117 担当者がいないぞ?
何か相談しているつもりが、逆に説教されてね!?
ヤバい!このままじゃ、言い負かすつもりが論破されるいつものパターンだ!
彼のやり口は、会社で理系出身の屁理屈だけが上手い企画管理辺りのスタッフとかがよくやる手にも似ている。
態度だけは「ふんふん」と聞いたフリだが、実際には人の意見には全く耳を貸さず「会社行動は収益を上げる為に成されるべきですよね」的な原理原則論を振りかざして、自分の思う結論が出るまで話を何度でも振り出しに戻すやり方だ。
結論出てんなら先に言えよ!議論もアタシの意見も意味ねえじゃん!と最初の頃は思ったものだが、理系君はアタシと何事か相談したいわけではない。アタシを論破してアタシに仕事を押し付ける為に話をしているのだ。
今のアタシとこのリバードアから来たコンビの関係と全く一緒だ!
この罠から逃れる手段は1つしかない。
つまりは会社の理系君スタッフがやっていたのと同じ方法だ。
アタシは今までの話も彼の説得も完全に無視して話を強引に元に戻すことにした。
「アンタの意見なんか聞いてないわよ。アタシは学校に戻って来る王太子殿下をどうしたらいいか聞きたいんだけど?」
あ、今、ちょっと言い方が冷た過ぎたかな!?
でも、「アンタの意見なんか聞いてないわよ!」って感じちょっと悪役令嬢っぽくね?
アタシの秒で反省からの自画自賛を彼は全く理解した風はなく、さりとてアタシのキツ目の言い方も気分を害した感じもなく、相変わらずのコメントを吐いた。
「ん~王子に対する話はあまり聞いてねえなあ。最後に断罪する以外に役割ねえしなあ。」
王子、大切だろう!攻略対象だぞ!一番の大物だぞ!
最後に断罪するだけとか扱いが雑過ぎね!?
…でもまあ、その辺りはあくまでアタシやヒロイン側の事情であって、彼の、ひいては男爵の態度も当然と言えば当然だ。
彼らからすればアタシが悪役令嬢する事が先ずは最優先だ。そうすれば全てが上手くいくと思ってる。
その一方で相手のヒロインは庶民だから公爵令嬢に歯向かうとか出来ない。話がストーリー通り進んで断罪まで行きついても結局は彼女自身がアンネに直接手向かいする事はない。なので彼らは彼女がどう対応しようが普段は何してようが興味なし。今迄、ヒロインに対する言及は「イジメろ!」だけだ。
王子の方も彼らの理解では、アタシがキチンと悪役令嬢すればヘイトは溜め込むかも知れないし、機を見てヒロインを庇ったりはするが、何でか正面切っては喧嘩売ってくるのは最後の断罪の時だけで、それまでは実質的には手出しして来ないから当面はどうでもいい、という扱いなのだ。
しっかしコイツ、マジに何も聞いてねえな!
仕事には「はいっ!」って即答してやっていいヤツとそうじゃないヤツがある。
社会には解決困難または解決不能な話を事情を知らない第三者に丸投げしてほっかむりする事を解決と理解している輩は沢山いる。
だから、そういう空気を素早く感じ、ヤバい!重い!と思ったら仕事内容をよくよく確認するのは基本中の基本だ。
なのにコイツ、自分の仕事に関してこんなに裏も表も確認しない、関係情報はマルっと関心がないでやってけんのか!?
「まあ、そうは言ってもアンタの話軽く聞いてても王子とは仲良くないのは確実だから、学校で会う様になっても通り一遍の挨拶ぐらいしか出来ねえんじゃねえか?」
その割に変な話もせんと毎回、話にはキチンとついてきて、挙句、正論を口にするのも微妙にムカつく。
が、彼の何の役に立たないド正論を聞いてアタシは閃いた。
「……こういうのどうかな?」
最終的にはヒロインを王太子妃にする為に婚約破棄なのは仕方がない。
けど、どう破棄するかはやり方がある。
最終的にヒロインちゃんと王太子のカップリングが成立すればいいわけで、イジメとか断罪とかって派手な話がなくともアンネとの婚約が解消されれば良い。つまり穏やかな話し合いの結果、そうなってでもいいんじゃないか?
無論、公爵家から破棄は言い出せないし、当主で父親である公爵ご本人も辞退する気など更々無い。
で、あるならば、こちらとしては、王子側が謂わばアタマを下げて、ヒロインと結婚したいから申し訳ないが今迄の話は無かった事にしてくれ、と言って来る様に仕向ければいい。
アタシは王子に然程の未練はなさそう(?)だし、こうすれば公爵家の面子も立つし万々歳ではないか?
そもそもアタシは公爵令嬢で充分で、王太子妃、ひいては王妃になりたいわけじゃない。
ここでも会社でもそういう重い役柄は趣味じゃない。
アタシが咄嗟に閃いた妥協案、でも「悪くなくね?」とちょっとドヤ顔で言った思い付きを護衛は意外なほど真剣に聞いてくれ、意外な程、真剣な表情で暫く考えた。
この護衛、言ってる事はいつも冷たいし、二言目には「知らねえ、聞いてねえ」としか言わないけど、こういう態度はいいんだよね。
けど、最後には首を振った。
「確かに一見良さそうだけど、王子側にアタマを下げさせるのはハードルが高過ぎる。」
彼は何か嫌な事を思い出したかの様な口元に嫌な苦笑を浮かべながら付け加えた。
「こっちの人間は何がどうあっても自分が悪いとか考えないし、自分が不利益を被って何かしようとは絶対に思わない。ゼロ百で不利益は相手に全て押し付けて自分が都合がいい様になるにはどうしたら良いかって観点しか持ってない。」
何となく普段よりも冷たい表情で断言する彼は更に頬に冷笑を浮かべて続けた。
「それにその案だと王子が全面的に非を認めて頼み込んでる風にしか見えない。けど王子の面子は潰せないし、なおかつ彼の方は捨てられるアンタの名誉も守り、公爵家の体面にも配慮しなくちゃならん。向こうが超えなきゃならんハードルも高過ぎる。」
「確かにハードルは高いけど、そこは上手くやれば…」
アタシが言い募ると彼はそれを途中で遮って呆れ顔で言った。
「誰が上手くやんだよ?アンタは仲良くない王子に何か働きかけるとかムリだし、公爵閣下がそっち方向で動くはずもねえ。だいたいヒロインと面識もなきゃ王子とも仲良くないアンタが王子とヒロインちゃんの仲を取り持つとかも有り得ねえ。浜…じゃなくてポリアリン男爵閣下も俺も王子相手にゃ何も出来ねえ。」
「……」
言われて見れば確かにそうだ。
アタシの発案は机上の空論としては悪くないが、実際にその件を誰が担当者するの?と言われると担当出来るヤツがいない。
コッチ側(?)に王子とそんな話を直接出来る人間はいないし、アタシからその話を切り出せば、アタシの方から婚約破棄を願っている風になってしまう。
王子は喜ぶかも知れないが、公爵家も、ともすれば王家も簡単に破談を許してはくれないだろう。「はあ、そうですか」って話には絶対にならない上に、ややもすると双方の関係者一同の怒りを買うだけだ。
そもそもそれを避ける為に王子側から冷静に婚約破棄を申し出させようという案なのだ。アタシが担当者しても王子にもヒロインにも声が掛けられず、公爵にも王家にもこの件に関しては話が出来そうにない。ましてや破談にアタシから言及すれば見事に本末転倒だ。
交渉力という意味合いで実力的には出来そうなポリアリン男爵は他国の人間で、リバードアと全く関係ないはずの王子の婚約話に口を出すなど全く出来ない。理由もない。
この護衛の男に至っては実力云々以前に立場的に論外だ。
そういう意味じゃこの男が王子には関心がなく、男爵からも碌に情報すら与えないのは、興味がないからではなく、所詮、彼らには手出しが出来ないからだ。
アタシ達の給料は大元を辿って行けば国で定められている法律に則って決められ、支給されているのかも知れないが、給料を上げる為にまず首相に働きかけをするヤツはいないのと同じだ。
彼は微苦笑しながら「お前さんの意見も分かるけどさ…」と言いつつ話を勝手に纏めにかかった。
「何とか大事にしないで解決に持っていきたいって気持ちは分かるけど、王子もそろそろ学校に帰ってくるって噂だ。このタイミングでそろそろキチっと覚悟は決めた方がいいと思うぞ?」
くっそう!
男爵も手強いけど、この男にもいつも負けてる気がするのは気のせいか!
その時、コンコンと馬車の扉を叩く音がして、クリスが外を見て馬車の扉を開けた。
「お嬢様、お待たせ致して申し訳ございません!売店が少し混んでいたものですから…」
ジーナが息を切らしながら帰ってきて、アタシが何か言う前にクリスが「それでは某は外へ回ります」とのっそり立ち上がり、今日のミーティング(?)もまた上手い方策が出ないまま終わってしまった。
この日の馬車内での話し合いこそ相変わらずの全負けでいいところなく終わりだったが、この日の収穫はゼロだったわけではなかった。
数日後、マリア・ユルシーズ公爵令嬢から配下を通じ、私的なメモが回されて来た。
先日の言葉通り、お茶会の誘いである。
よく考えてみれば元はと言えばアタシが何か動いたわけでもなく、クリスが勝手にマリア様に捕まって、クリスが落ちた紙を拾い上げたからこその話である。
優秀なヤツは、たまたま電話したら相手の責任者が出たり、展示会で他社の展示を見ている時にたまたま名刺交換をした全く普段は関係のない会社から後で仕事の相談が来たりする。デキる男にはこの種の運がついて回る。
そういう意味じゃこの護衛、そこそこ仕事がデキる方なのか!?
気乗りしない風な態度のわりには何故か仕事はデキる男(?)のクリスが作ってくれたお茶会の機会だったが、残念ながら2人きりでゆっくりと、とはならなかった。
本来の目的を鑑みるならお互いの家とかが良かっただろう。
互いに公爵家だから下手なサ店になんぞ1mmも負けない、女子同士でゆったりとティータイムを愉しみつつ密談出来る場所は当然ある。
ウチなら例の男爵も来た居心地の良い応接ルームでもいいし、家族お気に入りの最上階のテラスでもいい。庭の四阿で専属の庭師が丹精込めて世話をしている周囲の花々を楽しみながらもアリだ。
プライベートで居心地の良い場所などいくらでも確保できるこの世界の貴族には、サードプレイスなる電子機器で互いにマウンティングし合いながら仕事の出来る男女を自ら演出する有象無象のパンピーと共用しなくてはならない店など本質的には不要なのだ。アタシはリンゴにもゴリラにもラッパにも全く興味なかったから、テイクアウト以外で使った事はないけど。
が、互いの家というのはなく、場所は極めてオープンな町の中心部にあるチョコレートケーキが抜群に美味しいと評判の人気店となった。
これには理由がある。
まずもってマリア様からは私的なメモとしてお誘いがあったのに、話は半日もしないうちに双方の派閥の人間に知れ渡ってしまった。
アタシもマリア様も何も言ってないはずなのに、どうしてこうなった!?
その結果、お茶会は学校の先輩であるユルシーズ公爵令嬢からお声掛かりの正式なお誘いとして開催され、互いに身分の釣り合う5、6人の取り巻きを伴っての参加となってしまった。
そしてアタシ(アンネ・バーバレラ公爵令嬢)とマリア・ユルシーズ公爵令嬢は学内では一応、対立する(?)派閥のボス同士である。なんなら親同士も程度は知らないが政財界におけるライバル関係にある。
なので、その話し合いは、アタシらじゃなくてオヤが公爵家として主催する正式な夜会とかを除けばお互いのテリトリー内というわけにはいかない。
それで場所は中立が保たれる外部の有名喫茶店と相成ったのだ。
アメリカとロシアの話し合いがスイスのジュネーブで行われる様なものかな。
オープンな場でのオープンな開催であれば周囲からは貴族界の社交と捉えられる。
特に将来の王太子妃であるアンネ=アタシからすれば、対立派閥であっても貴族界、そして同年代の貴族オンナ社会の重鎮であるユルシーズ公爵令嬢とはお話合いくらいは出来る付き合いは当然必要と見られてるし、ユルシーズ公爵家側も王太子妃派閥と丸っきり疎遠というわけにはいかない。
その日はアタシも彼女もソツないホスト役に徹し、こみいった話など何一つ出来なかった。
が、隣同士になった時に彼女から机の下でそっとメモが渡された。
そこには今度は日本人なら誰もが知るニッコリ笑ったパンのイラストが描かれ「次回は2人でゆっくり」と書かれていた。
アタシは隙を見てメモ書きにサササッと先日も見たネズミのキャラクターのマークを描き、「是非宜しく」とだけ走り書きして、帰り際にこれまた周囲には見られない様に渡した。
詳しい話は次回以降に持ち越しではあったが、男爵達以外にもこの件で仲間が出来たのだった。
……ちなみに評判のチョコレートケーキ、一口4桁以上の値段を出して銀座辺りで食べたものと比べてもレベチだったなぁ。
次回の月例会議はコッチで開いて男爵に奢らせようかな!(笑)
結局はチョコケーキか…(笑)
悪役令嬢はしてないけど、それなりに楽しんでますな。




