053 予定外の紆余曲折
「で、どうなんだ?」
話は少し遡ったクリスとクラウがビックウェル河を渡ってイーストボダーゲートで楽しく(?)旅を続けていた頃、人探しを専門とする冒険者ジョイル・ウルバンは雇い主に対する2回目の報告に臨んでいた。
「今の目標の名前はクリス。クリス・シーガイアと名乗ってる。間違いないだろう。」
報告しながらジョイルはこれまでの苦労に思いを馳せた。
フードの男、実はザンビーの警邏事務所長から海野の探索を受けたジョイルとかつて女装でラブホに入った美貌の相棒(男)は相談の末、ザンビーで警察の捜査を丸まんまなぞるだけの様な無駄な調査をすることなく、先ずは真っ直ぐトクマーの冒険者ギルドへと向かった。
海野がこの世界のルール、特にアウトローのルールを知悉した上で逃げているのなら、トクマーでもう1回、名前を変えたに違いないと考えたのだ。
実際に官憲はアル・ニージゲン、アンジエラ・タマスは捜索しまくったし、トクマーでも聞き込んだらしいが全くの空振りに終わっている。
官憲は何でも使え、人手もかけ放題だ。
逆説的に考えれば、もしマトが同じ名前を使っているのなら、捕まえられなくても何も掴めないのは返っておかしい。
官憲ではないジョイル達には強みと弱みがあった。
強みは彼らの手にしている海野に関する情報は労苦とコストを惜しまず集められた官憲情報で、特に彼らは海野がトクマーに来た正確な日付を掴んでいた事だ。だからギルドで調べる名簿はその日と精々が翌日ぐらいと絞り込める。
そして弱みは彼ら自身はやはり官憲ではない事だ。
彼らの様な人探し専門の冒険者、賞金稼ぎは相対的には数は少ないもののフツーにいるから、タダではないがギルド職員も比較的気軽に小銭程度で色々話してはくれる。
だがギルドの正式書面である名簿を見せろ、というのは官憲でもない限りちょい難しい。これはこの世界のとある事情が絡んでいるのだが、彼らは当然それは知らないし、いずれにせよ簡単に潜る方法はない。
いずれにせよ官憲ならば冒険者ギルドで〇月〇日の新規登録者の名簿を出せ、と一言言えば終わりだが、一介の冒険者である彼らはそうはいかないということだ。
反面、官憲ではない彼らはアウトロー寄りの連中に警戒される事なく聞き込みが可能だ。
トクマーの冒険者ギルドに到着した2人は、マトに関する聞き込みを開始するでもなく、まずは数日通い込んで職員数人の顔を覚えた。そして冒険者御用達の酒場で職員の評判も聞き込んだ。
その上で2人は相談し、話の通じそうな、もっと具体的に言えば金を握らせれば名簿を見せてくれそうな人物に目を付け、また数日掛けて尾行し、漸く酒場で偶然を装って近づいて交渉し、新規冒険者登録名簿の情報を手にした。
トクマーは王都ザンビー程ではないが大きな町である。海野が来た当日と翌日に冒険者登録をしたのは7人もいた。
が、うち3人は直ぐに候補から外れた。
「オンナは関係ねえだろ。お前じゃあるめえし女装してギルドに登録するヤツはいねえ。」
前の打ち合わせで男の相棒と無理矢理腕を組まされてラブホに連れ込まれたジョイルが厭味ったらしく言ったが、言われた相棒は慣れたものでちょっと肩を竦めたぐらいでまるで取り合わない。
オンナに関しては百戦百勝の連勝街道驀進の人生を送っている美形の彼は、女装すら完璧な自分の美貌と自分自身に自信を持っているのだ。
ちなみにザンビーでは得意の女装を活かして連れ込み宿で打ち合わせをしたりしたが、アレは雇い主でもある官憲の動きを警戒したからに過ぎない。
トクマーではその必要はないので、彼らはフツーに酒場の片隅の目立たないテーブルで打ち合わせ中だ。
女装した側も女装を見た側も、お互いに腕を組んで歩くのも、ましてや連れ込み宿に入るなど二度とゴメンだと思っている。
相棒はジョイルの軽い嫌味はサラリと、とういうか完全にスルーして名簿の別の名前を指した。
「魔法使いもねえな。」
「だろうな。」
ジョイルも頷いて同意する。
魔法使いは名乗るには勇気がいるとまではいかないが、ギルドで簡単に名乗っていい職業ではない。どの程度使えるのか確認が入る可能性が高いからだ。現に名簿の魔法使いも登録後に確認されている。
それに、もしマトがここで名前を変えたならなるべく目立たず済ませたかったはずだ。と、なれば、例え魔法が使えても印象に残る魔法使いを名乗ったはずがない。
ジョイルは名簿のもう1人を指した。
「コイツは年齢が15歳ってなってる。些かマトとは歳が離れ過ぎだ。」
ジョイルの意見に相棒も同意した。
「マトは20代後半か30代ぐらいって言うからな。顔立ちはそこそこ若く見えるけど、なんぼなんぼでも歳半分は言わねえだろうな。」
「だろ?オンナじゃあるめえし歳、10歳以上誤魔化しても嬉しい事はなんもねえ。」
今はあまり役立ってるとは言えないが、彼らは官憲が作成した人相書きも持っている。この現状、最も正確と思われる顔はとても成人したばかりの15歳の少年には見えなかった。
それに相棒も指摘したが、年齢を見た目以上に誤魔化してみたところで相手に不信感を与えていらぬ印象を残すだけで、目立たないという目的には全くそぐわない。
「となりゃ残り4人のどれかだな。駅馬車屋を総当たりするか?」
相棒の意見にジョイルは少し考えた。
4人の行先だからジョイルと相棒で駅馬車屋総当たりも悪くはない。でも少しでも手間暇を減らして調査スピードを上げたいところではある。
考えた末にジョイルは答えた。
「その前に、もっかい職員と話をする。恐らくマトはこの辺にはもういないだろうが、逆にいるヤツは確認出来るからな。」
美貌の相棒も頷いたが、顔は苦笑いだ。
「たかが名簿見せるだけで結構ボラれたんだろ?」
ジョイルも指摘されてこちらはハッキリ苦い顔をした。
「サクッと話がデキそうだって俺らの目の付け所は間違っちゃいなかったんだけどな。渋りながら何のかので値を釣り上げて来るあのやり方は相当慣れてやがる。」
が、今から他のヤツを当たるのも面倒だし時間もロスる。
情報を売るのに慣れているスレっからしのギルド職員とジョイルが嫌々再度話をした結果、再度、金貨が手元から消えたものの収穫はあった。更に2人が候補から外れたのだ。
1人は現在、トクマーで某パーティーに入って活動していてギルドにも頻繁に顔を出していた。ジョイルはギルドに3日居続けて本人を確認したが、人相書きとは明らかに顔が違った。
そして剣士で登録していたもう1人は、トクマーにはいないが元騎士を名乗ったらしい。
「トクマー駐在の騎士団にいたヤツで、見知った顔なんだと。だからコイツも違う。」
ジョイルの言葉に相棒はなんだと!とばかりに「チッ!」と舌打ちした。
「なんだそりゃ?そんなんだったら先に言えよ!」
対するジョイルは苦笑いだ。
トクマー冒険者ギルドの情報源はとにかくかなりスレてて、ジョイル達が最初から人探しで来ているのが分かっていながら内訳の細かい情報は伏せていたのだ。明らかに同じ名簿で2回は稼ごうという事を狙った動きで、ジョイルはそれにモロに引っ掛かったのだ。
もっとも名簿の写しをギルドの隅でコソっと渡された時は、封に入った言伝に偽装されて渡されたから中身はその場では見なかったし、7人もいるとは知らなかった。
要するに1回目では情報源に中身の確認までは出来なかったのだから仕方がないとも言える。
ジョイル程のベテランをも手玉に取った相手の貫録勝ちとするしかなかった。
とはいえ、マトは半分の残り2人に絞られた。
「と、すると…残りの2人…エイベル・ニージゲンかクリス・シーガイアのどちらかか…」
「どっちも印象が薄くて受付はどんな男だったか碌に記憶がないらしい。んで2人ともここのギルドで仕事を受けた形跡もない。」
美貌の相棒、ロッド・ザマルカスはニヤリと笑ってジョイルに問うた。
「どっちだと思う?」
マトがここまで絞り込まれ、かつ現状ではこれ以上は確信を持って絞り込めないから、後は今の段階では半分雑談みたいなものだ。
繰り返しになるが現段階でどっちがどっちという確たる判断材料はない。
が、ここで海野の情報工作を見事に見破った人探しのプロ2人に間違いが起きた。
具体的にはジョイルの何気ない意見が順調だった調査に初めて過ちを引き起こす事になった。
「……ん~強いて言えばエイベル・ニージゲンかな。マトはよくある名前で目立たない様に逃げ回ってる。エイベルもニージゲンもゴマンといるからな。」
シーガイアもニージゲン程ではないがこの世界では特段珍しい名前でもない。それこそ1回目は斉藤と名乗り、2回目は海野と名乗った様なものだ。だから慎重な海野が2回目の改名で名乗ったのだ。
しかしながら、ジョイルのこの軽い言葉はこの場では変な説得力を持ってしまった。結果、ロッドも「俺もそう思ってた」とばかりに頷いた。
「ザンビーじゃアル・ニージゲンって名乗ってるしな。」
何となく2人の間ではエイベル・ニージゲンが本ボシかな、という雰囲気が漂ってしまったところでジョイルが話を変えた。
「それはそうと、この辺りで依頼主に報告をしといた方がいい。」
完全後付けで考えればこれもよくなかった。
この時にこの話をもう少し詰めて、やはり現段階ではニージゲンとシーガイアのどちらとも言えんという事を再確認すべきだったのだ。
そもそもプロ2人で話し合っているのも良くなかった、とも言える。
エイベル・ニージゲンかクリス・シーガイアかはこの件の最重要課題である。だが現段階ではどちらと決められる確証はないのはプロである彼らはお互いに確実に認識していた。だからこそ逆に雑談として話してしまうという間違いを犯したのだ。
しかし、彼らはプロであるからこそ起きた自分達の意識深層下での間違いに気付くことなく、この時は半分雑談の一環として流れてしまった。
「期限は3カ月なんだろ?」
ロッドは混ぜっ返しながらもジョイルの言いたい事は分かっていた。
調査期限をギリギリ使うより、ある程度分かったところで早めに報告を入れた方が自分達の腕前を見せつけ、依頼主の機嫌も良くなる。当然、料金交渉も有利になる。
ギルドは依頼人から受けた最低額は保証してくれるが、それ以上や契約延長は依頼主の心象と交渉次第だ。
「そっちは任せる。……ここまで調べたんだ。キッチリ延長の方向で取り付けて来いよ?」
女との交渉を得意とする相棒に対し、男との交渉……相棒の得意な夜の運動会的な方の意味ではなく、テーブルで向き合った昼間の駆け引きを得意とするジョイルはニヤリと笑った。
「俺がそんなアマちゃんじゃねえの知ってんだろ。予定外の出金も続いてるし、ここまでの手間賃も引き摺り出して来てやらあ。」
予定外の出金とは言わずもがなだがトクマーのギルド職員に払った情報料のことだ。
自分で言っておいてプロを自認する自分が手玉に取られた嫌な経験を思い出して少し苦笑いしているジョイルに対し、自分の女関係の能力に疑いも持っていないのと同様にジョイルの高い対人交渉能力に疑いを持ってない相棒のロッドは頷いた。
「俺はお前がいない間に駅馬車に当たりを付けとく。」
この時の2人はマトはまだ見てないし、移動も含めそこそこ時間も掛かってはいたが、比較的順調に調査が進んでいる、と思っていた。
が、ここからが大変だった。
一重にジョイルが何気なく言ったエイベル・ニージゲンが有力説に引きずられたからである。
1回目の報告自体は上手く行き、ジョイルは喜んだ雇い主から目論見通り更に多額の一時金を再獲得して意気揚々とトクマーに戻ってきた。
その間に相棒のロッドは駅馬車屋の聞き込みをキッチリ終えていた。
「エイベル・ニージゲンはポートガリア、クリス・シーガイアの方はコッチィ行きに乗ってる。」
「方角が全然離れてんな。人相とかは?」
ロッドは首を振った。
「かなり聞き込んだんだが覚えてるヤツはいねえ。」
「ん~」
「さてどうする?」
コッチィは近場でポートガリアは結構遠い。
そんな中で彼らが取れる選択肢としては幾つか考えられる。
「二手に分かれる手もあるけどなあ…行った先やら落ち合い先で手間取っても何だしなあ…」
やはり先日の会話がアタマの片隅に残っていたのだろう。
ここで今度はロッドの方が意図せずして更に間違った方向へ誘導した。
「元々、マトはポートガリア行きに乗ってたんじゃなかったけか?」
結局、彼らの脳裏にはエイベル・ニージゲンが本ボシという残像が残っていた。そこに海野がザンビーで乗った駅馬車がエイベル・ニージゲンの行先と同じポートガリア行きであるという偶然が、偶然重なってしまった。彼らの中で重ねてしまった。
自分の思っている方向に理屈を積み上げてしまう、という人間の性からは人探しの経験豊かな彼らにしても逃れられなかったのだ。
「ん~それもそうだなあ…」
こうして彼らの次の行先はポートガリアに決まってしまったのだ。
言うまでもなく海野が全く足を踏み入れた事もない町である。
投稿早々に間違いが見付かり修正しました。




