってなったんだろ?と聞いても良かった。
けど俺は彼女の口からその結論は言わせたかった。
が、彼女は両手を上げた。
「信じないかも知んないけど、アタシら2人じゃ決めきれなかったわ。」
「なんだそりゃ!?」
呆れて思わず俺は声を上げた。
夏休みの宿題を今日やるか明日やるかって話じゃねえんだぞ!?
天秤に載ってるのは片方が俺らの命、もう片方には彼女達の将来だ!
呆れ顔の俺を前に彼女はまたちょっと考える風になった。
そしてまだまだ若かった頃の自分を思い出したかのようなちょっと苦い笑み、往時の彼女の笑みを彷彿とさせる、けど年齢を経たことを感じさせる、そんな複雑な笑みを浮かべた。
暫くの沈黙の後に彼女は言った。
「……まあ……今にして思えば結局はアンタらとは3年も一緒にいたし…アタシらもサクサク処分って感じにもなかなかなれなかった部分ってのも…どっかにあったのかも知れないわね。」
「……」
「アイーシャなんかウザいとしか思ってなかったけど…」
当時を思い出し、レニ自身も判断i迷ったあの頃の自分は若かった、とでも思ったのかも知れない。
彼女は薄い笑みを完全な苦笑いに変化させて、こちらは何も言ってないのに言葉を続けた。
「こういう時は便利よね。彼女ならスパッと上から目線で決めてくれただろうから。」
結局、彼女達は上に立つ器ではなかったという事なのだろう。
いい兵士であり、才能ある魔法使いでもあったのだろうが、判断を嫌がり、他人が判断してくれるのを喜ぶようでは上には立てない。
まあ、この点については、左遷子会社のプロパーヒラ社員で一生終わる予定に特に文句もなかった俺が人の事をとやかく言える立場ではないが。
「オーエンがアタシらに王太后陛下からの言伝を持って来たわ。」
オーエンがか!?
俺はちょっと驚いて思わず眉が上がったが、彼女は特に構わず言った。
「解析報告を纏めたら予定の行動をとれって。でも…それでもアタシらは迷った。」
「……」
「結局、オーエンが俺が上手く誘い出すから心配すんなって言ったんで…」
あのクソ野郎が!
レニに言われて片棒担いだとかじゃなくて自分から言ったのかよ!
しかし、下がグズグズしているうちに上がシビレ切らしたってわけか。
最期まで明示的な命令を与えないのは、何処の世界の偉い人も根性のクサレは変わらねえってことかな。
そして何にしてもオーエンはぶち殺して正解だったという事だな(怒)。




