055 相棒と報告と高い酒
裏では未だ俺の捜索を続けているヤツがいるなど知らない俺は、準備万端と満足していた。
サウザンリーフにいるというレニに会いに行くと方針は決めた。
その為にサウザンリーフに遠征に行くパーティーに助っ人として混ざると方策も決め、そのパーティーにも少なくとも今のところは上手く混ざった。
残るやるべき事と言えばクラウへの報告だ。
俺は週末に予定通りクラウと待ち合わせ、一緒に夕飯を食いながら話をした。
ちなみにクラウは無事に騎士団に入団出来たらしい。
「良かったじゃねえか。空きが無かったら入れなかったんだろう?」
「うん。まあ紹介してくれた……その…知人によれば今、騎士団としては戦力増強を考えているらしくてな。そこはそんなに心配する事も無かった。」
「まあ、何にしてもオメデトさん。」
「ああ、有難う!」
クラウの目下の最大課題であった入団が上手くいった話が終われば、今度は俺のターンだ。
「ちっと東の方へ行って来る。」
彼女は「もう動くのか!?」というようなちょっとビックリした顔をした。
「東って?」
「サウザンリーフだ。」
「なんか仕事でも受けたのか?」
「フライングシープ退治の遠征に混ざる事にしてな。」
彼女は今度は何故か困った顔をした。
「いや、何だ…私も騎士団に入団したばかりで少し忙しい。付き合ってやれそうにないからな…」
「おいおい。フライングシープなんざ別に大した話じゃないし、もう入団したお前さんがわざわざ来てくれる必要はねえよ。」
「そうか…」
なんか沈んだ顔をしているから、俺はちょっと慌てて付け加えた。
「まあ、この前の旅は俺も楽しかったから、短期間の旅行気分でサウザンリーフに一緒に行くのも悪かないが…」
「そうか!?」
彼女の顔がパッと輝いた。
「うん!私もあの旅は楽しかった!」
あまりの輝き方に話を振っておいて今度はちょっと動揺した。
「お、おう!そりゃよかった…」
「その…機会があれば…いや、機会を作ってまた一緒に旅をしよう!」
「そうだな。」
一瞬だけ旅の話で盛り上がったが、俺がサウザンリーフに行く話を思い出したのか、今度は彼女は少し心配そうな表情になった。
いや、フライングシープとか心配する程の魔物じゃねえから。
「長くかかるのか?」
「いやあ、どうだろう…フライングシープなんぞ大した相手じゃねえんだが、結構数がいるから遠征依頼になってるんだと思うんだよなあ……どの程度数がいるかにもよるけど1日や2日で終わりそうもねえし…移動込みで3週間…まあ1か月か…1か月半かぐらいってとこだろう。」
「そうか!なら来月半ば辺りにはまた一緒に飲めるな!」
嬉しそうな彼女を見て少し悪い気がしてきた。
そもそもフライングシープ退治は口実で、その後にレニを訪ねるのが目的だ。
こっちは場所探しから始まり、もしかすると何かしら準備も必要かも知れないから、ややもすると羊狩り以上の時間がかかる可能性もある。
「そうだなあ…もう少し余裕みて2か月ぐらいは先だと思ってくれ。」
やる前から締切を伸ばしにかかった俺に対し、彼女はまた少し悩み始めた。
「ん~そうか…2か月か…でも…いや、やっぱり私は同行出来ないしなあ…仕方ないのか…」
特に何か彼女を説得しようとかがあったわけではない。
世話話の一環ぐらいの勢いで話をしただけだ。
けど彼女の態度を見ていて最後の方は妙に言い訳みたくなってしまった。
そう言えば、会社に言い訳の上手な部長さんがいた。
技術屋出身だそうだが、本人曰く「ビジネスに興味があった」とかで親会社の研究所にいたのは僅か2年程で、早くから営業部門に出たらしい。仮にM部長としよう。
このM部長、プレゼンでの言い訳がとても得意だった。
今期の目標が未達である原因を上手に外部環境の予想外の変化やら親会社営業部門の市況読み違えと責任転嫁して「この点さえ克服されれば」来期は問題ないと説明していた。
彼が深味のある声音でこれらをスラスラと説明すると、内容は唯の予算未達なのに何か皆が「なるほど!」と思ってしまう。ややもすると「来期の計画までキッチリ出来てるのは凄いな!」と感心さえしてしまう。
かく言う俺も最初の頃は彼の迷プレゼンに見事に騙されて「それなら仕方ないよな。つか頑張ってるな。」と好意的に聞いていたわけだが、ある時、ふと考えてみると、結局のところ彼の部署は俺が入社して以来、一度も予算を達成していないのにお咎めなしなのに気が付いて、ちょっと見方が変わった。
ある日、自部署の飲み会の席で、同じ親会社出身の課長にM部長についてそれとなく聞いてみた。
「M部長、プレゼン上手ですよねえ。」
当たり障りのない聞き方をしたのに、当時の上司だった常に答えは間違うがアタマは回転する不思議ちゃん課長は直ぐに俺の言わんとする事が分かったらしい。彼は焼酎のグラスを片手に皮肉気に笑った。
「ああ、Mさんなあ…」
課長は言った。
「Mさん本人はさ、自分は営業、営業って言ってるけど、彼が本社でやってたのって新製品の技術開発営業なんよ。」
「…?」
意味が分からない、と首を傾げる俺に、課長は丁寧に説明してくれた。
学生の頃は中高生向け学習塾の講師で慣らし、塾からこのまま講師として就職しないかとまで言われたと自慢していた課長は相手が理解出来るまで説明する手間暇は惜しまない。
「彼のいた部署の新製品ってさ、立ち上がるだけでも軽く5年ぐらいはかかるわけさね。立ち上がっても早々黒字にもならない。」
「はあ…」
「だから簡単には結果(利益)は出ないわけなんだけど、逆に言えばそこは関係者全員が分かってるからさ、数量が予定程伸びてなくても利益が出なくても話が少しでも前に進んでさえいれば…まあいいわけじゃないけど、不思議な話とはされないわけさ。」
「…?」
「要は彼は営業って言っても売上も上がってない、利益も出てないのには慣れてる、つか慣れ切ってんのさ。だから売れてない、利益も出てないのに上手くいってますって説明がそもそも得意なんよ。」
売れてない、利益も出てないのに上手くいってる、という話は根本的に営業には有り得ない。けど、その有り得ない状況が彼には普通なのだ、という事がしっくりは来ないが何となく理解は出来た。
「いや、製品として中途半端に作りかけの品物持ってさ、売れるかどうかよく分からん状態で色々な客先で営業して周るってのも結構キツいしムズい話だからさ、Mさんみたいな役回りも必要なんだけどさ…」
何だかんだで本社組はお互いに元から顔見知りである事も多く、うっすらと身内意識はある。
課長も一応はフォローらしい事は言ったものの、最後はまた薄ら笑いに戻った。
「あの人、いつもアレだから本社じゃ、やったふりのMさんって影じゃ言われてたんだよな。」
「ハハハ」
誤魔化す様な俺の乾いた笑いに、課長は飲干したグラスを置き、俺はそこへ焼酎を注ぎ足した。
「ま、要は営業、営業って本人は言ってっけど、売上と収益に責任持った普通の営業した事ねえのに営業名乗ってんだよな。」
彼の辛辣とまではいかないが嫌味の感じられる言い方はともかく、不思議な営業もあったもんだが、役割と言われればそうなのかも知れない。
長年、ヒーローの被り物をメインにしている俳優の様なものだ。
通常なら俳優はイケメンか演技・個性派かという分類になるが、被り物メインの彼は顔も演技も関係ない。彼自身が被り物のままセリフを言う事も少ないだろうし、言っても表情が仮面に覆われて伴わないから普通とは違う。
世間一般の俳優の様に顔も知られていない。もう少し言えば通常は最初に問題になるはずの顔面偏差値はどうでもいい。
だが仕事はあって職業名は俳優である事は間違いない。
ややもすると被り物という狭い業界ではよく知られていて、顔を晒して演技する俳優より一般的な知名度は遥かに劣るが、業界では第一人者として仕事にも困ってないのかも知れない。
顔でではなくポーズで台詞回しを表現するのは彼にしか出来ない一流の技である可能性もある。
でもやっぱり俳優と聞くと一般の人は若干の違和感があるだろう。
皆が知っている作品に多数出演しているが、なんせ誰も顔を知らないのだ。
ややもすると本人自身も「いや俳優なんだけど、俺の場合、被りモンだからちっと違うんだよね」と周囲には説明するかも知れない。
そんな彼は、一般俳優の様な顔とセリフで演技するのは得意で無くとも、真夏だろうが何だろうが通気性の悪い被りモノを被った状況で、実用的ではないが子供達が喜ぶキレのあるポーズをとるという特殊な特技を持っていて、それが一部では重宝されているのだ。
しかし顔を晒してセリフで勝負する普通の演技はキャリアを積んでいない。誤解を恐れずに言えば、派手な振り付け無しの顔とセリフだけで魅せる普通の俳優演技は経験がない。
M部長も売上と利益に責任を持つ一般的な営業ではなかったかも知れないが、売れてない現状を上手くいってると説明するという俺には出来そうにない、彼にしかない特技を持っていたのだろう。
何か現状とはあまり関係のない事まで思い出しつつ、何で俺が彼女に何となく言い訳っぽくなっているのかが分かってきた。
世話話ではない。
俺は心の奥底で相棒である彼女に出掛けるのを報告しなきゃいけない、と思っていたから話したのだ。
俺も彼女も未だ相棒な気持ちが強く残っているのだ。
だから知り合いが出張に行くだけの話なのに、彼女はそこはかとなく不満を感じ、俺は俺で彼女抜きで話を決めてしまって1人で行く事に何とはない後ろめたさがあるのだ。
「そういや、例のビッグヘッドの牙なんだけどさ…」
自分の気持ち、彼女の気持ちに気付いて、でもサウザンリーフに行くのは確定な俺は、話を変える事にした。
対する彼女は飲み物を少し飲んで事も無げに言った。
「ん、アレは私は使わないからお前が好きに使っていいぞ。」
こらこら。経験が足りないって、そういうとこだぞ。
ありゃ滅多に手に入らない高い部材なんだぞ!
高価なブツの所有権を簡単に手放すような発言をすると、冒険者業界じゃいいカモにされるだけだぜ?
…まあ、よく考えてみたら正式に騎士になった彼女はもう冒険者稼業はしないからいいのか。
「いや、そう言って貰えると嬉しい。実は短剣に加工しようかと思ってるんだ。」
俺の使い道に彼女も尤もだ、と頷く。
「おう、いいんじゃないか、短剣。小さめの牙だから長剣に魔法加工するにも少し中途半端だし、短剣ならお前も使い道があるだろ。」
「そこで、だ……」
俺は金貨数枚を2人の間の机に置いた。
「俺が使うにしても、一応、2人で貰ったものだ。お前の取り分は現金で払わせてくれ。」
「おいおい…」
俺の至極真っ当なはずの意見に彼女は苦笑した。
「美人と飲んでる席で無粋なマネをするんじゃない。」
無粋なマネって……
まあ、確かに微妙に男装寄りの姿とはいえ美人と飲んでて目の前に金を並べると、周囲から見れば何か良からぬ想像を掻き立てる場面に映るかも知れんな。
いや、彼女はそんな事が考え付く様なタイプじゃない。俺の考え過ぎ、つか妄想し杉か?
「いや、まあ…そうは言ってもだなあ…」
そうは言っても2人分の報酬を俺が1人で使っちまうわけにもいかない。
自分で変な妄想的ボケツッコミを自分の中だけでやって何でか俺1人ちょっと動揺しながらも、俺が言い募ろうとすると、彼女がグラス片手にニヤッと笑った。
「そうか?…じゃあ今日のこの席はお前持ちにしてもらおう!」
いや、そんなんじゃ割りが合わないだろう。
「そんなんでいいのか?」
「この店を選んだのも私だしな。……いや、私も初めて来るんだが、知人にいい店だと教えて貰ったのだ。」
リバードアに住んでいる知人に聞いたのなら間違いはないだろうが確かにいい店だ。
冒険者御用達の様な猥雑一本槍ではない少し小綺麗な感じだが、お貴族様御用達の様な高級店の醸し出す敷居の高さもない。周囲で飲んでるのは少し身形がいいかな程度の庶民で、皆、楽しそうにワイワイやってる。
料理も旨いし、酒も結構揃ってそうだ。
店の雰囲気はともかく、ま、この辺が落としどころかな。
「まあ……じゃあ、今日の席は有難く俺が奢らせて貰う!」
俺が了解すると、彼女は満面の笑みで頷いて、後ろを振り向いてシレっとウェイターに言った。
「おい!バルミールの30年モノのボトルはあるか!?」
彼女の問いに、ウェイターは満面の笑みで俺が何か言う隙を与えることなく、素早く答えた。
「ございます。」
あ!?おい、ちょい待て…
「バカヤロー!そりゃ、めちゃくそ高い酒じゃねえか!?」
しかもボトルだ!
ちょっと腰を浮かせた俺に対し、彼女はしてやったりとばかりにまたもやニヤッと笑った。
「お前の奢りの時ぐらいしか飲めないからな。さ、今日は呑むぞお!」
旅の途中でよく分かったが彼女は結構な酒豪だ。
その彼女の字の違いは非常に気にはなるし、気にしなきゃいけないポイントであるのは間違いないが、牙の対価となれば俺は仕方ないと笑って諦めるしかなかった。
ま、1人じゃ絶対頼まなそうな高い酒だし今日は俺も飲む、いや呑むか!
そして、帰って来たら真っ先に彼女に「帰ったぞ!」と報告しなきゃいけないな、と思った。
俺達は相棒なのだ。




