032 初回の内輪揉め
ちょっと予定外の仕事を無事にこなしてフルハットを離れた俺とクラウは、旅を再開した。
そして街道をまたテクテク地道に歩いてイーストボーダーゲートに向かう。最終目的地はリバードアだ。
そして遂にイーストボーダーゲートの手前まで来た。ビックウェル河まで到達したのだ。
「おおー!」
俺は、前回の旅でも見た事がある。
けど、日本にはない向こう岸が全く見えない類の大河を見て思わず叫んだ。
「おおー着いたナー!これがビッグウェルかあ!」
隣のクラウも感心した様に河を見ながら叫んだ。
ここまでは基本的には野宿だ。
途中、フルハット程ではないが町があれば、ギルドまたは道具屋、武器屋で旅の最中で倒した魔物のブツを換金して必需品を補給する。そして屋根のある場所、つまり宿屋に宿泊する。
男と女の組み合わせで、しかも数人のパーティーでもないので、2部屋というと宿の主人は大概微妙な顔をし、1回だけだが「奥に2人にピッタリの部屋もあるぜ?」とニヤニヤしながら勧められた事もある。
だが、彼女がトマトとキュウリを間違えて取った八百屋に「キュウリじゃなくてトマトだ。」と言うような感じで「あ、我々はそんなんじゃないんだ。」と感情ゼロで全否定し、何故か主人は俺の方を憐れむ様に見たっけ。
宿の都合上、ツインの部屋の事もあったが、単に彼女の着替えやら何やらの間はあたかも机から落ちた鉛筆を拾うのを頼むかの如く「ちょっと外へ出ててくれ」と素っ気なく、当たり前の様に俺は部屋を追い出されただけで何もない。
隣のベットで寝てるからといって、相当な腕前の彼女相手に寝てる間に何か出来るはずもないし、無理矢理とか趣味じゃないのでする気もない。
しかも前回の旅で目の前の美女相手のお預けも慣れてるしな(泣)。
色っぽい何かは置いておく(というか全くない…)として、彼女と俺は何となく気が合った。特に確認はしてないが、彼女の方もそうだと思う。
…いや、俺の勝手な勘違いとかじゃなくて、一緒に旅をしてる訳だし、そうじゃなきゃ続かないんじゃないかな?違う?
冒険者の組み合わせはバンドのそれと一緒で、気分というか好みというか、そういった部分が大きい。
俺らの様に弓師と剣士という傍目にはバランスの良い組み合わせもダメな時はダメだし、有名なパーティーで大金を稼いでいても、イヤだと思えば直ぐに足抜けする。
もっとも所詮は経済活動の一環として逆の場合もないではない。お互い仲良くなくても仕事だと思って続いている例だ。冒険者パーティーでも腕前だけを重視して、対魔獣戦は完璧なチームワークなのに普段は結構険悪な雰囲気の連中も見た事がなくはない。お互いに感情を排してプロに徹しているところは学ぶべき点もある気がするが、そういうのは滅多にない。
結局のところ、仕事も音楽バンドも冒険者パーティーも会社組織の様なものだ。
人間組織である以上、気が合う、気が合わないはどうしても問題になるし、気が合う人間だけで構成された組織の方が話が当然、何事もスムーズに回り易い。
けど、自分の周囲を気の合う人間だけで現実的には固めるのはなかなかに難しい。
例えばある程度大きい会社なんかの場合は、そもそも同じ部署にいるのは本人達の好き嫌いとは無関係な会社命令である。もっとも大きな会社だから給料も部署内の人間関係と直接的には連動しないし、そこの組織で人間関係がこじれても双方ともいつかは異動になる、それまで我慢だ、と思う事も出来る。
だが小さな組織、小さな会社は違う。
部下あるいは仲間1人の働きがマズければダイレクトに全員の収入に響く事もあるし、そうなればウマが合うとかって話ではなく人間関係もこじれる。こじれた場合でも黙って我慢していればそのうち異動になるという話もない。組織のリーダーとしては早く叩き出して別の誰かを入れたいと思うのは自然だ。「You’re fired !」が口癖なオーナー経営者は洋の東西を問わず何処にでもいる。
一方で仕事がデキないとされた方も「そりゃリーダーのアンタの指示が悪いんだろ!?」と思っている事も多いし、実際にもそうである場合も多い。なにより仕事がデキないからといって社長や他の仲間から不当に扱われる現状に甘んじなくてはならない謂れはない。小さい組織だから黙って我慢していればそのうち異動とかもない。
なので部下または仲間の方も不快で理不尽な上司、同僚の下で全く我慢する事無く、サッサと足抜けする例も多い。その方が良い場合も多い。禄でもない人間しか揃わない人間関係ブラック企業はそこら中にあって、そんな所では長くいればいる程、本人はただ苦しむだけだ。
大企業なんかだと現状の高給と天秤にかけ、止む無く残るが著しく働かなくなる事もあるし、社内公募に手を挙げて居心地の悪い、評価の低い現職場から逃れることもある。が、小さな組織には移れる部署などない場合だってあるし、何よりも部署を移ったってオーナーが相手なら逃れられない。
小学校の低学年も過ぎれば一度こじれた人間関係は二度と修復しないのは双方とも分かっている。特に強い立場のオーナー側や多数派は修復する気もない。
そういうことでファイナルアンサーは、自分が飛び出すか、追い出されるか、相手がいなくなるかの3択しかないのだ。
会社の場合と違いがあるとすれば、冒険者パーティーの場合は常に命が懸かっている点だ。
気が合わない仲間同士で背中を守るのは客観的に見ても好ましいとは思えないし、その時間はお互いにとって1秒でも短い方がいい。
しかしながら、先程の大企業の場合同然に仕方のない場合もある。
自分達の都合だけでチームが組めない場合だ。
冷静に考えれば現実にはそういう場合の方が多いだろう。
ウチの親会社のような有名大企業にしたって全員をコミュ能力の高いイケメン or 美人で司法試験、国家公務員上級試験に合格した東大卒で体力のある体育会部活のレギュラーだった人間で揃えたいだろうが、そういうわけにもいかない。そんな組織は何処にもない。
プロ野球球団だって全員をホームランが30本以上打てる野手、160km以上の速球が投げられる投手で揃えたいだろうが、そんなチームはない。
それと同じ事で町で冒険者パーティーを組むにしたって体のデカい、アタマの回る、腕の達って性格の良いヤツで揃えられればいいが、現実にはその町にいる人間しか選べないし、腕の達つヤツがいても他にも引く手数多だから自分と組んでくれるかどうかも分からない。相手にだって選ぶ権利はあるのだ。
結局は自分とどっこいどっこいの腕前の冒険者と組むしかない。その場合には多少の人間関係には最初からお互いに目を瞑る必要すらあるかも知れない。
要は命が懸かっているからといっても、初めから気の合う仲間で固められるとは限らないわけだ。
前回、最終的に試練の迷宮を一緒に生き残ったシイちゃん、マサさん、俺はその後も艱難辛苦を一緒に乗り越えた文字通りの戦友で、足抜けも腰抜けも考えられなかったが、この世界に来た最初からそうだったわけじゃない。
「なんか、海野、いまいち役に立ってなくね?」
試練の迷宮での最初のパーティーで一緒だった萩田さんは大学生を名乗っていた。
けど、Fラン大卒の俺が言えた柄ではないが、当時の俺としては悪いけど聞いたことのない大学の大学生だ。
見た目も口調も大学生っていうか、コンビニの前で屯してる輩の様だった。
本人曰く「ちょっと夢を追いかけて」高校卒業後は半年程、職にも就かずフラフラしてたらしいけど、そこからこれも本人言では「チョー猛勉強して」大学生になったらしい。
「まあ、本気出せば大学なんか高校卒業の段階で直ぐ入れたんだけどよ!」とチョー猛勉強した、という話とは真逆な話を気にした様子もなく本人は胸を張っていたが、とにかく全く聞いたことのない大学だった。
大学は何学部かとか何を勉強してるとかも聞いた事が無い。本人も特に話さない。
高校も聞いたかも知れないが、特に有名校とかではなかったはずで直ぐに忘れて全く記憶にない。
それはともかく、その頃の俺は正に萩田さんの言う通りだった。
俺の会得した技であるレーザーは本当にレーザー光線だ。指先とかから前に向かって直線にレーザーが飛ぶ。
けど飛ぶのはいいが当初は威力がなかった。全く無かった。レーザーポインタと同じで、最初は敵に当たってもただそれだけだったのだ。
最初はどうしていいのか全く分からなかったが、かなり気合を入れて漸く敵が嫌がる風を見せる様になり、それを続けているうちにある日、貫通するまでいかないが敵の半ばまでめり込み、上手くすれば倒せるようになった。
しかしながら、毎回、かなりの精神力(?)を必要としたし、最初のうちは一匹倒すだけでも息も絶え絶えで、しかも3m程の射程距離しかない。剣士なら踏み込んで一閃の距離だ。
その上、分類的には魔法使い系統らしく、元々運動が苦手な人というわけではないが剣士や武闘家など近距離物理の連中に比べれば運動能力やら何やらが劣り、前衛は向かない。1回の戦闘で運良く射程に入ったヤツを、しかもこちらの攻撃に気付かないヤツだけを1匹か2匹殺るだけが精々だ。
萩田さんはチンピラらしい小狡さで、俺のそんな状況を見ながらチマチマとマウントを取りに来ていた。
「海野さあ、俺もショータローもマサさんも結構マジにやってんだからさあ、もうちっと頑張れよなあ。え、おい?」
しかもこの種の手合いは成績の良し悪しに関わらず狡猾で反論、反撃しにくい方法でシメてくる。
俺は仕方なく言うしかなかった。
「はあ、すんません。頑張ります。」
俺の精神を削った事、そして周囲にマウントが上である事を誇示出来たのを確認した彼は、満足そうな嫌な薄ら笑いでシメた。
「おう、頼むぜえ?」
ある日の戦闘の事、部屋を開けたらレッサーサラマンダー8匹と対峙するハメになった俺らはかなりの苦戦の末、何とか倒す事に成功した。魔物を倒し終わった後、俺がホッとした所で、萩田さんが俺の方を振り向いていきなり怒鳴った。
「おい!オマエ!避けてんじゃねえよ!」
近距離物理ではない俺の立場は一応、後衛だ。
けど、射程距離が短いので完全に下がり切った魔法使い2人に比べれば少し前に出る。前衛の少し後ろが立ち位置だ。中衛って立場があんのかな?
今の戦いでは俺は萩田さんの後ろに立っていた。
前にいたサラマンダーがゴウッと炎を吐き、萩田さんが横へ避ける。萩田さんが避ければ、炎は当然、俺に向かってくるから俺も横へ飛び退いて避けた。ただそれだけだ。
「え?普通、避けるでしょ?」
ガンッ!という音が聞こえたと思った瞬間、俺は殴り飛ばされていた。
「口答えとか、お前、俺の事、ナメてねえ?お前が避けたら後のレイナちゃんがアブねえだろうが!」
ヤカラ萩田さんの覚えた技は格闘だ。本人は武闘家のクラスだと言っていた。
その武闘家萩田さんの拳は、レーザー以外では普通の一般人の俺にはプロボクサーの一撃同然でよく見えもしなかった。勿論、死にもしなかったし、腫れたぐらいはあるが大怪我もしなかったので、かなり手加減はされたのだろうが、俺は壁までぶっ飛ばされて叩きつけられた。
萩田さんの指摘した橋本レイナは魔法使い、との事だった。
けど、マサさんが常に魔導書片手にヤバい人みたくブツブツ言いながら魔法を覚えているのに対し、彼女は何か不貞腐れた感じで後ろから付いてくるだけだった。
一応、戦闘では氷魔法を撃ったりもすることもあるが、凄いいつもイヤそうだし、前衛が崩れて自分の方に魔物が向かって来ない限り、下がるだけで何もしない。
それにレイナの事は口実だと言うのは分かっていた。
萩田は俺に対して力で完全にマウントを取る機会を狙っていて、今、絶好の機会が回ってきたと捉えたのだ。
「おい、その辺にしとけよ。」
高橋翔太朗さんが止めに入ってはくれた。
彼は萩田さんと並んで前衛を務める棒術士で重そうな金棒を持って戦っている。こちらの世界に来る前は何かの専門学校生だと言っていた。
高橋は直哉君と翔太朗さんの2人いるので、彼は”ショータ”とか”ショータローさん”と呼ばれていた。
萩田さんより1つ年上なんだそうなので一応、彼が、召喚された14人を3班に分けて作られた1つであるこのパーティーのリーダーだった。
そのショータローさんが止めに入ってはくれたものの微妙な止め方だった。
俺をいきなり殴った萩田さんを責めるでなし、かと言って萩田さんに同調して俺を責めるわけでもなし、さりとて殴られた俺に何かしらフォローするでもない。ただ萩田さんの行動を口先だけで止めただけだった。
「へいへい。」
特に殴ったことを咎められたわけでもない萩田さんは自らの行いに反省も何もなく、いい加減な返事だけして、殴り飛ばされて座り込んだ俺に対してマウントは取り切ったと軽蔑の眼差しで眺めて離れる。
ショータローさんはその様子を碌に確認もせず、俺にはフォローどころか一言もなく「行くぞ!」と背を向けた。
口実にされたレイナはと言えば、何も出来ずに殴り倒された俺の方をチラッと見て、何も言わずにショータローさんの後を追った。
その眼差しは使えない、弱い雑魚を見る見下した眼差しだった。
はっきり言ってムカっときた。
確かに俺は使えないかも知れないが、戦闘に貢献出来る様に努力しているし、少しづつだがレーザーの威力、射程距離、発射回数とも上がっている。
けど、彼女は後衛なのを良い事に戦闘中は何もしないで終わる事が多い。
同じ後衛でもマサさんが、いつも必ずファイアーボールやらウィンドカッターやらで攻撃参加するのとは大違いだ。
だがより反論、反撃しにくい嫌がらせに関しては女子は男子より一日の長がある。
現に彼女は目付きで俺を小馬鹿にした事を明確に伝えはしたが、何も言ってはいないので反論も出来ない。ましてやぶん殴ったりもムリだ。
「気にすんな。普通、避けるわ。」
アタマに血が昇った俺が痛みも忘れて立ち上がった瞬間、マサさんが俺の横でボソッと言ってくれた。
その言葉で俺は一瞬血が昇ったアタマが冷静になるのを感じた。
年齢不詳、職業不定、体重多めのマサさんは、そういう何か人を落ち着かせる感じのある不思議系な人だった。
だが次の日、更にムカつく事態が発生した。
俺ら14名は、3チームに分かれて迷宮を探索していた。
上への階段を探すのと、1フロアに1つづつある休憩部屋、と俺らが呼んでる魔物が襲って来ないセーフティーゾーン部屋を探すのが目的だ。
階段を探し、上に昇ってみたら先ずは休憩部屋を探す。それが見付かったら一旦戻り、次の日に、皆でぞろぞろ上へ移動する。幸田さんの立てた安全第一の攻略作戦だ。
チーム分けした理由は、フロア自体が広く手分けして探した方が早そうなのと、この迷宮、天井は3階建てぐらいの高さまである割に通路の幅は狭く、10人以上が並んで戦える程も広さが無いので、敵の攻撃を避けたりする事を考えれば5人程度のパーティーがちょうど良かったからだ。
今から思えば、パーティー戦を学ばせる目的に沿ってよく考えられて造られていた。
俺らの他の2隊は既に部屋を出て探索に向かっている。
俺らは何か知らんがレイナが「ちょっと準備するから待って」というから待っていた。女の子には女の子の事情があるのかも、ぐらいに、この時は考えていた。
2隊がいなくなってかなりしてから、漸く奥の女部屋からレイナが出て来た。
「おし、行くか!」
リーダーのショータローさんが「よっこらせ!」とばかりに立ち上がって言い、待ちくたびれたマサさん、萩田さん、俺も同じく「よっこらせ!」と立ち上がった。
そんな俺らを見ながら彼女は言い放った。
「アタシ、行かない。」
「…は?」
思わず声の出た俺の方を、彼女はゴミクズを見る眼差しで見た。
「行かないって言ってんの!弱いクセに耳も悪いとかサイアク!」
「おいおい、レイナちゃん?俺らもう結構遅れてるしさあ…」
ショータローさんが声を掛けたが、彼女はリーダーに最後まで言わせなかった。
「アタシ、こんなトコ、最初から超ヤなんだけど!?」
彼女が金切り声で叫んだのを俺らは呆然と聞いた。
皆、口にはしなかったが今は正直全員がイヤだ。
勇者というパワーワードに乗せられての現状だが、今の俺らは日も差さない地下迷宮に閉じ込められて日々、魔物と戦うだけの毎日だ。しかも俺らは特殊能力はあれど実力はなく、魔物相手に無双とか全然ない。なのに50階層という今の俺らの力では途方もない彼方にある出口までそれは続く。
勇者という呼称から想像される華やかな何かなど何もない。勇者を承諾した坂本を恨むというわけでもないが、ラノベなんかで書かれる周囲に尊敬の眼差して見られながら美男美女に囲まれて然したる努力もなく魔物相手にチートで無双する様な楽しい勇者生活は全くなく、全員が嫌気がさしているのが本当のところだった。
なのでレイナの言い分は充分理解できるが、さりとて状況を打開するにはみんなで力を合わせてこの迷宮を登り切るしかない。
「いや、そりゃそうなんだけど、俺らの受け持ちが…」
フリーズ状態から自立起動を果たしたマサさんが説得に入ったが、彼女はまた金切り声を上げた。
「アタシはヤだから!アンタらだけでやったらいいじゃん!」
「そういう事、言ってんじゃねえよ。幸田さんに怒られるぜ?」
今度はショータローさんが、うんざりした口調で説得に入る。
前日に俺が萩田さんに殴られた時もそうだったが、ショータローさんはいつも何かズレた言葉が多かった。
論点が違うっていうか、その場に最適な言い方じゃないって言うか。
この場合も幸田さんがどうこうとはあまり重要ではないし、彼女がそんな話で説得されるとも思えない。
案の定、彼女はショータローさんの論点じゃない言葉尻に噛みついて更に金切った。
「アンタらがコーダにチクんなきゃ、バレないし!」
何と言っていいのか分からない。
重要なのは幸田さんにバレるとかじゃなく、彼女がいなくては俺らは4人で戦うハメになる点だ。
けどショータローさんが変な事を言ったおかけで、俺らが幸田さんにバラさないという変なタスクを背負えば彼女の戦闘不参加は問題ないみたいになってしまった。
しかも流れ的には彼女の戦闘不参加が幸田さんにバレれば、俺らの誰かがチクったみたいな雰囲気である。
実に根性の腐れたやり方だが、ショウタローさんの失言に乗っかって彼女は狡猾に話のベクトルをねじ曲げてみせたのだ。
「いいよ、もう。レイナちゃんは女の子だぜ?そんなに責めちゃ可哀そうじゃんよ?」
だが更に萩田さんがトンチンカンな事を言い出した。
別に誰も責めちゃいない。
だが、繰り返しになるが皆で探索って義務を果たさないと、このチームの危険度が上がるのだ。
もう少し長い目で見れば、この迷宮から出るのが遅くなるし、それは更に俺ら5人だけではない全員の生存率を押し下げる。
しかし、そういう常識的な論点を度外視して結論を出す人間はどこにでもいる。
パチンコがしたい。けど面倒を見なくてはいけない幼児がいる。その二つを解決する方法として駐車場に止めた車の中に子供を置き去りにするという結論を導く類の人間だ。ややもすると日中の止めた車の中がかなり高温になる事までは計算済で、手も碌に動かせない幼児の横にはペットボトルの水は置いていく。余計な小知恵は回るがあくまで自分本位の結論でしかないのだ。
結果、幼児が死んでも「水も側に置いておいたので死ぬとは思いませんでした」という一般人からすれば凄く不思議だが、本人達からすれば極めてマジそのものの言い訳が自然体で語られる。
本人達的にはウソ偽りない哀し過ぎる言い訳に、流石の警察もいつもの様に「水を予め用意したって事は、車内が高温になる事を知ってた証拠ですよね?初めから殺す気で車内に監禁したんですよね?」と全てを丁寧に悪意ある誤解を招く表現をしながら、保護責任者遺棄致死罪ではなくより重い殺人罪へ誘導する事もなく、ただただ溜息をつくだけだ。
警察だって普段は職業柄「一般人は罪人へ、罪人はより重罪人へ」という警察の一般原則に従って行動してはいるが、年端もいかない幼児が不慮の事故でお亡くなりになっているのを前にして「よっしゃあ!犯人2人ゲット!」と喜べる人間はいない。
チンピラ萩田さんは明らかに常識がナナメってそうな人だったから、萩田さん的には変ではなかったのかも知れないが、萩田さんが何故か庇ったおかけで、レイナはあたかも自分が正しい事を言っているかの如く、胸を張って宣言した。
「アタシはとにかく行かないから!」
俺とマサさんはショータローさんを見た。
対するショータローさんは、「何で俺を見る!?」みたいな困った顔をしたが、自分がリーダーである事に思い至ったのだろう。短く溜息をついた。
「いいよ、そんじゃ。俺らだけで行くわ。」
おいおい…
先のパチンコ夫婦の例で言えば、彼らは特に悪い人達ではない事もある。
子供が死んで真剣に悲しんでもいる。
俺やマサさんからすればレイナのこの勝手な戦線離脱は俺ら全員の生存率を下げかねず、必要な結論はその点をリーダーであるショウタローさんが彼女に納得させ、キチンと探索に参加させる事だ。
しかしこの場合のショータローさんも決して悪い人じゃなかった。
けど結局はパチンコ夫婦と同じで悪い人ではないが自分がリーダーとして何をすべきか正しく理解しておらず、結論は「え?それでいいの?」という結論になったのだ。
俺とマサさんが「それでいいのか?」と顔を見合わせていると萩田が横からトンチンカン続行で口を出した。
「しょうがねえよ、ショータロー。女の子にあんまし無理も言えねえし。まあ……なんつうか…アレじゃん?海野がもう少しマジに頑張ってくれればいいだけじゃん?」
なんだよ!それ!
それを聞いてレイナが我が意を得たりとばかりに叫んだ。
「そうそう!海野、いつも頑張ってねえし。アタシの代わりに海野が頑張ればいいだけじゃん!」
おい!なんだと!
テメエの方がいつも何もしてねえだろう!?
2人のあまりの言い様に俺が口を開きかかった時に、ショータローさんがまた溜息をついて、何故か俺の方を向いた。
「まあ、そうだな…海野、今日は頑張ってくれ。」
「ああ!?…何が”そう”なんスか?(怒)」
流石の俺も語気が荒くなったが、答えたのはショータローさんではなく萩田さんだ。
「バカやろう!んな事も分かんねえのかよ!おめえがもっと頑張りゃ全て丸くおさまんだよ!」
萩田さんが何故か俺を怒鳴り、俺の反論をさせるヒマも与えずにクルリと扉の方を向いた。
「おら!行くぞ!」
その日以来、レイナは探索に出なくなった。




