124 姉の都合と弟の都合
田中=アンネは、クサレ半グレご令嬢の取り巻き達に勝手にヒロインに手を出すな、と厳命し、月例進捗会議では男爵と護衛は初めて正面から論破した、と理解していた。
もっとも彼女の理解とは異なり、男衆2人は決して彼女に論破されたわけではなく、むしろ彼らの間では実は全く方針の変更はない。
逆に田中をあの場で完全に論破せずともストーリーは進むと見て静観していたに過ぎない。
会社でも同じ様なもので、会議で上司を論破したところで上司からの心象が悪くなるだけで方針が変更になることはない。その場で論破した空気になり、有頂天になった数日後に九州の片田舎にある部品倉庫への転勤辞令が出るだけだ。
本人の能力とも関係ない。某大企業で最終的には社長になり名経営者と名が通っている人物だって、若い頃に会社に良かれと信じて上役の示す方針に逆らって契約を纏めた結果、無事に契約締結後には湾岸の物流センターにトバされたのだ。
ちなみにその会社は、当時も今も世間一般では旧態依然とした会社とは全く見られておらず、むしろ常に世の中の最先端を走っている企業と理解されている。
だが、田中も人間だ。
彼女自身も会社では散々その種の事例を見たり聞いたりしていたにも関わらず、田中は論破した!と理解していた。つまり方針変更案は通った、という事だ。
人は所詮、見たいものだけが目に入り、聞きたい話だけが耳に残り、自分が思いたい様にしか世の中を解釈しないのだ。
とは言え、自身の取り巻きには釘を刺し、男爵達も取り敢えず黙らせた彼女に残る問題は幾つもある。
その中でも最優先は自分の身を守る算段だ。
無論、アンネ・バーバレラは公爵令嬢でその辺のパンピーではない。
公爵家には護衛の類は一般的には問題ない程溢れてる。日本の首相が見たら「戦時中か!?」とビビる程いる。
身近には護衛としてもビシバシに鍛えられている侍女ジーナもいる。
男爵が寄こした護衛のクリスは、首都伯ご令嬢直衛という経歴に加え、模擬戦しか見てないがジーナでは相手になってなかったし、本人が自信満々なところも加味すればそれなりに役立ちそうでもある。
が、駒がジーナとクリスの2枚程度では不安だ。
アンネの責に寄らずして彼女を王子の婚約者から引き摺り落とす強制力が働いた場合、男爵やクリスが示唆した通り相当強引な出来事がストーリーの強制力として起きる可能性がある。
アンネの個人防御力とは関係ない実家の公爵家に強制力が働く可能性もなくはないが、確率は低い。
公爵家当主でアンネの父親である当代バーバレラ公爵は軍トップとして国王からの信任も厚く、その指揮官としての優秀さは周辺国でも知られる存在らしい。
彼が失脚ないしは没落することは目先ではないだろうし、公爵家としても領地の治政も問題がなく、財政的に困難に直面したりもしていない、と思う。
公爵家の内情については、結婚後は公爵家を出る事が確定のアンネよりもむしろ公爵家を継ぐ事になる弟のジュリアスの方が詳しい。
彼は公爵家当主である父親が国事にかかり切りになった場合に備え、いつでも代理が務められる様に幼い頃から執事が家政について教えているらしいし、長期の休みの度に公爵領に顔も出している。
対するアンネは別荘に遊びに行く時ぐらいしか領地には足を踏み入れない。
公爵家内の内政にも一切タッチしていない。
公爵家は謂わばファミリービジネスだ。ファミリービジネスには普通は多かれ少なかれ家族の全員がタッチする。近親者、一族が丸ごと関わっているのも多い。
なのにアンネがこれだけ何もしていないのは、会社員としての田中からすれば、むしろ優秀な軍指揮官で知られるイケオジ公爵閣下は、将来、嫁入りしたアンネを通じて得た情報を悪用されて王家に変に利用されるのを防ぐ為に、娘は意図的に公爵家内情から遠ざけているのかも、と勘繰る程である。
要するに彼女の担当は母親と同じで専ら社交のみだ。
いずれにせよ公爵家に何事かの異変が起きて婚約が破談になるのは考えにくい。
例え当代バーバレラ元帥が暗殺されたとしても婚約とその継続(つまりは結婚)には影響は出ないだろう。
そう考えれば変事が起きる可能性はアンネの身の上に直接的な何かの可能性がデカい。
とはいえ、駒の追加候補は決まっている。先も男爵達に話した通り、弟のジュリアスだ。
ジュリアスはこれまたよくは知らないが、公爵嫡子に相応しく文武で優秀な成績を収めていると聞いている。
学園内ではジーナが常に付いてはいるが、いざという時にはジュリアスも駆け付けてくれれば有難い。
それに彼の場合、クリスやジーナと違い、立場もあり政治的な話、公的な場所でも盾と成りうる。
だが問題はある。
そして問題点も思いっきり分かっている。
姉弟仲の悪さである。
生まれてこの方、アンネは何故かこの王子とはまた違ったタイプのイケメンの弟をイジメてきた。田中からすれば理由は全く分からない。
彼は、ちょっと線の細そうな感じはするし、田中曰く草食っぽい雰囲気は漂うものの姉に似たイケメンである。
これの何が気に入らなくてアンネはイジメてたのだろうか?
全くのナゾだ。
意味もなく弟ですらイジメ倒す。
この辺りが本来のアンネ・バーバレラの悪役令嬢としての生まれ持った資質(?)なのかも知れない。
だいたい、そもそも論として田中が納得出来ない部分はこの件以外にもある。
自分(?)で言うのも何だが、アンネは超絶美少女である。なのに王子は今まで全く興味を示して来なかった。それどころか冷淡な態度だった。
これは賢い彼は外面に騙されずアンネの中身の腐敗臭を嗅ぎつけていたからかも知れないとムリムリ納得したとしても、あの神メンの王子にアンネの方も然したる興味を抱いていなかったのは全く意味が分からない。
喧嘩、武芸、学業…いや順番的には学業、武芸(喧嘩)において完璧王子様で、顔面に至ってはもはや偏差値とかって話を超越して神ってるのだ。しかもそれが幼い頃から双方両親公認の自分の婚約者である。
好き嫌いはさておいても、何としてもキープを図るのが誰が見ても常考だと思うが、アンネは今まで何でかそうして来なかった。
そのことがあんな普通っぽいヒロインにつけ入る隙を与える結果になっている。
が、ゲームだと言われれば多少の納得はいく。
所詮はご都合主義だし、冷静に考えればあちこち話のつじつまが合わないのも仕方がないと言える。これも一種のストーリーの強制力だと思えば、まるっきり変ではない。
そしてそのストーリーの強制力によって、田中にはまるで理解出来ずともアンネによる15年弱に亘る悪行が継続されている設定の結果、弟君は姉に全く懐いてない。むしろ学園に上がったのを機に上手に避けて回っている。
とにかく上手で彼は学園内でも自宅の邸内であっても姉から最早完全に逃げ切っている。
だから同じ家に住んでいるはずなのに、顔を合わせるのも容易ではない。
朝は恐らく姉と登校が重ならない様に剣術道場の朝練を日課にしていて、早朝に道場に出掛け、学校にはそこから直接登校する。
帰りは姉の履修スケジュールをガッチリ把握しているらしく、下校時刻は完全なまでに重ならない。
夕食は両親ともに夜会だ、仕事だと忙しくて不在がちなのを良いことに、勉強が忙しいとの理由付けで席に出ても来ず、代わりに夜遅く、侍従に言いつけて部屋に夜食を運び込ませて済ませているらしい。
休日も早朝に道場に出掛けて夜遅くまで帰って来ないか、学校の図書館に自習に行くと称してやはり夜半過ぎまで帰宅しない。
この弟君の生活パターンを確認して、田中は変な意味だが感心した。
ここまで物事を徹底出来るのは素晴らしい。
密かに優秀と言われている能力に嘘はないか、それ程までに姉が嫌いか、あるいはその両方かも知れなかったが、いずれにせよ何とかするしかない。
何とかするしかないが、田中の方針はこれも完全に決まっていた。ギャップ攻めだ。
だが会えなければどうしようもない。
部屋にいるのは分かっていても、いきなり部屋を訪れても攻め口もない。居留守を使われたり、何のかのと理由を付けられて入室すら拒まれる可能性もある。大いにある。あり過ぐる。
だが諦めるわけにもいかない。
なんせ自分の身の上が懸かっているのだ。
作戦は男爵やクリスに自信満々で説明したもののギャップ攻めという比較的ありふれた方法しかないが、逝くしかない!と田中はホゾを固めていた。
全てのアスリートが人生の目標と定め、超1流の選手だけが出場を許されるオリンピックでだって、本番では世界新記録でもなくオリンピックレコードでもなく、それどころか自らが持つ自国最高記録にすら届かない成績で見事金メダルに輝いた選手だっている。
移籍した欧州の所属チームでは殆ど点数が獲れていなかったのに、ワールドカップではチームを勝利に導く貴重な点数を挙げた選手もいる。
要は必要なのは本番の勝負時に溢れさす気合だ!
そうはいっても機会を作るだけでも困難な状態に、月例会議の数日後に少し早く学校から帰宅したアンネがどうしたものか、と中庭の脇にある廊下を歩いていると、隅の方から「シッ!シッ!」という声が聞こえて来た。
よく見ると奥の木陰で少し幼い感じはするがイケメン、というか美少年が一心不乱に木刀を振っていた。
おっしゃあ!!
マト発見!!!
アンネは胸に手をやって気持ちを落ち着かせ、ヨシ!と心の中で自分に気合を入れて、未だコチラに気付いていない美少年に声を掛けた。
「ジュリアス?」




