112 感心と役割
アンネ・バーバレラこと田中が、俺らが公爵邸を辞去した後に悪役令嬢を引き受けてしまって悶えてるとは当然知らず、俺は少し感心していた。
田中にではない。
浜井が公爵令嬢っていうか田中の反論を上手に封じながら話を進めるのを後ろで聞きながら「コイツ、上手いな!」と感心していたのだ。
最初からそんな感じもしなかったけど、ラノベっぽい方角の作家だと聞いて、下手をするとアニメとマンガに浸りきりで、挙句、二次元の女の子を俺のヨメ(?)とか言って喜んでる現実社会はおろか三次元にすら適応出来てないオタクの類の可能性もあるかも、と密かに失礼な事を考えていたりもしたが、全然そんな事はなさそうだ。
ま、当たり前な話で俺の心配が失礼過ぎるだけか。
だいたい、もしそうでも好きが高じて作家まで行きついたのなら大したものだ。ただのFラン卒のヒラリーマンの俺には尊敬しかない。
しかも、それどころか渉外を基本とする現役営業マンの俺が感心するぐらいの交渉上手だ。
作家とか言うと自由業っぽい雰囲気が漂うが、存外、その前に社会で結構揉まれた経験があるのかも知れないな。
…いや、もしかすると、やっぱり物語を書けるだけあって、作家ってのは実はみんな話が好きで得意なんかな?
俺に説明した時もやたら丁寧に、結構詳しく話をしてくれたしなぁ。
もっとも田中に対する説明は俺にしたソレに比べればかなり巻き気味だった。
ナンボでも拘束して話が出来る俺の場合とは違い、公爵ご令嬢とあまり長く部屋に篭って密談とかも出来ないと判断したのかも知れない。
もっとも無駄に周辺とか俺ら自身の説明なんかして話が薄まるのを避けて、彼女は悪役令嬢で悪役令嬢を全うせなアカンって話を一気呵成にしたのが返って良かったのかも知れん。
田中との話が終わると俺らは公爵邸を辞し、今回の予定の間住まう予定の公邸に戻ってきていた。
口には出さない俺の感心(と失礼過ぎる心配)はともかく、浜井自身も達成感があったのだろう。
借り上げ公邸に着いて、部屋の応接セットに腰掛けるなりちょっとドヤ顔で言った。
「オシ!とにかく見ての通り本人とは予定通り話をつけたぞ!」
「ああ…お疲れさん?」
労うと彼は少し口の端を曲げ、思い切り伸びをしながら言った。
「ああ、まあまあ大変だったしなー!」
まあ相手はテストプレイヤー…じゃなかったNCP?って認識すらないのに無理矢理、悪役令嬢ってあまり気乗りしなそうな役割を短い面会時間で飲み込ませたわけだからなあ。
自分で浜井の立場になって交渉する事を考えても結構ハードルの高い交渉だったんじゃないかな、と思う。浜井がドヤ顔になるのもちょっとは分かるわ。
ちなみに今いる場所だが、端的に言えば借家だ。
この世界には大使館なるものはない。
国外から何がしか使節みたいなのが来れば王宮の客間に滞在する事が多いが、それはあくまで2、3日程度の滞在の場合だ。
我々の様に2、3日ではない期間、滞在するとなれば王都内に点在する屋敷を借り上げる事が多いらしい。王都内にはその種の貴人が長期滞在する時に借り上げる用の館がそこそこにある。
2、3日ではなく中長期で滞在する貴人はポリアリン男爵以外にもいるので、そういう館へメイド、侍従を派遣するサービスも王都には整っている。
最終的に誰が金を出すのかは知らないが、浜井というかポリアリン男爵の到着に合わせ、手配自体は今回はボウシュー王国側がやってくれていた。
俺は部屋を見回して言った。
「結構、立派な感じだな。」
「この種の貴族が中長期に滞在するのに使う借り上げの館は大概は没落した貴族の旧邸だ。ここも何代か前に没落した子爵の屋敷だったらしい。」
「ふ~ん」
「俺らみたいな国外からの人間の他にも、王都に別邸を持つほどの地位じゃない地方の領主なんかも使う。なんでそこそこに需要があるから、王都内にはこの種の館がそこそこにあるらしいぜ。滞在中に必要な侍従やらメイドを派遣する商会なんてのもちゃんとある。」
「ふ~ん」
事前に仕入れた予備知識とほぼ変わらない内容を浜井も説明してくれた。
もっともここらの話は貴族でもない俺からすれば「ふ~ん」というレベルの話だ。
今回の旅に当たり、浜井はポリアリン家から従僕やらメイドやらは1人も連れて来ていない。「男爵って言っても単なる設定だからな。一応領地にはそういう人材もいるらしいけど俺は一面識もねえしな」と浜井はちょっと苦笑しながら言っていた。
とはいえ、男爵だから連れの1人もいないのはこの世界のお立場的にはちょっとおかしい。言うなれば、部長が地方の顧客の下へご出張あそばされるのに当たり、カバン持ちの1人も付いて行かないと恰好がつかないのと同じだ。
なのでカバン持ちならぬ従僕役は俺が見よう見まねでやっていた。なんなら他の護衛達には「従者」と紹介されたぐらいだ(笑)。現に公爵邸という半分ぐらい公の場でもそういう扱いだった。
無礼、非礼、失礼がデフォルトである冒険者上がりのお前にそんな事が出来るのか?と思うムキもあると思うが、一応はこれでも社会人である。細かい言葉使いとかはともかく、礼儀作法は大外しではない程度には何とかなるし、実際の仕事も雑用中心でそんなに難しいものではない。
それに浜井の男爵は単なる設定で自分で靴紐も結ばない様な真性貴族じゃない。着替えなんぞを手伝おうものなら返って嫌がられるだろう(笑)。
なので真面目に日々の面倒を甲斐甲斐しく見てやる必要などない。護衛達に何事か伝える、あるいは護衛から男爵へ何事か言上仕る際に、男爵直ってわけにゃいかんので俺が間に入るぐらいが精々である。
要は俺の真似事程度で恰好だけつけば充分なのだ。
「ま、屋敷の方は興味があったら後で見て回ったらいい。」
浜井はそうは言ってくれたが正直、所謂、建築と呼ばれる分野には全く興味はない。
だがそれ以外にしなくてはいけない事はある。
「まあ、一応、お前さんの護衛でもあるからな。屋敷の内外はそういう目で確認はするよ。」
浜井は男爵だし公的な立場もリバードア王国から来た正式な外交使節だ。当然、俺以外にも護衛は付いてきている。男爵家の護衛達が付くこともあるそうだが今回は王宮騎士団からの護衛達だ。
そう言えば、アイーシャ達淑女騎士団も通常の主な任務は偉い人の護衛だって言ってたし、クラウもそんな話をしてたなあ。
繰り返しになるが俺は男爵が自身の家内から連れて来た従僕兼護衛という扱いになってる。
王家からの護衛達を指揮したりする権限も責任もない代わりに、彼らの命令を受けたり共同で何かしなきゃいけない義理もない。
お互いそういう認識だったからか、騎士団から派遣されてきた護衛連中とは道中で一緒だったが、礼儀正しく距離を置かれており挨拶以上には仲良くはなってない。
見下しているとまではいかないかも知れないが、立場的には陪臣に過ぎない俺と仲良くする必要性を感じないのだろう。
いや、彼らは軍でもエリートである王家直属の騎士団だ。対する俺は良くて民間警備会社から来た社員、悪くすれば雇い主が個人的に用心棒として雇い入れたヤクザに過ぎないから、やっぱり少し見下されているのかも知れない。
国内でも他の貴族より一頭地抜けた存在と聞くレイボーン伯爵家から来たとかも言えないし、言ってもどうなるものでもないから特に俺の方から事情を説明したりもしていない。
いずれにせよ俺と彼らは1つのフォーメーションで動く風になってないし、警備体制について相談する様な仲でもないから、屋敷内外の確認は後で1人でやっておこう。
…あれ?俺って浜井と一緒に帰って(?)きちゃったけど、よく考えてみたら明日か明後日辺りからは例の悪役令嬢を護衛することになるんだっけか?
そうなると屋敷の警備体制を確認する必要もねえのか。
今更ながらに気付いた俺は屋敷に対する興味も急速に失せたので他の話を詰めることにした。
「ま、屋敷はいいけどこの後の予定は?」
「一応、俺の立場は外交使節だ。単なるカバーストーリーに過ぎんのだが一応公的にやる事はあるから昼間の大半はそっちをせにゃならん。」
表向きは王家の派遣した外交使節なのは俺にだって分かりきってるから、そこらも一応俺だって分かってるので軽く頷く。
「その合間にさっき話をしたアンネの逃走経路も作る。この件はお付きの護衛連中も使えないから俺が直接やるしかない。」
「ま、そうだな。」
浜井が少し俺の方に身を乗り出した。
「お前さんの方は先も言ったけどアンネの護衛だ。んで横からチマチマと突くのが役割だ。」
「んだよ、それ?」
「お前も会って分かったと思うけど……彼女、悪役令嬢ってガラじゃない。」
悪役って言うか、顔面はいい意味で普通じゃない、つか見た目は気の強そうな超絶美少女だが、中身は良くも悪くも普通の女子って感じだった。
とっても良い子っていう風じゃけど、魂が腐れてる感じもしない。
「しかも転生だって設定だからどうしても空気読んで上手く生きようとする。」
「……そうだろうな。」
「一応、俺らの言う事に納得してはくれたみたいだから悪役令嬢役はこなしてくれるとは思うが、油断は出来ん。」
「まあな。」
男爵は再び背凭れに体をあずけて手を広げた。
「だから彼女が気を抜かん様にお前が傍でチクチクとして手を抜かんと悪役令嬢させるんだ。その為に本来は俺の護衛兼助手って事で俺の側で働いて貰うつもりだったのを、あの場で予定変更して彼女の近くにお前を付ける事にしたんだ。」
「……」
ん~
彼女もそんな感じだったし、俺自身もまだ完全には納得してなかったが、とにかく彼女に悪役さすのは本筋だ。ここまで来て今更それに異を唱えたって仕方がない。
俺は話題を少し変える事にした。
「ところで…何だっけ…そのイジメられる方のヒロインってのは何て言うんだっけ?」
「アマベル・モーリスって生徒だ。」
聞いた後に名前を聞いたからってどうなるもんでもないと気付いたが、俺はその辺の誤魔化しも兼ねて「ふむ」と意味ありげに頷く。
対する浜井はちょっと宙に視線を飛ばしながらポリポリと顎を掻いた。
「これもよく分からんのだが、今もってアマベルとアンネはクラスが違う。」
「ほう?」
「アマベルは特待生扱いで入学してて猛烈に成績がいい。だからストーリーでは庶民って事で最初こそ強制的に一番下のEクラスに入れられるんだが、定期はおろか下手すりゃ小テスト毎にビシバシクラスが上がって最終的にはアンネや王子と同じAクラスになる。アンネの直接攻撃は実質的にはそこから始まる。」
「…ふむ。」
話の流れとしては分かる。
「とにかくアマベルはスーパーイケメン超人の王子とタメ張れるぐらい成績優秀だから今頃はAクラスまで上がってなきゃおかしいんだが、彼女は今もってCクラス止まりだ。だからアンネと直接の面識がない。」
「なるほど、ストーリーが上手く回転してねえってわけだな。」
俺のツッコミに浜井も「その通りだ」と頷く。
「なんで、ヒロインが学校でアンネが直接手出しできる至近距離に寄ってくるまでにはもう少しかかるだろう。そっちは流石にどうにもなんねえから、お前さんの役目は今のところはヒロインが同じクラスになった時にキチンとイジメが開始できる様にする下地作りだ。」
下地作りねえ…
「具体的にはどうすんだ?俺は学園とかに入学出来るわけもねえから校内やら教室やらには入れねえぞ?」
「クラス内で一緒になってイジメ盛り上げろなんて言わねえ。けど護衛って名目で日々横にいるだけでもプレッシャーはかかる。んで機会を見付けてチマチマと焚きつけるのがお前さんの役目だ。立場的に俺はそうそう公爵家に入り浸りになるわけにゃいかんし。…お前さんもいい歳なんだからそういうの、できるだろ?」
「……まあ、やってみる。」
歳は関係ねえだろ!?とは思ったが、要は田中ことアンネ・バーバレラに「俺らは常に見てるぞ!」とプレッシャーをかける役目だ。
まあ、その程度なら出来るだろう。
「それと、これもご令嬢との会談の時に言ったけど想定外の事態に備えることだ。」
「さっき言ってたストーリーの強制力ってヤツだな?」
浜井はこれにも「そうだ」と頷いた。
基本的にアンネ・バーバレラの運命は王子の婚約者からの退場である。
しかも彼女が退場しないとヒロインちゃんの出番はないから、二重にそういう運命を背負っている。
そしてストーリー的にはイジメを断罪されての追放だが、田中のあの様子を見る限り、断罪される程のイジメが出来るかどうかは極めて怪しい。
そうなれば、逃れられない運命は彼女に別の方法での退場を強いるかも知れない。それこそエリザベスのお嬢みたく刺客が襲い掛かって来るとかもアリだ。
俺達はハンソン君と不愉快な仲間達にお嬢には指一本触れさせなかったが、それはお嬢が事態を充分予期して俺ら手練れを揃えて待ち構えていたからであって、現状ではとりたてて緊張した状態ではなさそうなバーバレラ家の護衛達がアンネをどこまで守り切れるかは分からない。
が、事故とか天変地異とかならどうしようもないが、俺はそっちは自信がある。
なんせエリザベスのお嬢のトコには毎週のようにハンソン君率いる不愉快な刺客達が襲い掛かって来ていたのだ。
しかも奴ら、俺が一番ヤバいってことで、終いにゃ俺個人にマトかけてきたぐらい実働していたのだ!
……ちっ!ヤな事を思い出しわ!
自分で思い出して自分がちょっちブルーになりそうになったのを振り払う様に、俺は殊更胸を張って返答した。
「そっちは任しとけ。伊達に場数踏んでねえ。」




