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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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126 姉の攻勢と弟の援護

 アンネによるジュリアス攻略作戦が華麗に始まって1か月。


 アンネは学園内でジュリアスを見かければ隙あらば声を掛け、なんなら連れ歩き、行く先々で控え目な貴族らしい婉曲表現ながら、将来の軍を担う人材として褒めそやした。

 自身の弟を褒めちぎりまくる姿に、周囲はどちらかと言えば生暖かい視線になる事が多かったが、姉は少しも怯まず、彼を目の前にして優雅に褒めちぎり続けた。


 ジュリアスの方はと言えば、突然始まった姉の強烈な自分推しに最初は完全にオタオタしていただけだったし、姉が自分を目の前にして自分を褒めるのを聞きながらぶっちゃけ居心地が悪かった。

 1人になって冷静になってみれば、イジメの達人中の達人である姉による新たなイジメか?と悩んだり、「これが噂に聞く褒め殺しってヤツか?」と疑ったりする事すらあった。


 が、最近は少しづつ慣れてきた。


 周囲も「ご姉弟で仲の良いのは大変宜しい事」と微笑ましく見てくれ、その感じは悪くはない。

 それに何より、15年間の生涯の14.9年までチマチマとイジメられていた境遇からの180度転回はどこかフワフワした感じだったが、たった1人の美人の姉の視線が優しいものに変わった事に文句など有り様はずもなかった。


 アンネ曰くギャップ攻めが効果を表してきているのだった。


 田中はギャップ攻めと理解し、浜井にもそう説明していたがが、冷たい態度の後に優しく接する、立場は逆で時間軸も大きく違うが、正にヤクザがオンナを手懐ける手法そのものである(笑)。


 そうしたある日、最早日常となりつつある様子で、アンネがジュリアスを連れて歩いていると、学園内の木陰で男子生徒と女子生徒が軽く立ち話をしているのに出くわした。アンネの侍女ジーナとジュリアスの従者は用事を仰せつかっており側を離れている。


 木陰にいるのはルシアン殿下とアマベル・モーリスだ。

 2人とも笑顔である。


 2人は、2人きりではあるが特に変な雰囲気もなく、仲の良い同級生宜しく木陰で楽しそうに立ち話していただけの様子ではあったが、アンネとジュリアスに気付くと少し気まずそうな顔をした。

 そしてアマベルは、如何にも礼儀作法に慣れていない平民らしい一礼、真なる悪役令嬢ならその場で心折れるまで叱責したであろう雑な一礼だけして、あろうことか将来の王太子妃と公爵嫡子に挨拶の一言も申し上げないまま、王子の許可もその婚約者の許可も公爵令息の許可も得ないまま、勝手にそそくさと立ち去ってしまった。正確には逃げてしまった。

 

 彼女がガチの平民である事を差し引いても、そのあまりに礼を失した態度に、むしろ王子の方が「ヤバい!」と柄にもなく思わずアンネ達の顔色を伺ったぐらいだった。


 そんな微妙な空気の中、当のアンネは彼女の姿など見なかったかの様に朗らかな調子で、しかしまずはマウントを獲るべく婚約者に敢えて上から声を掛けた。


「これは殿下、御機嫌よう。」

「う、うむ、アンネ嬢。その方も今日も元気そうで何よりだ。」


 笑顔の傍らでアンネは王子がアンネの上からの調子に普段の俺様反応出来ない程に動揺していて防御が相当甘くなっているのを冷静に確認した。

 その後、見た目は公爵令嬢らしい嫋やかな動作で、本来なら王子あるいは公爵令嬢の許可なしにはその場から立ち去るところか学外なら立ち上がる事すら許されないにも関わらず、無礼にも勝手に立ち去った彼女の後姿にアンネは初めて目をやった。


 そして攻撃が開始された。


「あの生徒は…」

「あ、ああ…アンネ嬢は知らぬかも知れぬがCクラスのアマベル・モーリスという生徒だ。」

「モーリス?」


 彼女があざとく小首を傾げた。


 とにかくバーバレラ公爵令嬢は悪役令嬢としてキツ目ではあるが絶世の美少女なのだ。

 俺様だろうが何様だろうが男であるならばその効力から逃れるのはほぼ不可能で、王子も全く例外ではない。

 

 彼女の破壊力しかない攻撃動作をピンポイントで直撃を喰らった王子は、医師が診断すれば心臓病を疑うレベルでいきなり心拍数が跳ね上がってしまって呼吸も乱れていたが、脳の会話の部分はかろうじて生きていて彼女が小首を傾げた理由はすぐさま理解した。

 少なくとも王子を心臓発作で即死させることが主目的ではなく、彼女はモーリスという家名を聞いた事がない、と思ったのだろう。


「か、か、彼女は平民だ。」


 またも彼女は可愛らしく小首を傾げた。

 美少女のジャブの連打を前に王子の心臓は火の通ったポップコーンの様に飛び跳ねまくりである。


「平民?」


 町中で「あ、パンダが歩いてる」と言われた様な彼女の殊更いぶかし気な返しを聞いて、王子はちょっとらしくない早口で言った。


「彼女は平民だが、学業成績が優秀が故に学園に特別に編入を許されている。実際、学内成績は私に迫る程だ。本来なら同じAクラスが相応しいが平民だからCクラスにいるだけだ、と理解している。私としては平民だからといって成績優秀な者を差別する気は全くない!むしろ目を掛けてやるぐらいのつもりでいる!」


 婚約者のいる身でありながら、木陰で女子生徒と2人きりで話していたのは、如何に学生身分であろうとも些か体裁が悪いのは王子としても分かっていた。

 しかも、その姿を婚約者とその弟にバッチリ見られ、挙句、アマベルは仕方がないこととはいえ、王子をフォローどころか失礼極まりない態度で1人でサッサと逃げてしまい、らしくもなくかなり動揺していた。


 最近の王子とアンネは休学前の様な険悪とまではいかないまでも気持ち的に互いを無視する様な感じではない。

 控え目ながらもアンネがクラスで王子に話し掛ける事が多くなり、お立場的に俺様を極めている身ではあるが、根は悪くはない王子も少しつづ相手をする時間が長くなっていた。


 話の内容はどうという事がない雑談だが、昔の様な礼儀正しいだけの冷めた空気はない。

 以前とは違い、彼女が王子の話をチャーミングな笑顔で聞くのは悪い気持ちはしない。

 何度も繰り返しになるがそもそもアンネは少しキツ目ではあるが絶世の美少女で、その美少女から身を乗り出して笑顔で話し掛けられて悪い気がする男は全宇宙に存在しない。


 しかし、一方で長年の経験はそう簡単には捨て去れない。

 

 アンネ・バーバレラなら平民と聞いた瞬間に露骨に見下した態度をとり、優雅な貴族風な表現ながらハンパなくディスるだろう、と王子は思っていた。

 そして、彼はその予感に自分が自分で不愉快になって、まだ彼女は何も言ってないのにアンネの発言を封じる様に些か強い口調で逆ギレ気味に言った。


 しかし彼女は何事も無かったかの様な笑顔でサラリと言った。


「宜しいんじゃございません?」

「は?」

「平民でも成績優秀な彼女の噂は存じておりますわ。流石に学内では殿下が大っぴらにお慈悲を示すのはお立場を考えればお難しいにしても、校外ででも大いにお引き立てになってあげれば。」


 さり気無く「校内では彼女とイチャイチャすんなよ!」という念押しを巧みに織り交ぜながらのアンネの奇襲に王子はギョッとした。

 当然と言えば当然だが、彼の校外での活躍(?)は彼女には言ってない。


 彼女は何か確証を持って言ってるのだろうか?

 だいたいよく考えれば特に悪い事をしているわけでもないのに、どこか彼女に対して後ろめたさを感じるのは何故だ!?


 いつもは自信に溢れる俺様系王子が更に動揺するのを他所に見た目は麗しい婚約者は涼しい顔で攻撃を続行した。


「殿下の配下に優秀な者が集うのは当然ではありますが、殿下に迫る程に成績優秀となれば彼女には殿下が目をかけてやる価値もございます。私としても将来を考えれば優秀な臣下は歓迎ですわ。」


 他の女への関心に同意を与えるという婚約者の掟破りで鵯越えと川中島が同時に来た様な更なる奇襲に、王子は彼女がさり気無く自分が王太子妃になるのを前提に話をしているのにも気付かずにカクカクと頷いた。


「そ、そうか…」


 もはやキャラ変と言っていいレベルで目を白黒させる王子に婚約者は笑顔で冷酷に追撃をかけた。


「殿下の御前に出る者として平民なのは些か問題ではありますが…それこそ何処かの男爵家なり子爵家なりに手を回して早めに嫁がせればいいだけのこと。大した問題ではありませんわ。」

「えっ!」


 王子の驚きを他所に、婚約者の公爵令嬢は平然と絨毯爆撃を続けた。


「殿下が直接動かれる必要などございません。ご意思さえお示し戴ければ我が公爵家が即座に彼女に良き縁をお持ちしましょう。」


 彼女は嫋やかな令嬢ムーブでありながら王子が何事か反論する隙を与えない素早さで後ろを振り向いた。


「ジュリアス?」


 王子とその婚約者の一見穏やかながら何かヤバい話し合いの後ろで大人しく控えていた、というかなるべく関わり合いにならない様に空気になっていたつもりだった年下のイケメンは、だが空気は読める。特に姉の空気を読んで生き延びる事を最優先に15年間生きて来たのだ。

 空気を完全に読み切った彼は自分の姉にではなく、将来の王太子妃、いや王妃に対して恭しくアタマを下げた。


「ハイ、姉上…いえ、アンネ様。」

「平民が嫁いでも特に問題がない家にどこか心当たりはありますか?」


 突然、ボールを投げられても、少々地味だが将来は公爵家を継ぐ立場にあり、姉にアタマを完全に押さえつけられている事を除けば実は優秀な弟君は全く慌てず、冷静に、そして的確に援護射撃を実行した。


「咄嗟には思い付きかねますが、殿下の思し召しとあればこのジュリアスが必ずや探しましょう。」

「待て待て待て待て!!!」


 一方の王子は勝手にドンドン話を進める公爵家姉弟にかなり慌てた調子で待ったをかけた。

 なまじっか幼い頃からこの姉弟は知ってるが故だ。


 昼の社交と夜の夜会、そして貴族界で開かれる数々のパーティーを主戦場にしている公爵夫人及び王妃にも鍛えられた姉が本気で動けば、貴族界で直ぐにアマベルの婿探しの噂が広がる。1か月もかからない。時間にして30秒ぐらいだろう。間違いない。

 そして普段はド派手な姉の後ろに隠れて全く控え目だが意外と優秀な弟が、ソツのなく手早く手際良く、平民が嫁いでも問題のない相手を探して来るだろう。派手な軍事作戦などせずとも国内の配置を少し変えるだけで隣国を止めてみせる能力を持つ父元帥と同じだ。

 こちらは流石に相手もいる事なので30秒とはいかないが、3日かそこらしかかからない可能性が高い。


 しかも成績優秀であろうが何であろうが平民であるアマベルは、公爵家が斡旋した縁談を断る事など不可能だ。


「その…なんだ…アレだ!貴族ならともかく、彼女は平民だぞ!周囲が勝手に縁談を纏めるなど慣れていないだろう!それなのに…」


 王子が何故かこの瞬間、心臓に不調を抱え、脳に必要な血量が送られていない中でも必死で考えた反論に、しかし公爵令嬢はその通りだという風に軽い感じで頷いて、ボディーに直接攻撃をぶち込んだ。


「誠に殿下の仰られる通りです。平民の社会では家の都合を全く考えない結婚なども多いと聞きます。ですから、光り輝く殿下のお傍にお仕えするとなれば、何か…個人的な関係の期待を持たせてしまうかも知れません。」

「っ!……」


 ストーリー展開的には結局、王子はそこをぶっちぎって婚約破棄、彼女との結婚に奔るわけだが、少なくとも今の段階ではまだ、平民である彼女と王族である彼が、婚約者が遠回しに仄めかした様な臣下以上の何か関係を持つのは有り得ない、という常識は持っている。

 少なくとも大っぴらに口に出せる話ではない。


 だいたい、彼には今、目の前でニコヤカに話す婚約者もいる。

 そしてゲーム本来のストーリーとは違い、今の彼は彼女を疎ましくまでは思っておらず、ヒロインとの婚約者の入替など脳裏にない。


 思わず詰まった王子に対し、その婚約者である公爵令嬢は平然と続けた。


「そうなってしまってはお仕えする彼女があまりに哀れ。そうならない為にもお気に入られているなら早めの良縁をお持ちして差し上げた方が宜しいかと。」

「それは…い、いや、彼女は知っての通りアタマも良い。私の近くにいるからといって、そこは勘違いはしないと思うが…」


 むしろお前のお手付きや勘違いを防ぐ為だよ!という本音を言う事無く、アンネは婚約者に遂には手を伸ばし、その腕をそっと撫でるという物理攻撃を敢行した。


「殿下はご自分のご存在を分かっておられないのです。一番お傍近くにいる私ですら殿下の近くでは……心拍が…」

「…!!」


 最早神と同等なイケメン力で生まれたその日から周囲は自然に女だらけな王子殿下は、普段は女などどうも思わない。

 (最近は少しグラつき気味ではあるが)アンネなど子供の頃に政略で決められた結婚相手としか見ていなかった王子殿下だが、キツ目、派手目の絶世の美少女が顔を赤くして目の前でデレる姿に、もう心臓は飛び跳ねもせず完全に止まってしまい、言葉も出ない。


 ボディーを強打され、くの字になったところにアッパーが顎に炸裂し、脳を揺らされた相手が完全に意識朦朧となったのをシッカリ確認して、公爵令嬢は勝利の笑顔でニッコリ笑った。


「ご心配なく。殿下が直接何事かをされる必要など全くございません。全て私共、公爵家にお任せ戴ければ。」

「……か、か、彼女の扱いについては私も少し考えてみよう。」


 辛うじて言葉を絞り出した彼からすれば、ロープを掴んで立ち上がったつもりだったのかも知れない。

 しかしそれは既に勝負の10カウントは過ぎてしまった後だった事に、この時は気付かず終わってしまったのだった。



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