113 将を射んとするならまず護衛から?
男爵から衝撃(?)の事実を知らされて、成り行きで悪役令嬢を引き受けて、ていうか受け入れてしまってから数日後、アタシは少し困っていた。
理由は簡単で男爵が言うような悪役をするのは難しいからだ。
自分が性格がいい方とは特に思った事はないけど、上の階で噂になっていた経理の部長の様に毎年の様に部下を鬱病に追い込むようなタイプではないし、何より男爵が言うような暴れ方は出来っこない。
何か打開策を考えなくてはならないわけだが、そのキーマンとして目を付けたのは、ポリアリン男爵本人ではなく傍に付けられた男爵の連れて来た護衛だ。
こちらではお父様、と呼んでいる人物、即ち公爵閣下とどう話を付けたのかアタシは知らないけど、翌日からクリスという男爵のツレがアタシの護衛として付けられた。
護衛には2種類があって学校内にいる方といない方だ。
いる方はそのまんまで学校内でも後ろから付いて来る。
男子の場合は護衛兼執事見習いの様な男で、教室内にも入って来るから年齢は少し違っても同じ学生とされている事が多い。
教室までこの種の護衛兼執事見習いが付いて来るのを許されているのは侯爵以上だから、このレベルの家では当主後継と同年代の侍従が予め確保されており、小さな頃から学友として勉学を仕込まれると同時に主人の身を守れる武芸を叩き込まれる、事が多い。
女子の場合は侍女見習いだ。
侍女見習いだが立場は護衛だからある程度、腕の達つ者が選ばれる。アタシの後ろにはジーナという同い歳の侍女が常に控えている。
アンネの記憶によれば彼女は弟君に付けられているこの種の侍従君と一緒に小さな頃から武芸を仕込まれていた。
もっとも彼ら彼女らにしても形としては学生なので、四六時中、主に付きまとっているわけではない。
侍女の方はそれでも主人の周囲にいる事が多いが、侍従の方は将来は筆頭執事など最側近として生涯主人を支える人材になる事が求められているわけで、大概は自身の勉学に忙しい。
将来、後ろで指示を出す立場の主人とは異なり、武芸実技の教練も欠かせない。
主人もそれが分かっているし、警備の厳しい学園内に不審者など滅多に出ないこともあり、大概は学園内では主人の傍を離れる事を許されている。
王子お付きの将来の侍従長候補であろう伯爵家ご令息も、学園内では王子の周辺を離れている時間も多い。
むしろ成績優秀な王子を追い抜けはしないが少しでも追いつくために、学内外で勉学に武芸の稽古に超忙しいらしい(笑)。
なので学内では大概の貴族当主は自分の荷物ぐらい自分で運ぶし、スケジュール(授業)も自ら確認している。王子にしたって自分の教材なんかは自ら手持ちしている。
もっともこれには、この学校の生徒である間は皆平等に学生、という建前もある。だからと言って無礼が許されるわけもないし、侍従とか侍女が許されてる段階で平等も何もないモンだが、王子が100m先に現れたら全員が跪いづいて通り過ぎるまで顔も上げられないという事もない。
それに彼の横には荷物を運んだりはしないものの侍従以外にもアソール宰相の息子を始めとする取り巻きがキチっとついている。
一方で教室内には入って来ない護衛もいる。
ある種、こちらは普通の護衛だ。通学中の護衛が仕事だから一緒に登校して来て、一緒に下校する。
けど年齢的にも学生ではないので校外学習なんかにはついて来るが、教室内には立ち入らない。
但し、各階に彼ら専用の控室があり、校内に残っている事も多い。そして校舎を移動する時なんかには後ろから付いて来る。もっともこれも侯爵以上の特権で数は多くない。
そして彼ら、彼女らが放課後になって校舎から出て来れば一緒に帰る。
彼らは侍女、侍従候補生達とは違い学生ではなく純然たる護衛なので屈強なヤロウである事が多い。
男爵のツレはコッチの方の護衛としてアタシに付けられる事になった。
ちなみにポリアリン男爵は首都伯ご令嬢直衛の凄腕と太鼓判だが、実際の腕前の程はよく分からない。
が、一度、屋敷内でジーナと弟君の護衛君と立ち合ったのは見た。
弓が得意と聞いているのに自分から「いや立ち合いで弓を使うのはちょっと…」とか言って素手で立ち合ったのだが、どちらの攻撃も殆どをひょいひょい払い除け、当たっても何事も無かったかのように接近して押さえ込み、ごく短時間で終わった。
実際に立ち合ったジーナに言わせると、元は冒険者として普段は魔物を相手にしていただけあって見た目に反して相当鍛え上げた体らしい。弟君の護衛も、ガードの上から殴りつけたらこちらの腕の方が折れそうだった、と言っていた。
首都伯のご令嬢直衛を任されている凄腕、というフレ込みはまるでウソではないらしい。
現状での彼はあまり喋らない。
公爵令嬢に対して遠慮してる、という感じでもない。淡々と護衛の仕事をしているといった風情だ。
侍従兼護衛とは違って主と直接の関り合いも少ないし、身分差もあるので公爵令嬢(=アタシ)に話し掛けたりはしないのが普通なのかも知れない。
が、アタシの方からすれば彼とある程度、ハラを割った話し合いをしなくてはならない。
より有益な情報を得る為には男爵か護衛のどちらかともっと会話する必要があるからだ。
ちなみにこの間話した感触では男爵の方は相当手強そうだと感じている。
運営側だからこの世界に関して持っている知識はアタシよりずっと詳しいはずなのだが、話し方が巧みで多少の話は上手にはぐらかされるか先日の様に逆に言いくるめられてしまう。
しかも護衛と違い、公爵邸に常駐してるわけでもなく、通常は接する機会が少ない。
それに比べるとクリスという護衛の方は毎日顔を合わせているから話し掛ける機会だけはいくらでもある。だから機会を活かして彼から何か有用で有益な情報を引っ張り出すか、あわよくば味方に付けなくてはならない、と思っている。
こういうのってアレかな?諺にある「将を射んとするならまず馬から」ってヤツなのかな?
この場合は「将を射んとするならまず護衛から」が正しいか?
……でも、それだと暗殺する側みたくね?(笑)
彼は自分からは口を開く気配はないし、こちらもなかなか話の糸口が掴めない。
散々悩んだ挙句、先ずは普段なら馬車内では向かい合わせで座るジーナに用事を言い付けて別行動させた。
そして通常なら馬車の御者席横で周囲を警戒する役の彼を、ジーナの代わりと称して馬車内に引き込んだ。
学校から公爵邸まで馬車で20分程が、アタシが作り出せた持ち時間だ。
…時間は作ったものの、何から切り出して良いものかはよく分からない。
悶々と10分程をも浪費した後、アタシは成る様に成れ、と覚悟を決めて適当に話し掛けた。
「クリス?」
「は?…ハッ!」
公爵令嬢が護衛の自分に話し掛けて来るとは思ってなかったらしい。
彼はいきなり話し掛けられてちょっと驚いた風だったが直ぐに平静に戻った。
対するアタシは声は掛けたものの何を話していいものか決め切れてなかったのだが、ムリヤリ話題を探した。
「……その…レイボーン伯爵家ではご令嬢の護衛をしていたと聞いていますけど?」
「左様でございます。」
距離を置いた慇懃な話し方をする。
ゲームなんかでは冒険者と言えば粗野で無礼というのが一般的だが、それとは違う。
デパートの店員がとても何かをお買い上げになりそうにない田舎者丸出しの客にトイレの場所を聞かれた時の話し方だ。
弁えている礼儀作法を嫌な用法で使い熟している喋り方だ。
が、とにかく今の私には味方が必要だ。
なんせこのままなら断罪確定の悪役令嬢なのだ。
相手のすげない態度にもめげずに続けるしかなかった。
「レイボーン伯爵ご令嬢は…どのような御方ですか?」
「伯爵家に相応しい清楚で美しく品位のある御方にございます。」
定型文的テンプレな答え方も隙が見当たらない。
アタシが話の接ぎ穂がなく一瞬黙ると、彼は少しこちらを見て、意外な事に彼の方から言ってきた。
「先だって男爵閣下からもお話がございましたが…」
「なにかしら?」
「今少し、護衛に対しては居丈高でも宜しいかと。」
「は?」
いきなりナニブチこいてんだ、コイツ!?
「アタシが聞いてるのはそんな話じゃないのは分かるでしょう!と金切り声で怒鳴りながら扇子を投げつけるぐらいが宜しいのではないでしょうか?」
「はあ!?」
「いや、アクヤ・クレイ・ジョーとはその様な振舞いと男爵閣下からはお伺いしておりますので。」
奇襲には奇襲で対応ってコトか!?
コッチの世界で冒険者と言えば比較的テンプレで腕っぷし頼みの脳筋系揃いと聞いていた。この無口な冒険者も伯爵家に雇われているからまるっきり無礼、無作法、無頼の3拍子ではないとは思っていたが、斜め後ろから切り返すアタマがあるとまでは思っていなかった。
正直少し馬鹿にし過ぎていたか!?
ここまで考えてハッと気がついた。
男爵と一緒に来た、かつ最初の時の男爵の話を普通に聞いてたって事はもしかして…
「アナタ…もしかして男爵閣下と同じ運営側の人?」
「いえ…違います。ですが事情は男爵閣下から粗方お伺いしておりますので。」
アタシの問いをこの男はまたもやアッサリ、そして慇懃に否定した。
ダメだ!
このままじゃラチが開かない!
アタシは攻め手を変えることにした。
「ねえ、その話し方、微妙にムカつくんだけど?」
アタシのいきなりのぶっちゃけに彼は顔色は変えなかったが目を瞬いた。
「はあ。」
「止めない?ホントはそんなガラじゃないんでしょ?」
だがガードは堅い。
すぐさま表情は戻り、いつもに調子で言った。
「ご不快の念を抱かれたならお詫び申し上げます。ですが某はこれでも栄えあるレイボーン伯爵家にお仕えする身。まだまだ至らぬ身ではございますが最低限の礼儀作法は守れるつもりではございますれば…」
アタシは彼のウダウダを敢えて乱暴に遮る。
「そんな風には全然見えないって言ってんだけど?」
「はあ…」
「せめて、この馬車の中じゃ止めない?そんなんじゃマジな相談もやりにくいんだけど?」
彼の目が少し面白げに動いた。
「マジな相談、でございますか?」
「そう、マジな相談。ぶっちゃけアタシは今のこの状況が分かんなくてマジ困ってんのよね。相談とかヘンじゃなくね?男爵に直接もムリくさいし。」
「……」
ガタゴトガタゴト
暫しの沈黙の後で男はニヤリと笑って口を開いた。
「何が聞きたい?」
「アタシ、マジ悪役令嬢?」
彼は軽く肩を竦めた。
「男爵からはそう聞いてる。」
「…ホントに悪役しなきゃいけなないの?」
「男爵はそう言ってる。それ以上の話は俺も知らねえ。」
ちっ!マジ、何も知らねえのか!
使えねえな!
アタシはもう1つの疑問をぶつける。
「ねえ、ココってホントにゲームなわけ?アタシには全然そうは思えないんだけど…」
「俺もよく分からん。」
彼は2度目の「分からん」を繰り返した(微怒)が、言葉を続けた。
「けどアンタは転生だと思ってるみたいだし、その気持ちは分からんでもない。俺も自分がゲーム内のキャラクターだとか言われてもピンと来ない。」
「……」
デスヨネー。
けど、当然の様に男はすぐさま掌を返す。
「けど、男爵の言ってる話は史実とが大方合ってるのはリバードアでも確認されてる、らしい。男爵自身の話にも齟齬や変な話は感じねえ。」
「……」
「要は、だ…」
男は勝手に纏めに入った。
「今のところは男爵の言う通りにした方がいい、可能性が高いって事だと俺は理解している。」
パカッパカッパカッパカッ
呑気な馬の足音が実にムカつく。
今までの時間帯、アタシは聞きたい事を聞けず、言われたい放題だ。それが実にムカつく。
アタシ、こんなに交渉下手だった!?
「男爵は結局、なにし来たの?」
「この前、彼が説明した通りだ。アンタが悪役してないのが全体の流れとしちゃあどうも良くないんで、アンタに悪役させる為に来た…らしい。」
相変わらず全く新規の情報がない。
「アンタは何しに来たの?」
なので再度攻め口を変えてみた。
それに対し、男は肩をすくめた。
「そもそもは男爵の護衛ってことで来てるはずだった。けど、この件に…まあ理解が早えって事でもうちっと突っ込んでアンタの見張りと最終的な護衛をやらされてる。」
「見張り?」
「アンタがキチンと悪役してるかどうかの見張りと、悪役が上手くいかなかった時に来るって男爵が言ってる不可抗力からアンタを守るのが俺の役目だ。」
「……」
「俺は詳しい話はマジでよく知らねえんだ。けど、とにかくアンタが悪役しないとどうも…何かこの世界の流れっての?…そういうのの関係上、よくないらしい。なんで俺がアンタがキチっとやってるか見張って男爵に報告する。」
彼は自分で言ってて少し苦笑いした。
「…まあ、半分スパイみてえなモンかな。」
んなコタ、どうでもいい!
それより、なかなか知りたい話に辿りつかない!
アタシは更に別の方向から攻めてみることにした。
「アンタ、ホントにアタシが守れんの?」
アタシの敢えて煽り気味な言い方にも護衛は全く動じず答えた。
「レイボーン伯爵家ご令嬢の護衛ってのはホントだし、荒事には慣れてる。クラスCの冒険者って言って分かるか?」
冒険者ギルドのランク付けなど殆ど分からない。
が、立場は公爵令嬢である。一応漠然とした一般教養的な知識はある。
「よく分かんないけど…下から3番目よね?」
彼は苦笑いした。
「せめて上から3番目って言ってくれ。」
「…?」
何が違うのかアタシには全く分からない。
「まあ、アンタのいうところの転生者じゃ状況が分かってないのかも知れないが…」
けど、アタシの「下からも上からも同じじゃん!?」という雰囲気は通じたらしい。彼は続けた。
「俺より上のBクラスって言えば、普通は町で1、2を争う腕利きと言われるだろうし、Aクラスなんざ1つの国に数える程しかいない。大概の冒険者はベテランであってもDから上には上がれない。Cクラスは冒険者業界では腕に自信のある経験豊富なベテランに数えられる。」
要は自分は腕利きだよって言ってるのか?自慢か!?
「この馬車が5人や10人程度で襲われるぐらいなら守りきれるぜ。伯爵家じゃそんなの普通だったからな。」
「なにそれ?」
ちょっと話盛り杉じゃね!?と驚いてアタシが思わず聞き返すと、彼はちと喋り過ぎた、という風にまた苦笑いした。
「あ~伯爵家にもちっと何か事情があったらしくてな。事情の方は唯も護衛の俺に聞かれても分からん。」
二言目には知らん、分からんってコイツ、結局は唯の強い冒険者か!
「アンタ、そんな分からん事だらけでいいわけ?男爵になんか騙されてるとか思ったりしないの?」
アタシのちょっとイラついたツッコミに、しかし彼は今度は自信ありげにニヤリと笑った。
「仮に男爵が俺を騙して何かしてたって、俺の身1つなら別に何も問題ねえよ。」
そして今度は「分かってるぜ?」という風な笑顔で言った。
「俺はこの件についてアンタに隠し事をする気はねえ。だから何時でも何でも聞いて貰って構わねえ。知ってる話は少ねえのは勘弁してくれ。」
「まあ…知らない話は答えられないわけだし…」
アタシは渋々頷くと、アタシの渋々が伝わったのか彼は苦笑い気味で続けた。
「けど、とにかくアクヤ・クレイ・ジョーの方は真面目にやってくれ。シクった時に来るって言われてる強制力とやらから全力で守ってはやるつもりじゃいるんだが、何がどう襲ってくるかは分からねえからな。」




