035 不具合ではない
自分的には少し短いテンポ(文字数)で続きます。
「おおー着いたあああ!」
クラウが町に入った瞬間に叫んで周囲はギョッとなったが、直ぐに目を逸らしてそそくさと立ち去る。
俺らの恰好は明らかに冒険者のそれだ。
冒険者は必要悪みたいなもので、日々、魔物を追い払いつつ生きてる町や村の人間からすればいないと困るが、脳筋揃いで何かにつけて殴って解決、という人種に側にいて欲しい人間は少ない。
しかも常に武装している。
その上、人間より遥かに危険な魔獣相手とかが多い関係もあって、普通の兵士と比べても些か過剰に武装している場合も多い。現代社会風に言えば銃を2、3丁これ見よがしにぶら下げてるとか、軽機関銃を持ってるとかいうレベルである。
なるべくなら関わり合いになりたくないというのは普通の考え方だ。
周囲の大半は冒険者となるべく関わり合いになりたくない一般人だが、少数派としてご同業とか門兵、旅の商人のような日常的に冒険者と付き合いのある人間もいる。
その彼らからすれば彼女は長い旅の末に辿り着いた雄叫びだと思っただろう。たまに見る風景でもあり、若い彼女は旅慣れていないのだろうと一種微笑ましくみていただけで、相手にもしない。
…つか雄叫びじゃなくて、雌叫びが正しいのか?
どっちでもいいが、俺は彼女の叫びは今日は風呂にありつける喜びの発露だと知っているが、別に周囲に説明したりはしない。この町で風呂、いや温泉にありつけるであろう事には絶対の自信がある。
案の定、雄叫び(用語的に雌叫びはないと考え、こちらに統一する事にした)終えた彼女は俺の方をクルリと振り返り、言った。
「よし!風呂だ!」
「その前に宿だろ。」
「む、そうだな…」
風呂はいいが折角町に辿り着いたのに宿が押えられなくては意味半減だ。
旅先の町では、夜通し野獣やら魔物やらを警戒しなくていい宿のベットでゆっくり体を休めるのが先決というのが、旅慣れた冒険者ってモンだ。その為に、まず宿を押える必要がある。
とは言っても、初めて来る町で自分で歩いて探すのはちょっと手間だ。ウロウロしているうちに夜になってしまった挙句、部屋を取り損なっては何にもならない。
初見の町に着いた場合、普通は誰かに聞く。
一番簡単なのは門兵に聞くことだ。
宿の紹介は門兵の業務には当然含まれないが、どこの町でもよく聞かれるので大抵は教えてくれる。
デパートの入り口近くに立っている警備員にトイレの場所を聞いたら教えてくれるのと一緒だ。
ただ百貨店の警備員にトイレの場所を聞くのと違い、問題がないではない。
宿が1軒しかない小さな町なら特に問題はない。が、門兵に宿の事を聞く旅人が多いのは町の人間も良く知ってるから、複数の宿がある一定規模の町の場合、門兵の教えてくれる店は門兵とコネのある店だ。
有体に言えば彼らはコネのある宿から幾ばくかの紹介料を貰っており、紹介料を払ってくれた店に素人の客を誘導する。門兵も「俺の名前を言ってくれれば安心して泊まれると思うぜ」と言う事もある。幾ばくかの親切心が含まれる事を否定はしないが、基本的にそれは宿に自分の紹介である事を知らせる為だ。
それだけなら悪い話とは言い切れないが、難点は紹介料を払えるぐらいのお店なので、ちょっと高めの宿が多く、コスパが悪くなる。もっと言えば、紹介料はガソリン税とかと同じで説明もなく全額が宿代に上乗せになっている。
……まあ、ちょっと値段がお高い宿は当然の事ながら質の高い事が多いから、宿代が高いといってもコストはともかくパフォーマンスが悪いとは限らないか。しかし金は余分に出ていくのは間違いない。
町中で聞いて回るなら、冒険者御用達の店だ。武器屋、道具屋、酒場である。
これもやっぱり紹介してくれる店は、コネのある店が多いが、こちらは自分の商売も絡んでいるので、あまりアコギなマネはしない、ことが多い。普通に自分が贔屓、というか仲良くしている宿を教えてくれる。だから必ずしもこちらの要望通りとは限らないが、大外しを掴まされる可能性は高くない、事が多い。
無論、どこの世界にも一見さんを騙してやろうとする輩はいるから、酒場なんかで素人丸出しで聞くとボッタクリ系統を紹介される事もあるし、朝、起きたら身包み剥がれて外に放り出されている様な事はないにせよ、やたらとモノとか財布とかが無くなる宿の場合もあるから、最後は自分の目で確かめて、自分の勘を信じるしかない。
自分の中のゴーストが何かを囁いてくる様な宿はダメだ、と言う事だ。
素人で懐に余裕がない場合、選択肢のある大き目の町で、かつ真っ当な運営を心掛けている冒険者ギルドでなら、そこで聞くのも一考に値する。
その種の真っ当なギルドは大概、駆け出し冒険者用に懐に優しい宿にコネを持っていて、寝るだけなら安くて安全な宿を教えてくれる事が多い。但し、この世界での宿の値段と質は正比例するから、懐に優しい、特に駆け出し辺りの冒険者の懐にも響かないという事は体には(あまり)優しくない、要は宿の質としては最低ランクである事を覚悟する必要がある。
安宿だから質は期待できないが、単体の素人の旅人ならともかく、荒れくれ者揃いの地元の冒険者ギルドを敵に回して嬉しい宿もないから、ギルドの紹介を受けた宿の方もセキュリティ的には気を付けた運営はしている。ヤクザやチンピラ、コソ泥がウロウロする様なセキュリティに問題がある様な場所ではない、事が多いし、変なボッタクリがあったりもしないので、そういった面を考えればギルドを頼るのは駆け出しさんなんかにはお勧めだ。
もっとも賢い読者諸氏は既にお分かりだと思うが、どれも語尾にうっとおしい程に「…事が多い」が付いてしまうのは止むを得ない。
地球でだって日本国内でお高い有名ホテルの泊まったってモノが無くなる話はゼロではないから貴重品は部屋に備え付けの金庫にぶっこむ様に、と書いてあるし、海外某先進国の世界的観光地ではガイドさんが「ここが有名な○○○の泉ですが、あそこにいるお兄さん達は全員がスリの集団です。財布から絶対に手を離してはいけませんよ!」といの一番に教えてくれるくらいなのだ。この微妙中世社会で絶対のセキュリティとか絶対の信用なんぞ存在しない。
それに何処の世界でも確率論的にはハズレを掴まされる事はあるし、俺達冒険者の生きてるワールドは確率統計的な領域を超えてハズレが多いのは仕方がない事でもある。
ここまでは、あまり大きくはない町ばかりだったから宿といっても選択の余地があまりなかったので、聞いて回る必要もなかった。選択の余地があったのはクラウの選んだフルハットぐらいかな。
だが、ここは少し大きめな町だ。その上、温泉が出るという言うなれば観光地だ。
必ず複数の宿があるはずだから選択の余地もあるはずだ!
因みにこの世界に戻って来てからの俺は、主に武器屋で聞いて、複数あれば自分で見て決める、という複合技を使っていた。弓師な俺は消耗品である矢の補充は必ず必要なので武器屋ではほぼ毎回買い物をする。そのついでに訊くという塩梅だ。お買い上げのお客様にあんまり変な事も言わないだろうという計算もある。
ザンビーから逃げてる最初の頃はともかく、現状では宿代ぐらいの小銭には困っていない。
特に今はビッグヘッド討伐の金も入って懐はかなり暖かい。だから最低ランクの宿に泊まる必要はないし、そもそも飲み屋でも宿でも店でも自分で探すのが好きだ。日本で会社勤めをしていた頃からの趣味と言ってもいい。
一応、商社だったし、相手はグループ企業が殆どだったとはいえ営業だったんで出張とか外勤とかは頻繁にあった。というより毎日の殆どが出張か外勤だ。
そうなると自然と毎日が外食なわけだが、学生じゃあるまいしこの歳で1人メシがどうこうとかって些か自意識過剰気味な繊細な神経はないし、トイレで弁当を掻きこむのを是とする衛生観念もない。そもそも昼飯時にボッチなのは仕事だからであってハグレてるとかハブられている訳じゃない。だから何処のメシ屋にでも1人で堂々と入る。
流石に社会人なんで学生じゃあるまいし何処に行ってもハンバーガーやら牛丼やらのファストフードで済まさなけりゃいけない程、貧乏でもない。左遷子会社の仕事は毎回ファストフードで1分1秒でも時間を惜しまなくてはならない程には忙しくもない。なので入るメシ屋も色々な店になる。間違えて高いメシになってしまっても1人暮らしだし然程の問題もない。ちなみにハンバーガーもフライドポテトも大好きだけどね。
そういった事で行った先で結構1人色々食べたり呑んだりがいつの間にか趣味になったわけで、多分、多くの営業マンが通る道だろうから取り立てて珍しくはないはずだ。
もっとも色々な店に入って食べ歩いてはいるが、庶民が1人で気軽に入れる店で大した金額を払ってもいないのに勝手に食事を評価、点数付けする様な傲慢な趣味はないので、知り合いに聞かれれば答える程度は可能だが、見ず知らずの他人にお勧めの店を紹介するとかは難しい気がする。
こんな程度だから料理をネタにしたマンガの主人公はおろか〇Tuberとかもムリかな(笑)。
ま、いずれにせよ全国各地で食べ歩けるのはある種営業職の役得ではあるよね。
メシの話はともかく、先ずは宿だし今日の主役は風呂だ。
俺はクラウに今日の予定を話した。
「まずはギルドに行って素材を売ってから、道具屋に出向こう。そこで宿を聞けばいい。風呂がある方がいいんだろ?」
「当たり前だ!風呂が無かったら何のために泊まるんだ!?」
別に普通に休む為だが?
が、まあこの町は温泉街だ。今回に限って言えば温泉に入るのは別途目的の1つと数えてもいい。
もっとも彼女の宿に対する一般理解は間違っているが、今の気持ちは2人とも同じだ。
俺らの中では今日の目的はもう風呂(温泉)に決定なのだ。
「あるかどうかは分からんけど、武器屋か道具屋で温泉のある宿を聞いてみよう。行くぞ。」
「おー!」
俺が言うと、彼女はハイテンションだが大人しく(?)ついて来た。
「さて…」
俺は宿の部屋でひとりごちた
予定通り武器屋で色々聞いて俺が選択して今日の宿を押えたわけだが、元々のコンセプトからは少しズレつつある。
繰り返しになるが、元々この世界で旅で町に立ち寄るというのは宿をとるということと同義だ。そして宿を取るというのは時間のかかる移動の合間に寝る場所を確保するという事もさる事ながら、安全な場所でゆったりして、キチンと肉体的、精神的疲労を取り去るという事だ。
だが今回はしつこい様だがちょい違う。プラスアルファが必要になる。
河を見て水を思い出し、アタマの中は風呂でいっぱいになった俺らは宿というより風呂を求めて町を探し始めた。
この段階で既に少しズレてるが、激しい湯煙が立つこの町、ホッシーを見て更に曲がった。激しく曲がった。
何はともあれ、温泉がある宿でないとダメだ!
もっともこのホッシーの町のウリは当然、温泉だ。
なので大概の宿には温泉が引かれているから、駆け出しの冒険者が泊る様な宿でなければ、だいたい何処に泊まっても温泉は楽しめるらしい。
が、俺らのコンセプトも宿以上に風呂だが、今日の俺個人のコンセプトはまたちょい違う。
俺としては初体験の温泉をクラウに全身で堪能して欲しい!
日本人として譲れない一線だ!(力こぶ)
その上、今の俺らはビッグヘッド退治のおかげでちょい懐が温かい。
そういうことで俺が選んだのはちょい高級な宿だ。
なんとここは、日本の高級温泉旅館宜しく、各部屋に露天風呂がついているのだ!
日本人として温泉と言えばやはり露天は外せない。
しかも大浴場も悪かないが、個室でゆったりとなれば日本でだって高級旅館でないと味わえない贅沢だ!
何事も初回は大切だ!
クラウには是非、これを堪能して温泉を味わって欲しい!!
ちなみにクラウにはあまり詳しい説明はしなかったが、部屋に風呂(温泉)が付いた宿だ、と言ったら一も二もなく賛成してくれた。
「部屋に風呂があるというから悪くない宿だとは思っていたが、今日は随分いい宿に泊まるのだな。」
クラウはその辺の町にある旅人向けの宿とは異なる観光客向けと思われるちょっと豪勢なロビーで周囲を見回しながら言った。でもその目にそんなに驚きはない。
「まあな。旅も順調にここまで来たし、たまにはいいだろう。」
「まあな。良い宿に泊まるのに文句はない。」
お高い宿だからギンギンに混んでるという事もなく、あっさり二部屋を押えて我々は荷物を置く為にそれぞれの部屋に一旦、引っ込んだ。
夕刻には一緒にメシを食いに行く予定にはしているが、少し時間はある。武器防具の手入れをしてもヨシ、1人でボーッとしてもヨシ、一眠りしてもヨシ。
だが今回は部屋に温泉が引いてあるのだ。ここはひとっ風呂浴びるのが正当だろう!
久方ぶりに温泉を前にしてやはり興奮していたのだろう。
そんな益体もない事を1人ウキウキと考えて、ややもするとル〇ンダイブで風呂に飛び込んでやろうか、なんて1人盛り上がってきていたら、コンコンと扉がノックされた。
扉を開けるとクラウが所在なげに立っていた。
「ちょっと……いいか?」
「おう?まあ入れよ。」
クラウは俺の部屋に入り、部屋を見回した。
「部屋の造りは同じだな。」
「まあ、そうだろう。」
日本の高級温泉宿なら一部屋毎に違う造りの可能性もある。だがここは日本ではない。部屋毎に露天風呂があると言ったって、部屋は洋室そのものだし、窓、というか窓のある側にも扉があって、開けると広いバルコニーみたいな所の一角に風呂が取り付けてある、という造りだ。クラウの部屋も同じ様なモンだろう。
ちなみに部屋は洋室そのものなのに風呂は完全な和式露天風呂だ。
自然な感じの石を並べて作った浴槽の周囲には、これまた自然な感じの岩が数個並べてある。
悪く言えば和も洋もゴチャゴチャと言えるが、良い方に考えれば田舎の老舗高級旅館と言うより有名温泉地の老舗旅館跡地に新しく建てられた新進気鋭の少し高いホテルみたいな感じかな。
「部屋に風呂がついているのは…まあ部屋の外にあるのは不思議だが…それはいい。実にいい。」
「だろ?」
大浴場も悪くはない。
だが部屋に風呂があるのはやはり日本人としては落ち着く。
しかも部屋に露天の温泉ともなれば落ち着くを通り越してかなりアガる。
クラウはトコトコと窓の方に行き、ガラガラと扉を開けて風呂を見た。
「けど…これが例のオンセンというものか?」
「そうだが?」
俺の「それが何か?」的な表情を見て、彼女は困った様に呟いた。
「……水が濁ってる。」
なるほど!
「白い湯の温泉はあるが、ここまで白いのは珍しい。俺達はツいてるな。」
俺の明るい声に彼女は何と言っていいか分からない風な表情になって言った。
「……そうなのか?…ツイてる…のか?」
「そうだ。珍しいし、白く濁っているという事は体にいい成分が沢山入ってるという事だ。明日はお肌ツルツルじゃないかな。」
「……臭いもするな。」
彼女の更なる疑問にも俺は自信を持って答えた。
「字が違う。匂い、と言ってくれ。これは成分の匂いだから問題ない。最初は少し気になるかも知れないが直ぐに慣れる。」
彼女は少しモジモジした。
「私はお前を信用してる。私の部屋の風呂もお前の部屋の風呂もだいたい同じ造りだし、お湯の色も一緒だ。私の所の風呂だけが何か不具合が発生しているわけではないらしい。」
「まあな。」
白い湯の温泉を見て不具合と考えるヤツがいるとは思わなかった。
「けど……正直、初めてだから少し不安を感じる。」
彼女の躊躇いにも俺は即答した。
「心配は全くいらない。何なら俺がいまここで飛び込んで見せてもいい。」
彼女は何故かパッと顔を輝かせた。
いや、実際、目の前で飛び込んで見せてもいいけど、ルパ〇ダイブとかしないよ?
「そうか!なら……一緒に入ってはくれないか!?」
「は?」
「この部屋には私とお前しかいない。一緒に入ってもお互いに他に話さなければ誰にもバレたりもしない!」
いや論点そこじゃねえなあ…
「私もお前が勧めるこのオンセンというものを体験したい!けど1人じゃ不安なんだ!頼む!」
お、おう!…いや、俺はいいけどよう……




