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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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065 ヒラリーマンのスキル

 公爵閣下御自らが先導されて俺らは立食パーティーの開かれている中庭へ足を踏み入れた。


「…結構いるな。」


 ビールズの剣士バッチャムが呟いた。

 呟いた彼が言う通り、中庭、という事だろうがちょっとした小学校の体育館程もある会場には既に多くの来客で溢れていた。


「皆の衆!」


 公爵閣下が1歩前に出て声を掛けると、その舞台で鍛え上げられた朗々とした見事な声音に、皆、歓談を止めて軽くアタマを下げてこちらに注目する。


「昨今、このサウザンリーフを始めとする東方諸国ではフライングシープによる農作物被害が増えているのは皆も存じておると思う。」


 公爵のお言葉に大勢が頷く。


「今日、招いたこの者達は遥々リバードアより来てフライングシープ退治に尽力してくれた勇敢な冒険者達だ!皆、歓迎して欲しい!」

「「「「「ハハ!」」」」」


 畏まる来客に公爵閣下はまたも気障な感じの欠片もなくウインクした。


「リバードアの冒険者が我が宴に顔を出すなど滅多にない事である。真の冒険者による冒険の話を皆も楽しむと良い!」

「「「「「ハハッ!」」」」」



 来客達はその属性は貴族、大商人、各地の有力者など様々だったが、公爵閣下の言う通り気分の良い、陽気な人間が揃っていた。前に出た気分の悪い王家主催のパーティーとは大違いだな。

 俺も含めた冒険者達はなんとなく気後れしながらパーティーへ加わったが、直ぐに気のいい来客達に取り囲まれて色々な話をする事になった。


 どうも我々は公爵閣下が我々の労をねぎらうという目的もさることながら、今日の来客に風変わりな冒険譚を語る為に呼ばれたらしい。

 仲間達は最初こそちょっとカチコチ(?)になっていたが、直ぐに三々五々に散って、あちこちの席で客を愉しませている模様だ。


 俺も来客の富裕そうな商人の一団に囲まれて色々な話をした。

 彼らはビックリバーの向こうから来た俺の話に強い関心を示し、最後の方は結構多くに取り囲まれて情報交換会のようになった。何だか地球にいた頃の業界団体での飲み会みたいだな。


 盛り上がりまくった彼らとの話もひと段落し、俺は少し腹に何か入れようかと食事を取りに行ったらバッタリ公爵閣下と鉢合わせした。

 公爵が自ら足を運んで食事を取りに来るなど想定外だから、俺は思わず挨拶も忘れて固まってしまったら公爵の方から「少しこちらで話でもしないか」と更なる不意打ちを喰らい、適当な逃げ口上も思いつかずに脇の方の席へ連れて行かれてしまった。


「どうだ?楽しんでおるか?」


 冒険者は非礼、失礼、無礼と言っても、俺自身はこういう時に不機嫌な顔で「いや別に」と答えたりする程、社会性に欠けてはいない。

 我々とて社会に生きているのだ。社会経験の浅い、その割に顔面偏差値だけでちやほやされてちょっと世の中を勘違い気味な芸能人が頂点に立ち、取り巻く社会全体が非常識な所謂、ギョーカイに棲息しているのではないし、人里から遠く離れた野山に籠って魔獣、野獣を狩って完全自給自足で暮らしているのでもない。

 加えて俺は元々ヒラリーマンの営業担当だ。礼儀作法と酒席で相手を不快にさせないは基本のキである。


「楽しませて戴いております。」


 偉そうに飲み会の基本を語ったりしたが、特段難しい何かではない。

 恐れ多くも隣に立ち、俺が礼儀正しく、可もなく不可もないお答えをすると、公爵閣下は学校の先生が元気よく朝の挨拶をした小学校低学年に対する様な笑みで「こちらに腰掛けると良い」と言い、お断りするなど勿論出来ない俺は、公爵閣下について少し奥まった方にある席に座った。


 俺が公爵の前に少し緊張して座ると公爵はニコヤカに笑いながら「誰にでも聞くのでそう深い意味はないのだが…」と言いつつ訊いて来た。


「我がサウザンリーフはどうだ?」

「とても良い所と思います。仲間の1人はこちらに永住しそうな勢いです。」


 感想部分は半分方お世辞が入ってはいる。

 とはいえ、お世辞が入っているとは言っても実際のところサウザンリーフは悪くはない、と思っている。

 大都会のリバードアからそれ程遠くないが程よく田舎だ。その程よい田園風景の所々にこのフィフスウェルの様な程よい町が点在している。まったくもって悪くない。

 それに仲間の1ボブさんの話は本当の話だ(笑)。


 公爵もお世辞半分なのは分かっているだろうが「嬉しいことを言ってくれる」と笑みを深めた。


「我がサウザンリーフは永年、リバードアに次ぐNo.2と言われておる。」


 リバードア王国はこの辺りの中心だ。

 そして周囲を衛星国で固めている。東のサウザンリーフ公国、北のプレスフィー公国、そして南のゴットプラン公国だ。


「だが、近年、ゴットプランが国力を増しておってな、このNo.2の地位が怪しくなっておる。」


 平安時代辺りの東アジア情勢みたいなモンかな。

 あの頃は中国、当時の唐を中心とした国際秩序が出来上がっていて、日本と韓国はとって変わろうなど微塵も考えず、中国皇帝の前でどちらの臣下の席次が上かを争った。

 

 壮年の男達がたどたどしい中国語で「我が国ガモットモ先に忠誠ヲチカッタノデス!」「イヤ最も近いワガクニこそガ長く忠誠をチカッテいるのデス!」と言い争うのを、パパの隣の席を争う子供達を眺める様に、時の中国皇帝は大いなる満足感を持って見ていたのかも知れない。

 今とは違い「好きなモノは何でも持って帰り、欲しい技術は全て学んで帰るように」と鷹揚で寛大なお言葉になるのは分かる気がする。


「我が国の場合、ゴットプランとは異なり未だ未開の北方の地も近い。魔獣も未だに多い。その点は精強な冒険者で補強が必要と思っている。ゴットプラン如きに負けてはならぬのだ。」


 理由はともかく、領内を良くしようと領主が考えるのは立派な事だ。

 彼の言葉に俺は深く頷いた。


「だから、その方達も歓迎しているし、これからも多くの冒険者が来てくれる事を望んでおる。」


 俺は殊勝にアタマを下げた。


「ハッ!有難きお言葉!」

「先程申した通り、余の個人的な経験の話もあるし、地域的な話もあるが…将来的にはイーストボーダーゲートで腕のいい冒険者と言えばサウザンリーフ出身と言われるまでになれば、リバードアと我が地の絆はより深まるであろう。」


 1つの方策ではある。俺は感心した。

 それだけではないだろうが、主要な産業の一部を中心的に担うことで関係が切れない様にする、というのは正に経営方針と言ってもいい。


「腕のいい冒険者はいつでも歓迎しておる。その方も手の空いた時にはまた仲間を連れて我が国に稼ぎに来ると良い。」


 繰り返すが俺はヒラリーマン営業担当である。その俺の判断で正しい返答とはこうだろう。

 俺は再度、アタマを下げた。


「ハッ!閣下の我らに対する温かきお言葉、リバードアの仲間達にも必ずや伝えまする。」


 公爵は満足げに頷き、ここで少し言葉が途切れ、我々はパーティー会場に少し視線をやりながら飲み物を啜った。


 視線の先では若い男が周囲とニコヤカに談笑している。

 なんとなくいい身分そうな周囲より1段上な服装の若い男を周囲が囲んで、という感じだ。


 公爵が私の視線の先を追って言った。


「アレは私のハトコだ。」

「ははあ。」


 ハトコ、と言えば祖父母の兄弟の息子だったっけ?

 そのまた息子だったけ?


 いずれにせよ近い種類の血縁者である事は間違いない。


「優秀な男でな…」


 彼は出席者の1人と何事か笑顔で会話する若い男の背中を眺めた。


「将来は私の地位を狙っておる。」


 エッ!と思ったのが思わず出てしまったのだろう。公爵閣下はちょっと苦笑いしながら付け加えた。


「いや、何も余に対して謀反を企てようとかではない。余の後釜を視野に入れている、という意味だ。」


 …?


 よく意味が分からんという表情が出てしまったのかも知れない。

 公爵はまたも少し苦笑いしながら「その方は他国出身故に知らぬと思うが…」と言いながら説明してくれた。


「私は次男とはいえ父上…いや前公爵殿の息子である事は間違いないから兄上が死んだ後は1も2もなく家を継いだが、私には娘が3人おるだけで息子はおらぬ。」

「ははあ。」

「だから、次の公爵家当主は養子をとることになるが、その候補としてアレも挙がっておる。」


 なるほど?


「先も申したが、そもそも余は公爵家を継ぐ気などなかった。むしろ継ぎたくはなかった。」


 先の話だと公爵は役者として大きな舞台で主役が出来る程に立派に独り立ちしていた。お羨ましい事に好きな事に才能があったという事だ。

 しかし結果としては自身が自力で掴み取った、そして好きだった仕事を家の事情で捨てなくてはならなかったのは、少なくとも当時は納得のいかない思いがあったとしても理解出来る。


「だから娘の婚姻先の男に継がせて、娘が幸福になるかは正直分からぬ。」


 繰り返すがとても気さくな方ではある。

 役者だから、という意地の悪い話ではなく、庶民の間で暮らしていたご経験が長いからだと思われる。


 だがサウザンリーフ公国を治める施政者でもある。

 しかも昨日今日継がれたわけでもない。施政者としての冷静な判断力はあるだろう。


 その施政者の彼が、普通は多少不向きであっても娘、あるいは娘婿に継がせたいと考えるはずなのにこう言うのだ。

 娘達がそういうタイプでないのか、あるいは婚姻先だか婚約者だかが彼の目か見て公爵家の後継者としては物足りないのか。


 けど、彼がそう思っていても周囲、あるいは娘達がどう思っているかは別である。


「しかし、こう言っては何ですが、通常の方にとってご領主の地位は意識から拭い去るにはなかなか惜しい…いや継がないなどとは考えられないお立場。ご息女のご成婚のお相手の方々もお立場をご主張されるのでは?」


 ちょっとツッコミ過ぎじゃね?とも思われるかも知れない。

 だが、こういう話の流れの場合、当たり障りのない返答をすれば相手は失望する。それでは次の商売は繋がらないし、何の為にこの宴会に出たのか分からなくなる。折角の公爵閣下との2人きりの機会も活かせない。

 接待とは一緒に酒を飲むことでアルコールの力を借りて素面では出来ないお互いに一歩踏み出す機会なのだ。


 案の定、俺の言葉に公爵閣下は特に気分を害した様子もなく、答えた。


「それは無論、そうだ。そしてアレもそれはよく分かっておる。その順番からすれば自分が筆頭ではないのも承知しておる。」

「ほほう。」

「だから若い頃から私の方針もよく理解して政務に励み、着々と政治的な立場を固めておる。ああやって機会を見ては支持者を増やす努力も欠かさない。」


 若い男は傍目に見ても如才なく周辺に話し掛け、輪の中心だ。

 輪の中にはよく見るとボブさんも取り込まれている。


 飲み会の効能とか偉そうな話を散々しておいて何だが、俺は今更ながらに逆に不安になってきた。


 宴会は胸襟を開くのが目的とは言え、ここは日本ではない。身分社会が厳然としてある世界だ。

 そしてここでの俺は余所者の一介の冒険者だ。その俺が他社のトップ人事どころか貴族の跡目争いを話題にするなど、酒の席とはいえちょっちやり過ぎか?


「その様なお話、私の様な一介の冒険者になされて良いのですか?」


 今更ながら少し戦略的撤退を図るべく訊くヒラ丸出しな俺に対して彼はハハハっと軽く笑った。


「この程度の事情、領内の誰もが存じておる。口には出さぬだけだ。」


 まあ、それもそうかも知れない。

 上の人のゴシップ話は何時の時代も庶民の罪のない娯楽の1つではある。


「むしろ、裏で足の引っ張り合いなどするぐらいなら、全てを明らかにして誰もが納得した中で後継者を決めた方が良かろう。」


 ある意味、息子はおらず娘達とその連れが継がない、となった瞬間に彼としては微妙に他人事なのかも知れない。

 しかも意地悪く考えれば、最終決定権者でもある公爵閣下がこんな高みの見物的なスタンスを取れば、表でも裏でも足の引っ張り合いは益々激しくなるだろう。


 けど、それこそ俺は口出す立場ではないどころか感想を述べる権利すらない。そこまで踏み込むのは流石にやり過ぎだ。


「ご英断かと。閣下の下での公国のご繁栄の源を見た思いにございます。」


 俺の極めて社交的な定型文に、公爵の方も内輪の話は終わり、社長が礼儀正しい新入社員を見る眼差しで微笑んだ。


「そちはなかなかに如才がないな。冒険者になる前に何かしておったのか?」

「…昔、少し商売をカジった程度にございます。」

「そうか。先程も言った通り腕の達つ冒険者は我が公国はいつでも歓迎する。また何かあればよろしく頼む。」

「ハッ!」


 公爵閣下は満足げに頷き、そして少し考えて付け加えた。


「何か困った事があれば言ってくると良い。」

「ハッ!」


 俺の礼儀正しくも端的な、そして公爵の言葉を100%社交辞令としか受け取っていない返答に公爵は目元だけ笑って言った。


「余は其の方が気に入った。だからこれは社交辞令ではない。なんなら外で私の名を使っても良いぞ?」

「ハッ!……は?そのような事、宜しいのですか?」


「良い!」と言って閣下は手に持ったワインを一口飲んだ。


「…この様な事、一介の冒険者はおろか配下の騎士にも言った事はない。私が言うのも何だがそちはもう少し光栄に思って良いと思うぞ?」


 冗談交じりが分かる笑顔の公爵に俺も笑顔で返した。


「下賤の生まれ育ちなれば、この様な時に気の利いたお返しも出来ず、申し訳ございません。」


 図らずしも後継者に関する彼の考え方が聞けたのを良かったとするかどうかは分からない。


 しかし、配下の騎士にも言ったことがない、か。

 その言葉が本当であるならば、誰がレニに村を与えたのだろう?


「そちは…こう言っては何だが普通の冒険者に比べ礼儀正しく、話も出来そうだ。何かあれば遠慮なく私を訪ねて来ると良い。」


 この言葉の意味は分かる。

 領内で何か聞き込んだらいち早く知らせよ!という意味だ。


「ハッ!閣下のお耳に入れるべき事があらば即座にご報告に上がりたく。」


 上の人が下と話したい話とは、上の人の役に立つ話だけである。それ以外は顔を見るのも時間の無駄だし、聞いても雑音として言語という理解すらもされない。

 そして、その彼にとって俺は雑音ではない話が持って来れる人材であると認められたということだ。


 これは悪い話ではない。というか非常に良い話だ。

 客先の上場企業社長に顔と名前を憶えて戴いたのと同じだ。

 我々が普段やっている泥臭い商売に彼が直接何かしてくれる可能性は薄くとも、何か大事になれば役に立つ。


 そこまで理解しきった俺の返答に公爵閣下は満足そうに頷いて「いつでも来ると良い。待っておるぞ。」という言葉と共に席を立った。俺は、別の席へ移動される公爵閣下をその場で最敬礼で見送り、雑談は終わった。


 繰り返すが、会社での接待とか、内輪の飲み会もお互いに仲良くなる、という点では役に立っていたとは思うが、上の人、自分のこれからに役立つ人にコネを付けるのもまた、飲み会の目的の1つだ。


 そういった意味では公爵閣下の知己を得た今回の宴会は一番役だった宴会で、加えて俺のヒラリーマンのスキルが今迄で一番役に立った宴会だったも知れない。


 酒の力を借りてお互いに一歩踏み込んだ話をし、お互いを記憶に残して次回の商売に繋げる。これが接待である。

 そしてヒラリーマンは一番下の立場なのだから分を弁えてこれを実行する必要があるのだが、その反面、ヒラリーマン、特に若いヒラリーマンは分を弁えているだけでも評価される、この時だけ持てるアドバンテージがある。そのアドバンテージは最大限活用しなければならない。


 今回、話が出来たのはサウザンリーフトップの公爵閣下だ。

 会社なら業界の飲み会で偶然にも業界最大手の実力会長と親しく話をして。精々が分を弁えて話が出来た程度なのに「何かあれば言って来なさい」と言われたのと同じだ。アドバンテージをフル活用した大金星だと言っていいだろう。


 思いがけない成果と自分がヒラリーマンとしてのスキルがキチンと身についている事を実感出来た事に満足して、チラリと周囲を見回し、誰も見ていないのを確認してから、俺は1人、杯を挙げて乾杯した。


 あらすじ、キーワードを充実させた方がウケはいい、という話は聞いた事がありますが、敢えてそうしてません。

 しかしながら、話もそこそこに進んで来たのでそろそろ少し手を加えようかな、とか考えています。まだ、やると決めた訳ではありませんが。

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