049 予定外の尾行者
いずれにせよ尾行に確信を持ち、なおかつ渋々ながら対処することに決めた俺は、明らかに先に人通りのなさそうな裏通りに曲がった。
思った通り、足音はこんな人気のない裏通りなのに俺の後をついて来る。
嫌々ながら対応する事に決め、こうして行動に移しながらも俺はまだモヤモヤと考えていた。
一体全体なんなんだ?
着いて早々になんでこんな事になってんだ?
官憲か(ほぼない)、ギルドで目を付けられたか(こちらもほぼない)、外でカツアゲのマトにされたか(可能性は低い)、ダニー氏一統(多分ない)以外に尾行してくるヤツがいるか?
そこまで考えて俺はもう1つの可能性に思い当たった。知人である場合だ。
但し確率としてはとしては一番低い。
ない、と言ってもいい。
今回はともかく、前回はそこそこ長い時間いたとは思うが、そもそも知り合いと言えるまでの人間はそう多くはない。
ましてや以前、俺がここにいたのは、こちらの時間では恐らく4半世紀以上は昔の話だ。俺にしても何らかで俺を知っている人間にしても、お互いに姿形は変わってしまっている。そうなれば町で見掛けても咄嗟には分からなくなっている可能性もある。
…冷静に考えるとやっぱり尾行してきている人間が昔の知り合いって可能性はないな。
ま、その答えは1分もしないうちに出るわけだが。
表通りから裏通りに曲がり更に曲がった先で壁の横に立った。
弓に矢をつがえたりもしないが、片手はすぐ抜ける様に短剣に置いている。
尾行者の方は角の向こうに姿を消した俺を見てちょっと慌てたのだろう。少し小走り気味で角を曲がって来て、そのまま壁の横に立っている俺の前を少し追い越し、だが直ぐに気付いて俺の方に振り向いて立ち止った。
「さて、どんなヤツかな?」と思っている俺を見た尾行者は、だが予想外の動きを見せた。
曲がり角に立っていた俺を見て驚いた様に立ち止ったが、俺を確認したところで少し顔を隠し気味にしていたフードを自分で跳ね上げ笑顔を見せたのだ。
「よう!タッカート!タッカートじゃねえかと思ったんだ!生きていたのか!」
俺はフードを跳ね上げた男をマジマジと見た。
記憶にある4半世紀以上前の姿から比べればかなり歳をくったのは確かだが、見覚えのある男、というよりよく知った男だっだ。
「…オーエン!?オーエンさんだな!?」
「おうよ!サナイグ商会のオーエン様さ!」
俺らが魔王退治に向かうにあたり、幾つか問題があった。その1つが補給だ。
無論、王宮からは経路になる各地に使者が飛ばされ、我々への協力が要請されてはいた、らしい。
だから各地で無下にされたり、検問で足止めを喰ったりすることは、まあ、全くないとは言わないが少なかった。逆に行った先の領主のご厚意でロハで必要な武器弾薬、食料を補充した事もある。
だが、それは領主、若しくは大きな公的機関のある町での話で、そうでない場所の方が圧倒的に多い。
そういう状況をしっかり事前に推測出来ていた優秀な王宮側は、それとは別に俺らには補給ラインを用意していた。
それがサナイグ商会である。
イーストキャピトル、今のこのリバードアに本店があったサナイグ商会は全国津々浦々に支店やら配下の商会を持つこの世界屈指の大商会であり、この大商会が俺らが行った先で必要物資の援助をしてくれたのだ。
俺らは旅の途中でこのサナイグ商会の担当者に物資を手配して貰ったり、魔獣の討伐部位を売ったりしていた。地図の手配を頼み、時には王宮からの路銀を渡されたりしたこともあった。
ちなみに彼らは王から命じられてその役割を担っていたわけだが、別に純然たる援助とか寄付ではない。俺らが直接的に金を支払う事はなかったが、王家からはキッチリ支払いは受けていた。
隠し事ではないらしく、サナイグ商会の担当者自身も我々に「なので何も遠慮する事はない」と常々説明していた。
そしてその担当者が今、目の前で笑顔のオーエンだった。
一番可能性がない、というか俺の中で即座に否定した列記とした知り合いである。
「おお!オーエンさん!久しぶりじゃないスカ!」
俺も知り合いに笑顔で応え、2人で肩をバシバシ叩き合った。
「久しぶり、じゃねえよ!今まで何処で何してたんだよ、おい!」
俺は腰の小型ボーガンを指差した。
「今は冒険者さ。」
彼は俺の微妙に斜めな答えに突っ込む事無く、俺を上から下まで眺めて、体格を確認した。
「そっかー。あん時の…あのお前さんが今は冒険者かぁ…」
彼の言葉が一瞬途切れた隙を見逃さず、俺は素早く話題を変えた。
「オーエンさんは?」
「俺か?俺はサナイグ商会から独立して今は自分で商売してる。」
彼は胸を張った。
「オーエン商会のオーエン商会長様だ!」
「なんだ?結構、大きかったりするわけ?」
彼は俺の言いたい事が分かったのだろう。ちょっと苦笑した。
「そこらはあの頃とあんまし変わらねえ。俺は1人で商売すんのが合ってんだ。」
会社にもこういうのはいた。
親会社からトバされて来た野川さん…じゃねえやNさんは優秀な営業マンだった。
アタマの回転も仕事も早かった。最初のうちは何で若い身空でウチに、しかも課長でもなく一兵卒でトバされたのか分からないぐらいだった。
けど異動してきて1年もしないうちに分かった。
集団活動、というか会社員としての行動が極端に苦手なのだ。
大きな企業(グループのウチを含む)では社内で細々とした提出書類や変な暗黙の掟、小中学校みたいな行事があり、それが守れないのは、まあ、営業あるあるで俺も周囲も分かる。
しかし彼の場合は少し違った。
彼はとにかく上司指示をそのまま聞かない。もっと言えば従った事がない。
しかも反論したりもせずに何も言わずに従わない。だからぶっちゃけ無視してる様にしか見えない。
そしてそれを上司が咎めると滅茶苦茶嫌な顔で理路整然と反論する。
某K大出身でアタマは滅茶いいので、時に上司をも言い負かす。
言い負かされた上司は当然、彼に悪感情を持ち、それが数回続くと必要以外では口も利かなくなる。
会社の上司は人間味溢れる存在であるべしは、会社上層部も経営コンサルタントも指摘するところだ。
だが、仕事はデキる。
途中過程は上司の指示に全く従ってなくとも月末の帳尻はキッチリ予算を超えてくる。必要なブツの調達も、通常なら入手困難な部材もキッチリ揃える。
半年もすると皆、それが分かった。上司ですら超嫌々ながらそこは認めていた。
だから週次、月次の報告会で彼の仕事に質問もしないし変なチャチャは挟まなくなる。
上司からすれば余計に腹立たしく、仕事は右肩上がりなのに、上司の評価は右肩下がりだ。人が人を評価するというのは所詮そんなものだ。ヒンズースクワットの回数が評価されているのではないのだ。
彼は自身の仕事の内容に干渉どころか質問されるのも極端に嫌うが、それ以外では特に人間的に悪い人間では無いから、自分の言う事を聞かない人間など死ねばいいのにと思っている上司を除き、社内では常に上司に睨まれているのをカウントしなければ普通にやっていた。
けど、まあ本来的にはフリーランスかなんかで働くのが合っていたのだろう。
オーエンもそういう所があった。
商会本社指示と思われる内容が行った先の支店に届いていても、時に皆の面前で平然と握り潰し、独断で次の行先の支店に本社指示と真逆の指示を出したりしていた。
時に他の担当者が同行しても、無視はしないまでも自分から協力しようともせず、相手に相談もせず勝手に話を進めていた。同行者が異論でも唱えれば初めて向き合い、常に理路整然と論破した。
だけど彼の判断は周囲とは違っても結論だけ見ればほぼ9割方正しく、商会本社指示で渡された地図より彼が独自に入手した地図の方が役に立った事は数限りなくあり、彼が本社指示が無かったのに次の支店に補給を準備してくれていたおかげで厳しい道中を超えられた事もあり、彼が商会本社指示に逆らって余分に資金を援助してくれて高価なポーションを多めに揃えられた俺らは魔王城を抜けられたのだ。
オーエン自身もサナイグ商会で上から細々指示される、しかも彼からすれば現場を全く理解していない、有体に言えば間違った指示をカマされる当時の立場がうっとおしい自分がいるのを自覚しているフシはあった。
今は1人でオーエン商会なら、彼はそっちの方がいいだろう。
俺が昔のオーエンさんを思い出し、今も変わらんのだろうなあ、と心の中で苦笑していると彼はそんな俺の顔色を伺う様に言った。
「よう…」
「ん?」
「みんなに知らせてもいいか?お前さんが生きてるって。」
「ああ?みんなって?」
「…ああ…あ~」
彼は暫く宙を見上げて迷った。
誰が生きてたっけな、というより、誰なら口に出していいかな、という迷い方だった。
「…あ~ああ!レニ!レニはまだ元気にやってるぜ!」
レニかあ。
一番、性格の悪そうなヤツを出されて俺は少し凹んだ。
もっとも、同行した生き残りはレニとリリアしかいないから、どっちかが出て来ても全然不思議じゃない。
「レニか。どこで元気してるんだ?」
「サウザンリーフだ。」
「んなトコで何してんだ?」
「ほら、魔王討伐の手柄で村1つ貰ったらしくてよ。そこで領主しながら何か研究みたいのしてる。」
「そっか……他は?」
「いやあ……ほら…」
オーエンは少し言い淀んだ。
「…色々いるだろ。なあ、みんなにアンタも元気にやってるって知らせてやってもいいだろ?みんな喜ぶぜ?」
俺は「仕方ねえなあ」という風に溜息を1つつき、ニッコリ笑った。
そして、そんな俺の様子を眺めてオーエンも気を抜いた笑顔になったのを見て答えた。
「ダメに決まってるだろ。」
「えっ?」
俺は素早く短剣を抜いて彼の無防備なハラに突き刺した。
正直、仕返しをする予定はなかった。けど機会があるなら話は別だ。
刃物を使ったのにも意味がある。
まずレーザーを使えば、知っている人間がどれだけいるか分からないが、見る人が見れば俺が殺った確実な証拠が残る。先に話題に上がったレニなんかが見れば、一目で俺が殺ったと分かるだろう。
弓も今は弓師な俺に繋がる可能性があるから好ましくない。
それに、そもそも弓もこの近距離では返って使い辛い。
矢を直接刺すのも手だし、毒矢だから殺すという意味では確実性は高かったかも知れない。けど、やはり瞬時に取り出すという意味では短剣には敵わないし、毒矢を使えばこれも万が一だがレーザーと同じく俺への手掛かりを残す事になり兼ねない。なんと言っても毒はミリーから教わった秘伝で、そのミリーがもういない以上、今やその辺りにはない俺のオリジナルなのだ。
反面、刃物ならそれだけでは誰が殺ったかは分からない。
俺に直接は繋がらない。
それにこの短剣は偶然だが、もう少しすれば新しいビッグヘッドの牙製のモノに置き換わる予定だ。
長くは手元にない予定だし、最悪この場で捨てても困らない。
「あのなあ…お前ら俺らを何だと思ってるんだ?」
お前、何すんだ!?という驚きの目で言葉も出ない彼に俺は笑いかけた。
「俺たちゃあな、もうこの種のワナに慣れきってんだよ。」
突然、ハラを刺されて呆然とした彼の今度は背後に素早く回り、後ろからアタマを掴んで喉を剥き出しにし、素早く掻き斬った。
「テメエにハメられてシイちゃんは死んだんだ!こっちのヤツらはテメエも含めてみんなクソッタレだ!人をハメてナンボとしか思ってねえ!」
喉からゴボゴボと血を噴いてる彼が聞こえてるかどうかは分からない。が、俺はただ俺が言いたい話をするだけだ。特に彼が聞いている必要はなく、理解出来ているかなど気にもしていない。
「俺はな、そんなクソしか居ねえココでたった1人、生き残ったんだよ!」
俺がアタマを離して放り出すと、オーエンはドサリとそのままうつ伏せに倒れた。
俺はヒクつく死体に最後に吐き捨てた。
「舐めんじゃねえよ、このクソ馬鹿野郎!」
クソが足元で倒れているのを見ながら俺は考えた。
俺の知る限り、この世界には指紋という考え方はない。
だから、この場に凶器を捨てていっても、俺に繋がるとは限らない。
が、指紋が分からずとも魔法はある。
正直、こちらの警察、一般には警邏とか保安官と言われている連中がどういう捜査をしているかも知らないから、証拠物品から何が出るかは俺には分からない。なのでココで刺した短剣を捨てていくのは悪手だろう。
良い点もないでもない。
ただの偶然だが、オーエンは昔と違い1人で商売をしている。以前と同じくサナイグ商会の1社員なら商会に帰って来ない、あるいは次の日出社しなければ直ぐにでも他の社員が探して回る可能性があるが、今のオーエンの場合、そうはならない。
勿論、そうは言っても取引先か家族が探す可能性はあるから、何時までも誰も探さないとは限らない。それに、路地裏であっても永久に誰も来ないわけじゃないだろうから、殺人が永久にバレないってことはない。が、発覚の時期は遅れる。
俺は彼の服の裾で短剣の血を拭って鞘にしまい、何食わぬ顔で路地の反対側から抜けて立ち去った。
実はこの前の48話を投稿する際に先の話の下書きを投稿してしまうというミスを犯しました。
(直ぐに気付いて取り消しましたが…)
大変失礼しました。




