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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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119 第二ラウンドはKO勝ち

 今迄であれば貴族的で礼儀正しくはあるが極めて義務的な挨拶だけの冷たい会話で終わるハズが、何故か2人して心拍数を上げて盛り上がっていたその時だった。


 立ち止り、婚約者にご挨拶申し上げる公爵令嬢の直ぐ後ろ、公爵令嬢の2歩程背後で礼儀正しく整列してアタマを下げる他のご令嬢達の目の前を突っ切ってを何かが通り過ぎた。


 王子とその婚約者が話している最中である。

 周囲は真空の様に人がいなくなるか、今の様に全員が2人の会話が終わるまで礼儀正しく畏まって待っているのが普通である。


 あたかも邪魔な何かを避けて通る様に背後を通り抜ける無礼者は、学内はおろか一般社会にだって通常は存在しない。

 特に貴族界に棲まう周囲のご令嬢、ご令息達からすれば、目の前で見てすらそういう存在がこの世にいることが信じられない


 が、そのUMAと同じくらい信じられない無礼な何かは、全く何も気付いていないかのように、貴族達の間を突っ切り、あまつさえ王子にも将来の王太子妃にもアタマすら下げずに、アンネの後ろで横一列でアタマを下げるご令嬢達の目の前をそそくさと通り過ぎて校舎へ向かった。


 そのあまりの無礼さに大人しく遠巻きにしてアタマを下げて控えていた王子、公爵令嬢、双方の取り巻きは本能的にビクンとなったが、止めも出来ず、呆然として見送るしかなかった。

 道の脇の叢からいきなりツチノコが飛び出して来て、ケータイを構えるヒマもなく反対側の叢へ消えて行ったのを見た様な感じである。


 だが、王子だけは違った。

 その無礼が天元突破した光景をその目で確認したはずだったが、彼は何ら咎める事も無く、それどころか優雅なアンネの姿の後ろを通り過ぎる彼女を目で追った。


 だが眼差しにその信じられない無礼な行動に対する特段の怒りはない。

 むしろそれは、気になるオンナが通り過ぎた時の男の動作そのものだった。


 一方のアンネは背後を通り過ぎた痴れ者は幸いにして目に入らなかった。

 真なるアンネが見れば恐らく大声で怒鳴りつけて呼び止めた上で、小鳥ぐらいなら心臓が止まる様な厳しい叱責を加えただろう。

 流石にこの状況では王子もその傍らにつくアソール公爵ご令息も碌に庇えなかったに違いない。


 色々な意味で幸いにして彼女はその無礼な存在の非礼過ぎる行動を直接目にはしなかったが、ルシアン王子殿下の視点が彼女ではなく、その背後に移ったのは見えていた。


 それに気付いた彼女は、彼が目で追った先を追った。

 男は気付かれてないと思ってるが、女は男の視線が容易に分かる。


 そしてオンナの勘で一瞬で理解した。


 成る程!

 アレが男爵の言ってるヒロインか!


 道の真ん中とはいえ、公爵令嬢を始めとする貴族ご令嬢がズラリ整列する間を、しかもその正面には王子殿下すらいるのに、そこを平然と、しかも挨拶すらせずに突っ切れる無礼千万な行動が平気で出来るのは、元々下賤の育ちで礼儀作法に疎いと言うより最早常識レスと断じていいところにもってきて、尚且つそれを誰かが許しているからだ。

 そして女子ワールドトップ兼悪役令嬢のアンネが許すはずもなく、アンネ派以外の大半の所属するユルシーズ公爵令嬢派閥とて礼儀作法を疎かにするはずもない。

 なので、それは当然、他のトップであることは容易に推測出来る。


 学園内女子ワールドのトップは2人、男子ワールドのトップは1人しかいない。そして女子トップの1人は彼女を見た事もなく、もう1人も悪役令嬢ではないがここまでの無礼を心広く許す様な立場ではない。

 

 となれば選択肢は1つしか残らない。


 アンネ・バーバレラ公爵令嬢は本来、ルシアン王子殿下と同じ16、7の小娘だ。


 が、今のアンネは違う。

 中身はラノベと乙女ゲーを生きがいとするオタサーだ。


 しかも趣味(?)を盛大にこじらせて社会に出てもいけない引き籠り系ではなく、普段は大手町のオフィスで10年以上バリバリ働く社会人の女でもある。

 目の前で話をしている自分の婚約者(オトコ)が、他の女に一瞬目移りした程度で動揺する程ウブではない。


 そして攻め方も16、7の小娘とは違う。


 田中は彼氏いない歴=年齢ではあったが伊達にオンナ35年もやってない。

 その上、恋愛ゲームをやり尽くし、ラノベを読み尽くしで良く言えば机上演習経験は豊富だ。悪く言えば超耳年増、目年増である。

 格闘ゲームファンが自分では全く出来ないのにマイナー中国拳法の技にもボクシングのパンチのテクニックにも超詳しいのと同じだ。


 もっとも話と現実は違う、という意見はあるだろう。

 ゲーム、映像で見た仕草、セリフを現実社会でそのままやって相手に引かれた、周囲に失笑されたという黒歴史を持つ人間はそこそこにいる。


 ファッション雑誌にお気に入りのモデルの着こなしをそのままやっている様なものだと言ってもいい。あれはプロのデザイナーが制作した服を美男美女揃いのプロのモデルにプロのコーディネーターが着せてプロのカメラマンが撮っているから金が獲れるレベルまで映えるのであって、一般人が自分で高い金を出して買い揃えて、自分で鏡の前で合わせてみても、外に出れば周囲の微苦笑を誘う唯のイタイ人で終わってしまった哀しい事例は多い。


 だが今の田中はそうではない。

 今の田中は北欧系超絶美少女のアンネ・バーバレラ公爵令嬢である。これまでは無駄に高かった耳年増経験値、現実に活用する予定は全く無かった机上演習の成果を完全にモノに出来る武器は揃っている。

 

 先ず彼女はここで敢えてハッキリ、ヒロインの方に目をやった。

 そして自分の視線に気付かれた王子が慌てて目を逸らすのを確認し、それが彼女に気付かれたのを王子が認識したのを確認した。

 その上で彼がアンネに気付かれたのを悟り、少し動揺した所までしっかり確認した上で、ワザとらしく小首を傾げて攻撃を開始した。


 第二ラウンドのゴングを自ら鳴らしたのだ。


「え?ルシアン殿下、もしかするとあんなのが好み?」

「バッ!…そ、そんなわけが無かろう!」


 先ずは仮にも婚約者である彼女だけが許される敢えて礼儀作法を無視した砕けた口調の真正面からのストレートでダメージを与えた。

 そしてそのストレートをモロに喰らって完全にぐらついた王子に対し、今度はガードがガラ空きの王子の横合いから上半身を下から潜り込ませる様に回して斜め下から見上げてニシっと笑った。


 海野や浜井が見れば「あざとい!!」と言っただろう。


 だが繰り返しになるが今の田中はキツ目だが超美少女のアンネだ。

 そのあざとい動作は美少女がやることで男の本能を鷲掴みにする威力を発揮し、彼女はそれを冷静に確認した上で、幼い頃からお互いを知っている、そして婚約者として王子に気安い口を利いてもいい数少ない立場であることをまたも全面的に利用して彼女は更なる攻撃を続行した。


「やっだ!お子様?」

「ちっ!…違う!な、何を言うんだ!アンネ嬢!そ、それに、そ、そ、その仕草もその口調もヤメよ!」


 普段の人形より人形的で、貴族中の貴族な動作しかしない彼女とは全く違う、コケイティッシュな動作からの流れる様に放たれた砕けた口調のアッパーカットをノーガードで被弾して、またも脳はグラグラで心はバクバクの王子に対し、彼女の方は言われても暫くその姿勢のまま王子を下から見つめ、攻撃効果を確認しきった所でトドメとばかりに彼に向かって貴族らしからぬ、しかし「こんなことをするのはアナタにだけよ?」という雰囲気を滲ませて再びニシッと笑いかけた。


 王子はまた美しい彼女の、しかし、らしからぬ破壊力のある笑顔に釘付けになった。


「分かりましたわ、ルシアン殿下。」


 美少女の個人的な笑顔というハートブレイクショットを喰らって最早立っているだけで脳も心臓は動いていない王子の様子を見て、勝利を確信した彼女は、うって変わって公爵令嬢に相応しい優雅な仕草で3度目のカーテシーをした。

 勝ち逃げは勝利を確定する基本動作である。会社の打ち合わせでも相手を論破した後は「じゃ、後は頼んだよ」と素早く席を立つのが重要だ。


「ではまた後ほど教室で。殿下。」

「う、うむ…」


 年上女性の全面攻撃を受けた、完全俺様系でもこちらは所詮はマジ16、7の小僧に過ぎない王子は、普段の俺様キャラを発揮する機会を全く与えられないまま、ゼロ反撃でただ頷くしかなかった。

 そしてまたも彼女達が軍隊的な完璧さで礼をする中、心ここにあらずのまま、機械的にその場を後にした。


 半年程、学校には顔を出しておらず、その間に特に会いたいとも思わなかったので会っていなかった婚約者。

 幼い頃に婚約が決められ、婚約者兼幼馴染と言っても過言ではない彼女を王子は完全に理解しているはずだった。


 一言で言えば、最も貴族らしい振舞いの出来る、最も貴族らしい嫌らしさを持つ女だ。

 王家にはなるたけ民に優しくあるべし、臣下には平等であるべしという不文律があり、王子も幼い頃からそれを叩き込まれている。

 が、貴族にはそれはないらしい。少なくともアンネにはない。気に入らないモノあるいは者は平然と叩き潰し、興味のないものには王子も含めて目もくれない。


 だが見た目は美しく麗しい完璧な公爵令嬢である。

 そして人形の様に麗しい見た目と貴族として完璧な所作の中身は空っぽ、いや腐った何かが詰まった女、のはずだった。


 けど、今日の彼女は何かが違った。

 表面上はいつもの外側だけは麗しい、でも中身は碌でもない貴族の女であるはずのアンネのはずなのに、何かが違った。


 今日の彼女の笑顔は今までとは違った。

 今まで自分が見た事がない、自分に見せた事のない笑顔だった。


 本当の彼女はあんな風なのか!

 あんな…あんな…あんな顔で笑うのか!笑えるのか!


 幼い頃に自分とは関係ない家同士の都合で決められ、幼い頃から見慣れていて特に関心を持ったことがない彼女を相手に何故、こんなに心臓がドキドキするのか、俺様道一筋の彼には今は全く分からなかった。


 第二ラウンドは開始1分30秒、アンネの無被弾での一方的なKO勝ちであった。


開始1分30秒でKOなので今回は短めです(笑)。

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