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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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127 姉の思惑と弟の決意

 バーバレラ姉弟の総攻撃に晒されて、なんとか息は吹き返したものの戦略的撤退を選ぶしかなかった王子殿下は、やや憮然とした表情で立ち去った。

 そうは言っても絶世の美少女アンネの物理接触攻撃まで受けた身にはそのダメージは盛大に残っていて、心臓は上方向にドキドキしたままだ。


 一方のアンネの方はと言えば、ちょっとフラつき気味に立ち去る王子をいつもの様に一部の隙もない優雅な礼をして見送りながら「オシ!」と心の中でガッツポーズした。


 王子の心をこちら側に大きくグラつかせた完勝だった上に、彼の気分を害する事無く、遠回しながらも「学内でヒロインとイチャイチャすんじゃねえよ!」と釘を刺すことにも成功したのだ。


 学内で彼らが近付く事が無ければ無駄に派手なイジメは不要だ。

 後は取り巻き達がアンネの気持ちを勝手に忖度して隅っこまで追いやってくれるだろう。その彼女達にもやり過ぎ注意で「遠巻きにシカトが基本だぞ!」と釘は刺してある。


 最近のアタシ凄くね!

 男爵とクリスも押し切ったし、本気出せばキチンと何でもデキてんじゃん!


 しかも彼女はワールドシリーズでサヨナラ満塁ホームランをかっ飛ばして塁を回るフリーマンの様な晴れやかな気分ではあったが、アタマの一部は冷静だった。


 声を掛けた段階でここまでは謂わば予定通りである。

 だが、まだ終わりではない。


 決して意図したものではなかったが、話の流れの中でヒロインに対する新たな攻撃の糸口まで掴んだのだ。それをモノにしない手はない。


 だがそれは彼女が担当では出来ない。悪役令嬢としての彼女が正面に立つのは得策ではない。

 と、いうよりも彼女よりも上手く担当出来そうなのがいる。

 

 彼女は王子の姿が完全に視界から消えた事を気配だけで感じ取った後におもむろに顔を上げ、同じく後ろで同じ様に礼をしながらも少し冷ややかな感じで立っていたバーバレラ公爵家嫡子の方を穏やかな表情で振り返った。


「ジュリアス、分かっていますね?」

「…何がでしょう、姉上?」


 姉は血の繋がった弟にはズバリ正面からストレートを放った。


「今、アマベルが殿下のお手付きになってしまっては、あなたが彼女に近寄る術は永久になくなります。」

「……!!!」


 「なんで知ってるんだ!」という風にこちらも別の意味で心臓が止まったかのような顔をした彼に対し、女子社会のボスで学内の事情は隅々まで完全に把握可能な彼女は澄ました顔で続けた。


「あなたは将来は公爵家を継ぐ身。やたらな相手とどうこうは出来ません。」

「!…っ!!」


 姉の言い分に一瞬、姉がアマベルとの関り合いに反対している!と取った公爵嫡子は、こちらも王子とは違う意味で顔を紅潮させて反論めいた事を言いかかった。

 が、地頭の回転の速い公爵嫡子はそれを口に出す前に直ぐに姉の言わんとする意を掴まえた。


「…やたらな相手でなければ良いと?」


 ほんの一瞬だけアタマに血が昇った様な表情を見せたものの直ぐに冷静になった、地頭の回転の速い弟を「よくできました!」と褒める様に姉は笑い掛けた。


「あなたも重さは違えど殿下と同じ。結婚は好きには出来ません。」

「それはそうですが…」


 モゴモゴと言う弟に姉は噛んで含める様に続けた。


「しかし、やり方次第です、と言っているのです。」


 姉の少し斜めの回答に公爵嫡子は今度は言葉の意味を考える風になった。


 しかしそれはいみじくも彼女が言った通り、殿下も同じ事である。

 しかも王子殿下は公爵嫡子と似た様な立場であるだけで同じ立場ではない。殿下には公爵嫡子にはない解決方法もある。


 一瞬の逡巡の後、彼は勇気を奮って姉に尋ねた。


「…姉上は彼女が…仮に…仮にではありますが…側妃などに上がる事についてどう思われますか?」


 当然と言えば当然だが、以前の彼ならこの様な事を姉に聞けはしなかった。

 そんな言葉を一言半句でも口の端に昇らせればどのような結果になるかは分かり切っている。

 そして彼の優秀な頭脳は、以前の姉が相手ならその後に必ず訪れたであろう地獄絵図を即座にレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画よりも写実的に思い浮かべることが出来ただろうし、彼の心はそんな百万の魔獣に単騎で特攻する様な勇気はカケラも持ってはおらず、彼の心臓は一般よりは強靭であるかも知れないが鋼でも何でもない生物学的な意味では極めて一般的な作りだから、そんな蛮勇に耐えられる程には強くない。


 しかし今は違うのだ!

 今の姉は自分推しだと言ってくれてる!

 そして毎日それを周囲の生暖かい眼差しを全く気にする事無く実践してくれている!


 それでも弟は以前の様に姉が超恐ろしいという意味ではなく、未婚の女性、しかも王太子の婚約者に対する問いとしては著しく礼を失する可能性という意味で遠慮がちに問うたが、対する姉は弟の問いに怒る事もなく、しかし予想通り冷たく一蹴した。


「その様な事、許すわけがないでしょう。」

「……」

「この私は全て殿下のもの。そして殿下は全て私のもの。そうして2人で幸福な家庭と平和な国を手に入れるのが私の夢であり役目です。」

「……」

「そういう為にも…」


 美しい彼女は弟の耳に顔を近づけ囁いた。


「彼女を早めに殿下の手の届かない所へやっておしまいなさい。私とあなた自身の為に。」


 姉の囁きに弟は少し考える顔になった。

 10代の姿は偽装に過ぎず、中身は30代である姉には、優秀だがこちらの世界では血の繋がった家族として暮らしている年下の男の子のアタマが超高速で回転しているのが手に取るように分かる。


 そして考えが纏まったらしい彼は笑顔で姉に向き直った。

 その距離の近さは正に姉弟そのものの距離だった。


「最近、姉上は僕にも目を向けて戴いてとても嬉しく思っていました。けど何だか姉上が姉上じゃなくなったみたいで少し不思議でもありました。」


 姉は真実をズバリ突かれた心の中の動揺を全く顔に出さなかった。

 大手の企業内では心の内がすぐさま顔に出る様では客先や周囲に良い様に利用されるだけだ。

 彼女は静かに微笑するだけで弟の言葉を受け流す。


 傍目に見れば可愛がっている弟にする様な姉の微笑みに対して、イケメンの弟は逆にニヤリと人の悪い笑いを返した。


「……でも、そういう所は元の性格の悪い姉上のままですね。」


 公爵家でも学園でも圧倒的な権勢を握る姉に、曲がりなりにも言い返す、それどころか性格が悪いと評すという、公爵家を継ぐに相応しい豪胆で、軍人に相応しい命知らずな蛮勇を見せた弟の人の悪い笑みに、性格が悪いと評された姉は気にした様子もなく再度微笑みかけた。


 そして実は優秀な弟の背中を更にプッシュすべく囁いた。


「今までも、そしてこれからも、私は公爵家の事を考えて動いています。」


 もう一度、姉は今度は弟の耳元で優しく囁いた。


「そして…私は王妃となり、王妃の実家となった公爵家をあなたが継ぐのです。もちろん、そこもコミです。」


 再度、美しい姉に耳元で囁かれ、弟は遠い昔の様にくすぐったそうにしながら確認した。


「…姉上は僕の事も考えて…?」


 姉に長年押さえつけられて控え目になってしまってはいるが、本来はイケメンで優秀で攻略対象の1人として数えられている弟に、公爵令嬢は美女パワー全開の天使の様なスマイルで笑いかけた。


「当たり前です。私だけ幸福になってどうするのです?」


 美しい姉の優しい言葉に弟は輝く様な笑顔で頷いた。

 神メンの王子には負けるかも知れないし、アンネにとって弟である彼は攻略対象では全くないが「スチルがないのが残念!」と心底思うような尊さだった。


 なんで今迄イジメてたのか全然分かんない!理解できん!

 側にいるだけの観賞用でも全然イイじゃん!


 姉の多少不穏当かつ弟君には絶対理解出来ない思いを他所に、弟は確認をとった。


「分かりました。姉上のお立場を万全にするために僕も動きます。……そして…その過程とその後は……好きにしても宜しいのですよね?」


 対する学校では女関係のボスとして君臨している姉は、巧妙に言質を与えないものの笑顔のまま無言で頷き、実は優秀だが、姉の影に隠れて今まではその実力をあまり周囲に示した事はなかった弟は、それでも確認はとれたと見てまたも満面の笑みで頷き返した。


 見た目は17歳、しかし中身は社会経験もしっかり経た30代の彼女は、ポリアリン男爵と冒険者クリスの性悪アラサーコンビにこそなかなか太刀打ちがつかなかった。

 彼らはどこか彼女を醒めた目で見ているところがある。


 だが、元々は大手企業でアタマだけは高速回転する高学歴性悪共に日々鍛えられ、今や美女しか持たんオーラすらも身に付け、女子テクニックは10倍増しボーナスのつく彼女からすれば、所詮は世間知らずの中高校生のウブな男の子達など、説得も何もコロがすとかそういうレベルですらなかった。



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