064 騎士と連行と役者
翌日、言われた通り俺らブラックメイジズ、ビールズ、それにカイルの咆哮は、昼前に昨日買い揃えたばかりで着慣れない冒険者的には小綺麗な…と言っても普通な恰好でギルドの受付に集まると、あまり待つ事もなく城からの使いという騎士が1人やってきた。
「キサマらがリバードアからきた冒険者か!?」
騎士様のある種予想通りの高飛車な問いに俺らを代表してボブさんがアタマを下げる。
「我々であります。この度はお招き戴き一同、大変…」
「諸君らを招いているのはご領主様である!某ではない!某に礼を言っても仕方がない。直接、ご領主様に言上仕ると良い!」
「……」
ボブさんが慣れない挨拶をぶった切られて呆然としていると騎士はトドメを刺した。
「ご領主様は既にお待ちだ!無駄な話で時間を使うな!」
「「「「……」」」」
礼も碌に言わせない騎士の高圧的な態度にボブさん以下俺らが押し黙ると、騎士は今度は兜を取って言った。
「ご領主様はキサマらの羊狩りの戦果を大変喜ばれている。」
そして今度は逆に我々にキッチリ45度でアタマを下げた。
「我ら騎士団としても手間暇が減って助かった。僭越ながら今日の迎え役を仰せつかったこの私が騎士団を代表して礼を述べたい。」
礼儀正しいんだかそうじゃないんだか判断がつかん!
「……は、ははあ。俺ら…いえ私供こそお役に立てて光栄でごじゃ…えっと…ございます。」
初手の動揺から微妙に立ち直ってないボブさんが噛みながら返事をすると騎士様はアタマを上げて、騎士団代表としての役目は果たしたと1人満足気に頷くと「ヨシ!ついて来い!」と言った。
…理系君とかにたまにいる自分の仕事と趣味の世界に満足しているマイペース自己完結型かな?
そのマイペースな彼についてゾロゾロとギルドを出ると、それを一瞬確認した騎士様は、そのまま「ついて来い!」と繰り返してフィフスウェルの町の少し離れた丘の上ににある領主の別邸の方にチャッチャと姿勢も正しくマイペースで歩き…というか行進を始める。
勝手に馬車とか何かが迎えに来てると思い込んでいたら、まさかの徒歩らしい。
つか今、気が付いたけど俺ら、今日の宴会が何処でやるのかも事前に碌に聞いてねえや(笑)。
それによく考えたらご身分の話もさることながら人数的に馬車が用意されてるわけねえやな!
「やあやあ、君達が今日の主役かね?」
小高い丘の上にある公爵の館まで我々は軍の行進と同じリズム、同じ歩幅で先導する騎士に連れられて徒歩で向かった。
普段と違う非武装は今や冒険者ワールドドップリの俺も他の連中も何かそわそわする。財布を持たずして外に出てしまった様な何か足りてない感が激しい。
しかも慣れない小綺麗な服装で初夏の結構キツい日差しに照らされながら、軽武装姿の騎士の後に続いて何故か整列して無言でトボトボと歩く姿は、縄目こそないが傍目に見ればご領主に呼ばれて豪華(?)昼食会に行くと言うより強制労働所に連行されて行く捕虜だか囚人みたいな感じだっただろう。
戦闘とは違うが、目の前に大きくなっていく領主の館からかかる圧と真夏の直射日光で俺らが心も体もドロドロになって館に着くと広い控室の様な場所に集められた。
我々は早くもこの段階で身も心も疲れ切り、部屋にあったソファに誰の許可を得る事もなく倒れ込む。
この種の行事を開く方、上の方のご出席者は考えもしないが、行事に振り回される一般の参加者の多くは始まる前から疲弊してしまうのは世の常だ。
が、我々がしっかりと休む暇もなく、今度は入ったドアと逆側にある扉が開くと、向こうから気さくな感じの壮年の男が我々に声を掛けながら笑顔で歩み寄ってきた。
彼を見た瞬間、一同のリーダー役になってしまっているボブが弾ける様に立ち上がって直ぐに跪き、俺らもそれにならう。
気さくな笑顔だが格好とオーラは明らかに我々とは違う。貴族バリバリだ。
だが、笑顔の壮年は我々と同じ目線まで降りてきて、ボブの肩を叩いた。
「今日の主役がそんな事をする必要はないんだよ。立ちなさい。」
「ハッ!閣下、しかし…」
「いいんだよ。今日はそんな堅苦しい席にする気はないんだ。」
俺らが横目で見る中でボブは立ち上がり、俺らもそれを見て立ち上がる。
「ケーンサック公爵閣下、この度はこの様な席に呼ばれました事、一同を代表して厚く、厚く御礼申し上げます。」
今度は噛まずにボブさんがキッチリ挨拶をすると公爵はニッコリ笑った。
「付いて来るが良い。」
どうやら恐れ多くも公爵ご自身がご案内してくれるらしい。
事前にボブさんが言っていた通り、非常に気さくな方である事だけは良く分かった。
「いや、私は次男でね。」
食事会とは何ぞや、という事だが、どうも立食形式のパーティーらしい。
我々の他にも客がいる模様で結構大人数でのパーティーらしい。
が、立食形式に以降する前に我々は勢揃いして公爵と席を囲んだ。これはこの世界ではよくある形式と聞く。
一旦、立食になってしまえば皆、バラバラでホスト側からすれば誰が誰だか分からなくなるし、折角、呼んだのに縁を繋ぐのも難しくなる。そこで主要なゲストだけ立食形式に行く前に招き、ホストとゲストだけで軽い1品(と軽い酒)を摘まむという時間が設けられることもあるらしい。
もしかするとこの他にも、昔の映画で見た様なパーティーの合間ではホストと一部のゲストだけが集まる密談とかもあるのかも。
ゲストが「ドン、我が娘に恥ずかしめを与えた者どもに制裁を!」と泣きながら頼みこみ、ドンがその肩に手を回しながら「泣くな、友よ。我々が友人である限り、必ずやお前の満足する結果となることをこの私が約束しよう。」と重々しく答える類のヤツだ(笑)。
ちなみに昨晩思い出した不愉快なパーティーでは今回の様な個別に友好を深めるイベントなんぞは全く無かった。アイツらホントに手に余る魔物を退治を俺らに押し付ける為だけに呼んだんだな。
俺の変な妄想やら何やらの合間に、我々の前には鶏肉の軽い料理というかおつまみと明るい色合いの(多分)シャンパンが並べられた。
酒だけでなく、つまみもナッツとか枝豆の様なあからさまツマミではないのは、一応、形式的には食事会を模しているのだろう。
それに箸を付けながら公爵が話し始めた。
「しかも不出来な次男でね。若い頃は勉学も武術も碌にせずに芝居小屋に入り浸っていたんだ。挙句、名前まで変えて役者になってしまってね。」
へえ~。そりゃ、ちょっと面白い。
貴族の子弟で芸達者というのは珍しくない。
一般庶民とは違い彼らは小さい頃からその種の習い事に接する機会が豊富だし、教養として一通り叩き込まれる者も多い。日本の庶民だってプロにしようとまでは思わなくとも、教養としてピアノや書道、絵画などを習わせる例は沢山ある。
けど、本業になってしまった例はあまり聞かない。
日本だと室町時代の某名門領主は幾つもの書画を書き残しており、特に鷹の絵が有名で文化人として知られた。けど後に追放されてしまいはすれど、あくまで領主が本業だった。
また江戸時代の某将軍は将棋を非常にお好みで、残っている棋譜から見てもそこそこに結構な腕前だったらしいが、将軍職を放り出して棋士になったりはしていない。
諸外国でも某ローマ皇帝は学問を好んだと言われ、一説には哲学者になるのが夢だったとされる。実際に皇帝であるにも関わらず著作を残す程だった。しかしながら将来の皇帝候補としての重圧と義務から逃れることなく若い頃から政務に励み、重職を歴任し、前皇帝死後は文句を言うこともなく予定通り皇帝として即位した。
無論、本業になった例もなくはない。
某領主の息子は若い頃からリフティングの達人として知られ、自身の家は攻め滅ぼされ、婚家に逃げ込んだがそこも滅ぼされ、最終的にはお家再興はならず、自らの芸で身を立てていたらしい。
正に芸は身を助けるって感じかな。
もっとも公爵閣下の履歴に感心しているのは俺と数人だけで、どうも当代ケーンサック公爵が若い頃は役者なんぞをしていた話は結構有名らしい。
聞いている他の人間も一応「おおー」とか驚いた感じではあったが、多少、お追従な響きのある驚き方だった。会社の飲み会で偉い人の若き日の営業武勇伝を何度も聞いてるような感じだ。
殆どがケーンサック公爵閣下のお名前も知らなかったのに、と思うかも知れないが、人の噂とはこんなもので、名前もよく知らない有名人のゴシップネタだけが世の中に知れ渡っている例は数多い。
有名女優の出演作品も碌に挙げられないのに、彼女は3回結婚しており、2番目の旦那は全身入れ墨の半グレのヒモで、一番最近の15歳年下のタレント崩れとの結婚は半年程しか持たなかったとかってのだけは国民全員が知ってるのと同じだ。
「自分で言うのも何だが、役者としては悪くなかった、と思う。劇団では看板とまではいかないが主役クラスだったし、リバードアの王立劇場で演じた事もある。」
意外な事にボブさんが深く頷いて言った。
「存じ上げております。某は幼少のみぎり、閣下の舞台を観劇させて戴きました記憶がございます。」
「おおー!何という舞台だった?」
「年少の頃故、記憶違いがありましたらお許しいただきたいのですが『カセドニアの教師』という舞台だったと記憶しております。閣下が主役の教師役であったと。」
敵を前にして慎重さもまた必須である冒険者ワールドでCクラスまで到達しているボブさんは抜け目なく予防線は引いたが、記憶に間違いはなかったらしく、公爵閣下は破顔した。
「おおー!それは私の一番の当たり役だ。一番良い姿が見せられたのかも知れん。」
実際に役者で、しかも本人が言う通り悪くなかったわけだ。
いいとこのボンが芸術に優れ、趣味の世界で大成する、というのは親からすれば一種理想の子育てだ。公爵家に限らず大概の親は、好きな事だけやって世の中を渡っていくのがどれほど難しいかを知っている。
特にご次男であれば家を継ぐ云々は早くから無関係とされている場合もあり、ややもすると父親である前公爵としては処遇に悩む部分もあったかも知れない。
しかしそんな親の心配を他所に、息子は自身の実力で身を立て、王立劇場で主役を演じるまでなった。
見ようによっては芸能人だ。
嫡子であるご長男とは別に自慢の息子だったかも知れないな。
……でもじゃあなんで今は公爵なんだ?
「その頃には最早公爵家からは勘当同然で、私自身も戻る気は更々無かった。」
公爵は鶏を突きながら続けた。
「でも、30を超えた頃であったか…兄の補佐官殿が流行り病で急死して、急遽、代官として呼び戻された。」
ふむふむ。
「それで公爵嫡子であった兄上…まあその頃のケーンサック子爵の下で2年程、代官をしておったのだが、知っている者もいるかと思うが、魔獣退治の途中で不運な事故があって兄は死んだ。」
彼はパッと手を広げた。
「それで一介の役者に過ぎなかった私が結局は公爵家を継いだ、というわけだ。」
なるほど。
まあ……お兄様がお亡くなりになったのはお気の毒な話だけど、公爵家からすればこういう場合の次男だからな。
これもお気の毒な補佐官とやらが急死した段階で早めに呼び戻し、代官という統治経験を積ませたのも、ご長男がお亡くなりになる予定はなかっただろうから、結果からの逆算に過ぎないがナイス判断と言える。
いや、非常時に対する備えがキチンと出来るのは統治者に必須な行動で、しかもその手がドンピシャで当たっているのだから、前公爵殿は相当にご優秀であったと評価すべきだろう。
「まあ…そういう事情もあってな、余は常々領内で冒険者は充実させねばならん、と考えておる。諸君らの様な腕の達つ冒険者は我がサウザンリーフでは常に歓迎されておる、と皆に思って貰いたいのだが、なかなか機会もなくてな…」
ご自身の兄君が魔獣に殺られた、という重い経験から来るお言葉に俺らも深く頷きながら閣下のお言葉を拝聴する。
「…今日は諸君には手間を掛けさせる様で申し訳なかったが、こういう場を設けさせて貰った。」
公爵は軽くウインクをして続けた。
「今日はそんなに堅苦しい席ではない。他のゲストも気の良い者ばかりだ。メシも酒も良いモノをたっぷり用意させたつもりだから、其の方らも何ら気兼ねなどせずに楽しむが良い。」
流石に元役者!
ウインクも嫌味なく、キザな感じもせず、公爵の目論見通り”気さくな上の方”の雰囲気はバッチリだ。
俺らも元王立劇場主演役者の雰囲気に当てられたか、前打ち合わせもないのに一斉に立ち上がり、アタマを下げて声を揃えて返答した。
「「「「「ハハッ!!有難き幸せ!」」」」」
途中に挟まっている昔の人の逸話はいい加減です。多少史実と違っていても目くじらを立てる事無くお見逃し願います。




