122 設定の再確認
彼女と俺は公爵邸に一旦帰り、その後で俺は浜井に街中のレストランに呼び出されていた。
言うまでもなく、アンネ=田中に一方的に方針変更を宣言された俺らとしては、今後の相談をする為だ。
ちなみに、通常ならアンネの護衛業務は家に辿り着けば一応終了だ。後は公爵邸内であれば公爵邸そのものを警護する私設警備隊が担当する。アンネの部屋付の護衛も別途いる。
俺はアンネが外出でも言い出さない限り、与えられている一般用客間で待機だ。一応、男爵からの派遣なので私設警護隊の兵舎でも一般の侍従部屋でもない。
部屋はともかく、そういった待機時間なので彼女の傍を離れて本来の雇用主である男爵の呼び出しに応じるのは、公爵家の人間に一言言っておけば何も問題ない。
…よく考えてみれば俺って伯爵家から一般出向に出された挙句、更に外部に派遣社員させられてんのか(涙)。
「彼女には特段説明はしてないが…」
レストランの個室で浜井は肉をナイフで切りながら言った。
「王子がヒロインにお近づきになるのは学園じゃない。学園の外の定食屋だ。」
「定食屋?」
「そうだ。学園外の下町の一角に”サリとベラ亭”って小料理屋がある。昼は定食を出してて夜は軽い居酒屋だ。」
モグモグ…
2人して肉を頬張る。
「元は名前の通りサリとベラって地方から出て来てここで出会って意気投合した2人の女が共同で始めた店だ。けど開店して数年後にサリって方がたまたま上京してきた同郷の商人に見初められて結婚して故郷に帰る事になってな。今はベラと彼女がコッチで結婚した旦那、それとその娘で経営してる。」
モグモグ…
浜井が食いながら説明を続け、俺も食いながら聞く。
肉は例のマリラ肉だ。なんと120話ぶりの登場である。
マリラは元々は南方辺りの広い草原に住む大型草食獣だが…(以下003話参照)
マリラの習性はともかく、いやあ、柔らかいが芯がある感じでおまけにジューシーだ!久しぶりに食うけどマジに旨いなあ、コレ!
「そのサリっての故郷がヒロインと同じでな。ヒロインは故郷で知り合いのサリの紹介でその店でバイトしてる。」
バイトかあ…
「ヒロインってのは特待生とかじゃなかったっけ?」
俺の問いに浜井が品悪くフォークを目の前で振り回す。
「そうなんだが、平民の彼女は学費と朝夕の食事付きの寮費は全額国持ちなだけで、他は自分で稼がなあかん。彼女の実家は娘に仕送りが出来る程、裕福じゃない。」
「アレだな、田舎から奨学金で東京の大学に進学してきた…なんてのかな…うん、昔の苦学生みたいな感じだな。」
「まあそんな感じだな。」
モグモグモブ…
相談だったら例の借り上げ仮公邸でも良かったわけだが、このレストランにしたのは正解だ。
とにかくメシが旨い!
「なんで彼女はそこでアルバイトをしているわけだが、お忍びで城外に出て身分を隠してウロウロしてる王子が偶然その店に訪れる。そこで一生懸命働いている彼女を見て王子とその取り巻きはグラリときて、彼女は王子との接点が出来るんだ。」
「ふ~ん」
「なんで、ヒロインを学園内で隅っこに追い払ってもあんまし意味はない。平民の彼女はそもそも学校じゃ微妙に隅っこ暮らしなんだ。」
俺もモグモグと頷いた。
「王子との接点はそこじゃないからな。」
身分違いの恋、によく有りがちな偉い人お忍び系だな。
「この学園部分は元々、こんなマジなゲームな予定じゃなかったんだ。まあ…ミニゲームだな。」
「……」
モグモグモグ…
マジ、肉ウマ!
浜井は俺が満面の笑みでメシを堪能する様を見て「お前、ちゃんと聞いてんのか!?」って顔をしてるけど、大丈夫、キチンと聞いてまっせ。
「それが、会社の偉い人がこの辺りの展開が気に入ってな。マジゲームとして独立さすって話になった。」
それは俺も聞いたことがあるヤツだ!
俺はモグモグしながら頷いた。
「あぁ……アレか?スピンアウトってヤツか?」
「ま、そういう事だ。」
俺は肉をゴックンと飲み込み、ワインを手にとって一口飲んだ。
貴族の出入りする店はワインもまた旨い!
「元々の俺の小説では、王太子妃、つまりはヒロインが若い頃に学園に特待生として通いながらサリとベラ亭で働いていた所までは一緒なんだ。そこにたまたま通りがかった王子が彼女を見初めて、彼の熱烈なアタックで結婚まで漕ぎつけるってぐらいの話だった。」
俺も俺の中で話が繋がってきた。
「んで、最終的に立場を利用して?勇者に会って、祝福を与えるってわけだな。」
「勇者は幼少時にはこの辺りのスラムに住んでて、庶民上がりで下町の店でバイトしてるヒロインは軽い顔見知りって設定だ。んで後に王太子妃となった彼女の強力な推しで王太子は国策として勇者への肩入れを決める。」
「なるほど?」
「本来なら如何に勇者でも所詮は庶民、つかスラム街出身だから国策に影響力のある人間に知り合いなんぞいないはずなんだ。それを補強する数少ない人間が王太子妃で、その為の庶民上がり、勇者とお知り合い設定だったんだ。」
俺はふと疑問を持った。
「…つう事はこの辺に将来勇者になる子ってのがウロウロしてんのか?」
浜井はワインを飲みながら頷く。
「一応、そうだ。ただこの段階ではただのスラム街のガキだ。ヒロインの周辺にはチョロチョロしてるかもだが、お前さんの護衛してるアンネの前とかには出て来ない。それにまだPhase3だから何も起きない。元々のゲームではこの辺りは殆どが背景説明のナレだけだった。」
ふむ。
俺もワインを飲みながら無言で頷く。
「元のストーリーじゃあ王子が立場を弁えず熱烈に迫って来るのに彼女としては困惑…ってか困ってた。」
「身分違いだもんな。」
「身分を弁えず顔を出す。しかもストーカー宜しく毎日通う、おまけにバイトの店員を口説く困ったちゃんの王子に周囲も同じ様に困惑するだけで何も出来ない。誰にも相談も出来ない彼女が頼るのが勇者だ。」
いや、相談はいいけど…
「…って言ったって唯のスラムのガキなんだろ?(笑)」
「勿論、本気で相談とかじゃない。まあ、アレだ、猫に話し掛ける様なモンだ。」
俺は猫にオンナが話し掛ける風景を想像して少し苦笑した。
公園のベンチとかにいる、他に話す相手のいない少しアタマのオカシイ老人みたいだ。
「元々の俺の小説では、彼女が王子が迫ってきて困ってるってな話を勇者になるガキと河岸の土手に並んで座って1回だけ思わず漏らす場面が回想の一コマで出て来るだけだ。」
更に補足されて俺のアタマの中からオカシイ老人がいなくなり、オンナと男の子が川べりに並んで座る背中姿が浮かぶ。当然、夕陽を眺めながらだ。
「それがゲームになった時に彼女に王太子妃になる事を決心させるアドバイスをする、ほんのちょっとしたミニゲームになった。」
小さな男の子と綺麗なお姉さんが川辺で並んで座って、女はちょっとした愚痴を溢し、それに対し仲良しのお姉さんに小さな男の子が彼なりに一生懸命にアドバイス、あるいは慰める。
スピンアウトを指示した偉い人からすれば、そんな美しく微笑ましい風景がとても良かったのかも知れないな。
「ミニゲームって?」
「上手くすれば、ナイスアドバイスに感謝して王子と向き合う決心をした彼女がちょっとした聖女の力を発揮して、主人公にここでしか手に入らない小技が手に入る。上手くしなけりゃ小技は手に入らないけど魔王退治自体には支障はない。最終的には彼女は王太子妃になるのも変わらん。その程度のミニゲームだ。」
ゲームにはよくある設定だな。
別に行かなくとも本筋には影響しないが、後で攻略Wikiとか見て「シマッタ!俺、そこは寄らなかった!!」とかって悶えるヤツだ。
「けど、会社側の制作会議でここらが気に入った人がいたとかで、本格的にスピンアウトして別ゲーム化するって話になったらしい。」
「ふ~ん」
スピンアウトってのは色々なパターンがある。
よくあるのは重要な脇役、あるいは目立つ悪役とかで主人公と同じぐらい目立って主人公同然に人気が出て来たから、彼を主人公に新たな話が出来る場合だ。
我々には当然舞台裏は知らされないが、出版社とかの強い推しの場合と作者自身がその人物が気に入った場合の二つが考えられる。最近はややもすると違う作者が書く(描く?)のも見た事がある。
その他に作者または関係者が、本筋では特に重要な役柄は振られてない人物に何故か着目して、その人物のストーリーを書く事もある。
作者である浜井の話を聞く限り、この場合は後者に近いな。
「俺としちゃ1本のゲームが2本になったわけで、著作料の手取りが増える可能性が高くなって最初は喜んだんだけどな…」
しかも原作者の彼としては数行書いただけの部分で殆ど労力が掛かってない。正に濡れ手に粟だな。
お互いのメインデイッシュの皿が空き、浜井が卓上の鈴を鳴らすとウェイターが部屋に入って来て皿を片付け、コーヒーとデザートを置いた。
俺らはその間は黙って流れる様なウェイターの手付きを眺めていた。
「ワールドが一緒だとそっちのゲームの都合が本編にまで響くなんてな考えてなかった。この辺はちと計算外だよな。」
ウェイターが下がった後で浜井はウンザリ気味に付け加え、ふっと思い付いた様に俺の方を見た。
「お前、これ以上変な分岐になってもイヤなんで、万が一、勇者見てもザクっと殺したりすんなよ?」
エリザベスのお嬢からも似た様なクギの刺され方をしたような気もするな。
何だってみんな俺をシリアルキラーみたく見てるんだ!?
「アンネに襲い掛かって来たりでもしなきゃ、そんな事はしねえよ。」
浜井は小さな子供がゴツい護衛に囲まれるアンネに飛び掛かる絵でも想像したのか苦笑いした。
「幼い勇者が王子の婚約者ぶっ殺してヒロインが王太子妃になる、なんてトラウマ鬱展開はねえだろうから、そこは流石に大丈夫だろ。」
確かにその展開は考えにくいわな。それって世界を救う勇者様のすることじゃねえし。
俺も「そうだな」という風に苦笑すると、浜井は「何を言ってるかというと…」と続けた。
「だから、アンネが手出ししようがしまいが、本来ならある程度ストーリーは進む。そのうち学園内でも目立つぐらい言葉を交わし始める彼らを見て、王子といい感じの空気を醸し出してるヒロインちゃんを見て、取り巻きのご令嬢達や彼女自身が我慢できなくなるのは時間の問題だ。」
「……じゃあ何の為に俺らが介入してんだ?」
アタマがこんがらがってきた俺の問いに浜井は即答した。
「そりゃ、そうは言っても俺達が嗾けないと彼女は何もせずに終わるからさ。見りゃ分かるだろ?」
「むう…」
確かに田中は放っておけば勝手にイジメ始める感じはしない。
「けど、何でそんな事が分かる?俺らは田中と会ってるから…まあ…彼女がイジメを愉しむ様な性格じゃなさそうだって思えるけど、来る前はそんな事、分からなかっただろう?」
「まあな。最初はChanging Playの一環かと思ってたしな。だからこれは今までの流れから判断してんだ。」
「現在の状況を見ても分かる通り…」と浜井は続ける。
「本来のアンネであれば、人間的に魂からクサレな設定だから王子のお近づきになる以前に平民ってだけで彼女をイジメてる。本当ならそれを見た正義感の強い王子が止めに入るところから話がスタートする予定だったんだ。」
この辺は王道な感じだ。
俺が先手を打って先を想像する。
「んで、ある日、町でウロついてる王子は、学園内で庇った彼女が入り浸ってる定食屋のバイトの姉ちゃんと同一人物だって気付くわけだ。」
「そうだ」と浜井はデザートのケーキをモグモグしながら頷く。
「そしてバイトの姉ちゃん…つかヒロインの方も、町でルーと呼ばれてる神々しいばかりにイケメンな半グレボスが同じ学校に通う王子だと気付く。」
まあこの手のゲームつか話に馴染みのない俺が思い付くぐらいだから、この辺も王道かな。
「なのにアンネは田中だからか、それとも何か別の理由で話が上手くいかなかったのか、その最初のイベントを落としたまま、物語が始まらないままここまで来ちまった。」
「…ふむ。」
「だからなのか、今もってヒロインは王子やアンネと同じクラスですらなくて、挙句、ヒロインとアンネの間には今に至るまで直接の面識すらない。」
「なるほどね。」
つまり、悪役令嬢が予定通りの悪役をしなかったおかげで、色んな予定がズレズレで起きていないわけだ。




