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風任せで人任せな俺がここにいる理由  作者: 明月 文


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115 交差する2人

 マリア・ユルシーズ公爵令嬢こと望月は校舎から出て、校門の方へ向かっていた。

 授業が終わったので帰るのである。


 珍しく取り巻きを連れ立ってではなく、マリア的には1人きりだ。

 お付きの護衛は公爵家の馬車を校門へ回すべく、駐車場に待機しているであろう馬車に知らせに行っているので、今、側にいるのは侍女だけである。

 そういった意味では一人きりではないとも言えるが、彼女にしても周囲にしても侍女を1人とはカウントしていない。特に見下しているとかではなく、高貴な貴族令嬢としては常に影の様に従う侍女を1人とはカウントしていないだけだ。当の侍女も「お嬢様は今、御一人」と理解している(笑)。


 校舎から校門までの道にある中庭のような場所に1人の男が何やら校舎の上の方を見ながら立っているのが見えた。上の方を見ながら横に歩いたり、首を傾げたりとその行動は些か怪しい。


 何だありゃ?と一瞬、望月は思ったが直ぐに思い出した。2代目(?)アンネ・バーバレラが連れ歩いている護衛である。


 だが同時に初代アンネ・バーバレラである望月は思った。


 あんなのいたっけ?



 望月ことユルシーズ公爵令嬢は、将来の王妃であるバーバレラ公爵令嬢とは別の派閥を率いるボスである。

 ストーリー的には彼女は時折顔を出す程度のモブだが、裏設定としてはこの2人が学内女子の2大巨頭だ。


 お家柄で考えれば王家を除く貴族界トップの5公爵家のうち、アソール家は女子ではなく男子で王子様派閥のNo.2、ユルシーズ公爵令嬢より1つ年下である上にカーネージ公爵令嬢は学究肌の大人し目な女の子で派閥を率いる様なタイプではない。


 従って学内女子が派閥入りするとすれば、バーバレラ公爵令嬢の傘下に入るか、ユルシーズ公爵令嬢派閥に顔を出すしかない。


 貴族界と女子ワールドは狭く、その2種類を単純な足し算だけで割らない女子貴族ワールドではどちらの派閥にも属さないという自由はない。

 それが出来るのは自身も公爵令嬢であるカーネージ公爵令嬢と、逆に貴族界のアレコレに混ぜても貰えない少数の嫌われ者と庶民達だけだ。

 なので逆説的にヒロインであるアマベル・モーリスもどちらの派閥にも属さないというより同室のカーネージ公爵令嬢以外には誰からも相手にされていないというのが実情だ。


 ちなみに男子は王子が在学しているので全員が王子派といっていいが、全員が同じ派閥という事はもはや派閥ではない。財務省で東大閥なる派閥が存在しないのと一緒だ。

 その上、自由〇主党の様に権力の為に大きくは同じ看板の下で徒党を組もうにも目ぼしい男子は王子が側近、あるいは将来の側近候補として囲い込んでしまっている。結果、小グループのリーダー格すら存在せず、悪い意味ではないが実質的に翼賛会的な状態になってしまっている。ある種、父親である国王の政策的な勝利であり、王子のカリスマの力でもある。

 客観的には王子派閥内で最側近グループ、王子と交流または面識のあるグループ、王子とは基本関わり合いのない雑魚もしくは低位貴族グループに分類されるが、これは昆虫学者が昆虫を勝手にラテン語で分類、整理しているのと変わらず、本人達には何ら関係ない。全員が王子派閥だ。


 女子の方は本来なら男子と同じく全員が将来の王太子妃であるバーバレラ公爵令嬢の派閥入りでもおかしくないが、女子の場合はもう少し複雑で、政治情勢とは無関係に個人的な好き嫌いが前面に出るし、そもそもソリの合わない人間は半径5m以内から叩き出さないと落ち着かないという女子特有の習性からどういう状況であっても派閥は必ず出来る。

 加えてバーバレラ公爵令嬢は謂わば最上位カーストのボスだ。何にしても目立つボスの周辺にはやはり派手目の陽キャが集まるのが世の常であり、陰キャは派閥下部入りすらハジかれる。そこは雑魚もパシリあるいは捨て駒として存在を許す男子社会とは違うのだ。

 かつ皆から恐れられる彼女を気分的に忌避し、自発的に近寄らない、つまり自らバーバレラ派閥入りを拒否るご令嬢もソコソコ存在した。

 彼女達はバーバレラ公爵令嬢の派閥に入れず、あるいは入らず、結果的にユルシーズ公爵令嬢の下につくしかない。


 その2大巨頭の片方であるユルシーズ公爵令嬢こと望月は言うなれば強くてニューゲーム中であり、しかも前回はもう片方の派閥のボスだったわけだから、この学園モノゲームに出て来る主要な登場人物は粗方分かっていると言っていい。


「…?」


 その望月が最近不思議に思っていたのは、対立(?)派閥のボスが連れ歩き、その周囲をうろつく目の前の男である。


 繰り返しになるが望月は前回のPhase2からやってる。しかも前回は悪役令嬢本人だった。

 当時の彼女の家、バーバレラ公爵家にも当然、護衛はいた。むしろ軍事を預かる公爵家として護衛とは名ばかりの実質軍隊で、屋敷を守る人数も含めれば中隊規模でいた。なので全員の顔と名前が一致するわけでもない。


 アンネだった当時の望月にも侍女ジーナ以外にも当然、男性の護衛は付いていたが、特に特徴のない若手の騎士だった。ストーリー的にも全く出番のないただのモブである。ユルシーズ公爵令嬢もモブだが、こちらは更に扱いが酷く、もう風景と同じ扱いだ。

 もっとも、こちらの世界的には公爵家の私設騎士団の若手の中では逸材とまではいかないまでも将来を嘱望されている騎士ではあったそうだが、顔面偏差値はそれ程高くないフツメンで望月が興味を持つレベルでもなかったし、一介の騎士は当然、望月に不要に話し掛けるとかもないのであまり記憶に残っていない。


 ちなみにその頃の望月ことアンネ・バーバレラは公爵家内でも暴君として恐れられてし、リアル暴君だった。

 なので本来ならご令嬢の護衛役への抜擢は将来を嘱望されている証として周囲の羨望の眼差しのはずが、この時期の公爵家騎士団の中では完全にアンラッキーかつ理不尽な罰ゲーム扱いだった。

 将来有望な彼をこんな些末な任務で潰さない為に、公爵家騎士団長は彼が無駄にご令嬢の勘気を被るのを避け、引いては騎士団全体がとばっちりを受けるのを避けるべく、なるべく彼女の視界に入らない様に立ち回れ、とアドバイス、というよりキツく言いつけていたこともあり、結果的に望月の印象も薄くなっていた。

 密かに毎日、騎士団付きの魔法使いが彼に弱めの認識阻害系の魔法をかけて送り出す案すら検討されていたが、闇魔法に長けているアンネに気付かれたら返って何が起きるか分からないと言う事で却下されていたぐらいだ。

 だが、毎日身近で見てはいたのだ。全く記憶にないとかはない。


 それに引き換え、今、二代目(?)バーバレラ公爵令嬢の傍にウロチョロしている男は、顔面偏差値的には前回のモブとどっこいどっこいのフツメン(笑)だが、望月の薄っすらとした記憶にある若手騎士の彼ではない。


 繰り返しになるが、軍事を預かる公爵家には護衛も騎士も大勢いて、彼らにあまり興味を持った事のない望月はその全員の顔を見た事も無ければ覚えている事もない。だから望月の記憶にない護衛が今のアンネ・バーバレラに付いていても不思議ではない。


 けど、何かがひっかかる、


 そもそも普通は護衛と言えば剣士か魔法使いである。実際に前回、望月に付いていたのも剣士だ。

 護衛とは周囲に対する脅しも半分なので、剣を吊ってるゴツい男か、重厚な暗い色合いのローブを着込んだ如何にもな魔法使いの方がいい。


 だが、アレはどう見ても違う。

 軽武装で腰に小さめのボウガン(?)を吊るしている姿からして弓師だろうか。


 別に今は他人の家の護衛だし、学内にいるとはいえ、普段は教室に入ってくるでもないので放っておけばいいし、現に放っておいていたわけだが、帰り際にバッタリ会ってしまった。


 周囲にアンネ・バーバレラの姿はない。

 彼は1人、校舎の外で建物を見回す様な不審な素振りをしていた。


 いい機会だ。


「そこのアナタ?」

「…?ハッ!」


 マリアが声を掛けると男は少しビックリした様な感じで振り向いた。

 そしてユルシーズ公爵令嬢の姿を見ると慌てた仕草で片膝を付いて礼をする。


「アンネ様の護衛の方かしら?」

「ハッ!」


 彼女の言葉尻こそ丁寧だが完全上から目線の高飛車な問いに、10程は年齢が上と思われる護衛(?)は恐縮しきった態度でアタマを深く下げ直した。


 いい機会だと声を掛けてはみたものの、実際は微妙な塩梅である事にマリアは今更ながらに気付いた。


 立場の違いを考慮すると名前までは聞けない。高貴な貴族の令嬢である自分が、自分から下賤の護衛に名前まで聞けば、変な噂になってしまう。


 護衛の方はと言えば、恐縮しきった態度のまま膝を付いてアタマを下げた格好で微動にせず彼女と視線を合わせない様にしている。

 貴族のご令嬢に対する平民一般の所作だ。


 だが、それを見て彼女は思い付いた。


「お顔をお上げなさい。」

「……ハッ!」


 男は顔を上げた。

 20代か30代ぐらいだろうか。この世界では少々珍しい黒目黒髪だが、やはり顔に見覚えはない。


「アンネ様の護衛の方にしては、見覚えのない方ね。本当にアンネ様の護衛の方?名前をお言いなさい!」


 貴族令嬢がはしたなくも自分から男性の名前を、しかも平民の男性の名前を聞くなど出来ない。

 しかし、学園内に紛れ込んだ不審な者を詮議しているとなれば話は別だ。


 ちなみにマリア自身の侍女は、主人の尋問姿勢を見て早くもクリスを不審者扱いで、あるいはそうでなくとも主人に対し何か失礼な態度でもとろうものならタダではおかない、と彼女の後ろで静かに視線を下げながらオーラでは完全にメンチ切っている。

 彼女もまた公爵令嬢の侍女であり、アンネの侍女ジーナと同じく護衛としても機能するように戦闘訓練を受けている。そこらの冒険者ズレに負けるつもりは更々ない。


 背後で配下が睨みを利かせるという完全チンピラカツアゲスタイルでマウントを獲り切ったマリアの質問というより尋問に、だが彼は跪いた姿勢のまま再び深くアタマを下げ直した。


「バーバレラ公爵家にお仕えしておりますクリス・シーガイアと申します。本日は登下校での我が公爵家アンネお嬢様の尊い御身の護衛を仰せつかっております。」


 ユルシーズ公爵令嬢の嫋やかでいて厳しい詮議に、護衛は緊張した面持ちで名を名乗った。

 顔も見覚えなく、名前も聞き覚えがない。やはり前回、彼女がアンネだった時にはいなかったものとみえる。


 もっともバーバレラ家の護衛の人数が通常よりもずっと多い事もさることながら、護衛のモブなどゲーム回ごとに名前もキャラも変わるのかも知れないし、彼女とて前回の印象の異常に薄い若い騎士を始め、護衛などというモブを一々覚えていない。


 だが、繰り返しになるがこの護衛は何かが引っかかる。

 護衛にしては珍しい弓師なのもそうだし、護衛のクセに対象であるアンネのいない場所にポツねんといるのもオカシイ。


「アンネ様の護衛の方が、アンネ様のいらっしゃらない場所で何を…」

「クリス?」


 自身の主人であるアンネの呼びかけに、護衛は素早く立ち上がって一歩下がり、その場で礼儀正しくアタマを深く下げ直す仕草をした。

 それを満足げに横目で見ながら、マリアの後ろから歩いて来たアンネは、振り向いたマリアの方を見て、優雅な仕草でカーテシーをした。


「これはマリア様、ごきげんよう。」


 周囲の全員が見ているのだ。対立する派閥の長として如何なる事であっても負けは許されない。

 マリアも負けじと優雅な仕草で礼を返した。


「アンネ様もごきげんよう。」

「ウチのクリスが何か失礼でも?もし、何かお気に障る事でもございましたら私の方からお詫び申し上げますわ。」


 望月は心の中で苦笑いした。

 そう、彼女の鍛えたアンネは魂的にクサレたイジメの達人ではあるが、同時にご令嬢ムーブも極めているのだ。外面は完璧な貴族令嬢で、そのガードは固い。

 自身が将来、王妃になってしまえばまた違うが、現状では自分と唯一張り合う力を持つマリア・ユルシーズ公爵令嬢は1つ上の先輩でもある。彼女に1㎜でも礼を失する態度をとって何か揚げ足を取られる様な無様な事は絶対にしない。


 対する望月も彼女に負けないご令嬢ムーブで悠然と微笑んだ。


「いえ。見慣れない方でしたので少しお声を掛けただけですの。アンネ様の護衛の方とあれば何も問題はございませんわ。」


 見てない隙に護衛の彼は主人の方へ傍へにじり下がって恐縮しきった態だ。


 貴族のご令嬢からの詮議に完全に委縮した風なその様子を見て、望月はちょっと疑い過ぎたかな?と思い直した。


 外見は貴族でも中身は現代の庶民である望月からすれば、言うなれば心の中は彼と同じ庶民である。

 現実社会において日常が偉そうな上位カーストに所属していた事もない。

 バーバレラ公爵令嬢だった頃は役だと思えばこそだっただけだ。


 望月は2周目だが所詮は小娘の女子大生だ。

 ザ・日本株式会社でリーマンとして特殊な訓練を受けているクリス・シーガイアこと海野からすれば、偉い人の前で偉い人のご気分を害さない様に全てにおいてへりくだった空気を醸し出すことなど朝飯前だということには気付かなかったのだ。


 その時、ちょっと気が緩んだせいか、マリアのカバンからひらりと1枚、紙が落ちた。


「失礼致します。」


 マリアの侍女よりもアンネに付いている侍女よりも、やはり男の護衛の方が反射神経はいい。

 特殊な訓練を受けた日本のリーマンとして、この場で一番身分の低い彼が上の方が落とされた紙を素早く拾い上げ、マリアに差し出す。


「まあ、有難う。」


 彼は一応、バーバレラ公爵令嬢の付き人(確定)である。

 自家の侍女、侍従にはことさら礼はいらないが、どんなにつまらない事柄でも他家の人間の手を煩わせたとあれば話は違う。

 先の詮議の時のお詫びも兼ねたつもりで、少し優しい口調を意識して礼を言うと、彼は先程からの恐縮しきった態度のまま無言でアタマを下げつつ、彼女の手に紙を渡す。


 一瞬だけ護衛、ユルシーズ公爵令嬢、バーバレラ公爵令嬢の3人の視線の中心に紙が写った。


「……?」


 紙の内容は先程の授業のノートだ。

 けど文章の最後に無意識のイタズラ書きだろうか、絵のようなモノが見えた。それは小さい円2つが大きな円に接する様に描かれた絵だった。

 マリアのメモに書かれたものだからマリアが描いたものである。


 どっかで見た事があるなあ。


 まず3人の中で最も反射神経に優れる護衛が何か思いついた顔をした。

 が、彼のその感想はそんな程度で、思考がそこから先に行った様子はない。


 しかしアンネは違った。

 それを見たアンネ・バーバレラ公爵令嬢は顔色を変え、礼儀作法も忘れて思わずマリアの方を見た。


 対するマリア・ユルシーズ公爵令嬢の方はと言えば、そんなアンネの様子を一瞬「?」という風に見て、紙を見直し、そしてこちらもサッと顔色を変えた。


「「……」」


 マリアは紙をカバンにしまい直す事無く、令嬢2人で硬直している。

 アンネの護衛と侍女、それにマリアの侍女の3人は自分達の主人がフリーズしているのを礼儀正しく黙って畏まって見ていたが、数秒後、先ずはマリア・ユルシーズ公爵令嬢の方が再起動して沈黙を破った。


「……アンネ様、今度、どちらかでお茶を差し上げたいと思っておりますが、お時間を頂戴出来ますでしょうか?」


 対するアンネ・バーバレラ公爵令嬢の方は何故かちょっと緊張した風だったが、ふんわりと笑った。


「お招きに感謝申し上げます。私もマリア様とお近づきになれるのは光栄でございますわ。」


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