114 月例進捗会議
こうして悪役令嬢生活スタートした1か月後くらいの夕方に定例のミーティングが近くの喫茶店の貸切個室であった。
ポリアリン男爵は日本の会社宜しく定期的な進捗の確認を要求してきたが、家に常駐しているクリスと違い、彼と会うのはなかなか難しい。
然したる用事もないのに外交使節でもある他国の男爵が国の重臣、特に軍事を握るバーバリアン公爵家に入り浸るとか政治的に変な噂になりかねない。
しかも用事があるのは公爵本人ではなく王子の婚約者である令嬢(=アタシ)ともなれば、ますます変な話の拗れ方をするのは間違いない。週刊〇春的な方角だ。
かと言って、学校で会うわけにもいかず、町で会うしかないが、公爵令嬢がホイホイ行ける店は限られる。
この公爵令嬢レベルが頻繁に顔を出しても問題にならない場所がこの店だ。
ちなみにノンアルコールな飲料や軽食を前にお話をするお店、という意味では喫茶店にカテゴライズされるが、ス〇バみたいんじゃなくて帝〇ホテルのロビーだけを切り出した様なこの空間は、実はアタシではなく真なるアンネ・バーバレラ公爵令嬢が密かに通っていた店だ。
この世界の貴族ご令嬢は欧州風だからコルセットで体を絞っている。(マジ、キツい!)
その上、体型維持の為の食事制限も激しい。
けど女の子が甘い物に目がないのはどの世界でも一緒だ。つか甘いモノのない人生なんかオンナの人生じゃない!(力こぶ!)
しかし家では溢れる程存在するのに激しく食べられない。
こうなるともう体力ではなく精神力を鍛えたという昭和の体育会系にあったネズミ捕り?…??…カエル跳び?と同じく、スイーツにも本来の人の脳と心を溶かすという目的を超えて、精神力か忍耐力を身に着けさすという意味を持たせているとしか思えない。
けど甘いモノの魅力にはあがらえない!
そこで田中=アタシではなくアンネ自身が捻り出した方策が侍女ジーナすら連れずに1人でここの店に通う事だった。
この店は公爵領産の高級茶葉を使っているのをウリにしている。
アンネはその品質を確かめる為に定期的に通う、と家に言っているのだ。
まあ真なるアンネがどう理解していたかは分からないけど、多分、親御さんには半分方バレてるとは思うけど、というのがアタシの冷静な意見ではある。
イケオジの父君もちょっとキツ目美人の母親もアタマは悪くなさそうだった。上の人は意外と下の行動を見ているのが社会というものだ。
だが、そのお目こぼしのお陰でアンネはこの店には比較的自由に出入り出来る。
男爵も当然、この店を訪れるのは自由だ。そして自由な2人が何処かの個室で貴族のお付き合いとしてお茶するのも自由である。
その上、貴族と裕福な商人を顧客としているこの高級過ぎる喫茶店はプライバシーの確保も完璧である。逢引きにも使われるぐらいだから、2人とも途中で誰にも逢わずに個室で落ち合う事も全然可能だ。密談にもピッタリである。
それはともかく悪役令嬢進捗確認ミーティング(?)だ。
「どんな感じだ?」と男爵に最初にふられた護衛が先ずは男爵の後ろに立ったまま報告する。
「元々が顔面的にはちとキツ目の美人だ。ムーブと空気はモノになってると思うぜ。」
自覚はあるとは言っても女子の顔の表現に顔面キツめとか言い方!
アタシの心の声を他所に護衛の感想は続く。
「難を言えば…小芝居が足んねえな。」
「小芝居って何よ!?」
「ほら…ああ…扇子とかカップ投げつけるとかさ。キレ易い不愉快なオンナのするヒステリックな動作っての?」
だからそんなの出来ないんだってば!
「悪役って名の付く奴は全ての行動がとにかく理不尽、不愉快であるべきだと俺は思う。」
男爵が感心した様に頷いた。
「お前、分かってんなあ!流石、エリザベス様が狡猾で理解力があると一押しなわけだ!」
本気で感心している男爵に対し、護衛は何故か少し嫌な顔をした。
「とにかく、もうちっと普段から不愉快全開な感じで押して、ヒロインが同じクラスに来たら盛大にイジメるのが普通ぐらいにしとくといいんじゃねえかと思う。」
「今の段階でそこまでしなくてもいいでしょ?」
クリスの身も蓋もない、けど悪役としてはある種当然な意見にアタシは反論した。
「アンネ…ってかアタシは既に周囲にかなりビビられてるわ。」
アタシはアタシなりに先行きを考えていた。
この状況は言わば職場で誰もが嫌がる仕事を振られた様なものだ。
けど上司命令には逆らえない。何のかのと理由を付けて逃れるのには既に失敗している。
そうとなればやるべき事は1つしかない。
つまりやった感を出す事だ。対応してます感を出して、報告も仕事は進んでます感は出す。
でも実際には深入りしない。
上司から単なる私怨で個人的に気に食わない取引先との取引を縮小しろ、と命じられて真面目に切りに行けば相手から恨まれるのは自分だけだ。
しかも上司が個人的に嫌ってるだけだから、社内の他の人間からは問題のない取引を意味なく縮めてるようにしか見えない。ヘタすりゃ営業成績が下がっている風に見える。
なので、積極的に取引をしていない風を装って何となく停滞させるぐらいで後は無関係な話を無理矢理この話に繋げる作文でもしながら、やった感だけ出すぐらいが会社人としてのベストウエイだ。
今回の場合は悪役令嬢としてヒロインをイジめなきゃいけないから、ヒロインが周囲に出没する様になれば、程度はともかくそこはやる。仕方がない。
けど他には深入りしない。
幸か不幸か、今更、悪役スペックを上げなくてもアンネは既に相当周囲にビビられていて、既に学園内のオンナ関係のボス的存在だ。そのボスが気に入らないオンナをイジめるに当たって自身が直接手出しする必要はない。ちょっと仄めかせば周囲が忖度してやってくれる。
なので本人がムリに悪役パワー全開でなくてもいい。
首謀者と断罪される程には自分ではやらない。
「だから、今更、ソコを頑張んなくてもヒロインを周囲が自然体でイジめるのは逝けると思う。」
若干今更感はあるものの、アタシのアタシなりに考え抜いた理屈に対し、護衛の方は「へえ~」と少し感心した様だった。
それはそれでちょっとムカつくが、問題は男爵の方だった。
彼はアタシのやったふり作戦に騙されることなく即座に首を振った。
「悪役令嬢の最期は卒業パーティーでの断罪だ。」
ちっ!逃げられなかったか!
アタシが一番避けようとしている話にズバリ踏み込まれて、アタシは思わず渋い顔で紅茶を啜る。
「勿論、理由はヒロインに対する陰惨で悪辣なイジメだ。」
「理由?王子が必要なのは口実だろ?」
どこかで見た様な直立不動で、どこかで聞いた様なセリフを言う護衛に対し、男爵は全く慌てない。
「無論、口実だ。でもその口実に対して客観的に見て周囲が納得するのも必要だ。流石に全くの言掛かりでは話にならないからな。」
「…それってどういうこと?」
男爵の誘導尋問にかかってしまったアタシが思わず聞くと、男爵は間髪入れずに答えた。
「まずはアンネがヒロインをめっちゃイジメてる事実が必要で、加えてそれが事情に詳しくない周囲から見ても、アイツならやりかねんなって思われる様じゃないとダメだって事だ。」
「……」
「つまり、だ…」
男爵は肘をついて両手を顔の前で組み、口元を隠した。
これもどこかで見たポーズだ。何か知らんが異様な圧を感じる。
「悪役令嬢は普段から、あんなヤツ、追放になって当然だな、つか清々するわって思われてる事も重要だって事だ。」
会社にもこういうのはいた。
正論も理屈も無関係に、話せは話す程、逆に絡めとられてしまうタイプだ。
実例も見た、というか経験した事がある。相手は直属の上司だ。
時折誘われる部内の飲み会で同僚達や先輩方の彼に対する愚痴はちょくちょく聞いていたが、自分ごととは思っておらず聞き流していた。普段は穏やかで丁寧な口調の方である。
が、忙しい月末のある日、突然、いつもの丁寧な口調で急襲してきた。
「田中さん、A社の支払いって今月末とかにはなるのかな?」
A社の支払いは月末締め翌月末起算60日だ。端的に言えば今月末には絶対に支払われない。
アタシは即答した。
「ならないと思いますよ。」
いつも誰に対しても口調だけは丁寧な上司は、私の即ダメ出しに顔色も変えずに言った。
「交渉とか出来るのかな?」
「契約書でそうなってないから断られるだけですよね。」
アタシの当然の2回目の即答にも彼は引かない。
「いやサイトを短縮して欲しいとかじゃない。支払いだけ前に倒せないかなって意味なんだけど?」
「……同じ事ですよね?」
早くもちょっと詰まったアタシに上司は嫌な雰囲気でニンマリした。
「同じ事じゃない。契約書を書き換えるとかいう話は向こうも手間だろうけど、その必要はないって言ってるんですよ。」
思わぬ上司の言い分だったが、そういう問題じゃねえだろ!?と思ったアタシはこれにも即座に反論する。
「契約書にない支払いなら余計、向こうはしないですよね。」
だが上司には読まれていたらしい。
彼はあたかも「そうだね」と同意する風に微笑んだ。
「なら契約書を書き換える方向で話をするしかないよね。」
いや、だからさあ…
何て言ったら分かってくれるんだろう?
上司の奇襲攻撃に見えないダメージを受けていたアタシは、段々自分がしどろもどろになっていくのを感じていた。
「でも……えっと……そんな話、理由もなく出来ないですよね?なんか理由があるんですか?」
「何かいい理由はないかな?」
何故か上司から問われて、本来はアタシが考える側ではないはずなのに部下の条件反射でアタシは思わず考え込んだ。
が、当然、直ぐには浮かばずアタシは詰まった。
それを見て上司はニッコリ笑った。
「ないなら、理由はなくとも契約書の変更をお願いするしかないよね。」
「いや、ですから契約書の変更のお願いを理由もなしに持ち出せないですよね?」
「だからさ、契約書の書き換えは必要ない、支払いだけ前に倒して貰えばいいと思うんだよね。」
段々、アタマがごちゃごちゃになって来る自分がいるのを感じていた。
「いや、そもそも何で支払いの前倒しをお願いしなくちゃなんないんですか?」
上司は白々しく「今更何を言ってるんだ」という素振りをした。
「入金は早い方がいいよね?」
「いや、そりゃそうですけど…」
唐突に「世界は平和な方がいいよね」的な一般論を言われてまたも詰まったアタシに上司はトドメを刺しにきた。
「だったら担当の田中さんからお願いしなくっちゃ。」
いや、課長がここまで言うなら、別にA社に言ってみるだけ言ってみるのはいい。
上司の術中にハマりつつあったアタシはまた少し考えた。
「…いや、ですからお願いするなら何かネタがないと。ネタはないんですか?」
「ないよね。田中さんは何か思いつく?」
せめて口実ぐらいは、というアタシの当然の問いも上司に簡単に弾き返された。
「…会社からか課長からかサイト短縮のお願いとかって文書を出して貰うとか…」
川田課長…あ、ナシナシ!…K課長は面白そうにハナで笑った。
「何もネタがないのにそんなの出せないよね。」
「……結局、アタシはA社に何て言えばいいんですか?」
少しキレ気味になってきた私に対し、しかし上司は我が意を得たりとばかりにニッコリ笑顔で言った。
「何でもいいよ。A社との普段の話は担当の田中さんの方が詳しいと思うからそこは任せるよ。とにかく今月末に入金されれば良いわけだから。」
こうしてアタシは見事に言いくるめられてしまったわけだけど、A社の担当者S田さんは正確な年齢は聞いた事がないが50絡みに見えるベテランで、反応は早かった。
彼はアタシを見る何処となくエロい視線が生理的に受け付けない。社内の他の女子も皆、口を揃えて生理的な拒否感を口にするが、一方で仕事はデキる、との評判も一致していた。
その視線のエロい視線の彼は、まず電話口で契約書にない支払いは社内コンプライアンス規則で自分の判断だけでは出来ない、と即答した。コンプライアンスは今やどの会社でも通じる無敵の免罪符だ。
そしていつものネットリ気持ちの悪い眼差しが感じられる口調でダメ押しした。
「もしその話が本気でしたらウチの与信に問題がない事をウチのCFOから直接説明させますよ。」
A社のCFOは常務取締役だ。ウチの方が大きいとはいえ、相手もそこそこに大きな企業で何よりお客様だ。流石に常務に対してウチの課長程度だけが相手にするような失礼なマネは出来ない。
しかも与信に問題があるとしてサイト短縮を要求しているのではないから、先方の財務状況を子細に説明されても意味がない。
だが仕事はデキる彼は最後に付け加えてくれた。
「サイト短縮は御社と弊社の間では大きな話ですから担当同士の軽い電話で済ます話じゃないですよね。ですから何ならK課長から私の上司の方に直接お電話頂いても構いませんよって対面のS田が言ってると説明されては如何ですか?」
彼の意図は明らかで、こちらが上から言われて嫌々話しているのを見抜いた上で「所詮は互いに一担当に過ぎないのにこんな生産性ゼロな話をさせられても困るでしょ?互いの上司に丸投げしてこの種の面倒から自分達はとっとと離れよう!」と提案しているのだ。
「…そうですよね。」
アタシは目付きはセクハラだが仕事のデキる彼のこの提案にのり、この件から逃れる事に成功した。
S田さんの話を更に要約してアタシは態度だけはさも困った風に「サイトの件が本気なら大ごとなので向こうの部長かCFOに役職者から直接連絡が欲しいとゴネてます」と課長に報告した。
川田課長……イヤイヤ…K課長は不満そうだったが、当たり前の事ながら結局、連絡まではしなかった。
ちなみに部下に突然ミッションインポッシブルを丸投げ奇襲して、いつの間にか強引に仕事を引き受けさせてしまう術に長けていた彼は、部長からは「K君は目標に向かって粘り強く努力をする突破力がある」と評価されていたらしい。
今、目の前の男爵も似た様なタイプだ。
ああ言えばこう言うでこちらの言い分ははぐらかされて、いつの間にか向こうのフィールドでこちらが言い訳する立場になってしまう。
ねえ、何か言ってよ!
助けてくれるって言ったじゃん!
アタシがクリスの方を見ると、彼はアタシだけに分かる風に微妙に口元だけ微苦笑した。
よく考えてみたら彼は「何でも聞いてくれ」とは言ったが助けてくれるとは言ってなかった、かも知れない。
けど彼はアタシの目線に応じて口を開いてくれた。
「まあ…何てのか…俺らはまだヒロインちゃんを見てない。」
「まあね。」
男爵もアタシの意見には即座に反論するけど、彼の意見は一応聞く。
彼の言葉に男爵も頷き、彼は言葉を続けた。
「もしそのヒロインとやらが貴族様に自分から突っかかってくる類のバカなら公爵家としてはイジメる大義名分っての?も立つし、王子狙いで自分から何事か派手に仕掛けるタイプモロならコッチとしては婚約者って立場的に潰しにいっても不思議じゃない。」
ついでに言えば、問題の婚約者王子も見てない。
彼は夏休みが終わっても王家の用事とかで登校していない。
「なんで、相手がどんなヤツかもよく分からんと具体的にどうすっかは今の段階では決めきらんだろう。今は学内で恐れられる地位をキープする様に不愉快キャラの練習を積み上げていけばいいんじゃねえの?」
…完全に助けてくれたわけじゃないけど、仕方ないか。
「もっと派手に動いて即座に何とかしろ!」という上司に対し、「いえ、慎重に進めるのは悪くないし、そうなれば少し時間がかかるのは仕方がないでしょう」と庇ってくれた先輩みたいな遣り取りだった。
コイツらマジで日本のリーマンかよ!




