054 予定通りの続行
結局、彼らは近場のコッチィではなく遠い方のポートガリアに揃って赴き、聞き込みを開始した。
その結果、エイベル・ニージゲンがポートガリアであるパーティーに加入し、そのパーティーが長期護衛の仕事を受けたところまでは聞き出した。
だが、護衛パーティーと隊商は少なくとも3カ月は帰って来ない予定であると聞き、彼らは酒場で突っ伏した。
「どうする?行先は分かってるから追いかけるか?」
「……」
相棒の問いにジョイルは考え込んだ。
出来ない話ではないが時間が掛かる。彼らは雇い主に3カ月に1回の報告を義務付けられており既にザンビーからトクマー経由でポートガリアまでの移動で半月、ここでの調査で1週間を使用してしまっている。時間が足りない。
ジョイルは酒を片手に5分程も考え込んだ末に言った。
「ここのギルドに所属したんならエイベルを見た事がある人間はもう少しいるはずだ。絵姿に似てるかどうか確認して改めて考えよう。」
今からエイベル・ニージゲンを追い掛けても期日にはまるで間に合わないのは確定だ。
仮に二手に分かれ、ロッドがエイベルを追い掛け、ジョイルが報告に戻っても報告内容は「エイベル・ニージゲンかクリス・シーガイアかのどちらかで引き続き調査中です」とならざるを得ない。結論だけ端的に言えば前回報告から全く変わっていないという事だ。
そうなるとこの金払いのいい金主との調査継続交渉はかなり厳しくなるのは目に見えている。
この雇い主は金払いはいいが、仕事には厳しい雰囲気をジョイルは感じ取っていた。相棒の言う通り警邏事務所の所長なら当然だろう。
それに、どっちみち間に合わないとなれば先ずはエイベルが本ボシかどうかを数日掛けてでも確認した方がマシだ。
もし本ボシと確認出来る情報が得られれば、雇い主に報告も出来るし、雇い主の許諾を受けて期限を再度延長させた後に改めて追い掛ければいい。
「そりゃいいが、追いかけるのは遅くなるぜ?」
「ニージゲン達は予定通りならほっといてもいずれココへ帰って来る。コッチの出発を遅らせれば上手くすりゃあ帰って来るところが捕まえられる。」
その場の言い訳は若干苦し紛れではあったが、ジョイルの判断は結果的には正しかった。
数日掛けて冒険者達に話を聞いて回り、こちらは捗々しい進展は無かったものの、エイベルが泊っていた宿というのを探し出した彼らは、早速ロッドがそこへ泊り、速攻で宿の女将を誑し込んでエイベルの外見を詳しく聞き出した。
「長髪の茶髪で青い目だってそうだ。無精髭で少し小汚い感じだったんだと。」
昨晩はキッチリ情報を引き摺り出してきたのに何故か渋い顔でロッドが報告し、聞いたジョイルも相棒の渋い顔の理由が分かり、負けず劣らずの渋い顔になった。
「……違うかな?」
「そんな気がすんな。」
ジョイルとロッドは雇い主から貰った人相書きを眺めながら互いに呟いた。
ロッドの聞き出したエイベル・ニージゲンの風貌は人相書きの黒目黒髪ではない。ないが、髪の色、目の色は簡単な魔法やら小道具で変えられなくはない。
だが髪の長さは意外と難しい。長い髪を短くするのは物理で誰でもすぐさま可能だが、短い髪を長くするのはヅラを被るか高度な魔法に頼るしかない。そしてヅラは被っている本人は気付かない事が多いが、余程キッチリやらない限り、他人が見れば容易にヅラだとバレることが多い。
そして何より違和感があったのは人相書きから漂うマトの雰囲気だ。
そこからそこはかとなく漂うのは清潔感だ。
ジョイル達は無論知らなかったが、日本の外回りの営業マンに共通する見た目で忌避されるのを極力避ける小綺麗さである。
そしてそれは、冒険者のよく泊る程度の宿で薄汚れた冒険者を見慣れてる女将から「小汚い」と称されるものではない。
本ボシはエイベル・ニージゲンだと思い、わざわざポートガリアまで出張ってきたのだが、どうも違うらしい。
2人は再び酒場のテーブルに突っ伏した。
しかし、2人してここで煙噴いて死んでいても何もいい事はない。
ロッドが恰好はテーブルに突っ伏したままだが顔だけ相棒の方に向けて言った。
「…まあ、取り敢えずマトはクリス・シーガイアに絞られたってことだ。お前がザンビーに報告に戻ってる間、俺はコッチィに行って調べとくわ。そっちのギルドで待ち合わせようぜ。」
「そーしてくれ。その方が話は早いし雇い主にも説明しやすい。」
こうしてジョイル・ウルバンは雇い主の前に戻ってきて報告しているわけだが、その苦労を余所に雇い主は上から目線で高飛車に言い放った。
「確かなのか!!」
偉い筋はいつもこうだ。
こちらの言う事を容易に信じず、不要な圧を掛けながらしか話が出来ない。分かってはいるが不愉快である。が、官憲の親分に口答えも出来ない。
更に言えば遺憾ながらこの種の不愉快な客に慣れてもいる。
人、1人を探すのにジョイル達の様なベテランを雇える金を出す雇い主と言えば、普通は種類は色々だが金持ちか権力者か金持ちの権力者だ。そして彼らは官憲事務所長だったり高利貸しの親分だったりそれぞれ立場は違うが、細分を除けば態度と口の利き方はほぼ同一で高ピー高飛車で統一されている。
なので日本のヒラリーマン社畜が上司から理不尽に怒鳴りつけられても最早何も感じない様に、ジョイルもまた特に動揺することもなく平然と答えた。
「まだ本人を見たわけじゃねえ。確実な事は言えねえよ。けど調査結果は今まで説明した通りで、今のところはほぼ間違いねえと思う。」
雇い主は相変わらず薄暗い中フードで半分方表情は見えないが、考え込む仕草をした。
「コッチィには恐らくもういないな…」
流石に今迄の調査結果を見て、雇い主もマトが如何に素早く、用心深く、そして計画的に逃げているかが分かったらしい雇い主の呟きにジョイルも同意した。
「アンタの言う通りだとは思うが、その辺りも含めて今、相棒がコッチィに先乗りして調べてるはずだ。で、だ…」
なんだ?という風にこちらを見た雇い主にジョイルは確認する。
「マトの場所が分かったらどうすりゃいい?」
通常のパターンは2つだ。
1つはそのまま引括って連れて来いというパターンで、その場合はリクエスト通り捕まえては来るが、言うなれば大の大人を誘拐して攫って来るのと同じだ。その分の料金は当然大幅な追加料金になる。
ちなみに連れて来いではなく殺して来いは断っている。
誘拐はギリギリ嫌がる人間を交渉のテーブルに着かせているという理解も出来なくはないが、殺しはそうではない。
反面、誘拐を依頼した側と誘拐された側がどんな短い間であろうとも交渉した結果、決裂してどちらかの手でどちらかが死んでしまったとしても、そこは彼らには関係ない。例え初めから結末が見えていても彼ら自身が殺るわけでなければ問題ない。
彼らは非合法の暗殺屋ではないし、ギルドも暗殺の仲介はしない。配下の冒険者にも厳禁を言い渡している。彼らが直接手を下したとなれば、彼ら自身がギルドから始末されてもおかしくない。
今1つは「後は自分達の手でやる。ご苦労さん。」というパターンだが、雇い主のお仲間が来るまで見張っとけ、というオプションが付く場合が多く、これまた追加料金となる。
ちなみにこちらの場合は、雇い主側が大勢のお仲間を引き連れて押し掛けられる近場の場合が大半だ。多額の借金を背負ったマトを高利貸しのボスが追い回している場合などは、居場所さえ分かれば後は彼らの荒事専門の回収要員が出張ってくるだけだ。
いずれにしても探し人が某所で息災なのを聞いて、それはよかった、で済む話はない。
今回の場合は少しややこしい。
雇い主は自ら立場を明らかにはしないが官憲だ。だから居場所さえ分かれば国内なら後は各地にいるお仲間が引っ立ててくるのも可能だ。
が、通常の様に大々的に賞金を懸けるでなく、こんな所に身分を隠してやってきて敢えて自分達の様な冒険者を個別に雇って探しているのだ。そんな大事にはしたくないのかも知れない。
そしてマトが国外に逃げてしまっている場合は、警邏所長と言えども各地のお仲間を動かして逮捕、というわけにはいかない。その場合にはジョイル達に「少なくとも国には連れて来い!」という話になる可能性があるが、マトの戦力が全く分からないままそれを受けるのは少し躊躇われる。
以前に商人崩れという様な話は聞いているが、今のマトは一応は冒険者を名乗っている。半年かそこらでそう強くなってるとも思えないが、商人の前に何かしていた可能性もあり油断は出来ない。ましてや相棒の推測通り異世界からの勇者であるなら猶更だ。
仮に商人だったとしても異世界とやらで何をしていたのかも分からない。
むしろ警備の厳しい(とジョイル達一般人は思っている)王宮からサクサク脱出して計画的に逃げ回っているのを鑑みれば、雇い主が言っていた通り、元商人だったにしてもどんなヤバい所でどんなヤバい商売していたのか分かったものではない。
現にこの世界にもヤバい現場でアコギに稼ぐ冒険者同然の腕前を持つ商人、それこそ元冒険者な商人はゴマンといる。
そう思うなら聞かなきゃいいじゃん?とジョイル自身も思わないではなかったが、ここは流石に逃げられないポイントだ。
だから仕方なくこのマトの背中が薄っすら見えて来たこのタイミングで聞いたのだ。
「半年前にお前達を雇った頃とは少し事情が変わってな…」
対する雇い主はポツリと言った。
「私にも……その…上の人間と言うのがいてな…その御方から半年前には是が非でも身柄を押えろ、と言われてたわけなんだが…」
「今はそうじゃない?」
「ふむ……」
ジョイル達は勿論知らないが、半年前と事情が変わった、というのは福井達3人組が試練の迷宮から戻ってきた事だ。
彼女達が戻って来る前は人数を増やす為に逃げた海野を捕まえる必要性があったが、彼女達が戻ってきて既に魔王退治に向かった今、この件に関する国王の関心は落ちている。海野の居場所を確認した後はどうする、という指示も明確には降りて来ていない。
逆にその辺りが明確にされていないのは、今やその程度の問題としか上層部では捉えられていないからだ。警邏所長も役人の端くれだから、実際に所長に指示を出しているのは法務大臣だがその辺りの空気は読める。
現に当初は法務大臣を通じて彼に陰での捜索続行を命じたのは明らかに国王陛下だが、今はこの件を仕切っているのは王妃様とも聞く。
何故、王妃様がこの件に関心を待たれているのかは警邏所長も全く存知上げないが、国王陛下直々のお話よりは優先順位というか命令の重さが下がるのは事実だ。
暫し考えた後、しかし警邏所長は断を下した。
「何処にいるかにもよるが、連れて来れるなら連れて来よう。出来るか?」
「前にも言ったかも知れんが、相手がどこまでデキるかにもよるから今の段階じゃ何とも言えん。そこらも確認してからとなりゃあ、その分時間も金もかかるし、そもそも隣の町とかじゃないから引っ張ってくるとなれば相応の準備も必要だ。アンタの言う通り何処にいるかにもよる。」
ジョイルがここに来てこの問題を話題に上げたのは、勿論、このタイミングで聞いておく必要があったからだが、理由はもう1つある。それはこの面倒だが非常に割のいいこの仕事を出来る限り引き延ばす事だ。
マトの確保まで取り敢えず受けて置けば、途中で話が無くなる可能性はかなり低くなる。
実際に拉致る段になればなったで準備だ何だでまた期限は引き延ばせるし、ここまで連れて戻る時間も仕事に含めて料金を上乗せ出来る。
加えて彼は狡猾に「仕事は請けるがデキるかどうかは今の段階では分からない」と予防線も張った。
本当に難しければその段階で手を引くことも出来る。
もっとも、先とは矛盾するが、ジョイルはマトの確保自体はそう心配していなかった。
彼らは人探しを専門にしているのだ。
ジョイルも相棒のロッドもBクラスに近いCクラス上位の腕前で大概のマトなら何とでもなる。あくまで一般論としてマトの腕前が確認出来ていないのは不安だ、というだけだ。
もし本当に異世界の勇者なら逆に彼ら程度では太刀打ちがつかないだろうが、それは勇者が勇者として機能した場合だ。
先程の懸念とは逆になるが、雇い主が時折口に出すマトの仲間、というのは恐らく同時に召喚された他の勇者達だろうが、雇い主はその腕前を高く評価した事がない。むしろ事ある毎に大した事がない、と匂わせる評価を口にし、その言葉には真実味が籠っていた。
一般的に兵としての腕前的には評価の高くない方の警邏風情が大した事がないという評価なら、経験豊かなベテラン冒険者であるジョイル達なら何も問題ないだろう。
雇い主に仕事の困難さだけを強調したのは、そうは言っても距離が離れていれば生かしたまま連れて来るのは手間がかかるし、交渉テクニックというものでもある。
「彼の……その…仲間の話を聞く限りは大した腕ではないとは思うが…まあ、ここまで来れば慎重に事を運んだ方がいいだろう。」
またも大した事はない、という評価を思わず口にしながら、調査が順調に進んでいるからか、居場所はまだ分からず、しかも簡単には連れて来れない場所にいると理解したからか、雇い主の言葉は珍しく鷹揚だった。
鷹揚なご判断もさることながら、雇い主から更なる捜索継続を引き摺り出したジョイルは心の中でガッツポーズし、だが表面上は冷静に、そして慎重に再度予防線を張った。
「いずれにせよアンタの言う通り、マトはもうコッチィにはいねえだろう。先ずはそっから先をまた探さにゃならん。…また3か月後に報告に来るつもりだが、事と次第によっちゃあ今度は少し間が長くなるかも知れねえ。」
コッチィから先は何処へ行くかはまだ分からない。だが、ポートガリアと同じく国外という可能性も充分にある。そうなれば3カ月でここへ戻って来れないかも知れない。
雇い主もそこは理解しているのか、彼はまた鷹揚に頷いた。
「その場合にはここに連絡を入れれば良い。引き続き頼んだぞ。」




