116 ミイラ捕りが毎回ミイラになる
馬車に乗り込む前にアタシは、さも今思い付いたかの様にお付きの侍女ジーナに校内にある売店で明日使う筆記具を入手する様に言いつける。
ポリアリン男爵も交えた例の喫茶店での情報交換の他に護衛として付けられているクリスと話をしたい時のいつもの方法である。
クリスは行き帰りの馬車には乗って来るが、定位置は御者の横の席だ。
弓師である彼は見晴らしのいい場所で周辺に目を光らせ、敵が来れば近付く前に排除するのが基本ムーブ、らしい。もっとも、この町中でそんなヤツがいた事はないけど。
校舎内の護衛専用控室にはいるが、生徒ではないので教室には入って来ない。
家に帰れば流石に公爵邸内でボディーガードを連れ歩く必要はないので、彼は邸内に与えられた小部屋で待機だ。
…こうして彼の日常を考えると、実働時間が少なくて実に気楽な商売だな。
もっとも一朝事あれば体を張ってアタシを守らなくてはならないから、その辺の危険度との釣り合いは考えなきゃいけない点なのだけど。一般的にボディーカードってそんなもんなのかも知れない。
あるいは道路工事の警備員と同じく、誰でも出来る簡単なお仕事を見られて給料が低いのかも知れない。
それはともかく、気まぐれな主人の言い様には慣れているジーナは「では行って参ります」と馬車を降りる。
ちなみに昔はこういった場合にはアンネはジーナを待たずにサッサと帰ってしまうのが普通でアタシもそうしてた。
ジーナは徒歩1時間程度かけて1人歩いて帰ってきていたが、前回、クリスと話す為にそれをやったら後でクリスから「ジーナちゃんも大変だな…」とボソッと呟かれて以来、今は彼女が戻るのを待つことにしている。だから今日の2人きりの秘密の会話時間は正味15分程だ。
なお護衛は自分が非難めいた呟きを口にしたくせに、待ったら待ったで悪役令嬢としては「遅いわよ!何をしているの!」って怒鳴りながらカバンを投げつけるぐらいしていんじゃないか、とかって無茶を言い出した。
オメエ、一体、どっちなんだよ!!
それはともかく、ジーナが馬車を降りてドアが閉まった瞬間、アタシはクリスを問い質した。
「アンタ、何したの?」
「何もしてない。そこでボケっとしてたら声を掛けられた。」
「ホントに?」
「ホントだ…まあ、実際にはアンタが来る前に少し校舎の死角の確認をしてた。」
「死角?」
「こういう建物は窓が多くて、そこから飛び道具で狙われやすい。狙撃すんならどこらが死角になるのか、ヒマな時に時間帯を変えて確認してんだ。日の当たり方で陰になる場所、こっちから見づらい場所は変わるからな。」
どうやら真面目に護衛の任務をしていたらしい。
この男には何処か日本のサラリーマン的な生真面目さが垣間見える事がある。
「それならいいけど…マリア様…マリア・ユルシーズ公爵令嬢って何か男爵閣下から聞いてる?」
「さっきの偉そうなネエちゃんか?いや?」
遠目に見ても表面上はかなり畏まった態度だった割りには軽い口調のクリスは「何でそんな事を訊く?」という風に即答したが、コイツ鈍感か!
あの絵みたら普通は分かるだろ!
アタシは「誤魔化してんじゃないわよ!」と少し意識して目付きをキツくしてクリスを睨んだ。
「……?」
…いや、何の反応もないところを見ると、この様子は本当に分かってないのか。
「アレ見たら分かるだろ!彼女も向こうの人間だろ!」って言いそうになったが、アタシはグッと言葉を飲み込んだ。
待て待て!
このイマイチ掴みどころのない護衛もそうだが、男爵は男爵で仕事は出来そうな雰囲気が漂っている。
そんな事言って、彼が「いい事聞いた!」とばかりに男爵にご注進した挙句、悪役令嬢補完計画にマリア・ユルシーズ公爵令嬢まで巻き込んで貰っても困る。
ただでさえ男爵やクリスに「キチンと悪役しろ!」「もっとハイヒールで踏み潰せ!」とせっつかれて四苦八苦しているのである。マリア様個人がどんな人間かは知らないが、男爵側の人間が増えれば自分だけが増々困るのは間違いない。
それに彼女はアタシと同じ公爵家令嬢で王太子の婚約者のアンネ=アタシの次に学園内女子に影響力を持つ人物である。彼女が率いているアンネ派(笑)以外のご令嬢を使って外堀を埋められるような事をされても困る。
彼女が大々的に悪役令嬢補完計画参戦となれば、アタシは増々引くに引けなくなる!
アタシは喉まで出かかった声を飲み込むしかなかった。
「そんな事より、男爵に言われた風にちゃんとやってんのか?やらないとマズいって男爵は言ってたろう?」
「そんな事より」という言い出しは微妙にムカつくが、彼の方から話題転換してくれたのでそこは良かった。
しかし、そこは素直に乗っかりたかったが、アタシは思わず「う~ん」と考え込んでしまった。
「一応、偉そうには振舞ってはいるんだけど、周囲も当然みたいな態度で…」
「ちゃんとミスった同級生とかをハイヒールで踏み潰したりしてる?」
「そんな事、出来ないって言ってるでしょ!」
一時が万事、こんな具合である。
このある種律義な護衛は、男爵にアタシをツメろ、と言われているとゲロって全バレにも関わらず、毎回、平然と圧をかけてくる。
しかもこの男、二言目には「ハイヒールで踏み潰せ!」だ。
もしかするとそういう趣味(踏み潰される方)でもあるのか?
「ま、俺はそこらはどうでもいいんだけどな。」
挙句の捨て台詞にアタシも思わず言い返す。
「アンタ、どっちなのよ!?」
彼は少し沈黙した。そして言った。
「そもそもアンタがアクヤ何とかしなきゃいけないってのが俺には正直ピンと来ねえ。」
「……」
「けど何度も言ってっけど、勇者が魔王を倒すのに聖女の祝福が必要で、聖女になったヒロインが勇者の前に出るには王妃になる必要があるってのは、それなりに話のスジが通ってる。」
彼に言われて思い出した。
その事、つまり今迄は休校だか何だかで登校していない王子の事も相談しなきゃいけないんだった。
「その王太子殿下ってのがどんな人かアタシの中でハッキリしないんだけど…」
アタシの切り出しに彼は特に反応する事無く、「ふ~ん」という感じに頷く。
「なんか、もうすぐ学校来るって聞いてもふ~んって感じなのよね。」
最初こそ反応が薄かったが、アタシの王子に対する感想を聞いてクリスは少し考え込み、窓の外を見た。
「…?」
「男ってなあ女に構って欲しい生き物だ。」
「……??」
挙句、訳の分からん話を呟き始めた。
「逆に言えば、構ってくれる女に結構、コロっといくのは多い。」
「……」
そんな男の気持ちとかを語られたってピンと来ない。つかちょっとキモい。
「アンタが…というかアンネ・バーバレラが今まで王子にどうしてたかは知らねえけど…」
彼はチラリとこちらに視線をやって、再び窓の外に目をやった。
「もしあまり興味がなくて構ってやってないんだとすれば、アンタの立場はすっごく不利だ。」
アタシからすれば「何、言ってんの?」という感じだ。
そもそも悪役令嬢は婚約者から好かれてないのがデフォルトだ。今更感しかない意見を言われても何も参考にならない。
アタシの「ふ~ん。だから?」という冷たい視線を横目でチラリと確認して、護衛は外に視線を走らせながら続けた。
「アンタが彼に構ってない、しかも前々から知ってるはずの彼にあまり構ってないんであれば、王子の方もアンタには婚約者って……親同士が決めた何か以上の興味を持ってない可能性が高い。」
ふ~ん。だから?
「男は美人に弱いモンなのはそうなんだが、オンナが思ってる程、バカじゃねえ。」
「……別にバカだなんて思ってないわよ?」
アタシの敢えての言い返しに反応する事無く、彼は続けた。
「大概の男なら美人のアンタが笑い掛けたらヘラっとするけど、それは男の条件反射みたいなモンだ。」
だから男の気持ちとか生態とか語られたってワカンネーんだって!キモいって!
「アンタは自分の美人に自信があんのかも分からんが…あんまし甘く見ない方がいい。」
「……なにそれ?」
「男爵が言うゲームでは、アンタがそんだけ美人でも王子はアンタじゃなくてヒロインにメロメロになんだぜ。そこはしっかり覚悟しといた方がいいし、アンタが今まで王子に興味を持ってやってないなら尚更だ。」
彼の言う事は分かるが、それは学園モノのお約束な状況だ。繰り返すがアタシにとっては今更感しかない話だ。
「……何が言いたいのよ?」
そろそろイラっときつつあるアタシは話の続きを催促した。
「アンタと王子の仲は……アンタの感じから逆算すると小さい頃から婚約者だった事、アンタが超絶美人だって事の2つを考慮すれば冷え切ってる、と想像出来る。だからアンタが動こうが動くまいが、王子は勝手にヒロインに惚れて、今まで構ってもくれなかった邪魔なアンタを簡単に消しにかかるかも知れねえってこった。虫でも潰すみてえにブチっとな。」
「……」
「けど、アンタが悪役しなかった場合、王子にはその口実がねえ。そうなると、無理矢理何かしてくる可能性もある。」
「ムリヤリ?」
護衛は頷いた。
「王子が完全に敵に回った時、んでアンタに落ち度もないのに計画的にアンタを消しにかかった時の話が、卒業式での婚約破棄とかってユルい話ならいいんだけどな。」
「…!!」
やっと彼の言いたい話が分かった。
要は、アンネ・バーバレラは王子にあまり興味がない。
王子の婚約者、という立場は自らの勝ち組としての立場を誇示する意味で魅力的だが、それは謂わばアンネにとっては自身を煌びやかに飾る称号に過ぎない。
早い話が高価な服や装身具扱いで王子個人に対しては然したる興味がない。だから学校に復帰するといっても自分の中のアンネは何も思う所がないのだ。
そして長い付き合いの王子もそれを知っている。
だから彼の方もアンネなどどうでも良いと思っている可能性が高い。
そう考えると今のこの状況下では王子がアンネの味方になってくれる可能性は限りなく低い。
お義理にでも肩を持ってくれる事もないかも知れない。
それは即ちアンネ、つまりアタシがヒロインをイジメてもイジメなくても、結局は惚れたヒロインを手に入れる為に正規の婚約者として邪魔なアンネを排除する事に彼は何の躊躇いもない可能性も高いということだ。
通常の話の展開なら王子が最終的に敵に回るのは卒業式の断罪でだ。
けど、断罪の予定が無くなった場合には違う事を考える可能性が高い。状況によっては卒業式など待たずにもっと早く動き出す可能性もある。
勿論、アンネがヒロインを激しくイジメた挙句、卒業式まで待てずに王子が動き出す事も考えられる。
が、ストーリーから考えてコッチは実は可能性が低い。
田中のよく知る悪役令嬢ザマぁモノと似た展開だとすれば、正統なストーリーでもアンネはさんざっぱらヒロインをイジメまくりなのに彼女も王子も何でか卒業式まで耐え忍ぶのだ。
そう考えるとむしろアンネがイジメとかをしなかったけど最終的にヒロインと王子が結ばれる展開の方がヤバい可能性がある。
イジメてないから王子としては、アンネを追い出す口実がない。即ち卒業式での断罪がムリ、という事だ。
そうなればアンネを追い出す口実を別にデッチ上げる可能性もある。そしてソッチがストーリーの強制力と一緒になった場合、護衛の指摘する通り、婚約破棄なんてヌルい話で済まないかも知れない。
アンネと王子がベタベタでなくとも婚約者同士悪くない関係ならそうはならないかも知れない。
けど仲が悪い、または何の関心もないとなれば何の容赦もないだろう。
部長が、会議席上で非常に生意気な口答えをした新婚のヒラの女性を、1か月後に網走の潰れかかってる関係曾孫水産会社にトバした時よりも悪い事態が充分想像出来る。
彼女がトバされた直接の原因は生意気な口答えをしたからだが、辞めても仕方がない、という場所に平気でトバしたのは部長からすれば彼女など戦力として数えておらず、いてもいなくてもどうでもいい存在だったからだ。
ちなみに彼女の場合、入社した瞬間から周囲の男に媚びまくり、挙句、皆が狙っていたイケメンの先輩を掴まえて周囲にマウントしまくってたから、田中も含め女子陣はそれこそ「ざまぁ!」としか思わなかった。
トバされバカ女の話はともかく、彼は断罪が無くなった場合の危険性を指摘しているのだ。
コイツ、意外とアタマが回転する!
「アンタを追い出す適当な口実がない場合、王子が直接じゃなくても周囲が忖度して勝手に手を回すって事も考えられる。そういう時は、だいたい上が思っているよりちとやり過ぎな方向で進む事が多い。」
彼はワザとらしく今一度、窓の外に目をやった。
「生物学的な排除とか公爵家全体を追い落とすとかって話にならなきゃいいな。」
「そんなことって…」
と、条件反射的に抗弁しつつもそれも分かる気がした。
上の人の中では、という限定条件付きながら比較的温厚と言われていた当時の部長にトバされたマウントバカ小娘だって、本社から追い出すぐらいで済ませても良かったはずだが、普段からゴマすりで知られていた人事上がりの企画スタッフが網走の冷凍倉庫送りを提案したと専らの評判だったのだ。
「せめてシナリオ通りに動いてくれれば、俺達…つかポリアリン男爵にも対処のしようがあるだろう。けど完全にシナリオ外の話になっちまった場合、例えば公爵家そのものに何か因縁を吹っ掛ける様な話になった場合、俺の腕前の話とは別に最終的に俺らだけじゃアンタの身を守り切らんかも知れん。」
「…っ!」
「そういう意味でも俺は男爵の言った通り大人しくアクヤ・クレイ・ジョーしてた方がいいと思うぜ。」
くっそう!
悔しいけど毎回、ミイラ捕りがミイラになってねえか!




