120 悪役令嬢の本領発揮
KOされた王子が意識が半ば朦朧としたままセコンド役のアソール公爵嫡子に連れられる様にしてギクシャクと立ち去るのを全員で礼儀正しく見守った後、公爵令嬢はおもむろに取り巻きの方を振り返った。
「ポーリー様?」
「ハイッ!」
真っ先に声を掛けられたのは側近No.1の侯爵令嬢だ。呼ばれた彼女はアンネの声に光の速さで一歩前に進み出た。
ちなみに彼女は望月が2回目でプレーする予定だった、慶應卒のCo-producer曰く魂からのどクサレのアンネ・バーバレラに続く第2のクサレゾンビご令嬢である。某国有名歌手ジャクソン氏のMVなら氏の真横で踊る役だ。
一番腐れているのは無論だが、側近中の側近を自認する彼女は家柄も良く、見栄えもよく、普段からアンネのご下問に即座に回答でき、アンネの理不尽な振舞いにも機転を利かせて反応出来る。
これで腐れてさえいなければ、将来の王妃にかしづく良い側近である。
「さっきの御方は?」
彼女の言う「さっきの御方」が誰なのかは口にせずとも全員が分かる。王太子と公爵令嬢が話す間を挨拶もなく突っ切って通り過ぎた痴れ者というかUMAだ。
そして当然の様にアンネのご下問の意味を即時に理解し、アンネよりも学内事情に気を配って事あるごとにご注進に励んでいる側近は即答した。
「アマベル・モーリス…様でございますわ。」
対するアンネはワザとらしく考え込んだ表情で首を傾げた。
「モーリス?私の勉強不足でしょうか、聞き覚えのない家名でございますね?」
「ア、アンネ様のご記憶にないのは当然でございます!彼女は平民でございますのでモーリス家などという家名はございません!」
アンネの機嫌を損ねた、と感じた側近は慌てて補足説明をする。
ちなみに最初の返答の言葉の迷いは痴れ者の名前が咄嗟に出て来なかったわけではない。平民如きに「様」と付けるべきか迷ったのだ。
しかも迷ったのも自分が迷ったのではない。平民如きに「様」と敬称を付けた結果、アンネがどう反応するかが読めなかったので迷ったのだ。
そして一瞬考えた末に最終的には少し遅れて「様」と付けたのは、最も高貴で最も礼儀作法に煩いアンネが相手が誰であろうと敬称を付けない無礼を許さない方が比重が大きいと判断したからだ。
最側近の公爵令嬢は、付き合いも長く、アンネの機嫌を損ねた者がどういう目に遭うかよく知ってる。そしてアンネの機嫌はちょっとした事で直ぐに損ねられるのもよく知ってる。
なので、敬称付加問題までは咄嗟に考えて答えられたが、無礼なUMAの姓名を聞いてアンネが首を傾げたことで別の意味でご機嫌を損ねたか、と蒼褪めた。
一方のアンネの方はと言えば、側近が自身の想像力が先走り過ぎて早くも顔から血の気が引きつつあるのを見て、心の中では「そんなにアタシが怖い?(笑)」と思いながらも質問を続けた。
「平民?」
「せ、せ、学業成績が特に優秀な者は平民の学校から特待生としてこの学園に入学が許される事がございます。か、彼女は恐らくはその類かと…」
「優秀なんですの?」
アンネ自身は自分の成績を然程気にしていない。
王子との婚約者である公爵令嬢の学内順位など何の意味もない。クラス分けも通常は成績順だが、彼女とルシアンの側近候補達はルシアンのいるクラスに自動的に振り分けられる。王子の成績が悪ければ下のクラスだし、逆なら上のクラスなだけだ。
そしてそのルシアンは武芸・学業・魔術で文句なくAクラスなので彼女自身の成績とは無関係に彼女もAクラスだ。
それにだいたい、彼女は将来は官吏になるわけでも政治家になるわけでもない。王太子妃であり、ゆくゆくは王妃なのだ。落ちこぼれは流石に困るが学校で抜きん出た成績を収める必要などない。ちなみに彼女自身の成績はAクラスは少し怪しいがBクラス以上のレベルではある。
そして彼女には他の生徒達にはない義務として、将来の王妃として学び、身に付けなくてはならない内容は学業以外にも膨大にある。
なので王子以外の他人の成績に殆ど関心を払ってないのは取り巻き達も分かっており、アンネの質問にやっと落ち着きを取り戻した侯爵令嬢は「知らねえの?」とか余計なツッコミをする事無く答えた。
「学業は順位だけなら恐れながら王太子殿下、アソール様とも競っておるようでございます。魔術では聖魔術に適性があるとの噂にございますが、ご存知の通り学園に聖魔術の専攻科はございませんので真偽の程は…」
「そう。平民の中にもご優秀な方はおられるのね。」
感心した様子のアンネに対し、ご機嫌は直られた!(喜)、と完全にいつもの調子を取り戻した侯爵令嬢の方は、今度は若干の不満を見せながら言葉を継いだ。
「殿下やアソール様からすれば学内のご学業順位など大して気にしておられないでしょうし、そもそも私共相手にご本気で臨まれているわけもございませんが、彼女は学業が落ちれば学園から追い出されますから必死なのでしょう。」
所詮は勉強するしか能がない場違いな平民なんだろ!?という思いが滲み出た侯爵令嬢の上手なディスリに、取り巻き達はクスクスと嗤った。
側近No.1の彼女は皆が恐れるアンネと気の合うクサレだが、腐っているのは魂と性根だけで脳はキチンと生きている。貴族としてもキチンとした教育を受けていてアタマの回転は悪くない。
アンネは彼女の直接的ではなく人を貶める貴族らしい表現の上手さを褒める意味で薄く笑った。
そして周囲はその笑みを見て、自分の体感気温が急激に5度程下がったのを感じる。
かつての某国大貴族が、今の自分は月の満ち欠けすら思う通りに操れるかも!?と豪語したのと同様に、偉い人は自然現象すら自身の思うままなのだ。
「しかし、アンネ様と恐れ多くも王太子殿下を前にして足も止めず、ご挨拶も申し上げない。如何に礼儀作法を弁えない平民とはいえ、あのような振舞いを許して良いものでしょうか?」
アンネの恐怖の薄笑いを見て機嫌が直られた、と判断した側近No.2を自認している伯爵令嬢がすかさず口を出して来た。
彼女の眼はアンネの取り巻きらしい自身の嗜虐的な欲望と同じく嗜虐的な(と周囲には見られている)アンネに対する媚びで濁って見えた。
そして彼女とは違う取り巻きも口を出す。
「しかも恐れ多くも時折、殿下とお言葉を交わされている、との噂もございます。」
敢えてボスであるアンネを煽るような発言を織り交ぜながら言外に「アイツ、シメていいッスよね?(悦)」と許可を得にくる。
この見た目だけはゴージャスな、しかし中身は完全に半グレチンピラお嬢達を眺めながら、今は貴族中の貴族である公爵令嬢アンネ・バーバレラであっても、根はオタサーではあるものの常識的な社会人である田中は「ヤダヤダ、こういうのいるよね」と腹の底ではウンザリだった。
こういうのは多かれ少なかれ会社にも学校にもいて、積極的に交ざりはしないが当然、見たことはある。しかも田中だった頃と違い、アンネ・バーバレラは今やそんな集団のボスだ(泣)。
そのボスは、自らの腹の内をおくびにも出す事無く、話を少し振った。
「殿下は何と仰られているのかしら?」
自分が正面から反論出来ない話を、部長または課長など自分達の手出し不能な偉い人の名前を出して丸投げするのは社会生活の基本である。
部下から不満が出そうな案件に対しては課長は「部長からの指示だ!」と言い、部長は「社長もそう言われているんだ!」と怒鳴るのと同じである。
例え仲間内であっても何人たりとも到底文句など口にすることすら許されない殿下に言及されて、彼女達は少し伏し目がちにアイコンタクトとした。
そして目でコメントを押し付けられた1人がかなりビビリながら言った。
「……へ、平民なのだからおいおい学んでいくだろう。き、き、気にしないでやれ、と。」
「なら私共が何か教えてさし上げる必要はありませんわ。」
あっさりとした言い様に「あれっ?」という顔をする取り巻き達に、アンネは敢えて表面だけは酷薄な笑顔で笑い掛けた。
「若いうちは恥をかいて、その身で学ぶ事も大切でしょう。殿下も手助けは無用と仰っておるのですから、私共は直接関わり合いになって敢えて不快な思いをする事はございませんわ。」
「!…そ、そうでございますね!」
無礼なヤツの相手をする必要はないのでクラス内でハブにしろ!知っていても何も教えてやらず恥をかかせて晒し者にしろ!という指示だと受け取った取り巻き達は意地悪くクスクス笑い合った。
だがアンネの真意は違う。
アンネの断罪の罪状は端的に言えば彼女に対するイジメだ。
男爵から言われ、護衛のクリスからも事あるごとにチクチクと背中を突かれて、渋々ながら最低限の悪役令嬢、ヒロインのアマベル・モーリスに対する嫌がらせまではするつもりだった。
それに今の周囲を見る限り、少し嗾ければ彼女自身が直接的に手を下さなくとも腐れ取り巻き達が十二分にやってくれそうな雰囲気もある。
が、先程、王子に会った瞬間に話が変わった。
今の彼女としては遠回しに「余計な手出しはするな!」と言ったつもりだ。
クサレ取り巻き小娘どもが底意地悪くクスクス笑っているのを冷静に眺めながら、田中はこのクサレどもにはもう少し強く念を押す必要がある、と判断して言葉を続けた。
「殿下の覚えが宜しいのでしたら、この私もその意を汲まねばなりません。」
またもより高位の存在を口実に使いながら、しかも口先ではそう言いながら、彼女はアマベルが歩き去った先に目をやり、意図的にニッコリと笑った。
美しい顔に浮かぶ獲物を見付けて舌舐めずりする様なその笑顔を見て、取り巻き達は魔界が目の前で入り口を開いたのを見たかのように一斉に顔色を蒼褪めさせた。
「皆様が大変ご親切なのはよく分かっておりますが、この私に無断で……そうですわね、彼女に礼儀作法をお教えする様なマネはお控え下さいね?」
アタシの獲物に勝手に手を出したらどうなるか分かってるわね?
ボスの完全に獲物をターゲッティングした視線と魔獣が人間を生け捕りにしたかの様な笑顔を見た取り巻き達は、魔法によって寝間着のまま高度5,000m級の山脈頂上に飛ばされてしまったかの様な内心のガチ震えを表に出す事なく、表面だけはアイドル集団の様に明るく声を揃えて返事をした。
「「「承りました!」」」
悪役令嬢が本来あるべきヒロインへのイジメ場面ではないですが悪役令嬢しているところで120話到達です。
ここまで読んで戴いた読者の方々に深く感謝申し上げます。
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