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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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121 アンタ浅くない?

 社内の方針が変更される場合は大きくは2通りがある。


 1つは実務を担当する下には何も言わずに裏で方針が変更される場合である。


 「これからは中国市場だ!」と怒号する上の方針に従い、部下達がせっせと中国顧客の開拓を進めている後ろで、より多くの情報を独占している上層部だけで「いや、もうこの段階では我が社の力では中国で商売を伸ばすのは難しくなったのではないか…」と話し合われ、その場の幹部だけの暗黙の了解で中国市場にはこれ以上注力しない方針が決まる。


 方針の変更なのだが、空気で決まっただけで特に明文化も明言化もされていない。

 明文化も明言化もされてないから、下にはその方針変更は確たる形では伝えられないまま、ある日突然、北京事務所は閉鎖され、上海工場は地元中国企業に売り払われる。


 その段階になって何も知らされていない下も流石に「あれ?」と異変に気付くわけだが、今もって「これからは中国市場だ!」という方針が変更になったという指示は出されていない。

 自分の仕事にも特段のストップはかからず、直属の上司に聞いても「いや、君はこれまで通り頑張ってくれ」としか言われない。


 けれども、中間管理職層の目敏い者は直ぐに事態を把握する。

 彼らの指示で、何時の間にやら会社から大事にされているエース級や将来を嘱望されている幹部達は気が付けばアメリカ市場に持ち場を移しており、自分だけが今迄とは違いバックヤードの連中も自分からの協力依頼には何となく余所余所しい態度をとられる。そして気が付けば全社で中国担当の人員は激減している。


 昨今に勃興したIT系なんかでは2年もやって大化けしなければとっとと撤退、と人も設備もサッサと売り払って、当の担当者達には手遅れかつ何の良い事もないが、方針変更自体は目に見える形になる。

 しかしながら伝統的な日本企業では経営層が失敗と見られるのを極度に嫌がって、明確な方針変更を最後まで示さないまま自然消滅を狙う事例は多い。

 ややもすると方針変更を察知して傷が深くならないうちに手仕舞いしようとした幹部が、その方針に関係した経営トップの逆鱗に触れて辞職に追い込まれた例すらある。


 今1つは大声で180度違う方針が出される場合である。


 これは更に大きく2つに場合分けされ、外部から来たトップ、あるいは社内の非主流派がトップに立って、これまでの方針を180度ひっくり返す場合と、オーナー社長や実力会長などが今迄自分が言って来た事をまるで気にする事もなく、ある日突然180度違う事を言い出す場合である。

 いずれにせよ、大々的な方針変更だから会社が危機的状況に陥った時が多いし、180度系列の話はトップダウンで話が降りて来るのが普通だ。


 下にとっては正しく青天の霹靂である場合も多い。

 社内最年少で取締役になった人事一筋の専務が次期社長就任インタビューで「ある日突然、社長から呼び出されて青天の霹靂で社長就任を言い渡されました」というのとはわけが違う。


 ちなみに外部から来たトップが言い出す場合は、社内外の抵抗勢力の抵抗に勝てずに結局ダメだった例も多い。もっともその場合、当の本人は転職慣れしてるので場を荒らすだけ荒らした挙句、周囲に何も言わずにサッサと他社へ逃げてしまう。

 世間的に良く知られているのは成功事例が多いが、立て直しに成功すれば経営者は得意満面で経済誌や経済新聞で語りまくるが、失敗事例は闇に葬られるだけだからだ。


 後者のオーナーまたは実力会長辺りが言い出す場合は突然の、しかも今まで方針を出していた当の本人による方針変更だが、言い出した当人は絶対権力者なので社内の不満を気にする必要がなく、自らの地位は安泰だ。

 しかし今迄のやり方でそれまで歯を食いしばって会社を支えてきた古参幹部やいベテラン社員達、特に実務の第一線を担当していた面々は納得がいかず離散してしまった例はある。

 挙句、結局、事業は立て直せずに他社に会社ごと買われ、オーナーやら経営陣は会社を売り払った金を手にして楽隠居、あるいは腰掛けポストで悠々引退生活だが、残った社員達だけが経営再建と称する苛烈なリストラに晒されて苦しむ。


 だが、例の貴族向け高級喫茶店での月例悪役令嬢進捗会議ではどのパターンにも当てはまらない事態が発生していた。

 担当者本人から180度違う方針が示されたのだ。


「ムリ!」


 夕方、いつもの公爵邸の近くにある貴族御用達の喫茶店の貴賓室で開かれた進捗会議で、彼女は突如言い出した。


「何がムリなんだ?私の求めるレベルでないのは仕方がないが、まずは出来る範囲で悪役令嬢って事で話は纏まってるだろ?」

「つか、ソコじゃない。王子、手放すとかムリ!」

「は?」


 男爵が鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をするのを他所に彼女は冷静な口調で言った。


「分かってる事だけど、つか確認も不要なんかも知んないけど、凄っく大事な事だから再度確認するわ。アタシ、王子殿下の婚約者なのよね?」

「…あ?ああ…そうだ。そしてヒロインちゃんが来るのを悪役令嬢として…」

「大丈夫よ、あんな程度。今のアタシのがよっぽど美人じゃない!」

「あ、あんな程度!?」


 彼女は軽く頷いた。


「あんな程度、別に無理して追い出さなくても勝負になんないって!」

「…いや、そうは言っても相手はヒロインなわけで…」

「だいたいヒロインちゃんって言っても身分、平民で公爵家には手出しが出来ないんでしょ?あんな程度ならわざわざコッチが手汚してイジメなくたって、直ぐに空気だけ居づらくして王子なんかに近づけない隅っこに追い払うから大丈夫!」


 自信満々の彼女の様子に男爵は慌て始めた、


「いや、しかしだな、相手は言うなりゃ天然でNTの専門家ってヤツで…」

「NTってあんなツルペタで?問題ないって!」

「ツ、ツルペタ?」

「それとも何?こっちの男はみんなロリなわけ?」

「いや、そんな設定は全くないけど…」

「クラスにもアタシの取り巻きの…クサレっぽいの、数人いるから。ちょっと空気だけ作ればアタシが直接やらなくたって、勝手になんかしてヒロインちゃんは居づらくなるでしょ。アタシとは無関係なトコで。王子に近寄らせない程度のイジメならそれで充分!」


 彼女なりに考えている様子に益々男爵は慌てた様子になった。


「い、いや、何か話が曲がってるが、そもそもヒロインを追い出すのが本筋じゃなくて…いやいや、ヒロインを追い出しちゃダメで、あくまで彼女が悪役令嬢に代わって王太子妃にならなきゃイカンわけで…」


 彼女は何故か悲しそうに首を振った。


「それはダメ。」

「は?」

「それはダメ。王子がアタシが貰う!」

「は?」

「あの尊さは反則でしょ!?ヒロインちゃんに譲るとか一般常考として有り得ないでしょ!」

「いや、しかし、それだとストーリーが進まんし、アンタにも強制力が襲って来る可能性も…」

「そこは考えてるから大丈夫!」


 自信満々の彼女は、驚いた事にこれにも考えてもいなかった代案を提示した。


「弟君、ちょっと草食っぽいの漂ってるけどデキそうじゃん。ちゃんと手懐けて守らせるから。」

「…いや、ストーリー的には今まで散々イジメてるから、そう簡単に…」


 原作者の反対意見に彼女は小馬鹿にした様に薄く笑った。


「アンタ、浅くない?」

「あ、浅い?」


 仮にも作家である浜井は少なくとも見た目は女子高生な彼女に「浅い」とか言われて目を白黒させた。


「そうよ。そんなのギャップで攻めればいいだけでしょ。しかもギャップ、キツいんだから意外とコロッと逝くって!」


 何故か自信満々で言い切る彼女に対して浜井は目を白黒させたままだ。


 こらこら!

 こんな小娘にいい歳こいた野郎が論破されてどうすんだ!?


 俺は浜井の出方を待っていたが、彼は「浅い」とかって言われて心を深く抉られたのかフリーズしたままだ。


 お前、原作者とか言ったってこの辺りはお前の原作じゃねえんだろ!?

 ゲーム会社の設定なだろ!?


 だが俺の心の声は彼には届かず、彼はフリーズしたままだ。


 ……ちっ!仕方ねえなあ!


「アンタがどうこうは俺らと関係ない。」


 ここに至って我慢出来なくなり、俺は口を挟んだ。


「ヒロインとかってのが聖女になる事が重要だ。んでその為には王子と結婚せにゃならん、って聞いてる。だから一般条項がどうとかも関係なくて、アンタに悪役令嬢を全うしてくれってのが俺らの意見だし、アンタも今まで異議を唱えた事はないだろう?」

「そ、そうだ!クリスの言う通りだ!」


 なんか奇襲喰らって言い負けてた浜井も今更ながらに再起動して加勢に入ったが、対する田中は全く動じなかった。


「違うでしょ。ヒロインちゃんが聖女になって、将来、勇者に祝福を与えられればいいんでしょ?それが出来れば王太子妃とかじゃなくてもいいでしょ?」


 彼女の意見に俺は反論する。


「王太子妃じゃねえと祝福を与えられないんだから一緒だろ?」

「全然違うでしょ!聖女になって勇者に会えればいいんでしょ?」

「そんな単発の話じゃない可能性がある。王太子妃になれば勇者との接触の機会は格段に広がるし、彼女自身が聖女に成りきるには王太子妃になるのが条件じゃなかったっけか?そうなりゃ聖女と王太子妃はやっぱりセットじゃないといかんのだろ?」

「……んーそこは……そうならない様にすればいいんでしょ?」

「どーすんだよ?」


 俺がたたみ掛けると彼女は「んー…」と考える表情になった。


「………んー…!…そうよ!王太子妃じゃなくても王家がちゃんとバックアップして彼女が立派な聖女になれば、勇者の前に出て来ても普通な存在にすればいいんじゃん?公爵令嬢で王太子妃のアタシがそこまでもって行ってあげればいいんでしょ!」


 その辺りは俺に訊かれてもよく分からない。


「おい、そんなんでいいのか?」


 ボールを浜井に投げ返すと浜井は「う~ん」と考え込んだ。


 こらこら!


「とにかく!」


 その隙を突いて田中が言い切った。


「聖女の扱いはキチっと考えるわ!でも王子はアタシが貰う!」


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