070 調査と指摘と評価
「「……」」
彼女と俺の間に沈黙が流れた。
繰り返しになるが、俺としては彼女の方から話して欲しかった。
結論も内容も一緒でも途中が違えば評価は違う。
例え悪い話でも自分からすれば反省だが、他人が言えば唯の指摘だ。
人を刺し殺した場合だって、警察に捕まって取り調べの中で渋々吐いても裁判では「被告人は何も反省することもなく…」と言われてしまうが、自ら警察に出頭して話せば「本人は深く反省して自ら出頭し…」と評価されて刑が軽減されるのだ。
けど、彼女の態度を見る限り残念ながらそうはならないらしい。
仕方なく、俺の方から話を再度切り出した。
「最終的な俺らの始末とは別にそもそもアンタには役割があった。」
彼女は一瞬ピクっとなったが、特に否定もせず、スープを飲み続ける。
「俺ら…勇者の強さの秘密を探る事だった。恐らく魔法に関してはリリアがマサさん、そしてアンタがシイちゃんの担当だったんだろう。アイーシャとミリーが何の担当だったかは知らんけど。」
漸く彼女はスープを掬う手を止めて渋々頷いた。
「アタシらは王太后陛下から別々に指令を与えられていたわ。だからお互いにどんな指令なのかは正確には知らないわ。リリアとは分担が必要だったから話し合っただけ。」
マサさんの独自詠唱魔法、俺のレーザー、シイちゃんの死人使い。
俺達の魔法はそれぞれに特殊だった。特に俺のレーザーは恐らく彼女達は見た事のない技術でおまけに無詠唱だ。結局、解読不能と考えた結果が残る2人の術の解析だったのだろう。
「アンタはシイちゃんの死人使いを観察し続け、その技を2種類の多段魔法だと考えた。」
彼女はそうとも違うとも言わず、スープにスプーンを入れて最後の一口を飲んだ。
「特にシイちゃんが死人を自在に操る部分は一種の洗脳魔法だと推測した。」
彼女が飲み終わったスープ皿を脇へ避けるとすかさずウェイター氏が下げて代わりにメインの魚料理の皿を置く。
彼女は魚を切り分け、パクっと口に入れて食べた後に言った。
「死人使いは死体をアンデットとして使役する事は出来るけど、あんな風に細かい所までは言う事は聞かない。しかも普通は死人使いそのものを襲わなくはなるけど、仲間の事まで見分けて襲わないなんて出来ない。死人使いが人気がないのはそれ以外にも色々理由はあるけど、パーティーの一員としては歓迎されないのはそれが大きな理由よ。」
俺もメインディッシュの肉を切り分けながら彼女の意見に同意した。
「仲間にまで襲ってくるんじゃパーティー戦闘じゃ返って邪魔だからな。」
俺は周囲の数人の店員を見回した。
「んで長年の研究の結果、今やある程度再現するところまで来たわけだ。」
周囲にいる人間達、つまり村人達がその結果だ。
俺はこの村に来るに当たり、事前にどうなるかをある程度アタマの中でシュミレーションしてから来た。
なんせレニは村長様なのだ。
彼女にはその権限だけでも全村民に俺への攻撃を命ずる事だって出来る。
そこまで考えてふっと思った。
村人って?
俺は一旦、キッサーラからフィフスウェルまで引き返してサウザンリーフ公に謁見を願った。
歩いて2日程の距離なのに、レニの村を訪ねるのは10日程も後だったのはこれが理由だ。
そして案の定、気さくなサウザンリーフ公は、勿論、ご多忙中なので直ぐにというわけにはいかなかったが、日を改めて会ってくれた。
「ほほう!お主の方から、しかもこんな早くに会いに来るとは正直、予想していなかったぞ。」
まあね。
彼としては使えそうな冒険者に少し甘い言葉を掛けて、何かあった時には呼びつけて便利に使おうと思っていただけだろうし、所詮は市井の冒険者風情の持つ情報に自分にとって重要なレベルのものがあるとは思っていないだろうからね。
だが、それでも声を掛けた以上は一応は面会してくれるところは、ボブさんが言ってた通り庶民派の面目躍如と言ったところかな。
「実はお耳に入れておきたき情報を入手致しまして。」
「ほほう?」
「キッサーラの方に旅をしたのですが…」
キッサーラと聞いて公は何故か嬉しそうに相合を崩した。
「キッサーラか!近場のタイクンポートの方が大きいのだがあそこはどちらかと言えば北や東への貿易港でな。魚介類の方はキッサーラの方が盛んなんじゃ。キッサーラの魚は食べたか?」
「はい。閣下の申される通りリバードアでは目にする事が出来ない新鮮な魚を堪能させて戴きました。」
俺の言葉に自領の地位向上に余念のない公爵閣下はニッコリと笑ったが、直ぐに真面目な顔に戻った。
「すまぬ。話の腰を折ったな。で、キッサーラで何か?」
「実は…近くの村に定期的に囚人が送り込まれている、という噂を耳にしました。」
「ナニ!?」
囚人が近場の鉱山などで重労働刑に服する、というのはよくある話だ。ダムの建設現場や河川や道路の工事など大規模工事に駆り出される事もある。
しかし辺鄙な田舎の村に送り出される事は通常ない。
俺の言葉を聞いた公爵閣下の顔が不審げに歪んだ。
「まことか?」
「まことです。皆、大声でふれて回りはせぬでしょうが、かなり昔からの様子で、キッサーラ辺りではそこそこに知られた話のようでした。」
思った通りの反応だった。
領主の命ではなく有力者の命令らしい、という話を聞いてピンと来たのだ。公爵閣下はこの話を知らないかも知れない。特に元々は公爵家を継ぐ予定がなく、長く離れていたなら猶更だ。
果たして彼は今度は首を傾げ、鋭く訊いてきた。
「余は記憶にないな…何て村だ?」
「トゥービックキ村、と聞いております。」
彼は険しい顔で考え込んだ。
囚人を何かに使う、というのは領主以外がやるのは難しく、領主が知らないのはまず有り得ない。その有り得ない話を聞かされたのだ。
「……少し調べてみたい。夕方辺りにもう一度、顔を出せるか?」
「閣下の思し召しとあらば喜んで。」
そして夕方、再び顔を出した俺に彼は話してくれた。
その表情に午前中に見せた緊張感はない。
「囚人が定期的に送り込まれているのは本当であった。余が細かい所まで把握していなかっただけで、無論、公けではないが内部ではキチンと正規の手続きを踏んでおる。」
「ははあ。それは何故に?」
「ここだけの話だが…」と公爵閣下は俺のほぼ予想通りの話をした。
「昔からあの辺りには金が採れるという噂があっての。正規の鉱山技師を派遣する様な話ではないのだが…まあ…あればめっけものだからの…」
彼は苦笑いしながら首を振り振り言った。
「無論、余はそんな話を信じてもおらぬし、先代も同じだったろう。が、先代ではなくて…まあ先代の配下のある者が独自に手配して密かに少数づづ囚人を融通して掘っておったらしい。」
彼は苦笑いしながら付け加えた。
「いずれにせよ先代の頃に始まった話だし、正規の手続きは踏んでいるとはいえ公に話される政策でもないから、未だに続いていると余にもハキとは知らされていなかった、というわけだ。」
カバーストーリーは完璧なわけだ。だが俺としてはこれで終わりではない。
「そこから帰って来た者は…?」
俺の問いに公爵閣下は「ん?」という顔をして、そして少し真面目な顔になった。
それは世慣れぬ若者、というより政治行政などに全く無縁な庶民に、施政者がどう考えるかを諭す、そんな表情だった。
そして「そちなら理解出来ると思うが…」と切り出した。
「刑務所というのは一般的に罪の重さを囚人に教え、やがて死刑囚を除く囚人は一般社会へ還されるのがキマリだ。」
真面目な顔の公爵に俺も真面目な顔で頷く。
「私もそのように理解しております。」
「だが…」と公爵の話は続く。
「…死刑になる程ではないが刑務所内でどうにもならん、このまま世に放っても本人はまた同じか、もっと酷い事をするだろう、と評価される者もおる。」
「ははあ。」
公爵の目力が少し強くなる。
「この地を治める者としては、だ……罪とは無縁で日々真面目に働いて暮らす領民達の世界に、その様な者どもを解き放ちたくはない。」
「ははあ…」
「しかし死刑になる程の罪は冒しておらぬ故、放っておけばいつかは放たれる。」
「……。」
意図的に黙っているとは思わない俺に対して、公爵は「理解出来ずとも分かれ!」という意味を込めた目力を強めて言った。
「そういった評価を受けた者どもがこういう場所には送り込まれる。……分かってくれるな?」
対する俺は意図的に顔を伏せた。
勿論、領主の一存で裁判の結果を有耶無耶のうちに実質無かった話にし、懲役刑の無期延長を意味するこの話に特に納得はしないし、現代日本に生まれ育った者としてはグレーな処分方法にも共感も出来ないが、その考え方は理解は出来る。
だから義憤に駆られたりもしないし、何より俺個人とは無関係だから別にショックを受けたりもしない。
人権がどうとかって話にも個人的には全く興味がない。
が、俺がワザと殊更暗い空気を醸し出しつつ黙って首を垂れていると、想定通り人の良い公爵閣下は声を掛けてきた。
「ん?どうした?……!…もしや?」
俺は殊更暗い表情のまま中途半端な俯き加減程度に顔を上げた。
「…実は私の古い知り合いがこちらで罪を犯し、恐れ多くも閣下の刑務所でご厄介になっている、と聞き及んでおります。その者がもし…」
俺の些かワザとらしい演技にも人の良い公爵は気遣わしげに声を掛けてくれる。
「その者の名は……」
公爵は言いかけ、俺がパッと顔を上げたのを見て、ハッとした表情で慌てた様子で手を振った。
「いやいやいや、言わずとも良い!聞けば何かしてやりたくなってしまう。だが刑期がまだ途中であるならば聞いたところで、流石に裁判の結果は余の一存ではどうにも出来んのだ。いや、してはならぬのだ!」
俺はまた意図的に顔を伏せ、2人の間に暫し沈黙が広がる。
その沈黙を破ったのはまたも人の良い公爵の方だった。
「しかし…それではその方も納得しづらかろうな……」
「……」
またも2人の間には沈黙が下りる。
が、結局、人の良いサウザンリーフ公は「ではこうしよう!」妥協案を提示してくれた。
「少なくともその方が余の知らなかった領内の情報をわざわざ報告に赴いてくれたのは事実じゃ。その報酬として一晩だけ村に送り込まれた囚人の名簿をその方にを見せよう。」
「…はっ!」
「名簿を見てその方の知り合いを探すと良い。」
「はっ!」
そして少し迷った風ではあったが付け加えた。
「ただその中に…不幸にしてその方の知人がいた場合には……辛いだろうが諦めてくれ。」
閣下は本当に良い方なんですね。
そんな人の良い閣下を騙すのは非常に心苦しかったが俺は殊更沈鬱な顔をしたまま答えた。
「……その場合には仕方がありませぬ。閣下の深いご慈悲とご温情に深く、深く感謝致します。」
無論、知人なんざ最初から存在しない。
繰り返すが、人が良く、しかも俺にご厚意を示して下さる公爵閣下を謀るのは心苦しいところもあったが、俺が確認したかったのは、レニの命令で襲い掛かって来る可能性のある村民の戦闘力だ。
総勢、何人が送り込まれて、何人が現在も村にいるのか?
送り込まれた中に冒険者クラスC以上の腕利きはいるか?あるいはベテランの兵士はいるか?
その他にも剣術でレッド以上の技量を持つヤツ、高度な魔法が使えるヤツ、あるいはプロの殺し屋だったヤツがいるか?
今いる人員が何とか確認出来ればいいや、と考えてたけど全名簿を見せてくれるということなので一晩かけて分厚い名簿と彼らの経歴を確認したが、村にはどうも常時15人程が常駐するように送り込まれているらしい。
村の全員が送り込まれた囚人というわけでもなさそうだ。
そして、その送り込まれた面子に俺が対策を特に必要とするような上等なヤツはいなかった。
サウザリーフ公の言う通り、一発死刑になる様な重罪ができる様なタマはおらず、皆、ちんけな感じの犯罪者だが累犯を重ねていて社会復帰の見込みもその価値もなし、と判断されたのが客観的にも妥当と思われるクズばかりだった。履歴を読むのが不愉快になる連中ばかりだ。
公爵まで使って調べた時間はあまり有意義では無かったが仕方がない。もっとも、どの程度のヤツがいるかは分かったのでマルっと全てが無駄だったというわけではない。
その囚人連中は村人として村の中をウロウロしているわけだ。
何故、普通の村人ではなく囚人なのかは色々考えられるが、レニの命令に絶対服従である事もその理由だろう。
どうやって囚人に絶対服従を強いているかと言えば、そこにシイちゃんの死人使いの後半部を実用化したものが使われている。恐らく全員が魔法で洗脳状態に置かれているのだろう。
そして絶対服従以外の理由は…言わずもがなだが魔法の実験台だ。
内容は考えたくもないが、最初に出て来て速攻片付けたホムンクルスの完成度の高さから推測して、ファイアボールの的にされるのが小学校の跳び箱ぐらいに見える話だろうな。
お気の毒な囚人達の事はさておき、とどのつまり、彼女達からすれば俺達が受けていた評価は魔王を倒す勇者ではなく、唯の特殊な魔法を使う者という評価だったというわけだ。
少なくともレニ、そしてリリアは、一緒に魔王を倒す仲間としてではなく、ただ俺達の魔法技術を解析、もっと有体に言えば盗む為に俺らの側にいたのだ。
そしてレニは囚人達を使って今でもその研究をここで続けている、というわけだった。
70話まで到達しました。
相変わらずのキリ番の話のキリの悪さはどうにもなりませんな(笑)。
ここまで読んで戴いた方々にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
作者にとっては読者の皆様の力強い後押しこそが、これからも続ける大きな大きな励みになります。
本作を気に入られた方、今後も読み続けて戴けるつもりがある方は「読んでるよ」という印代わりにお気軽に、そして積極的に(!)ブクマ、評価、感想をお願いします。




