031 役人と種明かしと旅立ち
その2人を後ろから静かに見ていた人物、ジャック・グレンジャーは王家行政府に仕える役人だ。
もう少し具体的に言えば宰相ジム・ハットン伯爵の下で治安行政を受け持つアイル・トップビレ男爵の配下だ。一応、男爵の側近と言っていい立場にある。
彼はビッグヘッドが討伐されたらその検分する役目を負ってフルハットの町へ来ていた。
無論、検分と言ってもビッグヘッドはその場で解体、処分されてしまっているので実物は全く見ていない。
だが冒険者上がりでもあるジャックは、大蛇系特有の毒を収納する為と思われる器官がついていたと思われる巨大な顎骨、二組ある巨大な牙を見て、討伐の対象は間違いなく双頭のビッグヘッドで、かつ今さっき殺しましたというのが誰にでも分かる生臭い臭いに溢れるそれらを見せられて、討伐されたと判断した。判断するしかなかった。
「まさかこんなに早く討伐するとはな…」
ジャック達が想像していたよりずっと早い。
もっともジャック達と言うより、これは上司であるトップビレ男爵の予想であり希望だった。ジャックはただ上司達が決めた話の実務部分を担当しているに過ぎない。
上司の希望を叶えるのが部下の仕事であるのに今回ジャックは何も出来なかったのは、担当者としては少しモヤってはいる。が、これも今回の場合はジャックが直接何か出来る余地、具体的には上司の望む様に討伐を遅らせる様な何かをするヒマは全く無かったのだから仕方がない。ジャックの来る前にギルドは討伐メンバーを送り出してしまっており、ジャックが現地に到着した段階では既にビッグヘッドは討伐されてしまっていたのだ。
上司も流石にジャックの責任を問うたりはしないだろう。なのでモヤってる程度である。
「騎士団派遣の要請は断ればいいです。」
「断る!?」
ビッグヘッドがフルハット近郊で暴れている話は閣議でも上がった。
Aクラスの魔獣が暴れているのは国にとっても災害と同等の評価で、状況によっては王都から騎士団を派遣して退治の必要があるからだ。
現に地元領主の騎士団は既に返り討ちに遭い、王国騎士団に派遣の要請は来ている。
だが騎士団長からの「要請に応じて良いか?」という質問に対し、ジャックの直上司であるトップビレ男爵は驚きの返答をした。
実はもう派遣するつもりで、許可さえ出ればすぐさま派遣出来るように裏では人選も準備も済ませた上で形式的にこの場で許可だけ取りにきていた王国騎士団長は驚いて聞き返したが、男爵は澄ました顔のまま言った。
「大蛇系の魔獣は行動範囲は広くない、と学術陣は言っております。」
「絶対なのか!」
すかさず宰相ジム・ハットン伯から鋭い声で質問が飛ばされた。
物事に絶対はない。だが上の人は常に下に絶対を求める。もっともこの場合、魔獣の行動様式の話をしているので学者達がそう言ってるなら、絶対ではないかも知れないが十中八九間違いはないだろう。
現にその種の知識もある騎士団長もそこは黙って頷いている。
なので、常に部下に圧を掛ける目的で発せられた子猫ぐらいなら即死しかねない宰相の不要に鋭い声にも上司である男爵は特に臆する事無く答えた。
「過去40年の記録を調査しました。間違いありません。」
会議戦を得意としている男爵は、狡猾にもその範疇に納まらなかった少数事例とどの程度を広範囲と言っているかについては言及しなかった。ちなみに実際に学者達を動かして過去実例を調査したのはジャックだ。
が、一見自信に満ちた男爵の即答に誤魔化され、そのことには誰も気付かず議論は進んだ。
「なので、その地区を喰い尽くしでもしない限り、当面は別の地区に被害は広がりません。」
「しかし、それではフルハット近郊は全滅しかねん。そこはどうするんだ?」
別のところからも声が掛かった。
財務と徴税を担当しているメニブック大臣だ。立場的にも年齢的にも宰相に継ぐ重鎮である。
財務系一筋のメニブック大臣は常に正論を言う。
正論を言いはするが実務はまるで分からないので自分で打開策を考える事はない。
いつも「○○はどうするんだ?」とか「それは△△であるべきではないか?」と他人に問い掛けるだけで、「こうしよう」とも「それでいい」とも言わない。
そのくせ何事をするにもまず金は必要であるから、何事かする際にはまず財務を預かる彼に話を通す必要があり、彼もそれを笠に着て何にでも口を出す権利があると思っている。
その彼のいつもの正論を相手に問うだけの質問にも、会議戦百戦錬磨の上司は涼しい顔で答えた。
「そんな事はないでしょう。あそこにも冒険者ギルドはあります。放っておいても討伐隊を組むでしょう。むしろ直接的に困っているのは彼ら自身なのです。」
閣議席の面々は曖昧にだが頷いた。現実社会とは遊離した貴族社会に生きている者が多いとはいえ、その程度の常識はある。
そして一様に思った。
”それでは太刀打ちが付かないから騎士団派遣要請が来ているのではないか?”
その疑問があるが故に、しかし男爵もそこまでは分かっているだろうと思うが故の曖昧な頷きだ。果たして男爵は言葉を続けた。
「それにあそこらはご存知の通りノースロード家が影響力を持ってます。」
「「「「……」」」」
閣議に列席しているメンバーは皆、優秀だ。だから彼らは男爵の考える悪巧みが一瞬にして分かってしまった。無論、アタマのデキとは別に普段から男爵の悪辣な数々の計略の実行とまでは言わないが実務に一枚も二枚も噛んでるジャックにも分かった。
古くからフルハット近郊に勢力を持つノースロード家。その歴史は王家よりも古い。
領主でもなく爵位も持っていないが、貴族に匹敵する大地主であり国内で指折りの商家でもある。そして王に忠誠を捧げる必要のある貴族でない事をいい事に、貴族の責務である国家への軍務を始めとする役務提供の義務はなく、政治、軍事には直接的には噛んでない。むしろ公的な責任への関与は巧妙に避けているフシがある。
謂わば国内の独立勢力として隠然たる力を持つノースロード家は王家、貴族達にとっては常に隠れた目の上のタンコブであるわけだが、男爵は今回の1件をそのノースロード家に対する打撃とまではいかないが、嫌がらせに使おうという魂胆なのだ。
「聞けば地元領主殿の騎士団は既に一敗地塗れているとのこと。この状況下で王国騎士団派遣を何か理由を付けて断れば、地元を守る為にノースロード家が多額の賞金を掛けてでも冒険者ギルドで真剣に人集めをするはずです。」
「…だろうな。」
ここにいる全員が、男爵が語ろうとしている計略自体に反対する気はない。悪辣な実行過程はともかく、非道な結論は、ここに列席する全員が望んでいる話なのだ。
然りとて誰しも悪巧みに進んで加担したくはない。しかも今回はかなり質が悪い。
だが既に聞き始めてしまっている。この席に座る最高責任者として宰相が言葉少なに相槌を打って話を続けさせるしかなかった。
国の最高幹部達の座る席で最高責任者である宰相から実質的に話を先に進める許可を取り付けた狡猾な男爵は、話を続けた。
「ノースロード家が討伐後に賞金の肩代わりを言ってくる可能性もありますが、そこは交渉ですから全額を国が持つ必要性はありません。」
「「「「……」」」」
「最初から国が賞金を出せば全額が国庫からですが、ノースロード家が一旦肩代わりすれば、交渉の余地が生まれますし、今直ぐ払う必要もなくなります。逆に今、こちらから騎士団を出してしまえばノースロード家は金は出しません。」
関わり合いにならない様にしたいはずなのに、金の話とあっては我慢出来なくなったのだろう。メニブック財務大臣が口を挟んだ。
「先に言ってくる可能性は?」
予想していた質問に、男爵はこれまた涼しい顔で答えた。
「それこそ好都合です。その時には後で国が払う可能性をチラつかせれば、ノースロード家も安心して、とまでは言いませんが賞金を釣り上げて冒険者を集めるでしょう。」
「……そうか。」
男爵の言う通り、ノースロード家が国としては有り得ない、やってはいけない「やるやる」詐欺に引っ掛かってくれるのは良い。だが根本的な問題は片付いていない。
商工業を担当する大臣がそれを口にした。
「そもそも地元の冒険者ギルドのヤツらだけで退治出来るのか?」
これにも男爵は顔色も変えずに即答した。
「出来ないかも知れません。」
閣議席の数人が「おいおい…」という顔をしたが男爵は顔色も変えずに続けた。
「そうなれば、更にギルドは人手を集めに掛かります。更に賞金が必要になりますし、失敗した後なら1回毎の額も上がるでしょう。ノースロード家の負担は増えていきます。」
「「「「……」」」」
国庫からの支出は少なくなる、悪くとも先送りになる。
騎士団も敢えて危険任務を先頭切ってしなくて良い。
そして何よりノースロード家に財政的なダメージを与える事が出来る。
と、一石三鳥のナイス発案であった。被害が長引いて苦しむ民の事を全く考えなければ。
この種の話を何ら良心の呵責なく、良く言っても冷徹に、有体に言えば悪辣に計画して実行出来るから男爵は着々と出世の階段を昇っているのは後ろで控えているジャックも分かってはいる。
因みに傍目にはジャック自身も男爵の出世に合わせて階段を昇っている様にも見えるが、実際はそうでもない。
閣議で後ろに陪席を許されるぐらいに男爵には重用されているが、あくまで手足として重宝されているだけだから役所内での立場は実は一係員から上がっていない。
微妙な立場は自分でも分かっていた。
常に胸糞悪い男爵の計略を手伝わされており、閣議で唯1人、男爵の後ろで陪席を命ぜられているのを見て分かる通り上司である男爵個人からは高い評価を受けてはいる。
だがそれは役所内での通常業務での評価ではない。あくまで男爵個人の手足としての評価だから、役所内で通常業務を評価されて係長、課長と立場的には彼より出世している同僚もいる。
そう考えると、立場は一介のヒラなのに閣議に陪席させられて立場以上に重い仕事を押し付けられているという見方も出来る。
ジャック自身もそれは分かってはいるが、今更、色々な意味で足抜けも利かない。
悪辣政策の担当スタッフとして特化してしまっている彼は、逆に役所の通常実務の経験は少ない、というか有体に言えば出来ない。要は潰しは利かないのだ。
そんな役体もない事をアタマの片隅でモヤモヤ考えながら、ビッグヘッド退治の大宴会の後ろで彼もちゃっかりお相伴に与っていた。
ここは王都から離れた地方都市だ。流石に悪辣で評価の厳しい上司の目も届かないだろう。ジャックにもたまには息抜きが必要なのだ。
そうは言っても今日はギルド全体が無礼講なのを良い事にこっそり混ざっているだけである。
隅っこの方で大人しくビールを啜っていたら、側に赤ら顔の大男が寄って来た。余所者の彼も流石に大男は知っている。今日の主役である討伐隊を率いたアルローラだ。
そのアルローラが上機嫌な赤ら顔だが慎重な眼差しで言った。
「お前さん、見た事ねえな。」
隠れて、とまではいかないが、目立たない様に隅っこで紛れて飲んではいたが、それは討伐隊の一員ではなくあくまでお相伴だからである。
とはいえ、隠し事は何もないのでジャックも素直に答えた。
「私は派遣されて来た検分役ですよ。」
「……ああ、ご領主様?いや…陛下?のところの…あぁ…お役人様…ですか。」
冒険者だから敬語は苦手なのに、ジャックが役人と知るや慌てて慣れない敬語で話そうとしてしどろもどろになりつつあったアルローラに、彼は上辺だけは「その必要はありませんよ」という風に微笑んだ。
そしてそれはアルローラにもちゃんと通じて、強面の彼の頬に「…すいません。お言葉に甘えさせて貰います」的な苦笑が浮かんだ。
役人にはとにかく上から目線の偉そうな態度で相手を押さえつけて言いたい事だけ怒鳴って押し通すタイプと、一見丁寧な物腰で相手から全ての情報を引き摺り出した上で、相手の言い分も聞いたフリだけしながら実際には相手の意見などガン無視で進むタイプの2種類しかいないが、ジャックは仕事柄、俄然、後者のタイプだ。
定型的な手続きを守らせるだけの末端の木っ端役人や、逆に人に命令するだけのキャリア官僚なら前者のタイプでもいいが、精密に組み上がっている上司の悪巧みを実務で巧みに転がす事を仕事にしているジャックには、時には猫撫で声で情報収集も必要だし、下手に出て煽てて使う事も必須なのだ。
そして、今がその時である。
ジャックは続けた。
「しかしこんなに早く討伐出来るなんて、ここのギルド員は腕が達つのが揃ってますね。」
一見するとお上手にしか聞こえないが、正直、予定の狂ったジャック的には少し嫌味が入っている。
が、アルローラにはその辺は当然分からないので彼はお上手100%と取った。通常、国のお役人様が底辺の冒険者を笑顔で褒めるなんぞあり得ない。
一方で冒険者に元々遠慮とか謙遜という言う文字はなく、今日のギルド員達は間違いなく無条件で褒められていい成果を挙げ、しかも彼はその主役だ。
アルローラは轟然と胸を張った。
「まあな!」
アルローラは満足げに持っているジョッキをグイッと呷った。
当たり前のことながら嫌味が1mmも通じなかったジャックの心の中は微苦笑だ。
討伐が長引いて欲しい、なんてのは通常はあり得ないし、あくまで上司の悪巧みの一環に過ぎない。ましてや現地で口に出すなど論外だ。
そんなジャックの思いなど無関係に今日の主役は話を続けた。
「けど、今回はたまたま腕のいい2人が加わってくれたのも良かった。ホントに弓師が自分で言ってた通りで運が良くねえとこういうのは上手くいかねえからな。」
「弓師?」
アルローラは座の真ん中辺りを指差した。
そこでは小さめのボウガンを腰に吊るした男が、短剣を数本腰に吊るした男と肩を叩き合いながら赤ワインを数本並べて笑顔でワイワイ言っている。テーブルにはその他に数人がいて小銭が散らばっている所を見ると周囲数人と一緒にワイン当てゲームをしているらしい。
楽しそうだ。
「おう!たまたまアイツがこのタイミングでウチに立ち寄ってくれてな。ダメモトでウチのハゲ…じゃねえや…ギルド長が声掛けたら連れの剣士と参加してくれたんだ。いやあ長距離が足りなかったから、どうしようかと思ってはいたんだ!実戦でもスゲエ役に立ったしな!」
「それは良かったですね…」
ジャックは相槌を打ちながら改めて弓師を見た。
歳の頃は20代後半か30代前半ぐらいだろう。年齢からすればそこそこに経験を積んだ冒険者なのかも知れない。
「何て名前ですか?」
「クリス!…ああ…フルは…えっと…そうだ!クリス・シーガイアだ!」
知らない子ですね。
まあAクラスともなれば職業柄、国内の冒険者はほぼ誦じているが、それ以下の有象無象までは知らない。このギルドの顔役であるアルローラの名ですら今日聞いたばかりだ。
分かったのは、逆説的に少なくとも国内のAクラスではないという点だけだ。
黒目黒髪はちと変わってはいるが、見た目は中堅どころの冒険者そのものだ。
完全に酔っ払って大笑いでワインががぶ飲みしては、同じかそれ以上に酔っ払いの周囲とハイタッチを繰り返しているが、元冒険者のジャックは何となく油断ならない雰囲気を感じた。唯の経験を積んだ冒険者、という以外の何か雰囲気がある。
強敵であるビックヘッドとの実戦で役立った、とギルド一番でAクラス昇格確定の冒険者が太鼓判なんだし、覚えておいてもいいかも知れない。
ジャックは仲間と一緒になってバカ騒ぎしている彼の姿を目に焼き付けた。
「連れと一緒に旅の途中らしいんだが、ダメモトでウチのハゲが声掛けたら気分良く手伝ってくれてよう…」
ジャックが弓師を冷静に観察する横では完全に酔っ払ってるアルローラは上機嫌で先程とほぼ同じ説明を繰り返した。
因みにアルローラは知らなかったが、クリスは特に機嫌よくOKと即答したわけではない。むしろ最初は完全に腰が引けていたが、強制参加権限までチラつかされて仕方なくというのが正直なところである。
反面、一度引き受けると決めた以上、彼は日本株式会社仕込みのヒラリーマンの技でそんな初期の逡巡した態度を微塵も見せなかっただけだし、連れのクラウの方はこちらは至って乗り気だったから、そうは見えなかっただけだ。
ついでにギルド長の名誉の為に付け加えれば、アルローラはウチのハゲとか連呼しているが、ギルド長は後頭部がかなり薄くなってはいるものの彼が連呼する程にはハゲてはいない(笑)。
その辺りの事情もギルド長の頭髪の状況も当然、ジャックも知らないのでアルローラの言う事に「ははあ…」と生返事をしていたが、ふと気付いた。
そう言えば、弓師と連れの剣士、と言ってたな。
ジャックは別に強い興味があったわけではないが、剣士と言うのは弓師の隣で親し気に肩を叩きながら大笑いしている短剣の髭か?とボンヤリ思っていたらアルローラが反対側当たりを指差した。
「んで、連れはあの美人さんだ!」
指差した方を見ると、短髪にしてはいるが一目で女と分かる美人が数人の冒険者に囲まれて…というより侍らせて飲んでいた。
完全に目が据わってしまっているから相当飲んでいるのだろうが、周囲には既にマグロになっているのもいるので、彼女自身はそう弱いわけではないらしい。
オンナの剣士か…
オンナでも剣士は別にいなくはない。剣の腕前に男女は関係ない。
だが、数は少ない。
男は腕力頼みオンリーの単純な腕っぷしだけでもある程度の勝負も可能だが、多くの女はそうではない。差別とか区別とかではなく、単純な遺伝に基づく体格差の問題である。
勿論、男同然の腕っぷし勝負女もいなくはないが、大概は筋力では劣る女は男にも勝る高度な技量でカバーする必要があり、男女問わずその種の磨かれたテクニックを持つ者は少ない、というだけだ。
しかし短髪だがエラい美人だな、とジャックは思った。
オンナの冒険者というだけで囲まれやすいのに、あれでは周囲から冒険者達が離れないだろう。
「ほう!…何て名前ですか?」
そうは言っても別に美人だから興味が湧いたわけでもないが、話の流れでジャックが訊くと、アルローラの方は「な?興味あるだろ?」と言わんばかりにニヤニヤした。
「クラウさんだ!……クラウ・ババア?……いやバウバリアンだ!」
「ほほう…」
クラウってクラウディアか?
そうするとクラウディア・バウバリアンか?
……家名はどこかで聞いた様な気もするな。
ジャックが酔ったアタマで少し考え込む横で、アルローラが自分で自分の言い間違いに大笑いした。
「ワッハッハッハ!若えオンナに向かってババアはねえわな!」
その面白くない自爆ジョーク(?)に美人が素早くこちらを向いた。
「聞こえてるぞ!アルローラ!昇格祝いに私とここで模擬戦を望んでるのか!?」
美人の問いかけにアルローラは慌てて目の前で両手を振った
「止めてくれよ!俺はデカい魔物相手のが性に合ってんだ!対人でマスターとなんかやりたかねえ!」
そして今度はニヤリと笑って腰をカクカクさせながら付け加えた。
「夜のお相手ならいつでも受けて立つぜ!そっちは俺もマスターだからな!」
ブハハハハハッ!!!
俺なら模擬戦じゃねえ!本番だよなあ!
何なら俺らも練習に付き合ってやるよ!
アルローラがビビって逃げたらいつでも俺が代わってやるぜ!
ビシッ!
皆が爆笑で品のなさすぎるツッコミ放題の中、(笑顔ではあったが)美人から思い切りおしぼりを投げつけられたアルローラは「おお!怖え!」と言いつつコミカルな大げさな動作で避け、更にそれを見た全員がまたガッハッハ!と笑った。連れだという弓師も笑っていた。
美人はアルローラから目を外し、半分立ち上がって今度は一緒になって笑ってる連れと思しき弓師の方に空中で2、3発パンチをする様な動作をし、その隙に背後からそーっと尻辺り伸ばされた手を振り向きもせずにビシッと叩き落として、笑顔のまま取り巻き達との会話に戻った。
アルローラと彼女のふざけ合った寸劇に興味はなかったが、ジャックはその前の台詞を聞き逃してはいなかった。
あの若さでマスターか!
シーガイアとかってのは何処の馬の骨か知らないが、オンナの方は家名もどこかで聞いた事がある。
帰ったら少し調べてみてもいいかも知れない。何もないとは思うがついでに連れの弓師とやらも少し調べてみよう。そんな風には全然見えないが実は護衛の騎士という可能性もある。
王都から離れた地方都市への出張の最中での飲み会。(しかもちゃっかりタダ酒)
ジャックにとっても久方ぶりに気が抜ける夜であったはずなのに、気が付けば仕事に気を回している。
こういう所が上司に評価されている所でもあり、反面で軽輩のまま留め置かれて上司にいい様に使い回されている所でもある自分がいるのはジャック自身も認識はしていたが、そういう性格であるのでどうしようもなかった。
背後で国の役人に目を光らされていたとは全く知らなかった俺とクラウは、次の日は二日酔いでほぼ半病人。後で聞いたらギルドはほぼ無人で開店休業状態、義務感だけで出て来た受付の兄ちゃんは窓口で突っ伏したまま涎垂らして爆睡してたそうな(笑)。
そして翌日にようやく回復した俺とクラウは町で必要物資を買い揃え(対ビッグヘッド用に買い揃えた大ボウガンは売り払った)、宴会から三日目に漸く町を出る事になった。
町を出る前にギルドに一言、挨拶に行った。
旅先のギルドで少し仕事を請け負ったからといって、この世界にそんな礼儀作法はない。無論、今まで立ち寄った町では、そんな事は全くしていない。
だが、今回は別だ。
俺とクラウはどちらが言い出したという事もなく、旅支度をして宿で精算し、ギルドへ足を向けた。
ギルドに行くとタムロってた冒険者達が気さくに片手を挙げて挨拶してくれる。
奥にドカンと座っていたアルローラが荷物を背負った俺らを見て立ち上がった。
「行くのか?」
「おう!世話になったな。」
「いや…うん、仕方ねえやな。」
ゴツ崩れのギルドマスターも奥から出て来てニヤニヤしながら言った。
「Cクラスを奢った甲斐もあったってモンだ。流れモンを昇格させる事なんか滅多にねえんだぞ?」
そこは分かってる俺も苦笑して答える。
「ま、上手くのせられた様なモンだけど悪くなかったぜ。懐も温かくなったしな!」
俺とアルローラ、ギルド長との遣り取りを聞いていた数人が立ち上がった。
特にお辞儀したりもしないが気持ちの伝わった俺とクラウは手近な奴らとはハイタッチを交わしながら出口に向かう。
アルローラだけがギルドの出口までついて来た。送ってくれるらしい。
「最後に聞かせてくれ。」
「ん?」
丁度、ギルドの出口を出て、周囲に人がいなくなった所でアルローラが言ってきた。
「最初の飲み会の時のアレ、どういう仕組みだったんだ?」
「あ?あ~アレな…」
アレ、アレと言ってるが彼が何を聞きたいのかは分かった俺は、周囲に人影はないが小声で言った。
「俺も詳しい中身は分かんねえけど、アレは赤ワインに混ぜると効果が消える。そういう毒だ。」
アルローラはニヤリと笑った。
「なるほどな。」
だがアルローラの勘違いは糺しておく必要があった。
俺は続けた。
「けどな、毒は無くなるけどワインの味は変わる。すんごく不味くなる。他人のゲロ喰ったみてえな感じだ。だから一口飲めばどんなヤツでも速攻吐く。必ず吐く。」
「…?でもガルもオマエもそんな感じじゃなかっただろ?」
「だから、それはそういうこった。ヤローが運の強さを持ってるってのはホントってことだ。」
アルローラは俺の言葉の意味をちょっとだけ考え、そしてハハっと軽く笑った。
「そうか!なるほどな!」
彼はひょいと手に持っていた袋を投げ寄こした。
俺は中を見た。牙が入ってる。
「ビッグヘッドの牙か!」
「おう!小せえヤツで2人で1個しか渡せないけどな。」
「おう!こいつあ、ありがとな!」
小さいし1個とはいえ、ビックヘッドの部位など滅多に手に入らない。俺は笑顔で礼を言った。
アルローラはいいってことよ、と軽く手を振る。
最後に彼は俺らの肩を抱いて大声で今度はハッキリ言った。
「気が向いたら、ここへ越して来い!腕のいい弓師も美人の剣士も俺らはいつでも大歓迎だ!」
まだ話が全然進んでいない、かつ31話という中途半端な数字ですが、ひとまずは大団円ってトコですかね。
次回からは話が変わります。




