110 悪役令嬢は悪役令嬢のまま
こんな事を訊かれても普通は「?」という感じだろう。だけど今のアタシには歓喜しかない。
こんな事を訊いて来るのは同じ転生者だけだ!
「田中です!田中紗理奈です!」
勢い込んで答えた私に対し、男爵は何故か背後に立つ従者をちょっとドヤ顔で振り返り、冷静な表情でアタシの方に向き直った。
「で、なんだってシナリオにない感じでアンネ・バーバレラ令嬢を演ってるんだ?」
「分かんないです。ある日、朝起きたらココで…いきなりアンネとか言われて…いきなりこんなトコに転生とかって…」
アタシの答えに彼は今度は何故か「アレ?」って顔をした。
「今、転生とか言った?」
アタシは素直に頷く。
それを見た男爵は「おいおい…」という風に視線を一瞬上空に飛ばし、ちょっと座り直した。
「…アンタ、自分が何処のTPCとか分かる?」
「てぃーぴーしー?」
男爵はまたも従者の方を首だけで振り返った。
「やれやれ、今回はこういう設定が多いんかね?」
従者の男は直立不動の姿勢のまま軽く肩を竦めただけだ。
男爵は姿勢を戻して、こちらに向き直った。
「あ~元々、どっかに勤めてんの?それとも学生?」
「JBBって分かります?そこに勤めてます。大手町の本社です。」
「随分デカい会社だな。」
男爵は少し考え込んだ。
「…あ~転生ってことは何かシクってココに来たって設定か?……んで?何をシクってココに転生なんだ?通り魔?突然死?それとも転生トラック?現役の会社員なら寿命って事はねえんだろ?大手なら過労死もねえだろうし。」
男爵は軽く「大手なら過労死とかねえ」とか言ったが、大手だからと言って過労死がないとは限らない。
大昔、今はもうないらしいチョー呻吟(※漢字変換そのまま)とかいう会社が潰れそうになった時は、会社を救おうと必死に駆け回った社員が過労死したとかって話は何処かで聞いたことがあるし、最初の頃に過労死が問題になったのはむしろ大手企業も多かったって噂も聞いてる。財閥系の何とかってメーカーでは過労&パワハラで自殺者だらけってニュースもあったけ。
実際の話、自分が勤めてる大手町に数多い高層ビルでも、流石に全部じゃないと思うけど明け方までガンガンに電気が点いてる階は沢山ある。大手町だからその多くは大手企業のはずだ。ウチの会社でもアタシじゃなくて他の人が翌日の会議で明らかに昨日と同じスーツ姿なのも何度も見た事がある。
よく思い出して見ると、部内の飲み会では流石に死んだ、殺した自慢はないが、オジサン達の間では仕事で体壊した自慢大会になっているのはよく見た。
スダレた副部長の若い頃は毎日営業接待で肝臓壊した自慢まで思い出したところで我に返った。
アタシの場合、過労死ってことはない!
「何もシクってなんかいません!いつの間にかこちらに来てたんです!」
男爵は「う~ん」と首を捻った。
「自分、今、何処にいるか分かってる?」
「分かんないです。」
アタシの答えを聞いて男爵は「ん~転生って…今時そんな設定あんのか?いや、でも…?」と1人でブツブツ言ってる。
が、やがて顔を上げて言った。
「最初から話せばチョー長くなるんで大胆に割愛するっきゃないんだが…要はアンタはEBFってゲームの乙女ゲー学園編の中にいる。」
おうふ!ズバッと来たな!
「つまり、アンタは悪役令嬢だ。」
おうふ!(以下繰り返し)
「運営側の俺らとしてはアンタに悪役して貰わんと困る。」
…は?
男爵の話はあまりに大胆に割愛し過ぎてあまりに分からなすぎるんで、もう少し詳細に纏める(?)とこうだった。
ここはEBFというゲームの中で、更に分離した乙女ゲーの中だ。
そしてアンネ・バーバレラ公爵令嬢はアタシが密かに予想してビビってた通り悪役令嬢だ。
Oh!No~!マジですかぁ~!
薄々予想していた展開とは言え、アタシは思わず天を仰いだ。
天を仰ぐアタシとは無関係に話は当然先がある。
これまた当然と言えば当然だが、乙女ゲーは基本的にはヒロインと王子と悪役令嬢の三つ巴(?)の恋の戦いで、ヒロインが勝利して大団円、エンディングだ。
だが通常の乙女ゲーとは違ってこのEBFの中ではそれはメインストーリーの一部に過ぎない。
聖女でもあるヒロインが王太子妃になって勇者が魔王を倒す条件の一つが満たされる。
「だから悪役令嬢はキチンと悪役してヒロインには聖女になって貰わんと困る。彼女はその上で王太子妃って立場で勇者にご面会して聖なる加護を与えるのが役目だ。」
けど、今のアタシには悪役令嬢が出来てない。つかヒロインとやらとも顔を合わせてもいない。
なので運営側の男爵がアタシのところに話に来たらしい。
まだまだすっげー色々省いてる感はあるが、話の内容は超ストレートに理解出来る。
運営側男爵の言いたい事もすっごく理解出来る。
でも納得は出来ない。
普通のラノベで転生→悪役令嬢なら悪役令嬢はこれまでの悪役から心機一転、いい人になって逆にヒロインをギャフンと言わせて婚約者である王子をガッチリ捕まえるか、逆にメンがいいだけでアホの子である王子とパーで淫乱でぶりっ子なだけで性悪なヒロインはサッサと見捨て、メンで負けてない、むしろ勝ってる王子の兄君とか公爵家後継とか隣国の王子とかをゲットしてザマぁするのが定番だ。自分からサッサと実家を出て行って商売だか冒険だかで成功してザマぁってのもあったけ。
いずれにせよ悪役が悪役のまま続行とか聞いた事もない。
「アンタの設定の通り転生なら、まあアンタの好きにして貰って構わないんだが、この世界には他にもシナリオがある。」
内容はともかく、これまでアタシはこの話を求めてはいた。
内容的にも薄々そうかも、とも思っていた。
けど実際に聞いて悪役令嬢確定に思ったよりショックを受け、更に男爵=運営側の悪役続行指令を受けて大混乱して言葉が出ないでいると男爵は続けた。
「だからアンタには悪役令嬢としての役割をキチっと果たして貰う。貰わんと困る。なんで運営側に派遣されて俺が来たってわけだ。」
「…果たさないとどうなるんですか?」
男爵は軽く肩を竦めた。
「勇者は魔王に勝てない。なんで、この世界全体がバットエンドで終わる。」
彼の言う事はよっく分かるんだけど、言われ放しは何かムカつく。
アタシは言い返した。
「でもゲームなんでしょ?バットエンドで終わっても別にいいじゃん?」
「世界全体がバットエンドすんだぜ?」
「だからゲームなんでしょ!?」
「アンタ、自分で転生って言ってるじゃん?転生先の世界がバットエンドしていいわけ?」
「……」
だんだんアタマが混乱してきた。
その混乱の隙を突いて男爵が話を詰めてくる。
「それに今回に限って言えば、俺ら運営側もそうはいかない。」
「……」
「今はPhase3の最中だ。本チャンならプレーヤーの勝手かも知らんが今はコッチがシナリオを作りながら確認してんだよ。だから本筋じゃないこんなトコでバットエンドされると運営側としては困るんだ。」
「…つまり…アレ?アタシはシナリオに沿って悪役令嬢すれってこと?」
男爵は我が意を得たりと大きく頷いた。
「そういう事だ。」
だからって悪役令嬢は正直困る。
別にアタシが悪役とかって根性悪くないって話じゃなくて、悪役令嬢の最後は断罪の挙句、追放、没落、処刑の究極の3択だ。いやヘタすりゃ3択ってより3連コンボだ。全然嬉しくない未来なのだ。
「大丈夫だ。」
男爵はアタシを勇気づける様に言った。
「アンタとしては…なんつうか…転生設定みたいだからテストプレイを受けた記憶はないだろうが、ここで悪役令嬢して最終的に何らかの罰を受けたとしても所詮はゲームの中だ。ログオフになったらスタッフからお疲れ様でしたって言われてバイト代が出て終わりだ。アンタ自身の身には何も起きない。」
「……」
アタシが何とも言えず黙ってると、彼はウチの営業マンみたいな表面上は相手を安心させる自信たっぷりな笑顔で念押しした。
「だから安心して悪役してくれ。」
「……」
上手い言い返しが見つからず再び黙ったアタシを彼は論破した、と看做したのだろう。笑顔で付け加えた。
「多分…お前さんはゲーム内、つか少なくとも学園編では主要キャラを任されてるって事は随分いいバイト代が出る予定だと思う。」
「……」
そうかも、とも思うけど、そうじゃない、としか今は思えない。
アタシ的にはバイトでプレーしてるわけじゃない。転生でこちらに来てるのだ。
けどあちこちの方角から理路整然と話を詰めてくる男爵に上手い反論も思いつかず黙っていると、男爵はたたみ掛けて来た。
「でもそれは役をキチンと果たした場合であって、役目は果たせないわバットエンドで終わらせたわではバイト代は大幅に引かれる可能性もあるぜ。」
お願いしますね?(やれ!)
でも仕事が不完全なら料金は削られる可能性があるのはお分かりですよね?(しっかりやれ!)
会社でもよくあった口調は穏やかだが微妙に腰が引けてる相手に命令し、出来なきゃ不利益をチラつかせる事で相手の言い分を封じるやり方だ。
大きな会社には人数がいる。だから何が何でも自分が全てをやらなきゃいけないなんて事はない。自分が出来ない事、自分以外が得意な事は出来る人間、得意な人間がやればいい。仕事をメンバー其々の得意分野に因数分解して、分散して分担する事で業務効率を上げる為に社内では頻繁に会議や打ち合わせが開かれる。
だがそれは言い方を変えれば、全員がやりたくない事、もう碌でもない先しか見えない話を誰かに押し付ける、押し付け合うのが会議だ。その技術に優れた人間が社内では仕事がデキる人、あるいはマネージメント力がある人と評価され、自身の仕事だけに注力できて出世階段を昇る。
だから会社の偉い層は会議戦を得意としている人間、本業としている連中ばかりだ。
そう言うアタシだって気付けば10年を超えるキャリアがある。
その辺りは全くの素人じゃないはずだった。
なのに今のアタシは、求めていた情報が恐れていた情報だった事に思ってたよりショックを受けていた。
そして最初の歓喜は何処へやら、そのショックが抜けきらない間に、男爵からは自分が悪役令嬢であり、悪役令嬢しなきゃいけない、という望んでない仕事を事実として押し付けられてしまい、10年を超えるキャリアを何ら活かせることなく、碌な反論も出来ないままに渋々頷くハメに陥っていた。
学園編?乙女ゲー編?が始まったばかりのところですが110話到達です。
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