111 悪役令嬢の実践
「じゃ!早速やってみよう!」
話はついたとばかりに男爵は明るく言った。
話が終わればいきなり本番とかコイツ、鬼か!
本当にやり口がウチの営業マン達に似ている。コイツ、リーマンか!
そんなアタシの感想を他所に彼はスマートな手付きでカップを上げる。
「まずは侍女だか侍従を呼んで紅茶を頼むんだ。俺がスキを作るからアンタは悪役っぽく相手をシメてくれ。」
まだ完全には納得していない自分がいるのを感じながらも、何でかアタシは男爵の言葉に従ってしまい、パンパンと手を叩いて「誰か?」と声を出した。
ガチャリ
奥の扉が開いて侍女が顔を出す。いつものジーナは用事を言いつけているので他の者だ。
「お呼びでございますか?」
「紅茶のお代わりをお願いするわ。」
「畏まりました。」
侍女が2人分の紅茶セットをキャスターの下段に片付け、代わりのカップをアタシと男爵の前に用意する。
流石に公爵家の来客席に出て来るだけあって、物音1つしない流れる様な仕草だ。文句のつけようがない。
そしてアタシのカップにティーポットから公爵家が自領内で栽培している良い香りのする自慢の紅茶を注ぎ、男爵のカップにも注ごうとした時だった。男爵がカップの斜め上辺りで手をヒラヒラと動かす。
「…(あっ!)」
流石に声は出さなかったが、男爵の巧妙なフェイントに侍女の手元がぶれ、紅茶がソーサーの上に少し零れた。
ココか!
男爵も「さあ!」と素早くアタシに目を奔らせる中で、アタシは小芝居を始めた。
「男爵閣下に何をしているの!!」
侍女は真っ青になってその場に膝をついた。
「も、申し訳ございません!す、直ぐに入れ直します!」
アタシ史上、世の中で最も厳しい、つか嫌なヤツだったのは中学校の女性の担任だ。
50絡みの未婚のチョーブスで、オンナだし昭和じゃないので暴力を振るったりはしないが、常にキツい言い方でアタシらの心を抉るのが得意だった。
しかも専門は国語でイジメてるとか言質を取られない様に言葉を選びながら、事あるごとにツメてくる。もう大学で学んだ知識を悪用してるとしか思えなかった。
「アレじゃカレシとかケッコンとか有り得ないよね(笑)」と影では皆でバカにしてたけど、平日の教室では男子も女子も痛ぶられ放題だった。
アレがマネ出来ればいいのかも知れないけど、アタシはあそこまで人間的にクソではないつもりだし、実力的にもあんな人を抉るのに特化した特殊な国語力はない。
仕方なくアタシは直近で最も厳しい人と思われる部長を思い浮かべながら続けた。
「当たり前の話をいちいち言わないで!直ぐに代わりをお持ちしなさい!」
部長も詫びれば「詫びてどうする!」と怒り、詫びなければ「最初にお詫びの言葉があるのが普通じゃないのか!」とツメてきた。
彼は何を言ってもアタマから否定し、皆の前で怒鳴り散らされた部下が「もういいです。言われた通り何でもやりますから!(泣)」と精神的に諦めたところで無理難題を押し付けるのが得意技だった。
上司(=アタシ)から厳しい言葉を投げつけられて、彼女が下を向いたまま瞬間的に思わず硬直した隙を見逃さず、アタシは殊更厳しい調子で追撃する。
「何をしてるのかしら!動きが遅いのよ!出来ないなら直ぐに他の者を寄こしなさい!」
相手に考える暇、立ち直る隙を与えずに、理不尽な追撃をかける。
社会でのマウンティングの基本だ。
「はい!!」
彼女が立ち上がって男爵のカップをキャスターに下げ、回れ右をして足早に出て行こうとする後姿にアタシは更に斬り付けた。
「アナタ、どこまで失礼なの!男爵閣下にお詫びをしていないでしょう!」
彼女は蒼い顔を益々蒼褪めさせて振り向きざまにその場に再度跪いた。
う~ん…彼女は一連の動作を何気なくやったけど、結構難しそう。
「申し訳ございませんでした!男爵閣下!直ぐに別の者が代わりをお持ち致します!」
「あ~あまり慌てずとも宜しいですよ。」
対する男爵が軽く言った態度に「自分だけいい人とか有り得なくね!?」と思いはしたが、今は仕方がないと諦めるしかない。
侍女の方は立ち上がってキャスターをガラガラと押しながら扉際で再度深くお辞儀をして部屋を出て行った。
バッタン!と扉が閉まった瞬間に気が抜けたアタシは背凭れに少し凭れた。
悪役とか上司とかやった事はないけど、初めてにしては上出来じゃね!?
つか完璧じゃね!?
アタシのドヤ顔に対して、しかし男爵の顔色はイマイチ冴えない。
その間に別の侍女が入ってきて紅茶を入れ直したが、彼は今度は変なフェイントを入れる事もなく、上の空のままだった。アタシも黙っていた。
「あー」
男爵はやがて困った様に首を傾げた挙句に言った。
「…30点ぐらい、かな。」
「!…じゃあ、どうすれば良かったんですか!?」
「完璧じゃね?」と思っていたところを明らかな赤点を出されてキレ気味に叫ぶアタシを見て、彼は少し考えながら言った。
「……そうさな、まずは侍女が紅茶を溢したら、金切り声で『何してんのよ、アンタ!』って叫びながらカップごとソーサーを侍女に投げつける。金切り声、重要だぜ?超ヒステリックな感じだ。」
「……」
この段階で固まってしまった私を見て、男爵は補足した。
「…ああ、分かってると思うけど顔面に向かって投げつけるんだぜ。中身を相手がアタマから被る様な感じになれば尚ヨシだ。」
いや、投げつける部位が分からなかったわけじゃないから!
「で、彼女が怯んだ所で、間髪を入れずに先みたいな感じじゃなくてもっと金切り声で『お詫びはどうしたの!!』って怒鳴りつける。大声も重要だ。毎回、大声で怒鳴りつけるのを繰り返していけば、それだけでも相手は病んでくる。」
「……」
「重要だから何度でも言うけど、金切り声はよりヒステリックで誰が聞いても不愉快な感じがポイントだ。ガラスのツメを立てて引っかく感じをイメージするといいと思う。」
「……」
「んで、侍女に土下座で詫びさせて、でも当然そんなん全く認めないでアタマを思いっきりヒールで踏みつけて、金切り声で『そんなのでお詫びになると思ってるの!』って…」
「ムリムリムリムリムリ!ムリです、そんなの!」
男爵は不思議そうな顔で彼女を見た。
「何がムリなんだ?」
「全部ムリ!」
アタシの即答に男爵はますます不思議そうになった。
「じゃあ、どうすんだよ、アンタ?」
「そんなの普通じゃ出来ないでしょ!?」
「普通じゃねえイジメぶりだからこその悪役令嬢じゃねえか。会社の部長とかって温い立場じゃねえんだぜ?何しても大概が許されんのが公爵家だし公爵令嬢だ。もっと気合入れてやっていいよ。」
「…!!…そんなこと言われたって…」
会社の部長のマネをしたアタシはグッと詰まった。
けど思い直す。
だいたい折角(?)、アタシ的には転生してきたわけである。
繰り返しになるが転生悪役令嬢モノは大概そのまま悪役令嬢続行で断罪まっしぐらなんて例は多分ない。大概、心入れ替えて(というか中身ごと入れ替わってるわけだが)、ヒロインと仲良くなるとか婚約者と和解あるいは婚約者を入れ替えてハッピーエンドが普通だ。
そうじゃん!別に悪役しなくたっていいわけじゃん!
「別にムリに悪役しなくたってゲームとしては続けられるわけだし…」
アタシの言い分を男爵は最後まで聞かずに軽くぶった切った。
「悪役のいない乙女ゲーとかって存在意義ゼロだろ?」
「っ!!」
アタシはまたも一瞬詰まる。
正に彼の言う通りで、悪役令嬢の妨害のない乙女ゲーなど、唯のエロゲ女版に過ぎない。
しかも乙女ゲーにヤロウ向けエロゲみたいな18禁モロは少ない。使えネー!
それに男子はパーだからオンナが秒で脱げばそれでいいかも知れないが、こちとら女子は…まあ相手がジャ〇系の超イケメンとかだったらそれでもいいかも知れないが…とにかく普通はそうじゃない。
獲物は苦労して手に入れる事に意味がある。本来、自分に振り向かないハイスペックのイケメンを苦労して攻略して、腕を組み腰を抱かれる姿を周囲にドヤ顔で見せつけてこそ達成感があるのだ!
その苦労のネタ発給元である悪役令嬢がいないんじゃお話にならない。
現実社会でやればいいだろ?という意見はあるだろうけど、現実の壁の攻略法はアタシらパンピー女子には無いに等しい。この世界の身分差など見えてる壁だから攻略法もある。けど現実のソレは見えない空気だから超える手段すら見つからない。足場すらも作れない。
美女とイケメンは互いに選びたい放題だけど、アタシらモブとは生涯関係ない。参戦すら不可能な世界という意味でコッチのが返ってリアルじゃない。
けどゲームならいつでも参戦可能で、才能(美貌)が無くても時間と努力と攻略Wikiと課金の力でなんとかなる!特に学生と違い、社会人は課金が大きく使えるのはデカい!
そして三次元では出来ないイケメン攻略を愉しむには、彼の指摘する通り、空気ではないリアルな実体として悪役令嬢の存在は必須だ。
が、自分がソレだと言われれば話が違う!
「そんなことないです。みんなで学園生活を楽しく過ごせば…」
アタシは心にも思っていない言い訳を口にしたが、案の定、男爵はバッサリ言った。
「みんなでキャッキャウフフな3年間を過ごせば何事も起きないだろう?そんなのの何が愉しい?何よりストーリーが進まないからヒロインちゃんがのし上がるチャンスも無くなる。」
いや、そうなんだけど!
「べ、別にアタシがイジめなくたってヒロインちゃんは優秀…なはずだから…ほ、ほら魔法兵団とかに入って活躍するとか…」
アタシの自分でもしどろもどろとしか思えない言い分を、案の定、男爵はバッサリ切って捨てた。
「いくら優秀って言ったって、そんなんじゃ時間が掛かり過ぎて本編に全然間に合わないんだよ。」
クッソう!正論ウザい!
「ヒロインが聖女として一気にストーリーの表舞台に立たなければ、勇者の魔王退治は失敗に終わる。この世は滅ぶんだ。期限内にヒロインが表舞台に立つ為には王子と結婚して王太子妃になるしかないし、その為には今の婚約者であるアンタが婚約解消を喰らっていなくなって貰うしかないんだ。」
「そんな事しなくたって、穏やかに婚約を解消すればいいだけだし…」
「公爵家からこの縁談を断れると思うか?」
「!…」
アタシはまたまたツマッた。
貴族とか全く分からないけど、確かに王家との縁談は公爵家と言えども喧嘩別れ以外にお断り出来る話じゃない。
「王家にしたって公爵家、特に軍事を握るバーバレラ公爵家は軽く扱っていい家じゃない。何か相当な理由もなく解消はムリだ。他の貴族の目もあるんだ。王家と言えども公爵家の面子を潰したりも出来ない。」
「……」
考えれば考える程、この状況は詰んでるとしか言いようがない。
「その点、アンタ1人の素行の悪さを理由にすれば、政治的には周囲に角が立たずに婚約者をヒロインちゃんに差し替えるのも可能だ。失態はアンタが全責任を負うから、アンタを切り捨てる事で公爵家自体の面子もギリギリ守れる。」
「何よ、それ!結局、ヒロインちゃんのことばっかりで、アタシに良い事が全くないじゃん!」
アタシの言い分に男爵は指を振った。
「本来のアンタはそれを承知でこの役を受けたはずなんだが…まあ、それは脇に置くとしてもアンタにとっても悪い話ばかりじゃない。」
「何よ、それ!」
「どのみち、このままストーリーが進めばヒロインちゃんが婚約者になる方向で話が進むわけだが、邪魔なアンタはいなくなる公の理由がない場合、運命に消されてしまう可能性がある。」
「いったい何の話よ…!!!」
言った瞬間、アタシ自身が自己解決した。
「ストーリーの強制力…」
「そうだ。」
アタシの言葉に男爵は深く頷いた。
「不慮の事故か、暗殺か…その辺は俺も分からん。王子の婚約者から退場すればいいんで、死なないけど顔面グシャグシャ、手足ブチ切れ系の一生ベットから立ち直れない類の大怪我かも知れん。」
グシャグシャでベットに横たわる自分の自主規制的な場面を思い浮かべて、アタシはブルっと震えた。
「その点、ストーリー通りに進めばアンタの退場の公の理由は追放だから、アンタの今の身体自体に直接不幸な事が起きたりはない。それに関しては俺達もついてる。」
「……おいおい、俺”たち”って何だ?」
いつの間にか直立不動から壁に寄りかかって腕組みするラフな姿勢に移行していた侍従が、妙に偉そうな姿勢のまま呆れた口調でツッコミを入れたが、男爵は振り向きもしなかった。
「前のPhase2の悪女…つまりアンネ・バーバレラの基本的な悪役ムーブを作ったヤツが国外追放処分の後の安全な逃げ道をキチンと国境まで作ってる。追放になった後のアンネ・バーバレラはストーリーの表舞台にさえ出て来なきゃ何してても自由だから、そのルートを使えばいい。んで、追放後はアンタが悪い様にはならない様に俺らがそのルート案を使って準備する。」
「…準備ってお前はともかく、俺が何すんだよ。」
壁際の男がまた突っ込んだが、男爵はまたしてもスルーして続けた。
「シナリオに従って動けば身体的には安全が保証される。想定外の事態に関してはクリスを側に付ける。」
男爵はここで初めて壁の男の方を向いた。
「おい、挨拶だ。」
壁の男があまりヤル気のない調子でハアと溜息をついた。
「あ~クリス・シーガイアと申します。お見知りおきを。」
「「……」」
アタシと男爵は素っ気ない紹介に黙ったが、男はそれっきり黙った。
男爵は「コイツわ…」という目で男を見た後、仕方なさそうに言葉を繋いだ。
「こう見えて…クリスはリバードア王国レイボーン伯爵家に雇われている凄腕だ。」
転生してきたばかりだが、幼少よりお妃教育に精を出して来たアンネの脳には諸外国に関する知識も豊富にある。彼女は頷いた。
「レイボーン首都伯ね。」
レイボーン伯爵はリバードア王国の首都リバードアを任されているので首都伯の名で知られている。バーバレラ公爵家とも直接では無かったと思うが縁は繋がっていたはずだ。
首都リバードアの堅い守りはレイボーン伯爵の指揮下であり、その軍事力は一介の伯爵家とは桁違いなのは有名だ。そこに直接雇われているとなれば凄腕と称されるのは分かる気がする。
…見た目はそんな風に全然見えないけど。
「そうだ。そのレイボーン伯の下でご令嬢の一番近くの護衛を任されている彼を、お前さんの為に特別に借り受けて来た。俺らの本気度は分かるだろう?」
「……」
どう判断していいか分からない。
転生モノは山ほど読んだ。アニメも見た。悪役令嬢モノもゲームはやり込んでる。
けど、いざ自分が転生→悪役令嬢になり、しかも運営が直接会いに来て悪役令嬢でGoして貰わんと困るって言われる事態は想定外だ。
アタシが迷っているのを見て、男爵は更にたたみ掛けて来た。
「俺らは運命を正しい方向にしようとしちゃいるけど、アンタに危害を加える気はねえ。アンタに降りかかる可能性のある火の粉を払う為に特別な護衛も用意した。俺らの話に付き合っちゃくれねえか?」
「……」
迷った。
迷ったけど…判断材料のないアタシは渋々頷くしかなかった。
「……分かりました。………最後までちゃんと助けてくれるんですよね?」
男爵は力強く笑顔で頷いて、立ち上がり優雅に一礼した。
「当然でございます。アンネ様。このポリアリンに万事、お任せ下さい!」
お任せ下さいって男爵のいい笑顔に誤魔化されてしまったけど、実際にやるのは全部アタシじゃん!って気付いたのは男爵達が帰ってしまった後だった。
いつの間にやら累計1万PVを突破してました。読者の皆様のおかげです。御礼申し上げます。
他の作者の方々を見るとタイトルに書かれたり、あらすじで報告されたりしていますが、タイトルは少し気恥ずかしいので、機会を見てあらすじで報告でもするかなあ、なんて考えています。




